初夏になろうともいう風が校内を吹き抜ける。
あの頃の桜は想い露に散り行き、新緑が芽生えて。蒲公英の綿毛も、いつかあの場所へと願いを込めて空に消えていく。

そんな、日々。けれども今日この日は此処ルシーア学院生徒にとっては胸を高鳴らせる頃であって。




「いよっしゃー!赤点逃れたっ」

「まだそんなこと言ってたの?半田」

目の前の張り紙を目で追い、見つけた頃には飛び上がる少年。茶色い髪が嬉しそうに跳ねて。
その隣、呆れた風に言い放つはネコ耳帽子を被った少年。時折風に揺られて。


そして彼もまた、その大きく掲示された表を見ては瞼を閉じ。身体は重く。
「珍しいな、お前が此処まで落ちるとは」
声がしたかと思えば、その人物は此処の生徒会長兼友人の一人であって。眼鏡越しに紅い瞳が覗かせる。
「別に珍しくなんてないさ。元々頭言い訳じゃないし」
「……風丸、お前今回勉強したか…?」
的を突く彼の言葉。大広間の時計台中央響いて。
気付かれぬようにため息をこぼす。それでも時は刻々と円盤に刻まれていき。
「………まあ、したかったっちゃあ、したかったけど」
若干軋む身体中。荒く身体を使いすぎだと少々もうひとりの自分に苛立ちを覚える。というか何故あの日にいざこざやったのだろうか……まあ、しょうがないのだけれども。
はすはすとたどる思考。結論はどちらにしろ簡素なものであって。

そうか、とあっさり悟る彼。何だろうか、この行動に少し疑問を覚えるのは。

「――七位」
そう視線で示す彼。つられて風丸もその文字に目をやる。
「知ってる。」
見慣れた表記。羅列した幾何学模様。
「驚いた。流石に此処を編入してくるだけはある」
「………」
感心する隣。考察するひとり。
つまり、文体自体の意味合いとしては、彼は実質此処ルシーア学院高等部二年250人中七番目の頭脳を昨日一昨日に示したということで。
そして浮かぶ疑問。疑問符があちらこちに散らばる現在。
彼はずっと自分と行動していたはず。そうとなれば、彼は一切勉強をしていないことになるわけ……で、

「――なあ鬼道、」
「何だ?」
「一度勉強してみないでやってくれ」
「面倒なことになりそうなので拒否させてもらう。」

ばっさり。まあ、普通は確かにこう言うだろう。嗚呼、そうだ。これが普通なのだ。そうだ、淘汰。

「それってさ鬼道、また今回もあいつに負けたから?」

指差す矢印。にやりと笑む少年。後ろでは見捨てたような目で猫が見据えており。そしてそれに反応する一部生徒たち。がやがや、ぞやぞや。
「あ、馬鹿半田が他人いびり始めた」
「赤点ギリセの奴が生徒会長にちょっかい出しやがった」
「え、あいつって正真正銘の馬鹿なんだろ。半田真一って」

てめえら一回黙っとけ。そう彼が言えば笑いながら行き去る人間達。
指し示している指。思わず風丸は其れを目で追い、そしてはたひらり。彼が言いたいことを理解した。

「だったら何だ。其れと此れとで何の関係がある。」
「いや、鬼道ってこーゆーの苦手というか嫌ってそうだし」
言うふたり。周りを見渡せば、この雰囲気に嫌な予感がしてこの辺りを離れる生徒達が垣間見えて。彼も彼だと思う今日この頃。

「何かあったのか」
とてとてと近づいてきたのは、何だかんだ自分でも良くわからないが、取り敢えず云々かんぬんで現在自分の僕と言い張る彼であって。銀髪が不思議そうに揺れる。
全く現在の雰囲気やら何もかもについていけてなかったようなので先ずは表を見るよう言う。すれば文句、言の葉ひとつも言わず彼は其れを見る。

「……しぐれ、みどり…?」
「シグレリョク。"時雨緑"、今の所鬼道と学力面では張り合ってる生徒」

ぽつり、これまた不可解そうに復唱する闇野。そして其の間違いを訂正しながら説明する風丸。

「運動神経抜群、容姿端麗。そして成績優秀。教師からの評判もいいし、奴に惚れる男は絶えず続出だ。――ま、全部フられてるらしいけど」

そして其れに勘付いた半田が補足する。はらり、堕ちては消え行くそれ。

「……、時雨、緑…」
何か、引っかかる。闇野の中で、其れはフックのように。とろうとしても、とれない。
何処かでおぼろげに、聞いたことのある気がする言葉。しかし、どうもこうにもそんな言葉が銘記されたものは見つからず。





















薫る風。心地よく差し込む日光。草たちは光合成をいそいそと。
白いテーブルとチェアが並ぶテラス。香る紅茶の香りが其処を満たす。
そんな、昼下がり。

「相変わらず学年一位おめでとうございます」

笑顔のまま云う彼女。揺れる空銀色の髪は風と戯れ。
向かい側、紅茶を飲んでは呆れる少女がひとり。

「……毎時思うんだが、これは喜んでいいのか?」
「ええ。特に此処では、其の前に大体全国では名誉のあることですよ。一位というものは」
「正直どうでもいい」
「そんなこと言ったら底辺の方たちに怒られますよ」
「お前もな」


紅茶に揺らぐ景色。ぐるぐる、そろそろり。全てを丸呑みにして崩壊させていく。
映りてはごちゃまぜになる彼女。自分も例外ではなく。
目の前の相手はそのレモンティーを少し飲んで、ため息をぽつり、こんなところに音す。

「学年一位の人がまともに勉強なんてしていないと知れば、どれだけの人がどんな思いをするのでしょうか」
「さあな。あとそのネタいつまで引きずりまわすつもりだ?」
「さあ」

場をしたためるはレモンと林檎の香り。フロアの隅、花壇に咲き誇る薔薇。赤、黄色、白と様々な色合いを成して。
かたん。カップと小皿が触れる音。

「というか、」

ちゃぷり。反動で揺れるアップルティー。ふわふわと舞うその匂い。
ハーブが更にそれを突く。

そしてその鴉のような漆黒に染まりし瞳が彼女を指差すのであった。


「お前もどうせあまりやってないんだろ。学年三位の久遠冬花」




























かしゃり。かたり。
何処からとも無く聞こえる音。

かたり、のらり。
もうどれだけ経ったのだろう。

するり、ふわり。
このくすんだ蒼も今ではいつかよりは伸びて。



いつから、だろう。その手が触れなくなったのは。その黒髪を見かけなくなったのは。その、音を感じれなくなったのは。





がちゃり。
何処かの扉が開く音。無心に、反射で其処へと目が行く。
そして現れたのは、紫。そして喪服のような闇色の着物。紅い帯がその背景に映える。


「はじめまして」

そう微笑むカお。ぐっちゃぐちゃ。め、くち、鼻、からだ、うで、て、指、ミミ、華。



「××××××××××××、●◎○●××。」


なニも見え無クて、みえて、みえなくてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえて――。












なにも、なにもかも想い、だせなくて。





(×××××、)




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