僕には、ふたつの願いがあった。







部屋の空調音が騒がしくこの空間を掻き乱す。
この冷たさを逃がしはしまいと閉め切った窓。其処からは冬ならば喜んだであろう熱気と日照り。そして風物詩とも言われるとある虫の声。


「子供は子供らしく外で遊べぇえーっ!」

「ふぎゃあっ!?」

けたたましく聞こえたのは彼女の声。そして剥ぎ取られるタオルケットの無残な音。+αとして自身の悲鳴と驚きがこんがらがって混ざったようなよくわからない声。
おまけにいつの間にか窓も全開され、今まで息を吸っていたその空気温度調節機は音符をひとつ読み上げ止まる。
無論、その防いでいた塀が崩ればそれは流れ込むわけで。

「何してんのっ!」

今まですやすやと気持ちよく睡眠していたところなので特に一番頭に血が上る時間帯であって。
いきおいよく体を起こし、その張本人に抗議する。すると彼女はその長い黒髪を靡かせる。調子乗るな。

「何もこうも、いつまでも寝てるあんたを起こしに来た。」

「いつまでもって!?まだ六時前なんだけど」

そう言って左指で卓上にひとり寂しく置かれているアナログ時計を指差す。かちかち。確かにその針は彼の言うとおり五時五十七分を刻み込んでいて。
そんな少年のちっぽけな反論など目もくれず、そのタオルケットをベランダに放り投げ、この高さから落ちるかと思えばミラクル。両脇に、光合成をはじめる木々たちには迷惑をかけることなくその間。しかもハーフアンドハーフ。つまり真ん中にぽふっ、綺麗にきちんとソレは干されて。

遠くに田んぼやら翠やら草木やらちりばめた花の色が映える。
朝日が眩しく自分を照らす。

「もー、ったくりょーほど不健康なひとなんて滅多に居ないよ?夏だよ、楽しまなきゃ。」

そう笑顔で答える彼女とは裏腹、

「……朝四時起床、夜九時に就寝なさなえが珍しいだけ」

呆れかえって頭を抱える黄色が居た。




そして笑い転げるひとり。
「ふははっ、実にさなえらしいな」
風に揺れて仰ぐ紺色の髪。それは夜空にも似て。
「軽く言わないで慧。俺は大切な中一の夏とやらをぶち壊されたんだから」
「あー、ごっめんごめん了」
「なーにが"大切な中一の夏"よ。何事も早寝早起き。これ常識」
「答えになってないから!」
そう繰り返される声。それに自転車がきいきいと、三台とも羨ましそうに啼く。
通り過ぎる景色。都会やらなんやらとは全く無縁のこの村。整備もされていない道路を手馴れた手つきで彼らは行く。












「で、つまり海ってか」
「被害者の特権です」
「了ってこういうとこは冴えてるよな」
自転車をこいで最寄の駅まで早15分。そしてまたそれから電車に揺られよってたどり着いた場所。潮風が肌を掠める。
太陽はこの日を待っていた輩たちの期待に答えたのか、さんさんとこの砂浜と海を照らす。海は透き通り、その光は底にまで。反射してはきらめく姿はまさに夏を感じさせる。
「――感謝でもした?」
ビーチにてパラソルの下。動く金髪。その褐色さえもこの景色にはとても似合っていて。
「恋人の水着姿が見れて」
「ぶほっ…!?」
そう淡々と言えば咳き込む幼馴染其の弐。
紺色がぱふぱふと短く揺れて。
「んなっ、ななななな何でそんなこと……っ!?」
驚きを隠せずに居れば更に彼の追い討ち。太陽がその姿を嘲笑う。
「何言ってんの? こんなの誰でも、強いて言うなら村人全員は知ってる常識だぜ?」
挑発的に言えば、当の本人が来る頃には目の前の幼馴染は縮こまり、茹蛸になっていた。






嗚呼、こんな日々が続けば良かったのに。
















ふわり、ブーツが地面に触れる軽快な音と共に。其の瞳が見つけるもの。
ぐるぐるるるり。鎌自体がいのちを持っているかのように、くねくねと蛇のようにとぐろを巻く。其の中心には、勿論彼が居て。
その刃は今まで幾多もの魂を輪廻の軌道に乗せてきた。無理やりに。強引に。
ペンキに浸ってきた。
夜風は強く吹き荒れる。そして彼の顔を、髪を、瞳を揺らす。その手は愛撫に満ちており。
良く言えば慈愛に満ちた瞳。悪く言えば無慈悲に微笑むその口元。
へぶり。赤い舌が唇をぬらす。彼の体を、今か今かと欲している。

黒い鉄。その体は様々な人々の色を露にしてきた。喰って来た。
あの、今まで"大切だった"人間も、無残にしてやった。

そして触れる。その指先は、初夏を漂わせる頃だというのに、氷のように冷たく。脆く。
白く、柔らかい頬。眼を閉じていて、改めて思い起こさせるその美形。美景。
息はしている。それはそう。自分は今彼を籠にしまいこんだだけ。

「――やっぱりあなたはきれいだ。おれがこうしてまでしないと触れないくらい。」
その結われている紐を解く。ばさり、手繰る川のように広がるその長い髪。一瞬、聖母(マリア)が舞い降りる幻想を夢視た気がした。いや、彼こそが神。女神と称せる存在そのもので。

ふと、途端気付いた。滴が花弁にひとつぶ堕ちるように。
彼に触れる手が、右手が、ふるふると。何の考えも無しに、勝手に震えている。小刻みに、彼の存在に浸蝕されるような、そんな。
思わず左手で右手を握り潰す。何処かで鈍い音がした気がする。けれどそんなもの、どうでもよくて。
すれば、次第に其れは魔反対に変わり、換わる代わる。
今度は上下に揺れる身体。空蛇。蛇は哂い笑う。
彼を満たしていくもの。じわじわと、ぞくぞくと。背を這ってくる蛇のような、そんな。言いがたい快感。わらいごえは天にひびいて。
眠る彼。艶やかに一等星がその瞼を、睫を、唇を、耳を、首を、うなじを、髪を、四肢を、全てを。照らしては朽ちていく。燃えゆるそれ。


じぶんが、いままで、ずっとほしいとねがっていたもの。


触れるは、指、腕、胸、肩、首、頬、睫、瞳、髪、貴方。絡めて絡まって、ほつれないように。
あたたかい。とても、あたたかい。おんど。こんなに優しくてあたたかいのは、いつぶりなんだろうか。
柔らかい、肌がぬらす。
月の無い夜が、さめざめと泣き出す。どこかの哀愁を装って。未だに目覚めぬその瞼に雫が堕ちる。天の泪。誰かがこれを、神の雫と呼んだ気がした。

そんな海に、溺れるふたり。


ぱさぱさと体温を奪っていく。華は朝をまじまじと待っている。


「――そろそろ、もう、いい……ですよね」

ぽつり。そつり。雨音に掻き消されて。彼の願いは今、叶えられる。

ぐるぐるり。廻る揺り篭。そして最期の言葉を告げる。

「葬」

たった一言。そう、ふたもじ。月が無い今宵、彼自身が月も同然であった。
その瞳は、未だにあの幼い姿を想い起させるもので。


正直、馬鹿げているのだろうか。周りからしたら、これは立派な同性愛心というものなのだし、それに出逢って一ヶ月二ヶ月しか経っていないというのに。覆う揺さぶるこころ。嫉妬心とも言う何かが。
あのままだったら、自分はもしかしたら此処に居なかったかもしれない。いやもしかしたら今頃寝ていたかもしれない。けれど、もう巻き戻せない過去。歪んでいく想い。重い鎖が交差して。
捻れて壊れて。そうやってでしか歩めない自分がいて。

ある日どこかで聞いた言葉。黄色い薔薇の花言葉。それは"別れ"。
終わりを望む人間が、愛人にでも黄色い薔薇を渡すことが多いらしい。
それに黄色という色は、裏と表どちらともを表す色とも言われているのだそうだ。

だから、こうして矛盾していくんだ。

すきだって、あいしてるって。時折隠れる彼の精一杯の愛情表現。哀情表現。
まだまだ幼いその思考では、これぐらいしかいえない。それがとても、歯がゆくて。でもこの気持をあらわす言葉はとても限られていて、言い表すのが難しいから。
せめてもの、貴方自身を手に入れよう。ずっと自分の傍で、幸せな夢を自分が見ていれるように。あの黒くて白い獣はぐっちゃぐちゃに引き裂いて。もう、誰も彼も自分とこの人間との距離を壊さないように。



瞳の奥、奔る閃光。紫に怪しく輝くもの。ちっぽけな月の光を浴びて。
その細い喉元へと駆け巡る。
獲物を捕らえる蛇のように、俊敏で、速く、獰猛で。



全てを手に入れようとした神無月の腸に、その刃は堕ちて。
紅い噴水が出来上がった。



(そして僕は一昨日を仰ぐ)




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