唸りあがる刃。夜を切り裂いて。裂いた口からは銀色の穴が咲いて。
ひとつの満月が闇夜に咲き乱れ。
弧を描いては消え逝く残像。
舞い散るはその赤い華。ゆらゆら、花弁が水面に堕ちて。
怪物じみたその身体は消えゆきて。
彼もまた、そんな空虚のひとつでありて。


彼は能力者だ。其の事実は本人が一番理解しているし、彼自身が正に望んでいたもの。
きらびやかに輝く刃は、そんな彼を写し。夜の匂いがあたりを包む。

「―――、」

彼には、姫神風漸華には、最早償えない罪がある。其れさえも本人は有無を言わず受け入れ。
きっと、唯一その罪を償う方法があったとすれば、それは来世で――。



「今出てきた輩は全て終わったようだ」

そう言い、気付けば隣にいる存在。その白銀の華によく似た髪が風に揺られ、よって。
彼は風漸華の従者であり、異端児のひとりである。しかし彼の家柄ではそれは当然の結果。闇野家は本来姫神家を守ることを存在意義としてきた。無論、主が異端であれば従う人間さえも道を外す。
哀れなものだ。そう風漸華は冷えた思考で想う。しかし、こんなこともあって実質自分はこうして在れるのだということは真実の中での事実で。
夏に近づいているのだと、湿った空気がそう告げる。星は満天に。
生憎風漸華には敵を探知することができない。妖や屍といった対象がこの場所にいるか居ないかを判断するという行為の方法は幾つかあるのだが、どうやら彼はどの対象にも属していなかったようで。
その前に、先ず自身を統一出来ない者が全てを手繰る等笑ってしまう話なのだが。

今のところ、彼はこういった夜にしかその人格を表に出さない。別に、能力と彼とがリンクしているわけではない。ただ、"姫神風漸華ならば動きやすい"身体の方がそう気付いているだけなのだ。もうひとりの人格の方は、最初は抵抗があったもののもう開き直りでもしたのか、今ではすっかりこの時間帯では落ち着いている。
そのせいか、風漸華が夜に見てきたすべてが風丸一郎太の記憶としても加算される。
しかしまだ、ふたつがひとつになるまではまだまだ時間が掛かるようで。

こんな姫神風漸華もとい風丸一郎太を、闇野カゲトは"能力者には多重人格やらもある"と勝手に自己解釈をして大して気にしている様子も無く。彼らを能力の産物として見ているのが現状である。
しかし、まあ。ひとり、花弁を緒とす。

「……元々此処はこんなに異形が集まっていたのか?」
「もし、そうだったとしてもこいつには視えてはいないでしょう」
「………ならば、いい」

淡々と答えるその言葉が種を撒き。こいつ、そう彼が言ったのは彼の内なるもうひとりのことであって。
静けさに包まれた夜が学院を覆う。

しかし、この身体はどうやら第六感に敏感であったらしい。
何かのものがゆさに苛立ちを覚えるはこの身体。
また、前のような魔鎌適合者とは似たようで似ていないような、そんなふらつき天秤のような感覚。否、"何か"と言った方が正しいかもしれない。
ふと、麻ちる音。堕ちて、ぐるぐると。


「――!」

ぱりん。硝子細工が割れるようなものが、彼の身体に、思考回路に迸ったのだろうか。
気付いた頃にはもうその獅子は敵意をむき出しにしており。常人ならばその気迫だけで眩暈でも起こしそうだ。そんな隣、のんきとでも言える風漸華の思考がそう結論を出す。
その闇色に芽吹く影。彼の視線をたどり、敵意に囲まれている対象を見上げる。

対象物は西校舎の屋上。基本、この学院は本校舎の屋上しか解放されない。その理由のひとつでもあるのが、他の校舎には墜落防止用のフェンスが無いためで。そして現在、どうぞご自由に墜落しなさってくださいとでも言うように聳え立つ西校舎屋上に、ヒトガタをした影が、ひとつ。しかしその影というのさえ、こんな自然に囲まれた学校なので夜は街の何倍も濃く。つまり、其れさえも言われるまで気付かないというのが大半だろう。

「……あれは――」

そう喉を詰まらす声がひとつ。眼を動かして彼をちらりと見やれば、成る程。何時までたってもシャドウが動かない理由がひとつぶ見つかって。















とある昔、人間の子として生まれた少女は黒い狐に喰べられた。

少女はそのときに密かに想いを寄せるひとりが居た。だが、彼と自分は身分違い。彼は名家の長男であり、時期当主ともされていた人間。
対する少女はただの百姓娘。あまりにも、見える世界、住む空間さえ全くの別物。それでも少女はそんな想いを捨てきれず、毎日唸るような想いで時を刻んできた。
嗚呼、ひとめでも良いからあのお方に会いたい。そんな想いが彼女を浸蝕していった。ただ一度、領地を見回りに来たところを一目見ただけだというのに。彼の存在はしだいに少女の生きる意味にさえなっていき。
俗に言う一目惚れ。そう、そんなものだったのだ。

そうしてある日。もう、少女がどれだけの時を重ねて彼を想っていたのかさえ見当不能にもなった頃。
また彼は村に現れた。少女は無論こころを弾ませる。しかし、即座に彼女の希望はすぐに閉じられる。
籠がふたつあるではないか。お偉い様を運ぶ籠が。そして、隙間に見えたその横顔。
ひとりの女が、いた。それだけで、もう村全体、勿論少女さえもそんな結論を見出してしまい。
そして駆け出した頃、少女は黒い狐に出会った。

しかし、結果はまるでおかしな御伽噺のようであった。
死さえ覚悟していた少女は、あまりにも予想違いな結末にあっけにとられた。
なんと、少女は死んでいなかったのだ。紅い着物の裾がそれを明確に伝えるひとつであって。
だが、何だろうか。少女は違和感を感じた。なぜだろう。どうしてだろう。わたしは、ここにいるのに。いきているのに。
そして彼女の眼に飛び込んできたもの。
黒毛に覆われている身体。大きく、縮こまり短くなった指掌。そしてゆらゆらと、四本の尻尾が揺れる感触。
そうして、彼女は気付いたのであった。
じぶんは、人間という意味でのじぶんは、もうしんだのだと。

そしてそんな黒狐は新婚夫婦を食いちぎり、村さえも炎の中へ沈めさした。
それが、何処かで伝わる伝承のひとつ。





そんな御伽噺によく似た形が、はたまたとある少女の目の前に現れた。
嫉み、苦しみ、憎悪、愛。そんなもので繕っては紡ぎ合わされた怪奇が漆黒の瞳に映り。
なんともおかしなものだ。そんな、一般人ならば怖気づき生死プログラムさえ危うい状況下において、いたって彼女はそんな感想を思考の中もらしていた。

なんとなく少女は勘付いた。幾つかの分類の中で、この存在は存在を喰らうもの。つまり、現状において目の前の狐は自分を喰らおうとしているわけで。わかりやすく言えば、この黒狐は自分を殺そうとしようとしていると。
少女の口元、赤い林檎が齧られて。音も無い音をちいさくならし。


そんな、亜麻色の髪を揺らす少女を見据え、妖は睨む。しかし、少女は動じず。手元の林檎を食べているだけで。

「――妬ましい、」

そう口元が息を吐く。そして狐は動き出し。少女はその林檎をひと齧りし。

ただ、黒い疾風が巻き起こった。狐が唸れば、それに応え周りの空気が巻き起こされ、三つ巴の竜巻を起こし。
殺意に満ちた紅い瞳がこちらへと降りかかる。
そんな中、少女は食べ終えた其れをその中へと放り込んで。じゃぎじゃぎぎっ。無論其れは粉々に、辻斬りにより消滅して。

「嗚呼、妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい――!」

そう言っては次々と増殖を始める疾風が。辻斬りをしまいと、彼女に近づく。そのあまりの速度と威力に地面が抉れる。まさに、疾風。
其れで少女を消せれば、どれだけ世界は変わったのだろうか。

「――さようなら。」


ただ、少女がそう呟いた。其れは唯一の彼女なりの手向けであった。

瞬時、その少女の闇で出来た黒い体毛が紅い華へと昇華して。
ひらひらと花弁。舞い踊りて。
その黒い辻斬りさえも音を止め、静かに夜に消えて行き。
少女の双眸には、胴体が下からはえてきた矢に打ち伏せた彼女が視え。
こんな静か過ぎる夜空に華を咲かせ。

そして少女は俯瞰を見下ろした。



(絡み合う旋律)




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