一段と太陽が何時も以上に照り返す日。夏の風物詩とも呼ばれる声がとおく、ざわめきを隠し。
木漏れ日の背後に隠れながら行く道を辿るひと。こどもたちはそんなことなどお構いなしに、元気よく太陽の下駆け抜けていく。

此処の学生達は長期休暇を利用し、里帰りする者もいれば殆どを此処で過ごす者も居る。
彼女はどちらかと言うと後者であった。
別に、家が嫌いなわけではない。逆に感謝しきれない程の恩がある。しかし自分は事実上居候のようなものだからと、遠慮してあまりあの家には留まらないだけなのである。
そんな理由をまたとある彼女に言えば、なだめる声。此処は貴女の家なのですから、遠慮されなくていいのですよ。そんな優しい声を聞く度後ろ髪を引かれる。逆にそんなことを言われるから、自分は里帰りをしないのだ。申し訳ないと思考が告げる。
それでも一週間ぐらいは里帰りをするのである。流石に墓参りはこの学院からは少し無謀なので、一度家に帰る。するとせがまれては、気づけばそれほどの時が過ぎていることに気づき。そんなこんなで、学院生活一年目の彼女は此処に居た。


暑苦しい外から逃げ込んだはとある聖堂。学院の敷地内に聳え立つ其れは白銀に、その太陽光を跳ね返し。しかしそれとは裏腹に中は涼しげに、少し肌寒い気もする。
どうやらこの学院はとある宗教派に属しているらしいが、あまりそんな気はしない。確かにミサは週に何回かはあるが、かといって行われる行事はなんとも飛びぬけていた。
元々成り行きで此処の進学を決めたものだから、そんな学校の特色など全く興味が無かった。無かった、というよりそんなことを考えている暇が無かった気がする。
そもそも、"選ぶ"という行為自体知らなかったわけなのだから、仕様が無いのかもしれない。基本、学校なんて何処も同じだろうと考えているものであるからか。

しかし、それにしても此処の光景はいつ見ても綺麗だと思う。
神話を象徴したステンドグラスが、ずらりと両側の壁に並び、そして真正面にはそれらの二倍辺りの大きさ。
特に今日は、雲ひとつ無い快晴のため日光が隙間無く降っており。そして色とりどりに染まりては、神を崇めるこの場所は神々しさを増し。目の前の十字架が其れを受け止める。


「あれ、緑さんじゃないですか」

ふと、そんな聞き覚えのある声がし、その線を辿って。すれば、相手から駆けて近寄ってその足元を小刻みに鳴らしては。
時折隙間から見える睡蓮に良く似た髪が踊り、帽子のようなものから垂れ流された紺色が揺れる。それは時折花弁に類して。
透き通ったエメラルドブルーがくるくるり。ふたつ転がって。

「もう帰ってきたんですか?そういえば前行ったばかりですし」

はてな、と首をかしげ、手をとるシスター。夏にも関わらず長袖を、義務だとしても身につける彼女は何故かとても涼しげで。思わず感心してしまう。

「……もしかして、家が嫌いなんですか…?」

ふと、もしも。そんなことを先走るその唇。少し悲しそうにハの字に変わる眉。風は通らず。
いやいやいや。そして慌てて首を振る。ぶんぶんと犬の耳のような髪が揺れる。

「逆に感謝してもしきれない。あの人たちには」

「じゃあ、どうして?そんなにご家族が好きならこんなにも早く戻ってくるのです」

謎。そう言って尋ねる目の前の知人。
ふわり、その髪が揺れて。

むう、と視線を足元に下げる。再び高貴な椅子の装飾が目にとまり。天使を象った彫刻が小さく彫られ。周りにはその翼の羽根があちこちに飛び散って。太陽の光に照らされる。
少し啖呵を切って、小さく息を吐き出す。零れたのはちいさな想い。そして懺悔に良く似た音がして。
測定不能な程に暗く深い闇に類したその瞳には、とても小さく明かりがともるだけであって。
そして、唇から漏れた息はとても小さく。

「……だってさ、迷惑、じゃないか」

感謝はしきれない。特に今の父親と彼女は、自分を救ってくれた。こんな、自分を。
彼にだって、逢えたのだから。こんな、広い世界で。こんな、ろくでなしの自分の頭を撫でてくれた。
それに彼らのおかげで、まだ完全では無いけれど自分の対人恐怖症を少し克服できたという件もあり。
確かにまだ成人男性あたりは少し苦手だけれども、それでも。

「………むう、」

ふと、前方から小さく唸るような音がしたかと思えば、すぐさま両の頬に刺すような刺激。

「でもそんなしょぼくれてたら意味無いじゃないですか。どうしたんですか緑さん、思いっきり笑いましょうよ。時には大声で泣いちゃったっていいんですよ。吐き出したいときに吐き出したらいいんですよ。確かに私はまだ貴女と逢ってから二ヶ月ぐらいしか経ちませんけれど、それでも緑さんはちょっと遠慮がちだっていうことはわかります。今のご家族にも申し訳ないじゃないですか」

そうして微笑む聖母。
ステンドグラスを通り、きらびやかに床を覆い。ふわりと風は靡くことなく。
堕ちる影は静かに過去と未来をの間を垣間ぬって。蛇が足元神の下。ぐるりと輪を描き。光に恋焦がれ。
紅色のカーペットが少女の足元を彩った。宵闇よりも深い漆黒が映すものは、とある景色。色褪せること無い縁取った視界。
他人を拒んだひとがたの、人形の輪郭を撫で下ろしていく幻想。そうだなんて、誰かが呟いた夢を視る。
眩んだ視界

「あら、これはこれはとんだお姫様が来訪してたではありませんか。」

ふと痛む顔から手を離すシスター。そんな両頬を二つの手で宥めるひとり。
その中央奥、扉から見える金髪。長く、カールにぐるぐると巻かれた黄金色。顔を出す、もう一人のシスター。別名、"先輩"。手に持つトレイには、人三人分のお茶菓子に紅茶が

「……先輩…?」

変な単語が聞こえたような気がし、思わず問いかける。それに構わず彼女は悠々とふたりの近くに寄り、最寄の連なりベンチに座り、指し示す白く細長い手。

「ほら、おふた方どうぞお茶でも如何です?」

「セシル先輩のお茶菓子は美味しいですものね」

「……いやだから、あの…」

「おや、どうしたのです今回の一位な時雨姫様は?」

「……もう、その件については触れないでください…。」

「いいじゃないですか緑さん。だって、この"美女しか居ない"とまで言われているこの高等部で、見事シスター選考一位に輝いたんですから」

「………いや、だからそれは…」

「謙遜ほど悲しいものはありませんよ、緑嬢」

「セシル先輩はもう黙っててください。」

お茶菓子のクッキーを口に運びながら揺らぐ紅茶の中。白く、夏は過ぎ去り。遠くを見定める。
冷房の効いた教会の中、とある令嬢たちはちいさく花を咲かしていた。





(いつかのひぐらし)




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