「――シャドウ、」 ふと、初夏の日差しは板張りの渡り廊下を照らし。その日光を浴びては酸素を吐き出す植物たち。空はあおく、清清しく。 窓から差し込む光はなんとも、無慈悲に暑苦しく。 そんな中、隣の彼はずっと心中模索を続けており。 宮坂了があの殺戮事件を起こして、もう二週間前後。あの夜から顔をあわせづらかったが、たまたま会った彼は、あんな事件など忘れ去ったようにただ笑顔で自分へと駆け寄るだけであった。まるで、存在すら入れ替わったような。 最近、もうひとりの自分――姫神風漸華が過ごす記憶さえ共有できるようになったことさえ、ただただ悔やむしかなくて。あれほど前は曖昧すぎてこわがってたというのに。 ふと、隣に揺れる陽炎に眼がいく。ふたりのシルエットをゆらゆらと、うかんでは消えていき。 昔から、いつもそうだ。自分は真実を知ろうと足掻いたところで、待っているものはいつでもデメリットが多く転がっていて。ころころと、浮遊空間。 知ってよかったのか。知ってしまっては駄目だったのか。そんな選択肢、散々迷って選んで道はどう変わるのだろうか。かといってパラレルワールドを覗き込むことはできないし、できたとしても、多分こわくてその行動を惜しむのだろう。それに、もしそんなものを見てしまったら、今此処にいる自分を全否定することになるわけで。 ひとまとめで言えば、不器用なのだ。自分は特に何かに特化したわけじゃない。だれかを救えることすら出来ない。特に、宮坂の事件はそうだった。すぐ隣で、後輩があんなことになっていたというのに自分は掠りも気づきさえもしなくて。 ふと、そしてひとつ何かが、からん。空虚に落ちてきて。落ちてきた蕾。咲いて。裂いて。 そういえば、どうして宮坂了があんなことになったのか、自分は知らない。 そもそも、彼の生い立ちやら何もかも知らない。ただ、"可愛い後輩"それだけのことしか自分の辞書には書いておらず。 ――………嗚呼、最っ低だ自分 笑ってしまう。これだけ言っておいて、最終的にはこういうオチなんて。 きっと、今隣にシャドウが居なければ今頃笑い転げているところだろう。嗚呼、なんていうじぶん。そう、もうひとりの誰かが見据えてくるのがわかる。 昨夜にはまた、新しく誰かが姿を現してシャドウさえも唸っているというのに。 「――…べつに、」 ふと、見慣れた廊下。そこに転がり込んできた音。何処からかと思い、耳をたよりにその音源を捜してみれば、ひとつ茶色いドアが。 そのドアに掛けられている看板じみたもの。 "この先噂部部室" しかもその下には"信じるか否はあなた次第"だなんて呪いのビデオ番組に似たり寄ったりのキャッチコピーというか言葉というか。そして、なんとなく其れを書いた人物がおおよそ想像できるひとりが。というかこんなのあったのか。気づかなかった。 そんなことを考えていれば、がちゃりとそのドアノブを既に捻っている隣人が居て。その闇色の双眸はただ先を視て。 「あ、丁度ばっちりタイミングだね!今この部の今後についてリョクと話してたところだよ」 そう、笑顔を振りまいてくるのは部長用机(議会とかで使われてそうなアレ)に座る少女に類した少年。長い金髪が背後から差し込む光を受け、うつくしく輝く。 その斜め前。少年から視て左側のソファに腰掛けて紅茶を啜っている少女。両側に垂らされ、少し癖のある亜麻色が揺れて。 そんな漆黒の瞳がこちらに向き直り。紅色の制服は華のように。 まるで時が止まったような気がした。息をすることさえ、赦されない、ような。 何だろう、この、感覚は。彼女自体は前見かけたというのに。はじめて、じゃないのに。 この、痛くて。殺気、違う。これは、なんだろう。視線を交わしただけだというのに、この苦痛。喉の奥に何かが詰まる感覚。首を、絞められる幻感さえ憶え。 「あ、そういえばお互いまだ会ったことは無かったよね」 聞こえる声さえおぼろげに。ただ、耳鳴りのような、フィルター膜のような。うたかたに消えていくよな。 「――この子は時雨緑。大丈夫、君たちと似たりよったりの存在だから」 嗚呼、本来は此処から逃げ出せばよかったのだろうか。その視線を交わすのをなんとしてでも止めればよかったのだろうか。 でも、そう今道をUターンしたところで一切合財何も変わらなかったんだろう。昨夜に遭った時点で、もう、この流れには逆らえなかったから。 否、そうやって彼女を避け続けていたとこで、この血はそれを赦しはしなくて――。 Repetition Love. ◆ そうしてふたりは再び巡り遭った。繰り返し愛。 そうやって小説なんかは始まるんだろうな。いや、小説だけじゃない。虚構と呼ばれるものによくあるハジマリ。 そんなことを考えながら、この情景を目の当たりにしているのがひとり。 金髪を流しながら、その風景を楽しそうに見る。思わず、笑顔が絶えず。 「あ、そういえばお互い会ったことはなかったよね」 そう口元が軽く嘘を吐く。けれど、一応そういうことだろう? 相手は若干気づいてないことだし。本人が容認しなければ、架空でさえ現実となるんだ。 「――この子は時雨緑。大丈夫、君たちと似たりよったりの存在だから」 そう、そんな存在。そう言えば、主だけではなく従者まで反応して。嗚呼、やっぱり気づいてたんだ。そっちの方は。 「―――ということは、貴様は」 バンッ、と机が大きな音をかき鳴らした。その音に驚き、窓の外小鳥たちが飛び立って行った。 彼の手が、闇色の瞳をした彼が、漆黒の姫に迫る。景色はスローモーションに。 それに対して、少女は何の疑問あるいはどんな感情さえも持ち得ない。ただひとり、降り続ける五月雨を眺めているだけで。 その漆黒は、闇さえも押しつぶし、飲み込んでは消して。 ひとつの椿色が揺れた頃。 「しっつれーしまぁーっす!」 ばんっ、 先ほどの音に負けないほどの大きさで。というか物は大切にネ。 ふと、迫り迫っていた闇色と空色が振り返ると新たな華が。ぐるぐると、咲き誇り。 その藍色が眼について。 「ほらっ、何を戸惑っているんですか!」 「………っ、で、でもっ…!」 ぐいぐい。その赤眼鏡で深い藍色の髪をショートに切った少女がひとり。そしてその腕を引かれ、戸惑い気味に、躊躇気味におとなしそうな少女が長いスカートと髪を揺らしながら部屋に入ってくる。 つまりは、"お客"。 わずかに自分の口元が弧を描くのを、ひとり微笑んで。 「さあ、お騒がせすまないね。其処に座ってくれてかまわないよ」 ほら、君たちも。 そう言えば、それに従う人間たち(中には渋々というのも居たけれど)がそのソファに座る。無論、あの闇色と空色、おとなしそうな少女に活発そうな少女。そして、元から座っていたひとりの姫君も。 「さて…、君たちが来た理由はもう聞かないよ。なんせわかっていることだから。まあ、その前に少し質問をしていいかな?」 すると、わたわたと戸惑いの表情を見せる少女に、藍色が彼女に助言をする。すれば、彼女はそのカメリアの瞳を見、頷く。 つまり、了承の印で。 「ふふ、そう。わかったよ。たまに情報を聞く前に帰る輩も居るからね――。」 そして何事かと、わけもわからない主従コンビが視界の端に見え。 その音は更に高く、弾け。 「この世界には"嘘"と"真実"のふたつが入り混じっている。その間をとるものが"噂"と呼ばれる曖昧な存在。そして今から僕が君たちに提供する情報はその"噂"とやらだ。――それでも"噂"だとしても、君たちはその情報を欲するかい?」 蜜のような瞳が見据える先。ただ、その長い髪を揺らし、彼女。 答えはたったの二択。なんとも簡単な問題。テストで出ても二分の一の確立で答えを導き出せるソレ。しかしこれには正当だなんてもの、はじめからあるわけではなく。 そして意を決したように少女はこう言うのであった。 ええ、それで友人が救えるのならば。 その瞳は先ほどとは打って変わって、強い意志がその奥煌いて。焔はゆらりと。 今、彼らの行く先は決まった。 「承諾した。――その願い、確かに此処に在り」 新人育成研修のひとつ目、見つけた。 + ただ、ぐるぐる回るゆめのなか。真っ赤な花びらがひらりゆらりと舞踊り。 黒く塗りつぶされた其れから、一気に目が覚めた。 「…………ぁ、」 ふと、視界に入るは天井。薄暗く、右手に見えるカーテンからはそよ風と共に小鳥の囀りと木漏れ日が。朝だ。 くらり、その胴体を起こす。すると、更に景色は広がり。頭は少し、ゆらりと。僅かながら脳震盪。 奥にある小物を見れば、私物だと一目で判断でき。つまり、ここは寮の自室だと脳が明確に。 少し目線を下ろせば、白い掛け布団。その純白が光に照らされ、眩しく輝き。しろすぎて。 「一応聞いておくが、どこかが筋肉痛とかそういうのは無いか?」 思わずのことに、声が聞こえたほうへと顔を動かした。一瞬、心臓がどくんと一拍おいたのがわかった。 「…………へ、」 そして、はたまた奇妙な光景。 一応、再度確認をとる。奥手にある飾り物は、昔旅行に行った家族からもらったもので。そして壁に吊り下げられている上着は確かに自分のもので。ええと…それで……。 「……お前の身体の中身を探れば一応分かるが」 「大丈夫です。ピンピンしてます」 そうか、とはき捨てる目の前の人間。 格好は、その紅に彩るスカート、長いソックスにあの人に似た色のネクタイ。つまりは、制服姿で。しかも困ったことに、その姿形はどうみても女子生徒Aであり。 しかも、その両側に垂れた犬のような髪型。どの闇よりも深く鮮やかな漆黒。自分はその姿を、一度見たことがあった。そして彼女のことさえも少しは風の便りとして知識にはさんでいた。 「まあ、多分大丈夫だと思うけれど、その身体一応は修復しておいたから」 え、? 目の前の少女の記述について脳内で探りを入れていた途中、ふと、時雨のようにいきなり降ってきたにわか雨。突如の言葉に、頭が上がる。見上げれば、彼女は俯瞰を見下ろしており。自分を見下ろして。 「ちょっと待ってください、それ、どういうことですか」 「ああ、流石スポーツやってる人間は違うな。無駄に身体動かしてない。まあお前の場合あまりそんな風に使わなかっただけかもしれないけれど。」 「質問に答えてください!」 「お前こそ何言ってるんだ」 そういえば、ああいう。既に自分の思考回路はパンクして、つまっては転んで。 そしてそんな唇が、皮肉にも動くんだ。 答えはお前が一番よく知っているはずだ。 「忘れたなんて云わせない」 その瞳が見据えるのは誰でもなく、そう、たったひとりの自分。ここに在る人間。 漆黒の双眸が冷たく鋭い刃のように自分をさす。これこそ正に"蛇に睨まれた蛙"。というかこの視線だけで人一人殺せるのではないのだろうか。そんな事をひとつ、考え思い浮かべてしまう自分は色々ともう狂っているのだろう。そう、冷静に告げる脳内が。 「お前が、"宮坂了"が犯した行為は世界も見捨ててはいない。」 そう、淡々と。告げる音。こぼれる言葉は水さえも与えず、そこに転がる。堕ちるビー玉のように。痛い音を上げて。 そして、ひとり思い出す。全て、矛盾した時の狭間にて。自身の、中から掘り起こされて。 「お前が適合した魔道具は私が消した」 ただ、今想い帰せば募る何か。もう、崩れ堕ち消え往きて。記憶は、空の彼方へ墜ちたとしても、変わらず此処に降りて。もう、逃げ出すことさえ赦されぬまま。 「――お前はもう。"宮坂了"はその手を紅く染めすぎた」 嗚呼、どうしてこうなったんだろう。ただ、自分はここに、彼のそばに居たかっただけなのに。逆に、遠く、歩幅が変わって。 そして死神はこう云った。 "もうお前はヒトでは居られなくなった" 「流石、根源が矛盾なわけだ。全部ぜんぶ、矛盾している。」 TellmeWhy? (忘却と追憶) |