パタリ。

「えー、何でまたーっ。これで二度目だよ?」

「私の勝手だろ」

「今のリョクのその発言、この学院の女子生徒全員に聞かれてたら今頃君フルボッコだよ」

「……どうでもいい」

疲れたから寝る。
部屋の隅。ふわあと欠伸をひとつ吐き出し、黒光りする高貴なソファの上に寝転がる黒猫。ぱさり、少し広がる髪。少し、赤みを帯びて。
ふと、上半身むくりと起き上がったと思えば、棚の一区切りされた奥に仕舞い込んでいたベージュのタオルケットを取り出し、さっしゅとはたまたソファを横にするひとり。もぞもぞと芋虫のように小さく動いたと思えば、縮こまり丸くなっては夢の世界への客がお一人様。舟に乗った。

「あ、逃げた」

「あふ……照美、」

そう思わず呟いた少女に類した少年に口を差し出す。そうすれば、何か、とこちらに視線を合わせる彼。

「……いいのか…?」

「何が?」

「……いやだから、時雨…。部屋連れてかなくて。あ、流石にそれは捕まるか……」

「ちょっと風丸君、最後の一行はどういう意味なのかなねえ」

そう乗り出しては揺らぐ夏服。褐色のプリーツスカートがその足下を着飾り。胸元羽根を伸ばす蝶。

それに、その件はもう解決したんだろ?あんまりよくは知らないけれども。思い返す事柄。

ふぬ。そう眺める景色、隅にはお気に入りの場所で昼寝をする黒猫。緋色の隻眼にうつる。夏の日差しが窓越しに差し込む。

いつも、そうだった。気づけばどうやら自分は"人間観察"もどきをしているらしい。ふとある日、従兄から言われた。それに、友人たちにもちらりと言われた覚えも。
というか、少し人並み外れて記憶力がいいらしい。

(もしもこれが、姫神云々とかだったら笑えるなあ……)
苦笑に押しつぶす。
従兄曰く、どうやら実の母親がとても記憶力が良かったらしい。たぶん、それが遺伝したのだろうと。
其の時、最初で最後実の母親の話を従兄の口から聞いた。


「あれ、風丸君帰るの?」

後ろでおやおやと声が降りかかり。振り返ることもせず、左手を上げて手を振った。
すたすたたた。ついてこようとする自称従者。まるで犬みたいだととある片隅。
気づけば共に扉をくぐっていた。

「ただ戻るだけだよ」

それでも今だ気配は背後隣に残り。忠犬は主の傍を離れず。
あれから、彼はとても注意深くなった。確かに、あの事件が起こる前からもそうだったけれども、それ以上に。こわいくらいに。全部、自分が引き起こした災いだというのに。
それに、もう見るのはうんざりなのだ。その亀裂の入った左腕さえ。何も、見たくは無い。

「あのようなことがあった後。今まで以上に警戒をしなければ――」

「いいって」

「しかし、風丸に万が一あればどうするつもりで……」

「どうもしないだろ」

流石に相手も頭にきたのか、むうと唸る。しかし、吐き出すように飲み込む言葉思考。
はあ、溜息。灰色の髪が少し揺れた。
また、こうだ。

「……今一度、俺が貴方の隣に居る事を思い返していただきたい。」

揺らぎの無い、ことば。きっとあの黒曜石の瞳も揺らいでることは無いのだろう。背後越しでもわかる彼の表情。……正直、馬鹿みたいだと何処かの誰かさんがぐずる。
下唇の肉が、分裂しそうなのがなんとなく感覚でわかった。

「……でも、立場的には時雨が優先される筈だろ」

喉に引っかかっていた重たいものをやっとのことで持ち上げた。と、思えばわけもわからず、脳電波が届けていない筈の信号が舌先をはしりさっていった。そのことに気づくまで、およそ2秒もかかった。必死に否定しようも、もう遅い時期。
この際、もういいや。放り投げた現状がモノを云う。

「何故、そこで姫君が出てくる」

「だってそうだろう。いくら俺があんたらと物凄く繋がりが強かった血筋だからって、この世界ではそうなんだろ。……時雨は、それこそあんたらが望んでいたような存在じゃないのか。最早、実力の差がついている以上俺の意味は無いだろ」

鉄砲玉みたいに次々と落ちて跳ねて爆発する事の無い空っぽの球。後戻りという選択を放棄した人間の末路。後悔なんて、わかってる。それでも、自分はそうなのだから仕方が無い。舌を噛めば、少し鉄の味がした。だってそうじゃないか、こんなことをするだけならば、虚しいだけじゃないか。きっとあの時のあかいろは、今よりも何十倍にも金属のにおいがしたのだろう。ぼやけ行き先をがむしゃらに行く者の戯言。口だけは達者で。
気づく事さえ忘れ。

「何度も云う。俺は、姫神家を継ぐつもりは無い。そもそも、お前が言ってるあれこれ信憑性のかけらも無いんだよ。そもそも、何でお前は俺がそんな家の最後の末裔だと信じて疑わないんだ。証拠が何処かにあるわけでもない。かと言って、血液検査で何かを出したわけでもない。そもそも、そんな空想上のような話なんてあった方がおかしいじゃないか。だって此処は現実だぞ、」

夢物語のせかいじゃ、無いんだ。って。

フラッシュバックするあかいろレッド紅緋色林檎ジュース果実トマトぐにゃぐちゃり。照り返す日が目に痛い。瞼の裏、緋色が世界を征した。

もう、自分でもわけがわからないのだ。いくら、今まで軽く流してきたとしても、いくら今まで様々なことがあったからといって。多分、自分ではそんな実感が無かったから。遠い、遥か遠くの話だと勝手に思い込んでいたから。



「おれは、おまえがおもっているような人間じゃない」



わけもわからず、吐き出した言葉を残し。気づけば、怖気づいた自分が廊下を全速力で走り逃げ出していた。


そんな要因が起こるのは、きっと今から約三週間前。



(過去を見ては糸を引き上げ)




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