「――珍しいな。緑が動かない」

雨雲曇天灰色の下。銀白の絹のような毛を靡かせる物体が、いっぴき。

「……かといって今行っても意味が無いでしょう。それにあんなたかが適合したからといって暴れる阿呆な輩如きに、あの方がわざわざ出る必要も無い。アレはただの暴徒。」
神聖なあの方に触れることすら赦されません。否、わたしが赦すことをしません。
白黒コントラストの体毛。豹と獅子を掛け合わせたような不可解なものが口先を動かす。
目下ではふたりの人間がおり。

「………あっそ。ったくお前は何処まで信者なんだか。」
「野蛮な貴方に言われたくありません。それに、あの方を崇めるのは当たり前の行為です。」
「ミラ、お前ロンドンにもっかい帰すぞ。正直煩い」
「生憎わたしはあの場所に未練やら郷土愛すら何も無いので帰れません。強いて言うなら主の隣がわたしのふるさとです。」
「緑もたいがい物好きだな。こんな奴放っておけばよかったものを。」
「全く、何故貴方のような野蛮な妖が禄妖なのか…。頭が痛くなる話ですね」
「あー、でもどうせ樹来林が拾うか。」

誰も彼も気づく者は居ない。こんな全く噛み合わずすれ違う会話。
それは彼らが力をコントロールしているだけであり、なんとも簡単で簡素な結論。
雨色の屋根の獣二匹。

「……嗚呼、あの魔鎌適合者、死にますね。」
「―――」
そう獅豹が呟く。それは確かにこのままの場合の彼が歩む道筋。だがしかし、これはあくまでもこのままの場合であって。

「………ああ、わかったわかった。」
そう言って空を仰ぐは白鼬。長い尻尾が雲をかきわける。
雨粒は未だに花を揺らし。風は無い。
四つの瞳が、足元で踊る人形を傍観している。

「あいつ、哀れだったな。"何もかもの理念を捻じ曲げる矛盾"が、何もかもを蝕む刃に叶うはずが無かったんだ」
蒼い獣の双眸。それは紛れも無く彼に捧げられており。
「相手は定義を持たない根源だ。それを歪ますなんてしょうもない小話。」
ただ、その瞳が告げるは唯一無二の真実。

"相手が相手だった"




結末をわかりきったように、二匹の獣は其の俯瞰を後にした。










ぐわはっ、今まで感じたことも無い痛みが、感覚が、光が、彼の中迸る。
視界は一瞬にして紅くなりて、そして黒やら白やらフラッシュバックしていく。
口の中に広がる鉛と鉄の風味。ぼたぼたと、溢れて流れ出す紅い蝶。ほろほろ泣いて。
くらり、世界が傾いて少年は倒れる。どこかで、何かが潰れる音がした。

そして、目の前には目醒める満月。其の瞳は冷ややかに、冷淡であり。彼の存在をあしらう様で。

「――つまり、だ」

音も無く、その魔鎌は元の形態に戻っていく。
月が姿を現した今、咲き乱れる華。風に揺られて。天の泪を受け。

「おまえはヒトをころしすぎた。自分自身では払えないほどに」

その月明かりが見つめるのは、地に堕ちた黄金色の小鳥。
あおい、蒼いつき。とても、あおい。はかなくて、きえてしまいそうな、そんなげんそう。
朦朧とする意識の中、伸ばした手。けれど、するり。風のようにすりぬけてしまう。
そして告げる自身。



所詮、自分は彼に、月などに触れることさえ出来ないという――。



現実が彼を突き刺す。ぼとぼとと、ただれ溢れ出して来る想いと血液。どくん、とくん。それでも動いている此処。まるで其の光景は泣き顔にも等しくて。

そんな中、冴える思考。
あとひとつ。たったひとつの願い。それはだけは未だに叶えられず。貴方の隣に、貴方のこころのすぐ傍にいたいという願い。
けれど、それは無残に砕け散って。欠片は飛び交って、蛍のように。
たった、ただの片想い。そんな、こと。いたい、いたい。


その隻眼が見据える先、うなだれる少年がひとり。
のらり、くらり。
彼女の声が、反響して雑音へと変わる。懐かしい、音が。

"心中はね、ふたりが愛を分かち合いひとつになるための片道切符なの"

ならば、それならば、相手自身が欲しいと嘆く自分は何なのだろう。間違って、いるのだろうか。
心中。確かにそれも立派な愛の証。けれども歪んだ考えしか持てない自分は何なのだろう。今まで肯定されてきたものが、崩れ歪んでいく。ぼろぼろ、ほろほろと。

嗚呼、傷口が軋む。身体が、重くて想くて。
ただ自分は、傍に居たかっただけ。そう、それだけ。
溢れ出して来る想いが、この蝶が。はちきれそうで、とても痛いいたい。いたい。いたいいたい。居たい。貴方の傍に、いたい。

思考がどんどん堕ちていく。貴方の中に堕ちていく。溺れて、もう這い上がれなくて。












それでも、貴方を求める自分は矛盾していますか。











ただ、鼓膜を破るほどの警報音が脳を刺激するだけであって。
人々の喧騒は、雑音に切り替わるだけで。

「災難だったわねー、まだ高校生でしょう?」
「ええ、これからが人生だっていうのにねえ……」
「まだまだ若いっていうっていうのに」

いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ、

世間話に花を咲かせる中年女性たち。主婦たち。
目の前に広がる風景。崖。白と赤の四輪車。立ち入り禁止の文字。最果てに見える海。両側背後にいきている木々。道路。ひと、ひと。
ピントが、眩んで。足が、力を失って。言葉が、消えていき。
へたり、尻餅をついたコンクリートは、真夏の日差しを受けて温度を上昇し。気温より高い温度はその肌を焼き尽くす勢いで。けれどもそんな熱さ、痛みなんてもう感じなくもなって。
五感さえ、狂って繰るって。





ただ目の前の崖の先、残っていたのは日差しにより萎れた花だけであった。











"高校一年生男女、女子高校生死亡・男子高校生重体"

何処もかしこもそんなフレーズが紙面やらディスプレイを踊っていて。
さらに文字を追えば見えてくる事実。

"望月さなえさん(16)とみられる遺体が事件現場付近の海にて、通行人が発見したも既に死亡が確認された。同じく当麻慧さん(16)は事件現場付近の砂浜に打ち上げられていたところを発見。重体"

つまり、彼らは飛んだのだ。海という空に。
彼女が前ぼやいていた言葉。ふたりが、ひとりになるための儀式。
明かりもつけず、閉め切ったカーテンからはそよ風がそよいで。
現在、5時57分。前と同じ時刻。けれど、前のように彼女は来ない。
当然、あのふたりは此処には居ない。

陰湿な部屋。刻むアナログ時計。
全てが、懐かしいと思える。たった、昨日一昨日の話だというのに。





ぴぴぴぴ、
無機質な音が机のほうから聞こえた。包まっていたタオルケットから、何とか動きを進めた。
どうやらニュース速報の音だったらしい。ふと、重たい瞳が文字をインプットする。白く、其処だけが光っていた。

どうやら彼は奇跡的に一命を取り留めたらしい。
さらに読んでいけばしだいに見えてくるもの。

"精神に以上有。"

そう、たったひとこと。たった一文。碧の双眸を射抜く。
つまり、当麻慧だけが生き残って、精神異常者と診断されたのである。

宮坂了という少年の中で、何かが沸き溢れてくる。怒り、悲しみ……なんとも言えないこの感情。いや、この場合腹立たしいという方が合っているのかもしれない。



彼は、当麻慧は、自身の幼馴染は、愛を誓った人間をひとりにさせた。捨てた。

きっと彼らが行おうとしていたのは、恋人たちがひとつになる儀式。心中。
だというのに、彼は自分ひとりだけ助かってしまった。弾かれて、しまった。

それが、宮坂にとっては彼を見損なったことでもあって。

けれど彼女が確かにこの世から居なくなったという事実は、彼を苦しませるひとつでもあって。胸をわしづかみされるような、そんな。

考えてみれば、なんとも矛盾している。"死を望んでいるのに、死を否定"して。
白いディスプレイが其れを嘲笑う。歪んでいると哂いだす。

いや、でもこれとそれは全く違うのだ。
前者は、"儀式の失敗、愛の欠落"を悟っているのであり。
後者は、"純粋に死を悔やみ"ないて。

一昨日前の彼女の声が耳に突き刺さる。
そして、同時に込みあがる何か。ゆらゆらと揺れ。


「――ぜったいに、いつかころしてやる」

当麻慧を。









(そして全てが幕を閉じ)




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