長い、夢をみる。 とおいような、ちかいような。はたまた、なつかしいような、はじめてのような。 ぐらりぐらり。傾いては不安定に揺らぐ天秤。一体、どちらの方が想いのだろう。そんな風に、ぼけた頭が、一部隔離された思考がそれを傍観する。 喩えるならば、映画館。たったひとりしかいない映画館。ひとりぼっちなのに、客席は無駄に幾つもあって。人影がやっと見れたかと思えば、ただの自分の影で。 此処は繋がる世界。自分とじぶんが手を触れ合える世界。そんな中、ひとり特等席でただ流れるテープを眺めてる。それらは、いつか亡くしたはずのもので。 そんな想いを抱えていれば、影が自分に触れてきた。 「どうして、じぶんはまちがってうまれてきてしまったのだろう。」 そんなことを言うから、そのちらつく影に言葉を返した。 「どうして、そう思う?」 「だって、そうだから。」 「そうって、どういうこと?」 「わすれたの?」 「うん。もう全部ぜんぶ忘れちゃった」 「そう。」 淡々と流れる映像をふたりで流す。音声も、古いこのテープじゃ寂び付いてノイズだらけでよく聞こえない。 「違う、違うよ。」 隣、ふと青い髪。するりと伸びる影。また言葉を紡ぎ。 「せかいがね、あのひとを"わすれなさい"っていってるの。だから、もうおもいだすことなんてできないよ」 「どうして、そんなことを世界が言うの」 「それが、ルールだから」 「ルールって、何」 「せかいのバランスを、こわさないためのルール」 秩序。 緋色の隻眼が四角い箱を見る。箱に見えるスクリーンを、暗く見上げ。 丁度そのときの映像は彼女が牢の向こう、笑いかけており。ごちゃ混ぜになった、母の顔さえもあるはずの無い時間枠にいったりきたり。最早、時間軸というものが存在しないような。 落ちる言葉を拾い上げ、年中無休の映画館にひとりきり。もう、出る事すら赦されず。 ただ、その存在を口にすることさえ拒まれ。 「わたしたちは、なれなかった。いちぞくをうらぎった。ひめぎみに、カミサマになれなかった」 細々と、揺ら揺らと。触れるメトロノームが時計の針とよく似た音を奏で。 「――こんなことならもういっそ、うまれてこなければよかったのに」 目の前の映像は暗い、牢屋の少年がひとり爪を噛んでいるシーンであった。 Loop. ∵ ぐるぐると巻きつく鎖鎌。カラフルでポップな背景の中、ひとつ場違いなほどくすんだ色に塗れた少年が居り。目の前ふわふわと浮いて揺らぐ少女を捕らえ。 普通いつもならば、この時点で相手にそれなりの衝撃を与えられている筈。こんなに、時間を費やしてまで、たかがこのような輩をつき伏せる事は今まで無かった。 (――手ごたえが、全く……無い) ぎり、と奥歯と奥歯がこすり合う音が響く。手にもつ鎖は薄紫の焔を浴びている。 シャドウはこの現状に少々、否大々的に戸惑い苛立っていた。 締め付け、先端を振り落としてもこの手に振動するものはただ空気だけ。ただ飛び散る赤い水飴と高笑いする少女。赤いブラウスの色が飛び散ったのか、少女の容姿は初見の頃と比べ若干模様を模していた。黒髪と黒く長いスカートも、赤い水玉模様をつくりだし。傷つけられても致命的なことはなく。 そんな彼女に、少しとある可能性が脳裏をよぎる。しかし、それはとてもごく稀なケースであり、もしそうなったとしても此処まで拡大する自然エネルギーが上手く組み合わされないと起こらないケースであり。 狂い咲いた蘭を見上げる。 どうやら、時間がたつにつれ相手は精神的に壊れてきているようだ。迷い込んだ猫を一匹やったからか。 それに比例してか、彼女から感じる力の大きさも徐々に大きくなっていっているような気がする。いや、事実。 足下広がるヒト置き場。薄くガラスのように張られた床の更に下、眠りの表情を浮かべる神隠し対象者。 全てがリンクしたというのに、シャドウが彼女自身の正体を今だ迷っているのにはただ単純な話。 「――お前は、何だ。何処から沸いてきた。何故今更顔を出した」 声を張り上げ、この線の先に絡まる蝶へ蜘蛛の問いかけ。 ぐるり、ぐるん。アハハハハハハアハハハハハハハハハハハハハハハハハ、訳もわからず笑ながら首を回すアリス。目は見開き、最早可憐な少女の面影すらない。 ぽきり、ぱきりと度々鳴る音。関節はあらぬ方向へ曲がっている。大きな頭の上のリボンが揺れ嘲笑い、へたりと羽を休み。黒髪はただの線。人形はただもがく事なく、その液に身を潜めていく。 薄々と固まっていくのは自身の仮説だけ。真実の箱は今だ鍵を見つけられず。 ――もし、そうだとしたら……。 嫌な予感が全身を走る。これも、今までの経験からだというのか。はたり、狼は思わず苦言に笑みを零し。 否、だが段々と明らかになっていく事実は確かに彼の予想範囲内をストライクとして走っており。認めるという選択肢以外が次々と崩落していく。 出来たとしても、動きを止め、せいぜい封印か。 しかし、封印するにも、相手の力は限度を知らない。普通の人間ならばこのままだと自ら固体を破壊しかねない状況。だが、"限界"を知らない彼女にとっては、この世界では思うが侭。 つまり、最悪な状況。 兎にも角にも、今出来る事を成し遂げなければ。そう思考がものを云う。 がり、前歯で下唇を思い切り噛む。 滴る血。それは混沌とし、それだけでも力を発する異端物。 右親指が其れを空気中にはじき出す。その軌道に乗った線を投げ出した紙に弧を描く。 そしてその暗号化した封印呪を鎖鎌で突き刺した。 紫に、菫色に燃える焔が世界を染めた。 其の中、揺らぐ少女の足は見えず仕舞いで。 「――邪気鬼々収縮」 言葉は、彼女の創った楽園に消えた。 ◆ 「――そうか」 落ちた低いトーンの声。紺色のワンピースをひらりゆらす少女が退屈そうに其れを見ていた。 そんな視線に構わず、男は電話を切った。白く、彼にはとても不似合いな書斎だった。 かたり。弾みもしない音と揺れないシャンデリア。部屋の隅にはこの屋敷のメイドが。 男の目元光もしないサングラスが見えるものは、誰も知らず。 「かみさまが、おこっちゃったの?」 そうとも知らず、純粋なこころを今だ持つ少女が彼に問い掛けた。 彼は応えない。メイドも、何も言わず其処に居るだけで。 「もしかしてもしかして、ヒトバシラがふえちゃったりして?」 少しの可能性を思いつき、目を輝かせ幼子がはたまた問い掛ける。 そしてやっと、彼もその口元を動かした。 「――人柱になれぬ魂が、出来ただけだ。」 「それって、わるいことなの?」 沈黙。静寂。一問不答。窓の外の景色は変わらず。 慣れているのか、黙り込んだ言葉を"Yes"と読み取った少女はぽてん、ソファに寝転がった。 柘榴の実 (喰べることは赦されず) |