初夏の木漏れ日。空は青々と。照り来る日差しはあの夏に似ていて。少し湿っぽい空気が喉を通る。 そんな、午後。放課後。 そうやって影に隠れたベンチに自分は、時雨緑という存在は座り込んでいた。 目の前でどうのこうの戯れる少年たちを見て。 ひとりは、この夏空によく似た色の髪を揺らす人物。 その隣静かに睨んでいるのが、曇天という色をした人物。 そしてその二人の前に突っ立っている、橙色のバンダナをして笑う人物。 隣、あまり感情を表に出さない、色素の薄い髪を逆立てた人物。 夏の日差しに誘われ、少年たちはそこに居た。 簡潔に今の現状を説明すると、こうなる。 先ず、サッカー部主将が副会長に抱きつき、それを必死に払い、がみがみと文句を言う彼。勿論その後ろにいた従者の顔は相当険しく。多分、それを写真に撮ったら絶対子供一人は泣くだろうというほどの。 そんな中、二人を呆れながらなだめる一人。すれば後ろから噛み付き獅子が。えっと、獅子舞はまだ先だったはずな。 まあ、そんなこんなで混沌と化した空気の中である。 ……一応、原因は自分にもあるのだろうが。 中等部三年、つまりは九年生である少女曰く。 少女の友人が失踪したらしい。どうやらそのお届け人も彼女と同じ九年生だそうな。 多分、学院側も気づいている筈。しかし軽くこれは警察沙汰として扱ってもおかしくないこと。だが、どうやらその友人とやらが失踪したのはつい先日らしい。 どちらにしろ、学院側もきっとこれは知っている筈。こんな全寮制の学校で、生徒が失踪したなど名簿等を見ればすぐわかる。それでもこの事を表に出さないのは学院の意思だろう。こんなこと、社会に知れ渡ればこの学院の名誉に少しでも泥を塗る形になってしまう。しかも、それを知った生徒を含め人々がパニックになってしまう可能性も否定できない。 まあ、こういうことは風の便りとして生徒たちにも若干知れ渡っているのだろうけれど。"噂"というものは大概そんなものだ。 勝手に情報が独り歩きし、それが正確か否か不明になったもの。 そんな、あやふはな存在。 ぽふり。ふと、膝元に感触。 「きゅぴ」 可愛らしく声をあげる、それ。しかし、この程度の力ではこの妖はきっと自分と彼ぐらいにしか視えなくて。 簡単に言えば、その姿はひよこに類し。抱きしめると少しひんやりしていて、気持ちいい。 もふもふ、ぽふっ。 何ともいえない肌触り。うずくまると、その黄色い毛がくすぐったく顔に触れる。しだいに顔がほころび。 どうやら、妖という存在は固体と霊体の狭間におけるものらしい。自分自身、そっちあたりの知識はほとんど持ち合わせていないが、そんなことを誰かからか聞いた。その大半が自身の兄ということは放っておく。 「ぎょぴ」 ふと右隣。傍にある2mほどの大木の隣。それよりも大きく黄色い物体が、ひとつ。 「きゅぴぴーっ!」 と、膝上のひよこが声を出し、飛び跳ねては駆けていく。ぴょこぴょこと繰り返し跳ね、親の元へと。 もふりっ。そして最後には親の胸の中へ。あっちもあっちで気持ちよさそうだ。 そんなことを考えていれば子を抱えた親が、ぺこりとお辞儀をしたものだから、つられてこちらも立ってお辞儀をしてみた。ぴょこぴょこと子供が手を振るものだから、こちらも手を小さく振った。 そんなこんなで、そんな親子は奥へと、森の中引っ込んでいった。その後姿は気づけば消えうせて。 しかし微笑みは未だ其処に在りて。 ◇ 「風丸、それ、結構やばいんじゃ……?」 まあ、本来の感想としては多分一番まともな発言。 取り敢えず、日照り燦々の第二運動場東校舎付近あたりから移動して、食堂の三階。つまり、最上階。といっても、一階一階の面積が広い為一種のレストランにも似かよった建物。因みに一般公開時には、生徒や関係者以外立ち入り解放。 天井と壁は共に透明。向こう側の空が丸見えで。多分学院内をここからある程度は眺められると。しかし室内は快適温度。暖房冷房設備は万全だということらしい。因みに、UVカットとかいうものがこの透明な天井壁に施されているらしい。需要はあるのか知りはしないが。 そんな場所、壁沿いのテーブルにて男四人自分ひとりというメンバーで。 「……まあ、俺もそうは思うけれど…。でも放っておくわけにはいかないだろ」 「風丸らしいけどなー」 そう言って笑うはサッカー部主将。隣の人間が若干呆れており。 多分、また目の前の奴は余計なことを考えているんだろう。……そういう思考を植えつけたひとりである自分が言えることではないが。 隣では闇色の獣が黙ってその風景を眺めながら。 そんな中、ひとり外を眺めて。 日はまた昇り、下っていく。それに反照して、月はくるくる替わる。 時は流れてはゆらめいで。ただ走り行くだけで。 たぶん、もっと歳月を重ねれば風景の見方も変わってくるのだろうか。更に、加速していくのだろうか。 暮れゆく日に時計台を眺めながら、ひとり。誰にも気づかれず。 「――"神隠し"、か」 ぽとり。ふと思えば、目の前の見慣れた人間から発せられた言葉。思わず反応したのは、どうやら自分だけではなかったらしい。右隣の人間もまた、その目を光らせて。 神隠し。子供や娘が突然行方不明になること。山の神や天狗の仕業と古くから考えられてきた。実質、確かにその可能性は否定できないのであるのだが。 ……確かに、豪炎寺が言った通りなのだろう。薄々感じていたが、多分そうだ。無闇に出歩いて連れ去られていない限り。 この地域は少なからず聖域のひとつ。普通、聖域に何かが建ったり、部外者が侵入してくれば土地神やらがソレを阻止しようとするものだ。しかし、奇妙なことに此処はそんな跡が無いのだ。否、その前にこの学院が建っていない筈という確立が高かったというのに。 ただ、予想できる幾つかの原因。 ひとつ、ただ単に土地神の力が弱かった。 ふたつ、何者かに封印された。 例外、……とある人物に説得か何かされた。 (かといってアレが軽々しく封印されるのもおかしな話) 一応此処の土地神とは、とある事情で顔見知りではある。だが彼はそんなに力が弱いわけでも無い。そして特別強いわけでもない。……賛否が分かれるな。 まあ、だがしかし彼のことといえば、確かに彼のことだ。別に、彼女に説得されて引っ込んだりも可能か。 彼女――天空の姫君に。 「そいやさ、時雨」 ふと音が。聞こえて視線を裏返すと、自分を呼んだのは彼だと気づく。橙色のバンダナが目に入って。 「お前、何で居るんだ?」 「……あ、」 新人研修の監査役としてと照美にほっぽり出されたなんて口が裂けても言えなかった。 とにもかくにも、これは本人に聞いたほうがよさそうだ。 苦手とか、そういう感情は気にしないことにした。 ◇ 「やー、何、ついに緑も童の夜の相手にでもなってくれる決心をしてくれたのかえ?」 「……其れ、他の女子に言ったら冗談ききませんよ」 「はっはっはっは、何を言うとる。こちらとら冗談じゃあきまへんわ」 「………」 夕暮れ。学院の森にて、鬱蒼と生い茂る木々の奥。ぽつん、樹齢1000年を軽々しく越える大木の元。小さな祠。そしてヒトガタがふたり。 三角の帽子を頭に乗せ、青紫の長髪が流れて。白と浅葱の着物に似た服装をし。 重くため息を吐き出して緑が彼に問う。ただ、ひとつの疑問を。 「貴方様は、この学院の建設に反対しなかったのですか」 「と、言うと」 「この学院は元々貴方様の物であったはずだ。――それに、貴方様のようなひとがこのようなこと、引き下がるとは思いません」 そして、ふわり。 青紫が儚く揺れ、その整った顔がこちらに。その瞳は鋭く。 「……ほう、何かと思えばそんなつまらんことかいな」 気づけば、その白く細長い指が少女の頬をすべる。華にしたたる雫のように。 がちゃり、 「いくら貴方でも、主を穢すのならば容赦はしない」 閃光が一寸。巨大なマシンガンを片手、彼の頭に突き刺し。黒光りするボディが夕暮れに染まり。 藍色の双眸を持つヒトガタが、其処に。黒髪を頭上で束ね、黒い衣類と紅い華を舞い散らせ。 「おやおや…、全くもって元気満タンですのお。始めて見やしたねぇ、其れ西洋の武器ですかい」 「……止めろミラ。いくらそれをぶっとばしても意味が無い」 「そしてさりげなくあんさんも何言うてはんの」 それに、私はもう既に穢れている。 仕方なくそのスタンガンをしまいこみ、獣化するミラ。そして「くわばらくわばら」とその手を離す目の前の神。 「まー、えーこっちゃ。別に緑なんて押し倒そうおもたらいつでも出来すしな」 「…今主が止めなければ貴方の頭ぶっとんでる所ですよ、土地神」 「別にしにゃあせーへんけどそれは面倒やからやめてほしいなあ」 そう言って自身の祠の上に腰を下ろす彼。その目はいつでも余裕を持ち続け。 御神木の元、その存在は交差して。 「……まあええわ。憶えていることなら話したっても悪うない」 そうして紡ぎだすその物語。 「実はな、たしかにあんさんの言うとおり童は此処の開拓にはあまり賛同はせーへんかった」 まあ、それは今に始まったことじゃない。まだ若い緑に説明するなら、そりゃあもう、童が此処に生まれた頃からってゆうたらわかるかいな。 そりゃあ、もうこれこそが"美女"と言うものと改めて認識したわ。長い艶のある黒髪でなあ、華のように美しかった。 そんな美女が童に「失礼しますけれども、無礼とはわかっております。どうか、どうか貴方様のお力をお貸しくださいませ。この土地をわたくしどもにお譲りくださいませ。」ってせばまれたらそりゃ、誰でも落ちるさかいに。 まー、確かにそれでも童には童の聖域を守る義務があるわけでなあ。とんかくそれを云ったらまた彼女はこう言った。「ごめんなさい。無謀とはわかっておりまする。しかしながら、そうでもしないといけない事情があるのです。ごめんなさい」ってさ。 土下座までするもんだから童もしゃあなしで、まあ童を"存在させる"代わりに貸し与えてやったんよ。 「それ、タダ単に惚れただけじゃないですか」 「あんなあ、ヒトのこと変にいわんとってくれる? これでも当時の童はそりゃあ、悩んで悩んだんやで」 「認めなさいこの野郎」 「口悪うなってきてんよミラたん」 「黙れぇっ!!」 暁は隙間風と共にうつろいで。其処には相変わらずのヒトガタが。そしてそれに腹を立てる妖が一匹。 そんな中、ひとり少女は気づく。 「――、それはやはり」 「相変わらず緑は頭ええなあ。そうや、あの美女は"天空の姫君"やったっちゅうオチや。まあ当たり前っちゃあ当たり前やけどな」 「何処がだこのクソが」 「おー、口悪いよー」 やはり、そういうことだったのか。 おぼろけだったパズルがようやく完成した。 「……まあ、貴方が相手するとなれば、ただ"視える"だけの人間では無いはずですからね」 そうやって最後に好き勝手した目の前の土地神に言い放つ。 「ひっどいなあ。一回だけ普通のおなご相手したことあるわいな」 めっちゃええ娘かわええ娘やった……。 そう上の空に過去を振り返る彼。呆れて物も言えなくなった妖。とりあえずすっきりした少女。 「気づいた時から毎日参ってくれてなあ……、嗚呼もう、あんなん久しぶりやったわあ……」 「貴方のような奴に参る娘とは……ぜひ一度お見えしてみたいものですね」 「まあ一応土地神も伊達じゃないもんにゃ」 「ああそうですか」 そろそろ空は混沌となり。世界を覆う。 「――何はともあれ、今日は有難うございました。何かと一応すっきりはしました」 そう言い、軽くお辞儀をする。亜麻色の髪は、暁によって赤く焦げ。 その瞳さえ焦げて往き。華は蕾のまま。 踵を返し、少女は往く。ただ、自ら運命に乗っているとも知らずに。 「―――寂しくなって恋しくなったら夜、いつでも待ってるから」 「っ、!?」 突然、ぬくもりがあるかと思えば、ただ後ろから抱きしめられていると脳が判断し。 その吐息がまた、耳元にて。鼓膜が震え。 がしゃりとミラが戦闘態勢に入った頃にはもう彼はおらず。 ただ、風が残っているだけで。 (………嗚呼、もう) これだからあの男は苦手なんだ。 こんな晴れた日に (懐かしさに浸り) |