「さて、どうしてくれましょうかね」 いっそ頭をぶち抜くとか。 とある猫類であろう容姿。くるくるとゆれいで動いては弄ぶ尻尾。白と黒の毛が混じり合い。 「ミラ」 ばこんっ 少女が一喝入れるのと同時に白黒の身体に風が奔り。気づけばその立ち位置はソファの背もたれの上となっており。 そのソファの座る部分、視線を頂上に見据え白い鼬が吐き捨てる。 「――主と同じタイミングで攻撃を仕掛けるとは、なんとも卑怯な手を使うのですね。禄妖である貴方が」 「たー、まー、たー、まー、だ。一応相性はいいらしいしな。それにまさか、テメーの口からそんな言葉を聞くとは思わなかったな。――明日にでも世界崩壊するか?」 「そんなこと、主が消滅するほか在り得ない事です。否、主が消滅なんぞすることなど無いでしょうが」 「流石信者」 「何が間違っているのです? "時雨緑"という名の神を信仰するだけです」 「だからなミラ、私はそんなんじゃ無いって何度言えばわかる」 呆れて頭を抱える緑。ココアが見慣れた部室に漂うだけで。 部長専用デスクチェアには部長である照美。そして奥のキッチンから出てくる緑。赤褐色の高級品であろうソファでは、とある獣二匹がいがみ合い。そんな中ひとり奇妙な光景。 「――で、どうするのリョク。闇野くんのこと」 そう言いながらコーヒーに角砂糖をひとつ、ふたつと入れ掻き回す人間。 砂糖はすぐさま融解し、ぐるくるとその色に埋もれていき。ちっぽけな塊は、大きな海原に侵蝕され。 「まあ僕は見てて面白いからいいけど」 「……だろうな」 予測していた感想と全く同じな照美に再度また緑が項垂れるのは言うまでも無く。 はたまたため息を零し、彼を見る。その高低さのせいで、自然と彼女が見下すような格好になってしまうのは仕方なく。 扉前方机後方少女前方植物西方。額とカーペットをこすり合わせる少年が、ひとり。 「まあ、しょうがないんじゃないかな。"天空の姫君"なんて一生に一度、あえない確立の方が高いからねえ」 「………でもそんな、私は会ってどうこうの存在でもないだろ」 「相変わらずというか、リョクは自分のことは無関心だね。いや、鈍感とも言うべきかな?」 すう、ふと照美がその鮮やかな混沌を口に。ほのかに豆の香りが辺りの空気をしたたませ。 揺れ動く波は他人の心情のように、ゆらゆら陶磁器のカップの中を泳ぎ。 「其処の女装変質者。これ以上主を侮辱するのならばその首、斬り落とすぞ」 気づけばその気配は彼の真横。西方。怒りに満ち、その声は音階を下り。両眼はただ紅く。 通常の人間でも視えるほどの力を持つ一匹が、その尻尾の先を刃物に変えており。 「――ふうん。主が主なら、其れに従う獣も獣というところかな。」 「そうか、冥界に赴くのがそれ程好きか。――だが、きっと貴様なんぞは冥界というよりも地獄の業火にその魂を焼かれているのであろうな」 「ミラ、」 ミラ自身の心情や力の波を感じ取り、主である緑が宥め様と声を掛ける。ゆらりぐらりと平行線。しかし当の彼女は先ほどのこともあり、丁度沸点へと上り詰める最中。最早誰の声さえもその鼓膜には届かず。徐々に増えてきたあの夏の風物詩とも称される虫さえも。 そんな中、最初に彼女を怒らせた一匹はそれを呆れており。悠々とその窓から世界を見渡しており。その白銀の毛がなだらかに。 「そんなこと言っても僕を斬らないあたり、その口と言葉はタダのお飾りなのかな」 「知ったような口を――ッ!」 どうやら状況があまりにも悪化していることに気づき、シャドウがやっとその顔を上げた。と、眼中をすり抜けていく猫類。思わずのことに一瞬あっけに取られていたが、先ほどのあの煩い会話のログをたどり、少し納得し。 「……煽り過ぎだ、照美」 はあ、とはたまたため息を再度つく主。薄茶色の液体がゆれ、ゆらぐ波紋。彼らを移しては消え。 「あれ、あんまり怒らないんだねリョク。君のとこの子を弄ったっていうのに」 意外、と驚きの表情を見せる少年。その目は純粋に。 「何だ、お前は私に怒られたかったのか?」 「だってリョクが怒ることなんて、リョクと知り合って二年目経ってもないんだもの」 そう言って隣の少女を見上げる。その姿は母親に物をねだる子のようにも見え。 「なら気長に待ってみればいい」 「リョクの気長と僕らの気長はまた感覚的な意味で全く違うよ」 「お前なら普通に二世紀分生きてそうだけどな。――取り敢えずちょっとミラの所にでも行って来る」 そう言残し、この部屋を去り往くひとひら。 その足元、何も残ることなく。ただ一人。 隣過ぎ良く姫。少年の思考など、誰が分かることも無く。 「――で、君は行かないの?」 振り返る頃、背後の窓枠にて毛づくろいをしては欠伸をしていた鼬が一匹。ふわり。その条件反射で閉じられた瞳が若干開き。 「行った所で何か変わんのかー」 「君たち"禄妖"には唯一、神と同等である"天空の姫君"の記録を残せる力がある。いや、能力と言ったほうがいいかな」 つまり、僕が言いたいのはね。 唇は弧を描き。その身は木漏れ日という影に隠れ。 「自由気ままな黒猫を放っておいたらいつのまにか見逃すよ」 それに関しては一応テレパ送れば大丈夫だ。 一匹、それに答える鼬がおり。 ひとり、ただ立ち尽くす従者がおり。 ◇ 彼女はいつもたった一匹で生きてきた。 確かに群の筆頭ではあった。しかし、だからといって全員が全員馴れ合うことは無く。ただ生きる為の"保険"としてその場に居ただけであって。 周りから見たら其れは確かにひとつの"群"だと認識されていたのかもしれない。しかし中を漁れば、彼らはただその場に居るだけに過ぎなかった。特別"仲間"という感覚さえなく。はたまた想いを馳せることなど皆無。 彼女が筆頭に選ばれた理由さえ、"この中で一番力が強い"ため。孤高の一匹狼は仕方なく背後に翼をつけることになっただけなのだ。 雪に塗れる街の中、人間に気づかれないよう力を抑え、盗みなど日常茶飯事。最早義務とさえもなった。 時にはヒトガタになり、人間のオスを餌にとったこともあった。 寒い、寒い路を歩いてきた。 そんな中彼女はばったりと、出逢ったのだ。出遭ってしまったのだ。 ひとりの少女に。 長い、脚にまで絡みつくほどの亜麻色を揺らし彼女はその場に居た。 見たことも無い黒曜石の瞳を見つけた。 ただ、それだけの噺だったのだ。 そして少女は其処に生き。 黒髪が揺れる。 とある日、主方に仕えるもう一匹が「妖でも、貴女は女の子なのですから」と衣類をもらったことが過去にあった。その時同じく、とても可愛らしい服を彼女から貰った主はたいそう困っていたのも懐かしい。しかし自分は何となく気づいていた。今まで色々沙汰あり、誰かの心情あたりに敏感になっていた自分にはそう感じていた。主は本当はとても嬉しかったのだろう。こうして、自分が幸せの中に存在できたことが。 ……かくいう自分も本当のことを打ちあければ、主である彼女の過去さえも詳しくは知らない。ただ自分は彼女の生存途中段階で会ったのだから、それは当たり前といえば当たり前なのかもしれない。それでも、確かに自分が知っていることは沢山ある。あのスバルと比べれば全然浅いのだろうけれど、確かに貴女の為の部屋は我の中にあり。 空を仰げば清らかな蒼。白い鳥が翼を広げ。 そして少女は瞳を閉じた。 ◆ ふわあ。 「何だ、夜更かしでもしたのか?」 「んー………、ちょっと作業してた」 「へえ、珍しいな」 そう言って笑う右隣。私服姿の彼が言う。 寮の一階渡り廊下。寮の庭と隣接しており、廊下から生えている階段を下りれば庭へと行けるそんな場所。四季折々の花々に植物が植えられ、流石日本独特、日々飽きることはない。 庭には幾つかベンチも設けられており、時たま今日のように天気のいい日は読書などをしにくる生徒もちらほらと。 何時もと変わらない時間に起きたというのに、襲うのはすさまじい眠気。多分風漸華がまた夜ふらついたのだろうとすぐ予測が立つ。しかしまた、もうこんな現象を叫ばず慌てなくなった自分ももう慣れたのだろうと。慣れたくないが。 どうやら、最近気づいたのだが、風漸華……もうひとりの自分は街だとか、そんな場所が好きらしい。 たまにテレビをつけ、たまたまそんな風景が映っていると必ずと言っても良いほど何かしら異変が起こる。 暴れたりはしないものの、興味があるかの如く其の関心が一斉にそこを向いているのが嫌でもわかる。行かないとでも言えばただただ無言の圧力。 (だけどまあ、確かに久々に街出るのもいいかな……) 非日常に、既に浸透されている少年がひとり。確かにここに居た。 「お、やっほー鬼道に豪炎寺」 と、隣人が何か気づいたと思えば前方から見慣れた姿がふたつ。其処にちゃんと存在しており。 ひとりは生徒会会長。ひとりはサッカー部エースストライカー。 ふたりとも同じく私服姿であり。 「半田に風丸か。どうしたんだ」 「そりゃこっちの台詞だけどなー。ま、ちょっくらぶらぶらと」 「そうか。俺たちは少し街に出ようかとでも考えていたところだ」 「お、いいなそれ」 たったらりら。たらりらり。新緑が青々と。この目に流れ。 もう、世界は梅雨とう時期をとうの昔に忘れたかのように最近はもっぱら雨が降らない。というか無くなったのか心配になるくらいに。 ふと、またひとつのことを思い出す。そういえばシャドウは何処に行ったのだろう。珍しく今日は傍に彼が居ない。一体何かあったのだろうか。部室に行けばわかるのかもしれないが。 そんなことをひとり想いふけ。庭は瑞々しく爽やかに。 ……ん…? そして、何かを見つけた。 「どーした風丸、ぼーっとし――」 た、 ぐいっ、そう身体の上に乗っかってきた半田。最後の一文字を言う前に、すうとその文字が抜け落ちる。何事かと思い彼を見ようとすれば、はたまた押しつぶされ。 そして彼はこうつぶやいたのであった。 「なあ風丸、天使ってさ信じるか……?」 映像演出として、今頃彼のカットには光の粒子が振りまかれているんだろう。そんなどうでもいいことが脳裏に過ぎり。 「わかったから、いいからっ、……いい加減重いからどけ半田…っ」 彼らの目線の先、池の前佇む黒髪美少女がおりて。 HelloHello (I am yourselfe.) |