それは、偶然ではなく必然だったのかもしれない。

少女は、歩いていた。目的地は、ただひとつ。少し先の森の中に、微かな気配がする。
彼女は過去に戦闘等の術を叩き込まれ、それを精密により確かなものにしてきた。今では、自分が姫君ということで常人以上の能力を持つということもあってか、特に誰か人の気配を手繰るのには一枚上手だった。
実質大量に力を使えば、この膨大な敷地面積の中特定人物が何処に居るのかさえも安易である。
そんな異端少女は、今回もまたとある人物を探していた。

右手に持つ袋が冷気を漏らしながら揺れる。先ほど、何個か保冷剤を暑さに項垂れる土地神にわけた為、少しだけ重量が軽い。だが、あくまでも少しだけ。
ふと、歩いていると一匹の蛇が這い出してきた。にょろにょろとくねくねと、四肢の無い身体。
そういえば昔聞いたことがあった。脱皮をし、長い間餌を断食しても尚生き続けるその生命力の高さから"神の使い"や"死と再生"を司るとされている、と。
日本語の神という語源さえもが、蛇身(カミ)から来ているとも小耳にはさんだ事があった。
しかし対するキリスト教等では創世記から"悪魔の使い"としても忌み嫌われていたらしい。
ああ言えば、こう言う。
何とも宗教とは個人の思想の塊をまるであったかのようにでっち上げているもの、少女は今までそう感じてきた。だが、其れが彼女の完全なる思想というわけではない。ただ、"どちらかといえば"という曖昧なもの。全てひっくるめば、少女は宗教なんてものに興味は無かった。正直、どうでもいい。
だが不思議なものだ。人々の信じる力というのは、次第に虚無を万物として成り立たせていくものなのだから。これほど大きな力は無いのだろう。

「――」

そんな蛇は少女に気づかぬ振りをし、すたすたとこの場を去っていっては草の中に潜り込み。

少女にはもうひとつ、得意とは行かないが、姫君として特異能力を持っていた。
ごそごそと、少し道を外れ森へと足を進める。生い茂る若草色。視界には、其れぐらいしか入ってこなかった。せかいは、みどりにまみれていた。
すたり。少し歩みを進め、あまり道から離れていない森の中。ひとつ、横たわる身体。そしてその向こう側に見えるのは小さく盛り上がり、小さな簡易な墓のようなもの。
また、足を動かした。目的先。もうひとつの、矢印。

ふと、彼の傍らにて腰を落とした。そして、その寝顔にそっと触れた。額。白く、雪のようで。
彼女の特異能力。何処かで聞いた、姫君はひとりひとり特化するものがあると。それは、例えば星読みをしたり、未来を見据えるものもあれば、他人の感情を視ることが出来たり等多数多色。そのなかで、少女はあることを"視る"ことに特化していた。
"他人の過去を視ること"

初めて気づいた頃には、触れずに勝手に覗き視てしまうことが度々あった。今では、なんとか制御して触れる程度。
普通に彼女が人間であれば、その量の多さに能がパンクしては破裂しているところだろう。しかし、彼女は特別中の特例。死さえも受け付けない身体。今の彼女だからこそ、そんなことが容易であるのだ。

罪悪感なんてものは、もう棄てた。棄てなければ、いけなかった。世界のせいにするつもりは無い。これはきっと少女自身のエゴ。確かに、そうしてわかることは沢山あるのだから。
否、もう今更罪に嘆く事さえ忘れたのだろう。


ぐるぐると、高速で巡り廻る記憶。喩えるならば、幾億のフィルム。指先から伝わる電波。
それでも彼女が視れるのは、対象者本人が憶えている事。例えば、記憶喪失になったばかりの人間のそれ以前の過去を知りたくても、本人が忘れているのだからそれは無理な話であるわけで。
確かにこの行為を精密にすれば、"他人が生きてきた軌跡"さえも読み取る事が可能だろう。しかし彼女自体、そんなに器用ではない為、それにそれほどこの行為を好んでいるわけでもないのでそんなことはきっとこれから先皆無の兆しだろう。

引っかかる事。ただ、それだけを解消したかった。何とも笑える話だ。それだけの為に自分は知り合いを傷つけることと同等の行為をした。
記憶というのは、人の本来の感情さえもおぼえておれば刻まれるもの。他人にも曝け出さず、ただ閉まって鍵を書けた籠を、隙間から中身を取り出すようなもの。常人なら、感情と共に躊躇うのだろう。――否、少女自身感情なんてものは歪んで設定されていた。


と、映る蒼。霞んでは、見上げる気配。


しまった、と思わず手を引きその代わりに額へ氷を乱暴に置いた。落とした、と言った方が適切だろうか。

そして彼はその冷気に思わず身体を起した。そんな彼に、少女は感情を取り繕った。

夕暮れ、蝉が嘲笑っていた。










「………」

ごそり。ベッドに蹲りながら顔を上げた。学院女子寮の一室。
全寮制のこの学院では、二つのタイプの部屋に分けられる。一つは、何人かのルームメイトが居る相部屋。そしてもうひとつは個人ひとりだけの部屋。殆どの生徒は前者で、後者は金銭的問題もあってかあまり少ない。そんな少女は後者に当たる。
理由としては、自分の対人恐怖症――若干の人間不信を気遣って養父が薦めてくれたのだった。少女はこのことに反対しなかった為、今でもこの個人部屋に身を預けているのである。確かに、そこまで養父に心配をかけてしまっていたことに関しては後ろ髪を引かれるが、それでも少女の事情としてはこちらの方が何倍もありがたかったのは事実。

外は夜を向かえ、静まり返る。時折騒いでいる子供達の声が聞こえては、直ぐに大人しくなる。見回りの寮長にでも怒られたのだろうか。そう考えながら、近くの簡易机の上のリモコンを取った。
ぴっ、と小さく可愛らしい音を弾けさせながら液晶画面に色がついた。ついでに声を上げるテレビの音。鮮やかに、司会者や出演者が笑ったり意見を言ったり好き放題していた。
因みに、少女本人はあまりテレビ等見るも何も興味が無かったのだが、知り合いからは「ニュースとか最低でも見るものは見とけ」と指摘された為この学院に入っては見ることが多くなった。
そういえば此処に入るまでは、ニュースやらに気を取られている暇も無かったし、何せそのような類は当時一緒に暮らしていた人型の妖やらが勝手に自分に伝えるだけで、自分からそのように近づこうともしなかった。
(……そういう意味では、今が一番余裕があるのだろうか)

ただ何となく、意味も無く適当に放送チャンネルを変えてみる。その度声を上げるテレビ。ふと、飽きたのか疲れたのか、リモコンを机の上に放り投げた。画面は最後に押した番号のチャンネルのまま。ごろん。やることなすこともなくただ転がる。反動でぼふり、部屋着のパーカーのフードが頭にかぶさった。地味に邪魔だったので払おうとしたとき、耳に残留した声。
それからの反応は驚くほど素早かった。身体をまた起こし、重力にて落ちたフード。少しぼさぼさになった髪。そんなものどうでもよかった。彼女の的は全てその画面にて原稿を読み上げるナレーターただひとりだった。


『――先日未明東京内のビルにて大量殺戮事件が起き、少なくともビル内に残っていた29名の内27人が死亡、2人が重体だということです――』

移り変わる画面。ただ、双眸はそれだけを追い。

『尚、防犯カメラは全て壊されており、壁には"竜の申し子降臨"と落書きをさせられており、凶器は日本刀のようなものだと――』

ぶちりっ。
テレビが音を立てて映像を消滅させた。音さえも道連れに。否、そうさせたのだ。少女が、リモコンで電源を乱暴に切った。
そして流れる妙な静けさ。まるで、空間そのものが殺されたような。一瞬の閃光が、少女を掻き立てた。






Re:start











ふと、白い羽が舞い落ちた。
手にとって見れば其れは、思っていた程純白と呼べるものでないと気づいた。


聖華祭と呼ばれる神事が近づく頃、八神玲名は屋上の背の高い柵に背中を預けていた。
夕刻の空に入道雲が立ち並ぶ。生徒たちの声が耳につく。そのひとつひとつに委ねられた感情さえ、十人十色というのか。どうでもいい。そう意識を遮断して玲名は重く息を吐き捨てた。

「こんなところにいらしたのですか。」

落ち着いた、ソプラノの声が路上に転がった。少し、聞き覚えのある声。
身体を起し、その発生源に眼を向ける。長い艶のある髪がツーサイドアップにされ、ワンピース型の制服。ひらひらと胸元のリボンがそよ風と躍った。
世で言う、"美少女"。
玲名はその少女を少なからず知っていた。だが、一応現場にて何年か共にしただけの、心情的処理をすれば彼女は少なからず"赤の他人"というファイルに分類される。
そんな"赤の他人"が髪を掻き分け、声を上げた。

「ご無沙汰しております、八神先輩」

「今更何の用」

「今更も何も、何年間共に教会で過ごした仲ではないですか」

そう、微笑む少女。異性が見れば"天使の微笑み"あるいは"女神の微笑"とでも称するのだろうか。そんな玲名の冷めた思考とは裏腹に空は暖かく色付いていく。
彼女はこの学院の中では一般的に、容姿端麗成績優秀しかも性格も良いと男女を問わず教師にも好かれる、清純派令嬢であった。そのため、彼女の周りには沢山の友人やら人間がわんさかと集まる。まるで、絵に描いたような完璧な娘。さぞ親も鼻が高いのであろう。
そんな富豪の娘が、また口を開いた。薄紅色の唇が艶やかに言葉を紡ぐ。

「聖華祭の件ですが」

その言葉を聞いた瞬間、またかと溜息をつくのと同時に瞼を閉じた。相変わらずその単語は聞き飽きた。何故そうまで自分につきまとってくるのだろうか。いっそもう切り離したい。

「わたしには関係無い。去れ」

「相変わらず乱暴な物言いですね……まあ、いいです。ただわたくしは先輩に少しお願い事をさせてもらいに来たのですから」

「……願い事…?」

「はい」

ふと、羽が舞い落ちた。その色は漆黒に青光りし。いつかの青い鳥を思い起こさせ。
表裏色を抱えた少女はこう口走った。

「八神先輩には、今回の聖華祭にてシスター選考を放棄してもらいます」







(其れは終わりを知らず)




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