何年かシスターとして共に教会に居た、成績優秀容姿端麗人気絶頂と称される"神奈崎レナ"と遭った後、玲名はどうもする事も無く自室に戻っていた。
特に、何かをするわけでもなく。テレビを見るわけでもなく、学習机の前に座ってみることもなく。ただ寝床であるベッドの上で横になっているだけだった。
そしてしばらくして、あ、と声を漏らした。そういえば今日は部活に顔を出していなかった。また面倒な部長が突っかかってくるのだろう――。めんどくさ。これから起るであろう出来事を予想しては玲名は眉を寄せた。
玲名の考えとしては、所詮部活動は単なる"暇つぶし"にしか過ぎないとしている。別に、弓を持つのは嫌いではない。何かに集中すれば余計な考えやら何かは全て遮ることが出来るから。
ばさばさと髪が布団の上に広がっては絡まっていく。制服も面倒なので着替えていない。

こんなに物事にあまり関心を向けなくなったのはあの日からなのだろう。
少し遠い昔。自分がひとりになった日。誰も居なくなったとき。
でもその後は孤児院のようなところで暖かく過ごした。今もそのうちの一人がこの学院に居る。
それでも、どんなに暖かくてもとある氷だけは絶対に溶けることはなかった。


「あ、お風呂入ってきたらどうですか?」

がちゃりと戸が開く音がして、思わず玲名は身体を上げた。二段ベッドの下の段の為、見える範囲は限られていた。しかし、声やら条件やらで彼女が誰なのかなんてものは安直すぎた。

「そのまま転がってたら寝ちゃいますよ。それに今夏ですし」

「冬花はそのまま行ってきたの?」

「ええ、そのほうが楽だったし」

にこりと微笑んだ彼女。夕刻のレナと比べれば、まだこちらの方がマシと思った時。いやしかし双方とも腹の奥では何を考えているのかわからない。油断大敵。加速する思考回路。というか感情を視ればいい話なのだが。未だに引きずる罪悪感。

「……どうしたの、眼が上の空だけど」

きょとん、とこちらをまじまじと見つめてくる双眸。思わず慌てて適当に言葉を取り繕う。

「いや、そういえばもうすぐ夏休みだなとか……」

「あー、そういえば。」

ナルホド。納得してくれた。少し安堵しながら、風呂への身支度を始めた。
そんな冬花というと、睡蓮色の淡い髪を靡かせテレビをつけた。本人曰く「何か音が無いとちょっと寂しいから」だそうだ。
これも、彼女とルームメイトになってから――つまりは自分たちが初等部に入学してからの習慣のひとつ。よって、冬花が毎度テレビを付けるので自分からテレビをつけることは先ず無い。
丁度テレビをつければ最新ニュースを報道している真っ最中だった。どこそこに新しくショッピングモールがオープンしました、今年は例年以上の晴天が続くでしょう、パンダが生まれました、だれだれとだれだれが離婚しました。やらやら。大量の情報量。そこから人々は世間を知っていく。最早多すぎると感じてしまうぐらいに。
そして、ピタリ。瞬間、時が止まったような気さえした。

振り向けば、長い髪を纏めた女が原稿を読み上げている最中だった。そして、彼女の声と共に移り変わる映像。事件現場。ビル。収まりきれずはみ出た血。血。あか。

『先日未明東京内のICビルで大量殺戮事件が起き、その時ビル内に居た29名の内27人が死亡。2人が重体の模様です。凶器は長く、鋭い切り口から日本刀のようなものだということです。――付近住民等には注意を呼びかけています』

何時の間にか手持ちの荷物を落としていたのか、少し聞こえにくい音が鳴った。否、最早音さえ聞こえなかった。ただ、その内容に全て脳が集中していた。

それでも彼女は続ける。

『尚、防犯カメラは全て破壊されており社長室の壁一面に"竜の申し子降臨"と大きく走り書きされ、――』


"竜の申し子"


玲名には、聞き覚えがあった。いや、聞き覚えどころか憎悪の念さえ燃やしていた。とある、殺人鬼の名。通り名。わたしから全てを、奪った人間。
どろどろ、ぐろるるるる。体中におびただしいほどの何か、ドス黒いもの。まるで蛇のようだとも思えてきた。沼よりも、重くどろどろした何か。

そして少女は駆け出した。





Don't stop girl.






??




音が、響く。
くらやみのなか
めきめきと、時折床板が悲鳴をあげる。
だれもきづかない
見張り番を通り抜け、男は籠の前へと歩み寄った。
せおういろはなにいろか
顔を上げた。幼い少年が、長い絹のような髪を地面に垂らしながらその影を見上げた。
はじめてなのに
ばたん、と門が閉じられた。密閉空間。男の目的先は、その中の座敷牢。
なつかしいような
暗くて表情はわからない。微かに隙間から漏れ出す光が足下を濡らした。
でも、みてるだけでいたいような
そして彼は、漸冷は声を上げた。
こおりがないのにつめたいの

「――氷華は死んだ。」

「――」

「全部、全部お前のせいだ」

「――」

「お前さえ、生まれてこなければ――!」


彼女は死なずに済んだのに。
彼女をこわさずに済んだのに。

何も知らぬ少年がきょとん。そんなことさえも気に留めずに、ただ彼はこの門を抜けて行った。










翌日。相変わらず暑さに茹だる頃。放課後。東部ガーデン付近。
彼女はまた、新たなターゲットを見つけ歩き出した。

東部にある庭は、四季折々花を咲かせ美しいのは無論、樹齢1000年を超える大樹が威風堂々とその存在を露にしていた。
聞いた話では、この大樹には土地神様が居るんだとか居ないんだとか。確かに付近に祠らしきものはあるが、ずっと放置されていたのか苔ついてなんともみすぼらしいちっぽけなもので、誰もその存在に気づく事は無い。だから嫌い。何がと言えば、祠が。みすぼらしい。こんな神聖とも言える大樹の傍、寄生虫のように引っ付くアレがあの大樹を貶している様でとても気に食わない。
そもそも、あんな祠やらなんて本来あってはならないのだ。此処にはちゃんと他に祀る神が居るのだから。そしてその神の為の神事がもうすぐ行われようとしているのに。

神奈崎レナは、そう思いながらまじまじと大樹を見上げては、その後ろに在るであろう祠に眼を向けていた。その眼はまるで汚物を見ているような目であった。
(気づいていないのであれば、教師に言って、其処から理事長にまで話を繋げてくれないかしら)

そう考えながら、少女は足下横切る蟻を踏み潰した。
学院一のアイドルであろう少女がそんなことをしているとも気づかずに、横切る委員会やら生徒会の少年が若干興奮して声をかける。勿論彼女は先ほどまでの思考を切り捨て、笑顔で清楚な少女を演じた。

「で、私を呼び出したのはお前か?」

そんな、営業中のレナに営業妨害さながらに奥からやってくる少女。レナにそそのかされて鼻を伸ばした少年たちが、一斉に息を飲んだ。レナ本人もそれこそむ、と眉間にしわを寄せた。

何時もならば両側犬の耳ように垂れ流している髪を、今は後ろに流しピンで留めていた。にょっ、と余りの髪がポニーテールのように少し垂れている。白い少し大きめの蝶型のピンが緑の頭に飛び乗った。
服装も、何か作業をしていたのか白い半袖シャツに学校指定の赤みのかかった橙色のジャージを来ていた。少し汗ばんでいるようにも見える。

「初めまして、と言った所でしょうか。わたくしは"神奈崎レナ"と言います、時雨緑先輩」

深々とお辞儀をする目の前の後輩。ふと、何処かで聞いたような苗字。原因究明を始めた10秒後、あまりにも思い出せないのでその行為を放棄した。若干後ろの方やら、この辺りを通っていく人間たちの視線を感じる。幾ら対人恐怖症が(一部除き)治った方だとはいえ、やはり今でも気になるものは気になってしまう。特に、大勢から一斉に眼を向けられるのは。

通り過ぎたクリーム色のショートカットの少女に、カチューシャをつけた赤い髪に眼鏡の少女の傍らにいた、黄緑色に縁取られたヘッドフォンを首に掛ける少女だけは、唯一視線を外してくれた。

そんな人目を気にしてか、ちらりと神事の準備に勤しむ下衆たちを見ては、また口を開いた。白いワンピースの裾が揺れた。

「此処だと少しアレなので、場所を変えましょうか。」

例えば、あちら。そう白く細長い指が、向こう側向日葵が咲き乱れる場所を指し示した。入道雲が、なだらかに空を進んでいく。
ふたりは、歩き出した。




彼女たちが歩き出す頃。遠くから其れを見つけた二つの影が。

「――……あれ、時雨…?」

「どうした、風丸」

何も考えず、ただぼぅと外を眺めていた時。廊下の窓越しに。見慣れた知り合いを見つけ、風丸は思わず足を止めてしまった。そんな風丸を、隣で眼鏡を掛けた鬼道が声を掛けた。手元の荷物が少し重そうだった。












(神追いシャウト)




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