おひさまさんさん。
おそらはあおくて。
ありさんせっせ。
あしもとぶらぶら。
いぬさんわんわん。
あめちゃんぺろぺろ。
ふーせんわれて。
おててはなして。
ともさんばーば。
かーさんひとつ。
おはながおれて。
みーんなぜんぶわれちゃって。


「ねえっ」

ぽよんっ。柔らかそうな髪が跳ねて。大きな瞳がこっちを向いて。
何かと思えば首を傾けこう言った。

「なにしてるの?」

「わかんない」


「なにしたかったの?」

「わかんない」

「じゃー、なんでないてんの?」

「わかんない」

「……うそ」

「うそじゃないよ」

「だってうそじゃん」

「ついてないよ」

「ほんとーはしってるくせに」

「そんなの、わかんないよ」

「ばーか」

「ばかじゃ、ないもん」

うー、うー。まるで子猫が鳴くみたい。そんなことを思ったのかなあ。うみのそこみたいな君の大きな瞳が、呆れてて。それとも、あまりにしつこいから少しいらっとしちゃったのかな。そうかも、しれないね。だって君は昔からしつこいのはだいきらいだったから。
はあ、そして大きくため息をつく君。気のせいか、その揺れてる髪が君の心をさとしてるみたいだったよ。
ったくもう、だなんて。そんな、頭を抱えてこまらないでよ。逆にこっちが困っちゃうじゃないか。ただでさえ、いったい感情は何を示しているかわかったもんじゃないっていうのに。

「おまえみたいな泣き虫みたことない」

そうやって指差す君。ゆらり、ぐらりとその表情は影が飲み込んでいくよ。嗚呼、空も泣き出しそうだよ。ねえ、どうしよう。こんな僕にいらついて、ここに雷さんがずどーんっ、って堕ちてきちゃったらどうしよう。ねえ、どうしよう。お空が僕に怒っちゃったらどうしよう。こわいよ、こわいよお。

「……アホ…?」

「あっ、は、はやくおへそを隠さなくちゃっ!ほ、ほらっはやくしないとおへそを取られちゃうよぉっ」

「んー、やっぱあれだよな。おまえ、ほんとのばかだな」

「ばっ、ばかじゃないもんっ!っ、じゃなくて、はやくっ、はやくう!」


すっぱーん。

ぱーん。すうっとその場所からひとつの稲妻がぴっかーん。一筋のひかり。雷。
所謂痛覚がびんびんとその感覚を電波みたいに体中へと発信しちゃって。ぶぅん、ぶぅううん。まるで体中が震えてるみたい。じゃなくて本当に震えてる。君の掌が頭に、一筋の弧を描いて直撃したよ。いたい。たいたいたーい。

「ふびゃぁっぅ」

ふぅ。変な音が口から出ちゃった。ふぁあ。なんでだろ、どうしてだろ。目の端っこが熱くって、冷たいなあ。雨はまだ降って無いのに、雨が此処にあるよ。あったかい水が流れたと思ったら、直ぐつめたくなっちゃうよ。なんでだろう。つめたいよ。さむいよ。いたいよ。こわいよ。じんじんするよ。
くらくら頭が揺れちゃって。

「そんなこと、ほんとうにあるわけないだろっ」

そいやっ。まるでとあるヒーローみたいなポーズをして、その右手を構える君。こっちは散々だったっていうのに、そんな右手は全くそんなそぶりを見せないで。きりりとした表情。華は凛々しくおおきく咲き誇り。大きな瞳が、こっちを見てくる。

「…………いたい…」

さすさすとそのてっぺんをさする。触れるたびに敏感に反応するそこ。妙にあったかいんだ、これが。
そういえば、確かとある呪文を唱えればこんな痛みはふっとんじゃうんだって。えっと、なんだっけ。どんなのだっけ。

「……あ、ごめん…つい…。」

そんな中、はっと我に返ったように反応しだす君。痛がってる僕を見て、すぐさま自分がやったことに気がついたんだって。先ほどとは違ってわたわたと、あわてるそぶりを見せる君。漫画とか、そんなのだったら丁度今君の周りに汗が飛んでいる気がするなあ。

「いい、よ。だって、悪かったのはきっとおれだから……。たぶん」

そうだよ、きっとそうなんだ。いつもそうだもの。
ぐずぐずと、ふたつの腕で目を擦る。するとね、ほら。雨が止んだよ。
でもね、なんでだろうね。晴れたっていうのに花は萎んでいくんだ。どうして、なんで。
――嗚呼、そうか。晴れただけで、お日様は顔を出してないんだ。くろい雲がまだ此処にあるんだ。はやく、どこかに行ってくれないかなあ。

「……なんで、」

ふるり。ふるら。花が、風に揺られて漂ってるよ。
るらら。るらりら。水飴が垂れてきた。蜜が降ってきた。なんて、甘いんだろう。べたぺちゃと、君と僕を濡らしていくよ。冷たくて、まるで氷みたいだなあ。飲んでみたいけれど、飲んじゃ駄目なんだって。悲しいね。こんなにきれいなのに、どうしてなんだろう。
そして花を濡らすのです。その線をなぞって、このせかいに溶けるんだ。
ぱしゃぱしゃと小さく音を漏らしてさ。

「………いっつもそうだ。たくとはいっつもそう。ずるいよ。だって、こんなに、こんなにたくとはきづついてもへいきな顔するんだもん。ほんとはすごくいたいんでしょ。いたくていたくて、仕方ないんでしょ。ほんとはその指だっておれちゃってるんでしょ。ばか、気づいてるにきまってんだよ。その左足だってあんまり感覚ないんでしょ。だからこんなとこで寝てるんだ。危ないところで転がってるんだ。ゴミばっかのこんなところに捨てられちゃってるんだ。知ってるよ、オレのほうが知ってるんだから。家族に何にも言わなくてさ、ほんとばっかじゃないの。どうしてたくとはこんなにばかなの。ねえ、どうして、どうしてさ。おまえ、自分のことなんだからわかるでしょ。わかるはずだろ、ねえ。こたえてよ。なんで、なんでなの。――何でなんでさ、お前が誰かにこんなに、壊されていかなきゃいけないんだよ」

君の輪郭なぞっていくよ。くらい、くらい行き止まりの道で。君のうたが雨に融けていくよ。そして僕の目にはいちゃってさ。だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。いたくないよ、いたくも、かゆくもないよ。ごめんね、僕、こんなにわけのわからないかんじで。でもさ、本当にいたくないんだよ。信じて。さっきのはね、君のちいさな力が小指をぶつけたみたいに痛かっただけなの。ほんとだよ、ほんとうだから。ねえ、君まで泣かないでよ。こわいよ、ねえ。

「らんまる、」

「……やめろっ、ばか…」

「まーる」

「………っ、」

「ごめんね。まーをなかせるつもりはなかったんだよ。ただね、おれでもわからないんだよ。ほんとう、ごめん」

「あやまるな、ばかっ」

「ばかじゃないよ。まーもばかじゃない。だから、泣かないでよ」

「泣いてねーよ」

「ないてるよ。お空といっしょに」


きれいな花。ピンク色でね、とってもこころがきれいなんだ。僕の自慢の花なんだ。
しかもね、とっても強いの。年上のひとにだって、立ち向かっていったりするんだよ。
どれだけその花びらが散ってもね、ちゃんと其処に咲いているの。みんな、気づかないだけ。でも、僕は気づいてる。だって、こんなきれいな花見たことも聞いた事もなかったんだもの。
だけど時々心配なんだ。君みたいな花が、僕の傍にいてくれるだなんて。だってさ、そうじゃないか。
いつも気づいたら君に迷惑をかけてる僕だもの。其処にある輝きを守りたくて、糸を紡いでいるつもりが、間違って君の葉っぱを切っちゃってるんだ。ごめん、ごめんなさい。でも、でもね。ありがとう。こんな僕の傍に居てくれて。こんな弱い虫の隣。僕はただ君の葉っぱを食べちゃってるだけなのに。ありがとう。僕を、僕を此処に居させてくれて、ありがとう。

「――帰るか」

頷いて、君の背中に胸を預けるんだ。君の背中はね、大きくて、とっても暖かいんだ。せかいにシャワーが降ってるのに、つめたい水飴が張り付いてたはずなのに。何故か君はあたたかいんだ。なんでだろ。さっきまでとても冷たかったのに。
………そっか。君と僕、此処に居るんだったね。いきて、いきてるんだったよね。








「………たくと…?」

ふと、ちいさな花がその足を止める。背中に垂れている×××を覗き込んだ。
その表情はとても穏やかで、なんとも幸せそうで。まるで、野原に咲く一厘の華のようで。
そんな×××の寝顔がとても可愛らしくて、少し彼の体温が上がって。頬を火照らせて。
そして、おやと気づくひとり。ぐう、と首を上に伸ばして見えるそら。
ぽちょり、隣に雫が一粒堕ち。それだけ。それだけが世界に満たされたとき、空は晴れ晴れと。日が雲間からその姿を現し、黒い元凶たちはせっせと消えては帰っていき。
せかいが、おひさまにてらされて。
そんな中、花は子守唄を路地裏に響かせて。














おひさまぎらぎら。
ゆうだちそわそわ。
せみたちみんみん。
ぶーぶーすぎて。
みーさんばーば。
ともさんいない。
うーうーないて。
あめちゃんないよ。
ふーせんとんで。
かーさんいくつ。
おはながさいて。




「―――ばーか」

ばかばかばかばかばか。ばか、ばか。アホ。

日照る此処。ついに花はかれちゃって。干からびた蝉が啼いてるよ。
種も残さず堕ちちゃって。揺らいでくらいで眩暈ウソ。
レイニイデイは許さない。フーイズデイは知らん振り。
空の色が変わっちゃう頃に早く。君は其処に居るべきじゃないのに。
泣き虫だって言っちゃえよ。馬鹿だって此処で笑ってよ。君だってそうだってゆったってきっちゃってきれちゃって。
うたってよ。うたってほしいよ。あのひのうたを。ねえ、しってるよ。僕だってしってるんだから。君の事、しってるよ、しってるんだから。
ざわめきが聞こえるよ。ねえ、見えてるんでしょ。聞こえてるんでしょ。喋れるんでしょ。僕が悪いなら謝るから、ねえ。まだ水は此処に在るよ。君を生かす水は此処に居るよ。
僕は毎日いつでも水遣りは欠かさずやったよ。ねえ何がおかしかったの。何が不満だったの。ばかばかばか。言ってよ殴ってよ。もう笑い飛ばしちゃってよ。


「何でこんなとこに転がってるの。何で、どうして。ずるいよ、霧野。どうして。ごめんなさい。」
ごめん、どうすればいいの。もう、何もわからないよ。こんなつもりじゃなかったのに。こんなはずじゃなかったのに。
ただ、君はこの道を渡ろうとしただけなのに。
倒れた子猫を助けようとしただけなのに。


あーあ。


あーあー。うーうーがくるよ。ききたくないなあ。つめたいなあ。あかいなあ。
さんばんめのかわをわたっちゃうのかなあ。ねえ、ね。







みーみーないてるきみはどこ。







(ほら、よっつめの角を曲がった先の駄菓子屋)