ざわめく街。喧騒という名の静寂の中に、ひとり居り。掠め行く誰かの音さえも、誰もかしこも気づくことはなく。
そう、今だってそうだ。隣車道を駆けて行ったあの白く紅いサイレンを鳴らす物体だって。誰も気づかない。否、気づかない振りをかましては本当は気づいている。また、どこかにある人形に亀裂が入ったのだと。しかしそんなこと何時ものことで。最早日常茶飯事、聞いてるこちらが呆れるほどに。実際現在進行形で崩れかかっている彼らにとっては頭に血を上らす話かもしれないが。これが現実。あっち側は知りません。ガードレールが唯一境界を張る。
老若男女男女十人十色。周りに、この街にごった返している人間と呼ばれるモノ。
思想は人それぞれ。彼に会いたい。あの子が恋しい。さようなら。こんにちは。こんな世界なんて。あの人、最近元気無いわ。あの液晶傷ついてる。他人から見ればどうでもいい、浮かんでは弾けるシャボン玉。昼下がり太陽は相変わらず。そして光に照らされてはすぐ壊れる泡沫。何色に染まるのさえ知らず。
雨を通さないアスファルトは、日の光を跳ね返しては誰かの思考が撒き散らされ。隙間に根をつけるのさえ危うく。
ただ、そんな地面を蹴り上げては行く少年がひとり。
雲はひとつも無く。






『――というわけなので、夜外出をするのは控えるよう……』

目の前に過ぎ去るは地上デジタルとなったことでブラウン管よりは鮮明度が増した映像。右端には、この季節でよく見る桃色のスーツを着ては多い茶髪を頭でくるりとまとめている女性アナウンサー。後ろには丁度、とあるまた別の映像が無音で流れている。
そしてそんな左上、なんとも斬新なテロップが画面を彩る。

「へー、どうやら世の中は面白いことになってるみたいだねえ」
背もたれに身体を預け、音も無く黒いチェアーが傾く。見ただけで相当な値段だとわかり。そんな背景、赤っぽい亜麻色が重力に従い。ふわり、軽く漂う。尻尾のように生えた、一つ線の髪が酸素に乗り。
張り付いた紺色のシャツが更にそのラインを浮き上がらせる。長い袖口からは長細い指先が覗いており。楽しそうに言葉を浮かばせるその口先。
鴉に良く似た双眸が捉えるもの。

「ばーん」
ぱんっ。
そんな都市の一等地。街どころか都市全体を見渡せれる俯瞰を抱くこの部屋。固い音が若干反響し。ふと、周りの空気を振動させた。
思わずその声をたどる。対になった目の前のソファには銀色猫がごろごろと。そして肝心の、壁に貼り付けられたその液晶画面を見る。

「おお、ヘッダー」
感嘆を上げては唸る彼。その黒い瞳が若干表情を表し。相変わらず銀猫は、どうでもいいと背を向け。

「って何してんだっ!?」

液晶画面越し、女子アナの額。突き立てられたはダーツの針。まだ吸盤のようなものだからよかったものの、普通のダーツの針だと壊れているであろうそれ。
そんな当の本人はなんとも楽しそうで。というかこの人は基本何でもそんな感情で済ませてしまいそうな気がする。多分。

「何って何が?」

「テレビの相手に向かって針投げるなんて」

「でも若干ズレた。やっぱりこっち来てからたいして射撃してないからかな」

そう言って考え込むひとり。背景の青が今では苦々しくさえ感じる。そしてさりげなく物騒なことを言い出す人間。
くるくると回る彼。間から垂れる髪が踊り。ふわふわと風と遊び、少し小さくチェアーが音を吐き出した。

そんなことには気づかず、ただ映像は粒子を散らばせては流れつき。いつの間にかその矢が立った場所は、既に映像が切り変わりて。

『切り口は大きく、深いことから比較的大きな刃物だということです。』

懲りずに彼女はまた原稿を読み上げる。音声だけが機械音に混じりて。平面向こうの立体風景を映し出す。


「……解剖したら面白そうだ」

ぽつり。再び言葉を浮かばせるその唇。緩やかに、なだらかに。無慈悲に文字を並べ。
それに反応するは銀猫。起き上がることもせず、ただその言の葉に水をやるだけであった。琥珀色の隻眼が現れて。

「――犯人は異常者か」

ただ、一言。ひとつ。字数を数え。重苦しく回る歯車の中。黒いソファに溺れながら、猫はただそんな葉を拾い上げるだけで。
ゆらり、ぐらり。世界は既に傾いている。

「やっぱり何か感じたりした?同類としての何かを」

口元を歪ませいとも簡単に残酷を口走る少年。彼を取り囲むように映るモニターたちはそれぞれ違う景色を映し出し。

「"大きな刃物"……そんなことですぐドンピシャ。刃物は基本的重量負担が大きいことに加え大きいものなら尚更。それにあまり大きいと動きが鈍る、つまり相当な達人とでも言える人間でマシなくらいかな。この凶器だと。と言っても人間、筋肉やらなんやらで軽く平均的計算をしても非現実的だね。しかもこの短時間、いくらおれの予想範囲以上を越える人間が居ても無理だね。――けれど」

ぱんぱんと映るモニター画面。ひとつひとつがまた別々の映像、画面を映し出しては切り替わり切り替わる。その背後構えている空が虚しく感じられるほど。
かたかたりかたたたたたた、りた。
目が回ってしまいそうな速さで彼の指先がその事件の奥底、掘っては浮き彫りにする。――そう、彼の前では誰しも何もかもが丸裸のようなもので。実質、今だってそうなのだ。

「"契約者"、やはたまた"能力者"とでも言われる異端児たちがやらかしたんだろうね。適合者やらだったり。凶器の特徴からして一つ魔道具を知っている。でもどうやら上手く使いこなせていないみたいだねえ、こんな低俗な真似をするのはただの馬鹿かな?表に出れない者がこんなおおっぴらに世間を揺るがすだなんて、現在進行形で今おれは笑いをこらえるのに必死だよ。」

遠慮なく吐き出される無数の其れ。口元歪み、彼に訪れるのは甲高い笑い声。呼吸にあわせ体が上下左右に揺れる。どうやら本気でつぼに入ったらしい。

「っ、ふは…っ、あははっ……!流石にあいつでも、これ程馬鹿なことはしないね!」

「……煩い」

「そうだとは思わないかい、佐久間次郎」

「知らねえよ」

「不思議だねえ、ほんと、不思議だ。人間ってのは。先が無いとわかっているのに知らない振りでこの先の光を信じる。実に馬鹿馬鹿しい。けれど、それが好奇心をそそる。だからこそおれは解剖したくなる。……けれど実に同じようなモノばかりは面白くない。やっぱりこういうような、"飛びぬけた馬鹿"な能力者や魔術師の解剖はとても心を擽られるよ。」

ぱんっ、と音を鳴らすは打ち合わせた手と手。まるで夢見る少女のように、その瞳は好奇心に溢れ。エフェクトで星達が垣間見える。内容はロクなものではないが。

「ねっ、源田幸次郎っ!」

「ええっ!?」

いきなり話を振られ、思わず彼を凝視する。というかいつの間に目の前まで来てるんだ。黒いソファの端。そして向かい側ではペンギンの人形を抱いて転がる一人。

「……人、それぞれなんじゃないか?」
取り合えず言葉を繕う。そんな、全く自分は医療じみたことなど知識は皆無なのであまり話はよくわからないが。取り合えず目の前の恩人がどれだけ其の行為が好きなのはわかった。うん、それでいい。

「おい源田に変なコト吹き込むな」

ふと、声がしたと思えば睨むひと雫。気のせいか、そのぬいぐるみの目が細められていたような気がしたのは。

「じゃあ変わりに佐久間が解剖の件、受け持ってくれる?というかおれ的には君たち預かる条件でそんなことを出したと思うんだけれども」

そう、笑顔で。

「ンな事知らねぇッ!」「そんなこと聞いてないぞっ」

そして重なる二重奏。なだらかに、なめらかに。

確かに、現在自分たちふたりは此処、この"情報屋兼闇医者"である宙(ソラ)と名乗る彼の元に居候しているのだ。また原因やらを話すと長くなるので、とにかく"複雑な事情"とでもしておこう。
こんなご察しの通り解剖好きな彼は、無駄に天才である。同い年だというのに、外国にて大学卒業免許を取得したのが2・3年前。情報屋としての情報収集能力並びにその医療技術は郡を抜いており。そして容姿端麗。街中で出会えばきっとモデルだと見間違えるだろう。
そんな彼にもどうやらというか必然的というか、血の繋がった人間が居る。

「そんなに解剖したいなら自分の妹でも使え!」

「いや佐久間それは流石に駄目だからな!?」

「知るか!」

「知るかじゃない」

そう、妹。詳しく言えば双子の妹。因みに一卵性である。
彼女に関しては実質、ある意味同じ空間に居たのだから一応存在は知っていた。まあ、今ほど知り合う仲では無かったが。

「あー、丁度朝緑に"新薬出来たから被験体なって"って言ったら即効拒否された。」

「それはどう考えてもお前が悪い」

淡々と相変わらず中身を抉るような言の葉を掴む彼。しかし当の本人は顔色ひとつ変えず。
時雨緑。それが彼の実の双子の妹の名。実は、現在データ上自分と佐久間が通学している学校の成績上位を修める少女。確かに、似ている。もういっそふたりでアイドルやモデル活動をしたらすぐ売れっ子になりそうな。数回ぐらいしか会ったことの無い自分だが、これだけは言える。当たり前と言えば当たり前のことだが。
それでも性格は正反対のようなもので。
自分が知る限り彼女は、どちらかと言うと女性ながら男勝りな性格。結構サバサバしていたり。大人びている。自分より周りを優先させるような人柄。
しかしながら目の前の彼、宙は結構他人を弄繰り回すような人間。つまり、人を掌で弄んだりするような。かといって其の中には子供さながらの好奇心が。
特にこのふたりを区別するもの。
妹である時雨緑は"人間"を見ているのに対し、兄である宙は"ヒト"を見ていること。
彼女は人間性や人柄を判断するが、彼の場合は人間の中身"そのもの"を覗いているのだ。

確かに、このふたりの違いや性格というのは生い立ちも関連しているのだと彼は言っていた。そうだとすれば、一体過去に何があったのだろう。こんなことは、自分が踏み込める話じゃないけれども。でも、どうやらふたりはつい最近出逢ったようなものらしい。つまり、十何年離れ離れだったということで。しかしそんな詳しくは知らない。聞いたら答えるのかもしれないが、そんな彼でも人間だ。だからと言って彼を傷つけてしまいそうな理由など無い。
ただ、そんな思考が頭を駆け巡り。


「んー、緑に頼んで屍でも一匹捕まえてきてもらおうかな………」

そんな文面をなぞるのも彼であって。
桜とともに春は舞い散る。


そんな彼は
(せかいを喰う者)