がりりり、鉄と鉄がかすれる音が甲高く。曇天に覆われた今宵に鳴り響く。 それだというのに、此処にはちゃんと満月がその姿を照らしており。 不思議だと彼が思えば、それは目の前にいる夜風と知りて。 灰色を背景に塗り重ね、その黒フードが風に揺れる。愉螺離。彼が両手を広げれば、浮かぶ円筒が宙を泳ぐ。 がががががっ、 そして全てが繋がった。彼と彼の廻り在った歯車が逆回転を始め、アノ頃の桜は散り散りに。鯉の色をした季節が過ぎ去って。 がしゃり、再び其れを持ち直す。先程の仔鯉たちはひとつの棒となり、その先端には幾多の赤椿に埋もれた刃が。その小さな満月を映し出す。 大鎌。魔鎌。歪んだ魔術模様。 魔道具。 「――ふふ…、やっと、やっと貴方を手に入れられる」 哂い嘲う。感情が爆発寸前になって、高々になって、上下にゆれ円を描く魔鎌の適合者。 その姿を夜風は無慈悲に哀れに無感情に見上げる。 噴水は彼の想いを重く噴出す。どす黒く、鮮やかに、矛盾した色で。 殺人魔がその被りを自ら背中に垂れ流す。ふわり、風に触れたそのカオ。本性。 「――シャドウ、おまえは下がっていなさい。」 「しかし、相手は」 「……主の言うことが聞けないの? だからと言って貴方とは相性の悪い相手でしょう。足手まとい」 それに、2対1なんてこちらから負けを認めているようなものよ。 そして口元に弧を描く翠がいた。 いきもののように、ヴンと鼓動を鳴らす魔鎌。そしてそれを振りかざす影。 くるくると円に周り、避けられる風。 螺旋を描き青い鳥を捕まえようと。皮肉にも光が線を靡く。 右手に菊が咲き乱れる。その刃が彼らを捉える。 疾風は奔る。光が何処かに照らされた。そんなのどうでもいい。迎える漆黒の魔鎌。風に揺られ散る華。 風漸華を捕らえようと鎌の尻尾、帯がぐるぐると頭上から垂れてくる。それは狂った獅子のように、または雨のように。 「つかまえた」 にやり、快感を憶えた双眸がそれに揺らぐ。感情が溢れ出る。 子供が玩具を貰ったような、其れ。 「――新参が。」 とぷり、風漸華もまた罵倒を憶える。 そしてその菊が刻まれた刃物がその白い爛れを切り裂いては舞う。 いち、に、さん、し、ご、禄。散ってばら待って。 「ふふふ…、」 しかしその表情は逆に更に加速するばかり。 右手人差し指がなぞる唇。紅く染まりて。 その軌跡を放つ。右手は天に指して。 するとその切られた残骸達が顔を変える。ひらひらとただの布切れは鋭い針に豹変し、甲高い音をかきちらす。それは蜂のように、幾多にも。 そして其れをひとつの瞳が貫いた。其の菊の刃がうねりを上げる。 暴走弾のように、土砂降りのように堕ちてくるそれら。しかし彼らが落花してくると同時にそのナイフは宙を描きて。 翠は其の姿を恍惚と溺れており。 ぱきり、 主から離れ、空に堕ちて行ったその銀は針たちに出遭った。その後はなんとも簡素で、その矛先がドミノ倒しのようにひとつの白に当たっては、次の針に当たって、そしてそれの繰り返しループ。とあるメロディを奏でる。 其の姿は花火のように。そして美しく。 そしてこちらに弾ける蒼い火花。 あの間を垣間潜ってすり抜けた風。其れは彼の首元接近"矛盾"をこの手に攫みて。 軌道に乗って、腸を蹴る。 その0.23秒後燕が還って来た。刃を掴み取り、胸からへと奔らせた。 かきん、 「おれが死んだらあなたの傍に居れれない。……ああでも、貴方にころされるのもそれはそれでいいかもしれない、なんて。」 自嘲する彼。睨む隻眼。 「生憎わたしはおまえなんてどうでもいいんだ。けれど死神気取りなのが気に食わない。それに、おまえもわたしが目的ならば。」 一石二鳥と云ふ彼。笑む双眸。 ぎりぎりりりとふたつの悲鳴が重なる。死神と鬼神がハウリングしては不協和音になり。 それに、風漸華にはタイムリミットと言うものがあった。彼がこの体の支配権の時間制限ではない。闇野カゲトとはまた別の"厄介者"がこの戦闘に乱入する前にカタをつけたいという、奴が来るまでの時間制限。 ――【鳥籠は天を歪め地を堕とす】 唇が奏でる言の葉。つまりは詠唱。 それが合図で瞬時に崩れる柄。否、最初の形態。大きく心拍する刻印。 そしてその刃の付け根から両端に生え出したは矛。元からの刃は大きく拡大し、横から見れば盾。しかしその切り口は健在で。 そうやって愛撫する声。 「つーかまーえた」 ◇ 寝静まった頃合い。 ひとり、眼醒める。 今までとは違う、重く乗せかかったもの。 ひとつのからだに、ふたつのいしき。 ふたつの世界はひとつに融合し。 暗い部屋から足を踏み出す。 扉を開ける。もう、後には戻れない。途中でリタイアは出来ない。 「往くのですか」 「来たいのならこればいい。来たくないのならば来なくていい」 殺人魔。既に光臨しており。 「吾、貴方の道行くままに。」 そう言って跪く彼。その姿はまさに主に仕える獣で。 そして翻る蒼。其の後姿は凛々しく、そして儚く。 きっと彼には、どちらの彼がこの時憑依していたのか一生判らないだろう。 募る想いと壊れ行くうたかた (気付けば矛盾してる) |