「貴様はどうするつもり。此れほどの生ける人間を集め、この結界に収容するとは」 ――人柱を集める気か。 ふと、ミラの霞色が線の様に、はたまた境界線へと続く。終わりも、始まりも無い区切られたせかい。もしそれがこの少女にとって"とある儀式"だとすれば、ミラは及び多くの人間が黙っていない。幾多の銃口を向け、いっぴき黒髪の旋律を揺らす。 目下、靡く黒髪。雪のように冷たくひたり、引きちぎられた電子コードのようにまばらに広がる髪。紅色の大きなリボンとブラウスがそんな彼女をより一層栄えさせる。ちいさなアリス。腕からウサギの人形が転げ落ちた。 「どうしてそう思うの?」 「――言わずとも、判る筈。」 基本、人柱はその命を絶たせることが多いが、それでもやはり生ける者の方がより一層対象物の力は増すのだろう。しかし、失敗することが多いが。 そんな、冷めた思考の中。 「それに、あなたが言っているいみがよくわからないわ。"ひとばしら"、きいたこともないわ」 はてほて。首をかしげる少女。その仕草は、また彼女と別の穏やかな場面で逢っていたのならばそれはとても可愛らしい、歳相応の愛らしさで満ち溢れていたのだろう。 「じゃあ何故此れほどの人間を、しかも生きたままこんな場所に連れ込んだ」 リロードなんぞとっくに過ぎたハンドガンを片手、その小さな顔の額に照らし合わせる。薄く、影が重なっては忘却に落ちる。 積み木のように、積み上げられた人形が崩れ落ちる音がした。ぼふり、と宙を漂う球同士がぶつかり、そして 弾けた。 ただ、前触れも、音さえも無く。主と同格、いやそれ以上に気の変動には敏感な彼女でさえ、気づかなかった。 生きるものの気配。息をしている感覚。息を殺されたような、少しの矛盾点。 「――みんな、ちひろのオトモダチ。だからね、ちひろからとっちゃだめなの。」 ちひろの"オトモダチ"をつれてっちゃ、やーの。 淡々。冷々。清々。甘々。 ころころ転がる飴玉。暖められては解けて、縁取る輪郭。粘土のように、水飴と化した其れは足元を、這い上がりては身体に巻きついて。 足元を貫き這い出た、蛇のようなピンクの意味不明謎物体がミラの肌に巻きついては張り付く。その瞬間、何も前触れも気づけなかった自分をただひとこと罵倒する走馬灯。 「……っ…!」 首に巻きつくロープ状。最早右足は過多圧迫のお陰で動くことを忘れた。人型を解こうとしても、力が入らない。逆に段々と吸い上げられていく幻想を、くらり眩暈と共に掴んだような気がした。 そんな人形を眺めては笑む幼い少女。パラレルワールドから抜け出せなかったアリスの道連れ。念はただその生気さえ貪りて。ぜんぶ、にんぎょう。おともだち。 いつの間にか立ち上がり、其の温度を持たない黒髪が広がる。細々と、線を描いては嘲る囚われアリス。気づけば彼女自身がこの世界の女王になりて。床に散らばる人形たちがすくり、だなんてからだを起こしてみたりする。 ぞろぞろ。継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみたちの行進。止むことは無く。ただ、終わることは無く。 かみ合わないふたつのことだま。しっとりと、輪郭をなぞらえていく水。透明に、あまいあまい水飴になって。 「ここにいるのはみんなみんな、ちひろのおともだち。だからねつれてっちゃや。」 ゆらゆらと髪が靡く。先程転げ落ちたはずの、継ぎ接ぎだらけのウサギが歩き始める。 目下隙間から見える"オトモダチ"たちは眠っている。否、意識さえ皆無。 此処は異端の女王がつくりだしたせかい。ヒトは、目覚め行動できない空間。 ただ彼女は、誰の意思でも、ましてや世界や神の意思とは関係なく其処に居た。それで、これ程の圧力。 ひとつ、ミラの脳裏を掠めるもの。この世で一番と言っていいほど、いとも簡単に相手を呪い祟る事ができる存在。 絡みつくグミのような触手のようなものを解こうと、足掻く傍ら。 ぶすり、その白い肌に赤黒いグミが抉り入り込んで。ぐちゃり、肉質的な音が聞こえた。 誰も気づかない、夢の中。淡く、あかく。 「――ぐぅ……っ…がッ」 滴る苺ジャム。たくさん、いっぱいとれて。また、ぶすりと新たに差し込まれていくコードもどき。先端を尖らしては、入り込むハート色の其れ。 じわり、じわと其処から広がっていくもの。甘い、シュガーの線が白い肌に、苺塗れの表面を進んでいく。其れは刺青のように、ただ対象者を蝕む。 「――だからね、あなたも"オトモダチ"。」 にこり、笑む少女の黒髪。ふわり、浮かんでは消えいき。もう、それ以上を上回れる力など、何処にも備えておらず。ただ、固体ならば容量オーバーであろう急激な力の増減に、今まで感じたことも無い気持ち悪い痛みに目をくらますだけで。 ひとり、息を呑んだ。 そして、開錠の音が重く鳴り響いた。 堕ちてくる来客を、扉は拒みはしなかった。俯瞰に広がる人形たちの仲間になることを、せかいは赦しはしなかった。 何故ならば彼は、その闇色を背負った人間は、人間であって人間とはかけ離れた存在であったのだから。 一匹の黒い獅子が獲物を見つけた。 「――なあに、あなたもちひろのオトモダチをとりにきたの?」 ◇ かちり、かたり。針を潰そうとは思わず。 蒼く、広く見慣れた景色ばかりが視界を占める。 ブラウン管の奥、フィクションで見たことの在るようなカプセルばかり。円柱で大きなカプセルの中、薄らと透明な緑色の液体に漂うその姿。 「どうされたのです」 ガラスに這う指、てのひら。そんな少年を見かけては微笑む人間。向こう側から水を書き分け。 その姿にはもう飽き飽きし、ヴィジョンを目の前のガラスの中のアリスへと移し。ふと、遠く重い息が吐き出された気がした。 はた、男はひとつの可能性に気づいてはその爪先を捨てだす。足を、進ませる。 少年が、心の中からその存在を拒んだとしても、ただそれを掻き分ける。 密封空間の中、ひろいひろい部屋中に響く足音。止まることを知らず、両側の人形モニターの淡い光を浴びては進む。少し、時代を間違えたかのような着物のようなものを装っては死神を殺し。 ただ、少年はそれに気づかなかった。否、気づきもしたくなかった。 「そんな暗い顔をされて、そんなことではいずれ神になる身内に失礼ではありませんか。」 軽やかな口調で拷問の知らせを伝える悪魔。気づけば見えている世界は同じで。隣に来ては少女を見上げ。 吐き出す言葉と思いは足元、ぼとりと泥のように落ちるだけで。誰にも届くことはなく。 少年の思考では、今ではもう自分の一族にこの男を信じれる余地など何処にも残っておらず。空白空間なんてものはとうの昔に塗りつぶされ、ころされた。 「――あんたは本当に、そう思っているのか」 「おかしなことをいいますね。」 「俺からしたらあんたの考えこそおかしいと哂ってしまうがな」 「なんと、貴方の笑顔が見れるのですか」 「……ふざけるな」 「ふざけてなどいませんよ。ただの談笑にしかすぎませんではないですか」 そう言って嘲る男。影は発光物体のお陰で最小限に抑えられ。本当はこんなものでは無いのだろう。 「神なんて、たかが人間がなれるわけが無い」 「それは、自分の一族を否定しているようなものですよ」 「そもそも、そんなことが在り得るのか。……自称神の一族の姫神漸冷」 向き合い、流れる髪。陰に隠れ、顔はもう見えず。 ただ、其処に居たのはいつまでも表情を変えない影だけでありて。 「現在、神と同等と呼ばれている天空の姫君。しかし今代の姫君は姫神の血筋ではありません。ましてや、御三家の血筋でもない。――つまり、穢れた血の娘。」 ふわり、悦ぶように粘着する指。ガラスを伝い降り、その少女の輪郭を漂う。 「だから、なんだ。」 「貴方はつくづく頭の弱い方ですね。……今まで姫君は、御三家の中から輩出されていたのですよ。姫神は其の輩出量が他の二家よりも飛びぬけていた。ですが、そんなルールで構築された環が壊されたのですよ。ただの、御三家でもない穢れた血の娘が、神と同等の座についたのですよ。」 わかりますか、この重大性を。 風は凪ぐことなく、動くことも無く、吐き出される言の葉に塗れ。浄化されることは無く。 「……だからって、ちひろがそんなものに選ばれた理由は何だ」 神を創るプロジェクト。つまり、"天空の姫君"と呼ばれる神と同等の存在を人工的に創り上げる計画。嫌な予感しかしない、其れ。 「勿論、御三家の唯一の幼い娘だからですよ。特に、幼少というものは感受性が高い為確率が高い。それに、幸運なことに彼女は神童家一のサイコキネシスとも呼ばれる、一人息子の貴方を差し置いて次期当主候補ではありませんか」 がんっ。 厚みのあるガラスでは、よく音は弾けなかった。ただ、打ち付けた左手がひりひりと痛むだけであって。しかし、目の前の従妹のことを考えればこんな程度の痛み、痛がってはいけないのかもしれない。 「それに、姫君が私たちの手……御三家から離れたということは、重大な危険が伴うことも意味します。」 そんな絶望に浸る少年を差し置いて、言葉を続ける彼。その瞳は、どこか冷ややかで。 「姫君を制御することが困難になったのです。――例えばもし、その姫君が無意味な大量虐殺及び、とある儀式を開始しようとするのを抑える抑止力が遠く霞んでしまっているのですよ」 「だからと言って……、ちひろは何も関係ないだろうッ!」 怒りに震える少年に、呆れてやれやれとため息をつく男。 そして、最後の言葉を紡いだのであった。 「そうでもしないと、世界は上手く回らないのですよ。判りましたか、坊や」 交差してほどけない (サヨナラルーレット) |