「ほら!さっさと働く!」

「……なんで俺が…」

「後でアイス奢りますから」

「そういう問題じゃ、」

ない。そう言おうと口を空けるもすっとぼけた言葉。空を切って押しとどめる。
仕方が無い、はあ。少し重い溜息を吐いては、目の前の液晶画面と向き合う。右手にはペンを。とあるきちんと整理された部室。奥手の机あたりにはまとめられた資料等がどん、と構えており。呆れるほどの多さの書類。別名、"情報の束"。

そもそも彼が此処に居ることは本来在るはずが無いのである。ただ、傍で忙しなくPCを弄っている少女に暇かどうかを尋ねられて、彼はたまたま空いていると答えただけなのだ。赤縁眼鏡がモニターの色彩を跳ね返し。
彼は実質此処新聞部の部員ではない。実を言えばサッカー部とでもしておこうか。期末考察も終わり、背を伸ばしていたところを小鳥につつかされたというところか。兎にも角にも、こうして半ば強制的に連行された彼は現在藍色の髪を揺らす短髪少女とこの部屋に居た。

(別に悪い気はしないんだけどなあ……)
スクロールしては、眺めるデータ。どうやら昨年のものらしく、見当たらない生徒の名前や顔写真が多く映っていた。勿論、中には多少顔や名前ぐらいは知っている人間もおり。

「――で、コレを一体どうするの?」

「先ずは前年度の結果を知ることによって、今年度の聖華祭の結果を予想。そして生徒たちに調査するの」

口は動き、手は止まることを知らず。彼女は言う。目の前の処理ソフトがこれでもかという程点滅しては消え、追加していく。その偉業に、思わず口があんぐりと開く。そうしていれば、わかりましたか。はっと気づいては思わず目の前のディスプレイに顔を近づけた。流れる文字と画像。

ぱた。
カタカタタタと止まることなく流れてたBGMがいきなり、走ることを止めた。何事かと、ふと彼女を見れば、今度は物凄いスピードでメモに何かしら書き始めた。よく見ると、それぞれ名前のようで。その字からし、全員が高等部女子だと軽く予想が出来た。
ぱたんっ。ペンを胸元ポケットに差込、メモも同じく眠らせる。眼鏡を頭に上げ、吐き出す息。
そして彼女はこちらに向き直ったのであった。


「さて、突撃インタビュー開始よっ!」

彼は、これほどまで目を輝かした彼女をきっと人生で初めて見たのだろう。
全ての展開が速すぎて、ぼけえとしていた彼は何時の間にか其の手を引かれ部屋を飛び出していた。








「インタビューって言ったって、先ず誰からやるんだ?」

ふんふふーん。と、ご機嫌に鼻歌をする藍色少女の隣。茶髪少年の影が、足下のレンガがはめ込まれた道を歩く。
期末考察も終わり、青々と生い茂る木々が道と彼等をはさむ。

「取り敢えず、"八神玲名"」

「ヤガミレイナ?」

はてな。今年から初めて此処ルシーア学院に来た彼には、聞きなれない名前。思わず首を傾げてしまう。
すると、待っていましたかと言う様に彼女の口からとある長文説明が補足されていく。

「"去年の聖華祭、多数票数にて高等部からのシスターに選ばれた二年の女子生徒。弓道部副部長、二年C組三十九番。趣味や好みさえもあまり周りには知られておらず、彼女と親しい人間ぐらいでしかわからないことも多い"」

機械のように連なる言葉。はあ、と少しずつ記憶に刻み込んでは唸る少年。
これでもか、と後一つ追加されることば。

「"因みに、そのルックスや容姿。はたまたその若干刺々しい言動が一部の男子生徒に人気が高い。性格からも一部女子生徒から慕われる姉御肌"」

ふう、と一度に長文具現化を果たした口元が息を継いだ。そしてまた、こう口を動かした。

「――というところかしら。まあつまり、"シスターに選ばれるほどの美少女"っていうことよ。確かに、中等部からよくシスターに選ばれてたからなあ……」

多分、進級してきた一年で知らない人は居ないと思うな。憧れの的だったし。笑顔で現状を言う少女。否定はしない。それは、確かに彼女もその少女に僅かでも憧れを抱いていたが故。ふと、瞼の裏憧れの姿が横切る。
そんな物思いに耽る少女を横に、やはり来て約三ヶ月をようやく過ぎた少年にはとある疑問がひとつ。はたまた浮かび上がっていた。

「というかさ、こんなこと聞くのもあれだけどさ……」

ぽりぽり。申し訳なさそうに、頭を掻く。それでも知らないものは知らないのだから。そう勝手に納得する自分が何処かに居た。

「その、"聖華祭"って、……何?」

あはは、と若干笑い誤魔化した。ひそひそと地面から顔を出してきた蝉がのこのこと。蝶が今だ彩りを持つ花壇を駆け巡り。梅雨前線が通り過ぎた空は青く。憎たらしいほどに、と誰かが言ったそんな昼下がり。
少女は、彼が此処のことを何も知らない赤子だと思い出したのであった。



「えーとね……、つまりー」

いつのまにか始まる説明会。その講演に参加するは一人。
こほん、とわざとらしく咳払いをした。

「元々はね、神様に"今日も穀物や植物は生い茂り生に感謝します。有難うございます"って感謝のしるしを導く為の祭り。一日目にはそうやって感謝をし、二日目にはこれから一年無事に生きれますように、穀物や植物が育ちますようにってお祈りをするものなのよ。一応」

と、少し前に聞いた、五十代をもう過ぎているだろう中高年女性寮長の話から彼に知識を分け与える。

「で、何十年くらい前だったかな。此処の二代目理事長がね、もうひとつオプションとして設けたのが"シスター選び"。」

オプションってどういうことだ。思わず少年はそれについて議論を問いただそうとしたが、寸止めのところで押しとどまった。
それを知らず構わず彼女は並べる。

「そして、それから毎年この時期になると教会のシスターを聖華祭で選ぶようになったの。中等部と高等部あわせて四人を、この学院の女子生徒対象で投票する。そしてそれから一年ぐらいこの学院の教会のシスターとしているの。」

因みに、ルシーアの聖華祭での"シスター選考"は結構有名だから、著名人の中にはちらほらいたりしまーす。以上!

むふりっ。そして彼女の今回の講義は終了した。やりきった顔で声を上げる。
取り敢えず、少年にはこの祭り自体の真意を理解してもらったようだ。

「ふーん……。あ、でも此処って確かキリストだよね?俺の知ってる限りそんな祭りはキリストに無かった気が……?」

「んー、確かにそうなんだけどね。どうやら昔からこの地域で伝わっては毎度やる祭りらしくて。専門家とかが言うには、昔隠れキリシタンとかがこぞってやってたからじゃないかって。もしくは此処に本来伝わっていたはずの神様が、キリストに摩り替えられてたりとか。……まあ、そこら辺はあんまり良くは知らないし、わかってないらしいの」

ごめんね。そう言い眉をひそめた彼女。赤縁の眼鏡が、少し日にあたりて。


気づけば、彼等はもう既に弓道部道場へと辿り着いていたのであった。
そして赤い横開きの扉から、青い髪の少女が丁度道に出る頃であった。

待ってましたといわんばかりに、駆け出す少女。ひらひらと、夏用制服のスカートが揺れる。勿論目的地はあの青い女神。
思わず、眼が点になった。確かに、顔写真等は先ほど画面越しに眺めていたが、やはりナマだと違うモノなのか。初めて知った事柄が彼を納得させた。
あの、特徴的な若干高い声が聞こえてくる。やはり内容、というか彼女が女神に話し掛ける言葉は俗に言う、"アポ取り"のようなもので。だがもうそのまま直球で物事を質問しているようだ。やはりかと、思わず笑みがこぼれた。
しかし、そんな対象者はなんともせず、彼女を払いのけた。そんな青髪少女の声は小さく、あまりききとれなかった。でも、仕草や動作からして否定的な物事を言ってるのだろう。
と、何かを彼女が言った。叫ぶようにもみえた。彼女に告げた。傍観していた自分でも、思わず肩を跳ねあがらせた。まるでそれは、すぱっと切り取り線をちぎったような。


「――そんなもの、どうでもいい」

それが八神玲名が残留させた言の葉であった。




「というわけで、お願いします!」

「わたしは特に、何もないけれどね」

「何を!昨年の、激戦区とも言われる聖華祭高等部にていちシスターの座を一年にして獲得した久遠さんがそんなことをっ」

ぐいぐい、ぐいっ。きらきらと目を輝かせ、眼鏡に右手にはペンを左手にはメモを装備し、対象者の少女に聞き込む彼女。
先ほどのでかなり凹んでいたかと思えば、意外や意外。すぐ気を取り直して、また別のターゲットに移ったのであった。どうやら、今回は人柄の関係でスムーズに交渉が成功した。
食堂棟の近く。木陰のテラス。

今度の標的は、昨年シスター選考に見事選ばれた少女。久遠冬花高等部二年生。何処かで聞き覚えのある苗字かと思えば、どうやら教師の中にそんな苗字の人間が居た事をふと思い出す。睡蓮色の髪を揺らし、清純そうな少女であった。
因みに、何故か突撃だというのに彼女は少女の居場所を把握していたので、あまり距離を移動していない。少しくらりとするのは、きっとこの学院の面積が広すぎる為である。図書室に行くまでどれほど掛かるのだろう。考えるだけでもぞっとする。
何故わかったのか問えば、新聞部だから!と胸を張り言う少女。それでも、人間そんなものなのだろうか。ふと、穏やかに思考が回路を進む。

「でも、わたしは本当は入るはずじゃなかったんですよ。だから、代わりみたいなものでしたし」

少し苦笑いして微笑む彼女。したり、
取材というものは、時に小さな話題でもそこから大きなスクープを手に入れることが稀にある。
ぱたり。空気が一瞬、止まった幻想。

「え……、」

思わず驚きが口の端から漏れた。そう、彼女は自ら暴露したのだ。それは彼女にとっては小さなことかもしれない。しかし、それは周りからしたら十分大きすぎる事柄。

「もー、先輩ってば謙遜なんてしちゃ駄目ですよー」

隣で取材をする少女。笑いながらその話題を軽々と流す。
久遠冬花は、自分が思うところ嘘をついていない。そんな、今初めてあったばかりだというのに。馬鹿げてる、だなんて誰かが言ってくるのだろうか。
否、彼女はわかってる。わかってるからこそ、流すフリをしているのだ。多分、おもわずのことで少し吃驚しているのかもしれないが、彼女はわかってる。本当は。

それでも彼女の横流しは悲しくも、またその言葉に一刀両断され。バンジーが色とりどりに景色を彩る。
白い、ワンピース型に制服を着た少女が黒いコーヒーを嗜む。

「謙遜なんてしてないわ。ほんとうのこと。本来なら、私じゃなくて緑がするべきだったんだもの」

笑う、少女。笑うといっても、綺麗に彼女はわらっていた。
薄紅色の唇は、また言葉を紡ぐ。

「それが、どうしてか私にまわってきちゃっただけ。私個人にそんな力は無いよ」

睡蓮が揺らぐ。そしてひとりは、その疑問符をまた連ねたのであった。

「――"リョク"、……それって、二年の"時雨緑"のことですか」









「――」

「……」

流れる沈黙。冷房の効いた部屋。斜め左にはカチャカチャと、幾何学的音を連打する声。普段とは違い、眼鏡をかけている。
とある、新聞部部室にて。

「……あの、さ」

あれから、其の後また誰かに突撃すると思えば大人しく此処まで戻ってきた。帰り際は、真剣な眼差しで取ったメモを見ていた。
一体、誰のことだったのだろうか。久遠冬花と、彼女が口にした人物。だけれども、自分が事前に確認していた資料にはそんな名前なんて何処にも見当たらなかった。字列、名前からして少し珍しいから見たら多分少しでも覚えていそうなものだけれども。
"時雨緑"。シグレリョク。みどりいろのときのあめ。下手をすれば、男性の名前としても捉えることが出来るだろう。

「二年の先輩なんでしょ。何で音無さんが知ってる訳」

言葉にした瞬間、自分で自分を金槌で殴りたくなった。二年でも、知っている人は知っているだろうに。日本語とは難しい。ああだこうだと言い訳がましく後悔するひとり。
ぱた。と、その高速で音をたたき出していた手が止まった。先ほどまでずっと音が鳴りついていたせいか、その音が止んだだけで妙な威圧感に襲われた。そして、音無という少女は言葉を口にした。

「……一応、逢った事はあるもの。ほら、期末の前に例の神隠し事件あったでしょ。それで、後輩とたまたま時雨先輩に」

神隠し事件。今ではもう解決し、無かったようにされかけている事件。此処ルシーアの生徒が、次々と失踪し学院内で一時期ヘンな噂まで広まった、少し警察沙汰並びの事柄。それが一体、どうしたのか。

「ほら、ひとつヘンな部活あるでしょ。"噂部"っていう。丁度うちの後輩の友人が失踪しちゃって、でも学院側はうんともすんともしないから情報集めに行ったの。そこで、たまたま逢ったの」

「え、でも情報なら新聞部の方が……」

言いかけて、彼女はそれを叩き割った。なんとも、悲痛に顔を歪ませて。

「それがねー、あくまでも新聞部は"正式に正確"な情報提供を目的としてるのよ。でも、それに対して噂部は"非公式に不明確"な情報が多いの。……確かに、其の中にはまだ広まってもいなくて、でも凄く大きな正確なモノだって含まれてる時もあるのよ。でも噂やらが多いから、先輩たちの中では嫌ってる人たちも多い」

それでも、ずっといままで傍に居た蒸発した友人の手がかりを探す。必死だから、どんなに嘘っぱちだろうが、兎に角情報が欲しい。そんな思いでその"後輩"とやらは彼女と共に半信半疑の部室に赴いたのだろうか。わからなくも、ない。友人が音沙汰無しに突然失踪すれば、それに此処は全寮制だから失踪するわけなどないのに、それでも消えたのならばパニックにでもなるだろう。情報なら、どれでも欲するだろう。


「まあそんなこともあったし、それに時雨先輩といえばそういう噂、小耳にはさんだ事もあるし」

「"噂部"を嫌っているのに、噂?」

「っもー、それは先輩たち一部であって、わたしは別に嫌いじゃないわ。逆に面白いって思ってるし」

あはははは、笑って言う彼女。そして彼女の脳裏によぎるコト。
放置されたPCのディスプレイが何時の間にか消灯されて。

「"去年の聖華祭のシスター選考にて、本来選ばれていたはずの伝説の人間が居た"っていうね。なんとも何処にでもありそうな噂でしょ?」

「いや少なくとも俺は初めて聞いたけど」

「まあとりあえず、それで時雨先輩は噂されてるの。特に一年とかでその噂を知ってる人は多いかも。」

確かに、アンナに美人でルックスも良くて、しかも運動神経抜群で学力学年一位なんていう完璧人間だもんなあ……。ふわふわ。ほわほわ。思考を巡らせふける少女。
そんな知識を横目に、またPCのディスプレイをつける。ぱちりっ。小さくプラズマが走った。

「でも、意外と白い噂なんだね。噂って、結構黒いのが多いと思ってたけど。」

「そりゃ、色々あるわよ。黒いのも勿論転がってるだろうし……。あ、でも黒いというか、中学時代に何かあったっていうのはちょっと聞いたことならあるかな」

「中学時代…?時雨先輩も高校からなんだ」

一応ね。そう言って何時の間にかPCの電源を切りながら立つ少女。パンパン、とまとめられた資料をまとめ。

「さて、明日もやることたっ――くさんあるんだから!ほらさっさと片付けるー」

「あ、うん。――って、え。今、なんて……?」

思わず、少女の発言に問いかけ。そして彼女はこう返答した。

「明日も取材するわよ。」

「え、でもあとこの学院に残ってる人だと居ないんじゃ……」

「ほら、一年に居るでしょ。去年中等部から当選したひと」

"神奈崎レナ"が。


(うずまいて)




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -