からん、ころり。からからり。
音も無く、ただその大きい男を見上げる少女。長い、少女の髪と同じ色のロングスカートが足元を彩る。腕に抱きかかえるは兎のような人形。その淡いピンクも、この部屋では闇に溺れ。ただ、暗く。

ひろく、ひろいあおのへや。円柱のそれらが立ち並び。くぷくぷと泡が時折天に昇天し。まるで、深海に良く似た空間。
ずらり、その円柱たちのように囲むまたひとり、ふたり。少女を見据え。
気づいた時にはその腕は引かれ、虚無の世界に迷い込むアリス。先を導くはずのうさぎはもうその場に堕ちては倒れ。彼女はまた別の敵に捕らえられ。そんな彼らを動かすのはただ闇に染まったとある王。女王は既にこの世から退却され。

そして、黒髪を揺らすアリスを揺らしては王はただ席を赦さず。深海の海の底、溶け込んでは染まり息。
既にその液体に浸かったチェシャ猫が云う。

「ようこそ、あたらしい"迷い兎"」


その瞳は瞑られ、その腕は動かすことも、その指が触ることも、その言葉さえ紡げないはずだというのに。
確かに、彼女には、アリスには聞こえたのだろう。そんな、同じ少女たちの視線が雨となりて。

ほら、人形が哂いだした。











「…………」

ぼふり、と変な感触の中ぐらつく頭。そんなわけのわからないまま、ひとりは目を覚ました。その紫の瞳があたりを見回す。

まるく、覆われた空間。壁は黄色だったりピンクだったりとポップで可愛らしい配色。上を見上げればふわふわと、風船かボールかもわからない色とりどりの球が浮かんでいる。
中央には、浮かぶ大きな鳥籠。黒く、輪郭を強調して。
そんな周りには人形が幾つも浮かんでは沈んで、漂い。不思議の国。ケーキの中をくりぬいたような幻想。

まるで、人間の妄想パラレルワールド。


ただ、ひとり口を開けるだけであった。どうして自分が此処に来てしまったのかもさえ、記憶がおぼろげで。というか其の前に、自分はただ道を歩いていただけの気がする。
そんな空間の中、ひとつ思うこと。確か、自分は幾度かこの情景、感覚を知っている。そうだ、あれだ。主が口にしていたこと。今になってようやくピースが繋がった。

転がるようにまばらに倒れている少年少女。年齢は様々ながらも、せいぜい18歳までだろう。なんとなくそれが予想できるのは、ほとんどの人間がこの学院の制服を着飾っているからであろう。ざっと数えて10人以上。まだ鮮度が高いのは、ただ此処に収容されてまだそんな月日が経っていないからか。それともこの空間のお陰なのか――ともあれ、足元には転がる生体。

そして肝心のこの空間。きっと此処は、誰かが作り出した"想像世界"、つまり結界。思考具現化とはまた違い、ただ自分の描いた空間。ただ、液体を固めただけの世界。あの世にも、この世にも属さない、中立の存在。たまに、上級魔術師等が戦闘時に用いることを、知識実践ともに彼女は知っていた。


「――あれ、どうして君はおきてるのかな。みんなおねんねしているはずなのに」

背後、ゆらりと漂うちいさく冷たい気配。しゃりん、突如鈴が鳴ったような、そんな。
こどもの、声。ちいさな、少女の声。漂う冷気は濃く、思わず吐きそうになる。
そして振り返る姿、凛々と。両側に結われた対の髪が円を描いた。静かに、氷のような冷たさを纏い白い花のようなワンピースの裾を濡らし。花は、たおやかに。永久に咲き乱れた。


腕に抱える継ぎ接ぎだらけの人形ウサギ。片目のボタンが転げ落ちそうで。
纏う雪のようにひんやりとした永い黒髪。頭に流れる紅リボンが少女を描く。
くろい夜色スカート。スターブラック嗚呼星に願うの。
赤色ブラウス見つけるパッチ。何もかも、変わらずに。今でも"少女"を奏でる。

にこり、と微笑む少女。壊れいく人形を舐めまわすように妖悦と表情を浮かばせ。

鳥籠は鍵を忘れた。












「どうして、あなたはめをひらいているの?」


戦闘開始の鐘は鳴らされた。ちいさな少女と、銃口少女の黒髪が靡いては消え逝きてはその背景に侵蝕され。甘い香りと誰かのにおいが混ざり合って。全てが融合することは無く。


ばさりっ。
楓がその場を赤く染めては舞い狂う。番の蝶の様にツインテールが宙を舞って飛び跳ねた。白い、純白のワンピースが薇仕掛けの少女の目を霞め。

アンシンメトリーに伸びる白い血管のような枝の先。白い菫が咲き誇り、背後には蕾を開いたマシンガンたちが種を放射しまいと。
軽く数えてその数は二桁をゆうに越し、下手をすればこの空間なんてものさえ壊してしまいかねない程の数。ただ、黒光りしてはその眼に映る。

「"launch"!」

ひとつ、こえ。空間全体が震え上がる幻覚が誰かの眼に映った。開花の合図。
あわよくば目下の人間たちに当たりかねないほどの弾丸。
彼女に会う前の少女ならばきっと、少女は躊躇無く人間ごとこの空間を壊していたのだろう。だが、主に誠実な彼女は全て主の考えを尊重する。そのため基本無差別殺戮に値する行為は慎んでいる。

目の前にはふらふらと浮かんでは笑っている人形。少女。黒いスカートが影を作る。
そんな黒とは相反対した黄金色の弾丸が、彼女に降る。花が散るように。ただ、雨が降る。
盛大な爆音。凡人ならば耳を塞いだとしても意識を保っていられるかさえも不明な程。耳栓なんぞあっても無くても同じだろう。
そんな音たちと共に咲き誇る華。下の人間たちには届いていない。花弁はただ一点を目指すだけで。
生憎主のように誰かを守れるような術は持ち合わせてはいないが、それでも相手を倒すということならばミラの得意分野であった。ただ、壊すだけなら、きっとスバルよりも早い。

ずどん、ずどんと彼女の傍で弾けては咲き誇る種。背景の一部分が窪む。
合図を送れば一度に引かれる引き金の列。間違い探しなんてしても意味が無い。全て同じなのだから。








「……やはり、か」

薄々感じてはいた。この神隠しもどきはとある異端の仕業だと。現に今、そうであった。
少しの、空間の歪み。今、はっきりと明確にわかった。きっと現場から近かったのだろう。だから、今まで感じなかった空間の歪みを、はっきりと今感じ取れた。


稀に、相手が能力者や魔術師、またはそちら側に属すもので力が強い者の中に、自分で異空間を作り出す者が居る。
しかし、その行為は言い換えれば"ひとつの世界を創り上げる"ということに等しい。つまり必然的に、力が異常なまでに大きく、力を制御する高度な技術がなければならないということになる。
そのせいもあり、実質そんなことを出来るのは本当に上級魔術師か上級御子あるいは姫君くらいだけであろう。

そして、先程の空間の歪み。多分、それは異空間と現世が一時的に繋がったことにより生じたもの。

そこで出てくる一つの事件もどき。
とある日押しかけてきた少女の依頼、そしてこの学院にて密かに続出する神隠し。
もし、この考えが間違っていなければ――。

全てがわかれば、後の動作はとても簡単なものだった。
目の前、学院の南西側。森に近いそんな場所。白いタイル張りの地面の隙間から、小さな白や赤の花や、雑草が元気に太陽の光を浴びている。
くぴゅり。左の親指に牙で穴を開ける。とぷり、静かに、音もなく滴る赤い糸。

扉は、此処。そんな難しいことじゃない。ただ、閉じられた重い扉の鍵をつくるだけ。
全て、終わらせるため。


宙に走らせた風斬り跡。
途切れ途切れに緋が何かを描く。
それは文字を象り徐々に全てを見繕っていく。
闇色の双眸が、ただその先を捉え行く。何も知らずに。

「――開門」


そして鍵は開かれた。




(大きくて、小さな仕掛け)




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