( そのに )




もし、そうだとすれば世界はなんて色鮮やかなのだろうか。
風が髪を靡かせる。白い、夜の中。見渡す景色は、人間たちが作り上げてきた背伸びをする幾何学的模様と色とりどりの灯火。星達は埋もれ霞め。月だけが生き残って。
ただ、この足元をなぞらえていく。


ぱたりかたり、はたり。
ふと見つける音。硬く、高く弾けてはどこかに去って。ウサギが食べた。
振り返らずとも、判る彼の目的。ビルの屋上戸を開けて招かれた共食いウサギ。さあさあこちらにどうぞ。僕は貴方を歓迎しましょう。その僕に向けられた銃口はただの円でしかないのですから。

ふと、笑む其の唇。白銀のウサギに化けた狼が背後の月を舐め回した。目の前に佇む始末屋の影が黒く浮き彫りに。遠く、小さな蜃気楼。
そんな、夜の中。静寂は風をはらみ。銀色の髪を濡らす。そして、感じる鼓動。


カウントさえも忘れて走り出す人影。その速さはきっと誰にも追いつけないのだろう。ただ、それを見越してか少年はその場を動くことさえも無く、俯瞰の上絵空事を並べては食べていき。何処かで声がした気がした。
月が雲に隠れた。光は隙間から押し出されては、消えてしまい。ビルの谷間に落下して。花は閉じ。
聞こえぬ足音を鳴らし駆ける輪郭。惜しいものだと、ひとり思考は妄想に埋もれ。わかりきった未来に触れる、三秒前。

二秒前。
ぎらりと光る刃。右の裾から放り投げ出され星に絡みつき。兎が歩き始めた。

一秒前。
伸びてくる光の線を避けては通り過ぎ。先端についた毒さえ気にしない。だって当たらないのだもの。
そして、駆ける自分。たった数メートル。蛇の尾がこちらに向かってくる。ただそれを、自分は気にしないだけ。
右手には、薄く光る睡蓮色。未来を描き。


「お疲れ様でした」

零。

にこり、わらう少年の顔。その瞳を見た直後、人形はひとつ増え。
兎は顔を出し、月に舞い戻る。観測者はただ干渉することなく傍観するだけ。
この"せかい"も。これからの先の道さえ全て。
そう、今だってそう。足元に転がっている壊れた人形。赤い花を散らしてる。そんな、ことなんだって君が言うから。
僕は此処に居る。茜色の君の隣。ちいさく僕が居る。
だいじょうぶ、僕は君を手放さない。







いくら話せるようになったといえど、彼女の対人恐怖症(主に男性)は早々簡単なものじゃないことぐらいわかっていた。

「だからその……御免。今日病院行かなきゃなんないからさ、今朝は緑ひとりで登校することになっちゃうけど………。もっ勿論診察終わったら直ぐ行くから!」

「誰も来いとは言ってない」


早朝。登校前の午前六時半辺り。樹来家屋敷。広大なリビングにてふたりと二匹。
鳥のさえずりが耳を掠める。

今日はたまたま、月に何度かの診察日ということで朝から病院にまで行かなければならない。つまり、等式で表すと必然的に彼女はひとりきりになるわけで。しかもそんな彼女は対人恐怖症。実質、一年経った今でさえもあまり会話さえぎくしゃくしている状況。そんな義妹がひとり人の中に足を踏み出すだなんて心配するに決まっている。

「大丈夫、豪炎寺には連絡入れとくから。………くれぐれも学校行かない、オア抜け出すなんて絶対するなよ」

指をぴん、と立てながら目の前の失踪少女に必須事項を伝える。こうでもしないと……、否こうでもしてでもさえ彼女はちょくちょくいつの間にか校舎を抜け出すことが幾たびあるのだから。そのくせ考査では毎度学年トップだなんて、これこそ漫画やアニメかと思えるほどの異端少女であるから、学校側も学校側だ。手放すだなんてできっこないのだ。なんせウチは基本学力重視な私立であるし。

(まるで英才教育でも受けてたのか……?)
ふと脳裏の片隅、ぽつりと浮かぶ思考の枝。しかし直後そんなものは直ぐ折れ。


そんな朝の空気に恵まれながら。長い髪の少女はただ其処に居り。

「…………」

「わかったかー、緑」

ふい、とそっぽを向かれる顔。黒い双眸が別方向を見ている。なんとも判りやすい反抗の仕方。

「りょおーくぅう……?」

少し苛ついたので顔を近づけてみる。少しの悪戯心、というやつだろうか。……いや、悪戯って何だ悪戯って。
すれば、いきなりのことに驚いたのか、びくぅっと肩を跳ね上がらせては縮こまる身体。

「――……林…?」

そんな背後、聞き覚えの在る音色。あ。
こちらとら、背筋を振るわせたのでありました。






pupazzo
(ハローハロー、さあさあこちらにどうぞ)








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