「でも闇野くんも意外と鈍感だよね」 ふと、その細長く白い指でペンを弄ぶ彼。さらりと流れる黄金。木漏れ日に包まれた部屋。瞳は艶やかに。 そして二人と一匹は其処に居た。 「リョクの事、よく気づかなかったね。逆にそっちの方が僕は驚いたよ。闇野家であろう者が、そんなに貧弱というかそうだったなんてね。」 その唇から零れ落ちるはただ的をついた弓矢達。刺さっては彼の身体。流れ出すものは何も無く。ただ、それをひとり眺めていた。 「君も見ただろう?彼女の力を」 「―――。」 「確かに上級魔術者や根源が"創始"だったり"再生"なら少しはわかるかもね。まあリョクもそこに頼ってる部分は少しあるけれど。」 そんな、話題の渦中にあたる人物の相棒である獣はふわあ、ひとつ大欠伸。もぞもぞと毛づくろいまで始める始末。 「――根源、か」 人それぞれ、一人個人を根本から成り立たせる属性のようなもの。 それは魔術や固有能力を使う際、引き金になったりとすることもある。例えば、同じ炎を操る魔術やらを使うとする。もしそこで片方が"再生"という根源を秘めていたとする。すると、その炎は影響されそれに当たった対象物が元に戻る。それは傷やらだけでもなく、時には過去に其処が大火事を起こした場所ならばそれが具現化される時もある。――しかし、其処までするにはかなりの魔力等を消費する羽目になるが。 「宮坂了の根源は"矛盾"。自分が願っていたものや、他人の願望がベクトル変化のように捻じ曲げられる特徴。まあ、其のせいで最後に彼は魔鎌に――"裏切られた"とでも言おうか。どちらにしろ素人がそんなに魔力を秘めてるとは思わないけどね」 この学院に潜んでいた殺人魔。彼は魔鎌適合者だったらしく、素人にも関わらずそれなりには使えたらしい。最後はその魔鎌に、自身が持つ根源のせいで自ら腹を切ることになったが。 「そして時雨緑の根源は"消失、消滅"。そのままだね。そこに在る事無い事を全て"消してしまう"。簡単に言えば"無かったことにする"。だから彼女は傷も荒れ狂った土地さえも"その事実を無かったこと"にできる」 例えば、こういう風に。 ぽちゃん、少し水面が弾み落下していく角砂糖。可愛らしい音を立てながらも、その存在は揺らぐ濃い褐色に飲まれ。消えては融けて。 「でも彼女の力が小さかったら、対して何も消せないよね。塵ぐらいは消せただろうけど。」 つまりね、僕が言いたいことは――。 ふと、頬に滑る人肌。目線で追えば其の手は目の前の人間のモノで。 艶やかに、ねちゃりと張り付き。爪が掠り。 「――本当は、気づいてたんじゃないの?」 ただ、ひとこと。その双眸奥に彼は何も持ず。ただ、虚無に靡き。 紅い牡丹が其処に二匹咲いており。ただ、乱れては狂い。 その唇は何かを期待し、何かを拒み。 「99%の予想と一つの結果。お前ならどちらが強いか判る筈だ。」 たとえ、その予想が合っていたとしても全ては結果。ただ確信を得るまで、たとえ高確率の予測を肯定してはいけない。 ただ、闇に潜む獅子は眸の奥見据え。闇色に堕ちては浮遊し。 ふと、視界掠る一匹の白銀の鼬が見え。 「確信したのは、姫君が自身のお言葉で仰ったことと、あの妖を見ればそれは事実となった」 「君は、特に妖には人並み以上に敏感だからね」 「――其処までわかっているのか。」 ふわり。飛んで揺らいで蝶の羽。 するりとその右手は肌から指を離し。踊るように。 その姿を誰かが妖精のようだとでも思ったのだろうか。ただ、そんな虚に満ちたこの部屋で。 ただ、鼬はその光景を傍観しているだけで。 獅子は力を抜くことなく。ただ、目の前の物体を敵となってもおかしくない眼差しで見据え。牙は既に日光に晒され。 そんな中、妖精気取りは光の下泳ぎ。神サマだと自称してはその翼を羽ばたかせ。溜まり水と同じ色をした双眸を輝かせ。 「お前は何者だ」 問われれば哂う。笑いては仰ぎ。 なりたがり神様手を叩いては音鳴らし。 懺悔の唇弧描いて。 ◇ そして彼が目指した先、一人の少女が池の前佇んでおり。 清潔感溢れるワンピースを纏い、その黒髪は何色にも変色し。艶やかにてつややかなその髪は両側にて結われており。一部白が混じって。 「……なあ鬼道、あんな子この学院に居たか?」 どうにかし、半田を振り払い先ずは問題を。見た感じでは多分高等部から中等部辺りだろう。 兎にも角にも、高等部の生徒ならば生徒会長である鬼道なら何か知っているかとたずねてみる。 しかし、暫く考え込んで出てきた回答は否定を促す言葉であって。ふと、改めてその少女を見る。 ……というか、何故自分はこんなにもとある少女の為考え込んでいるのだろうか。知らない子、だからだろうか。 ぐるるりと廻ってはとぐろを巻いていく何か。解けては消えゆき。 「えーと、ねえ君中等部の子?」 ふと、先ず最初に少女に話しかけたのは半田。少しはにかんだ姿が何とも新鮮で。水面花弁が堕ち。 その黒い線が揺らぐことは無く。風は止み。音も消え。 「……えぇっとさ、えと、その、お…おれ高等部二年の半田って言うんだ。……だから、その…」 「―――」 若干ヘタレとも分類される半田が、腹を切り見知らぬ少女に話しかけるが、相手の反応は皆無。気づいていないようにも見える。しかし、こちら側と相手の距離は僅か10cm程度。……これは"無視"ということでいいのだろうか。 「きっ、君はさ、見かけない顔だけど中等部だったりするのか、な」 「――――」 なんだろう、見ていて物凄く辛くなってくるのは。何と言うか、その。必死に話しかけても反応ひとつされないこの虚しさ。"もしこの情景を100文字で書き出しなさい"と問われてもきっと答えることはできないだろう。言葉の選択に迷いに迷い、というか最早文や言葉では表せないこの悲しさは。 取り敢えず、本気で悲しくなってきたので少し割り込みさせてもらう。このままでは友人の(主に精神的な意味で)体力がもたない。 「俺は高等部の風丸って言うんだけどさ、たまたま見慣れない子が居たからちょっと気になったんだ」 そうやって笑う自分。 ただ、そろそろ梅雨に入るであろう空。鮮やかに目をつく新緑。白い校舎を写して。 水面に映るのはどんな未来なのか、誰も知ることは無く。否、はじめからきっと反らしているのだ。いくつもの道を進んで。 ふと、やっとだ。池を眺めていた少女が顔を上げる。随分と背丈があるため、こちらを見上げるその双眸。対する自分は、そんな俯瞰を見下ろして。 すると、少女がふとその後ろへと目を流す。水が流るるように、鯉が哀れな海を泳ぐ頃。雫は、跳ねることなく。 思わず自分も後ろを見てみる。 背後には、先ほどにて絶賛精神ボロボロ中の半田に加え、会長とエースストライカーの顔が。どうやらついてきたらしい。まあ、自分的にはかまわないのだけれども。 きっと鬼道の場合、この少女が気になったのだろう。知らない少女。本当に、高等部以外の生徒ならよいのだけれども。どちらにしろ、多分そうだと思う。この学院は部外者は易々と入れないのだから――。しかし、妖やらは例外だが。 ふと、その双眸がこちらを睨んだ気がした。細く、それこそ刃の先のような。触れる前にその指を落とされそうな。そんな――危うさ。 「お前は中等部の生徒か」 そんな中、ひとりその口を動かし。たぶん、彼も彼女の危うさに気がついている筈だ。けれどもその人の子は真正面に銃弾へと言の葉を芽生えさせ。その華こそ弾薬に変わり。 ふたつの紅色が少女の瞳に映る。空には雲ひとつ無く。その天上に似た色をした池に、鯉が悠々と泳ぐ。深く、潜ってはすらいで。 「貴様に話すことは何も無い。」 流石に頭を切らしたのか、またその口先が宙を斬る。ただ、はっきりと啖呵を切り。流れぬ風はその影を揺らめかせ。アスファルトは日を跳ね返し、その言の葉を枯らし。冷ややかに蝶が目の前を掠めて。 ただ、簡潔に言えば高等部生徒会長ととある少女の視線はぶつかり合っては崩れることなく。 そんな、自分でも嫌な予感がしてきた頃。その音は弾けては、まるでこれこそ神がこちら側についてくれたかと思った幻想が頭を過ぎり。 聞き慣れた声、見慣れた容姿の少女がこちらを覗き。ふわりと、半田が今にも泣きそうになったのを今でも覚えている。確かに自分もやっと安堵を身体が感じた瞬間でもあったのであるから。 「あら、ミラさんじゃないですか。それに鬼道さんたちも、どうかされたんですか?」 睡蓮色の髪を揺らしながら、とある少女が顔を出した。その声にぴくりと、また謎の少女Aが背後を振り返る。ふわり、その黒いツインテールが放物線を描き、光がそれを霞めた。 「あれ、久遠……その子と知り合いだったのか?」 思わず驚きで声が漏れた。穏やかな花のような少女に、銃弾のような少女という組み合わせはとても似つかわしいものではなかったのだ。あまりにも、差が大きすぎて。 驚く男子共を放っぽいて、女子は女子で花を咲かせる。ちいさく、ためいきを突いた誰かがいた気がするが、気にしないでおく。 「ええ、ミラさんは緑さんの使いなんです。」 さらり、まるで息をするようにつくその言葉。この時ばかりは、その笑顔に後ろ髪を引かれ。 等式で表すと、この"ミラ"と呼ばれる少女は彼女の使用人あたりになるのだろうか。 またとある人物Aが脳裏を過ぎりて。ぽちゃり、鯉が跳ねた。 「……って、時雨ってそんな金持ちなのかよっ!?」 いや、ほとんど此処の生徒はそうだと思う。驚きのあまり半田が口を大きく。 そんなことを思いながら、確かに。此処に在籍している生徒でも、使用人を何人も抱え込んでいるほどの大金持ちは半分以下であるが。 思えば、時雨も時雨でそんな雰囲気を漂わせている感じがする。ひと昔前までは自分も、彼女のことを高貴の花という印象でしかなかったのだから。 というか久遠が以外にも時雨緑という少女と親しみが深いと気づいたのもこの時であって。 「――…で、その時雨のところの使用人がなんでこんな所にいるんだ。」 慣れてるのか、さくさくと話を進める鬼道。流石御曹司は違うと、また別の思考が告げ。 ふわり、彼女の絹のワンピース揺れる。空は鮮やかに。 「もしかして、緑さんに逢おうとして迷ってしまったんですか?確かに、この学院は広いですもんね」 そして隣の少女に尋ねるひとり。そして今まで自分達ではまともな反応をしなかったというのに、睡蓮の前では蕾は花を咲かせ。こくりと頷いた。 「じゃあ、私が案内しましょうか。緑さんなら、先程見ましたし」 そしてその手を取る彼女。笑顔でその足を進め。 お辞儀をしてこの場を去る二人。花弁だけが其処に堕ちただけで。 池の鯉は相変わらず愛の形をつくることもなく。 蝉が、恋に破れたひとりを嘲笑う。木陰が揺れるそんな頃。 「……可愛かったなあ…」 うわあ、思わず漏れる音の羅列。ふと隣を覗けば、それは彼のものだということがわかり。もし彼に動物の耳があったのならば、きっと寂しそうに下に垂れているのであろう。 「また逢いたかったら時雨に頼み込めばいいじゃないか」 「ばっ!?なな何言ってんだ風丸っ」 「何って……、半田が寂しそうな顔してたから」 何でそんなに躊躇うのだろう。ただ頼み込めばいい話だと思うのだが。 「先ず、時雨に近付くのさえ無理に決まってんだろっ!?」 前どや顔で時雨のことを説明しては鬼道を茶化していたあの頃の彼は何処に行ったのだろうか。今ではそんな面影など皆無で、あわあわとただ動揺する玩具のようで。 というか"近付くのさえ無理"とはどういう意味なのだろうか。確かに、干渉することが無ければ話すことなど滅多に無いけれども。 「あの、シスターの誘いだって断った時雨が俺を相手にすると思うか?」 「お前の頭の中の時雨はどんなんだよ」 どうやら、先程無視され続けた後遺症が出来てしまったらしい。そういえばまたもう直ぐ楼樺祭があるけれども。 「それに……、時雨がいちいち告白断る理由知ってるか…?風丸」 「……いや…、知ることも無いし。そんなこと」 「あのな、時雨には許婚が居るからいちいち断っている、らしい!」 どどーん。 漫画やらではそんな効果音に、背景エフェクトが追加されるのだろう。そんな一部呆けた脳が小石を蹴った。というか、え……。 思わずのことに、自分だけでは無く鬼道でさえも眼を丸くした。そして気づけば庭に居た少年少女の視線が一気にこちらを向いた気がした。リアルに感じられるものだから、それは凄いものなのだろう。きっと、たぶん。 「おい、マジかよ半田!」「へえ、流石なのですわね」「何、よくわからないけどそのこって可愛いの?」「あほらし」「人気なんだね」「ほら、よくあるアイドルのアレみたいな」「ソース元何処?」 ざわざわごやごや。こんな時だけは無駄に団結力が大きい気がする。一気に迫ってきた生徒達をかいくぐり、密度が無駄に上がったその場所を離れる。思わず息が上がってしまう。 「時雨には誰も居ないぞ」 ぴたり、はたり。またアクションを取った生徒達。だから何でそんなに団結力高いんだ。 そしてその声の主を視てみれば、見慣れた彼で。その視線は瞬時に離れ、愚痴っては離れていく。 「え、いるんじゃないのか?」 「また変なデマ流れてるのか……。あいつにはそんな許婚とかいうのは存在しない」 単なる噂。そう、ジョーク。 けれども、真実か否かという狭間に揺れる其れは時たま人を動かすことが出来る。確かに今だってそうだった。たった、誰かが言ったひとことで人々が動いた。何とも、皮肉なものだ。其れが真実か虚無かという判断が下される前に、行動が起こってしまうのだから。 そんなことを実感しながら、ただ上の空で初夏の匂いを感じていた。 恋昇りと小さな子猫 (ちいさなであい) |