例えば、そんなことでもいいのかなって。



わたしはそうやって時を重ねてきたのです。刻んで、この世に留まってきたのです。
でも、でもしかしわたしはきっと此処に居過ぎた。あの人にでさえ、もう今では手が届くことも無く。
つまりそんなことだったのです。わたしとあの人では住む世界が百八十度違っていたのです。
結ばれたいだなんて、想ってしまったらもう身体が正直になってしまうわ。だからわたしはこうするの。きっとそうすればこの瞳から生まれる海を止めることが出来ると信じるの。
もう、これでいいのです。こんなわたしでも、こんなにおおきなしあわせを抱いて凝れたのですから。これ以上の幸福など、求めれるはずもなく。
隣で笑えるだけでよかったのです。あなたのそんなおちゃらけた顔も、そっぽを向いた困り顔も、何かを一生懸命考え込んでいる姿も。すべて、ぜんぶぜんぶだいすきでした。いとおしくて。触れたくて。
だけれどわたしはそんな存在にはなれないのです。それに、あなたはこんなにもうれしそう。幸せに満ち溢れているわ。それで、いいのです。ええ、それだけでわたしもうれしくなるのです。


嗚呼、もう鐘が鳴っております。もう、あの高い空に華が舞い散るころあいでございます。
もう、行かなくては。さようなら、いとしきひと。ありがとう。こんなわたしの傍にいてくれて。
さようなら、さようなら。ごめんなさい。ありがとう。

ずっと、すきでした。



高く、広い空。雲ひとつ霞むこと無く。清清しく青い空が。
白い清純のドレスとタキシードをまとったふたりは永遠を誓い。祝福の雨あられがその愛にまみれ。
そしてそのガラスの靴と白い羽根がひとふたひら残留して。

ひとり少女となりた鳥は空に堕ちていった。






ふと木漏れ日の中。此処、雷門中図書室。もう夏にも慣れてきた頃、期末テストは終わり、登校日数は残すところあとわずかというそんな日。広く、多様の書物を管理しているそんな場所。

図書委員である松風天馬はひとり暇を弄び、呆けていた。

「早速さぼってんじゃねーよ、一年」

「あだっ!」

冷房も効き、快適な空間。誰も来ることのない受付カウンターにてひとり。うだりと垂れていれば、若干くらりと痛む頭上笑みを浮かべるひとりがおり。

「どうだ、目、醒めたか?」

「醒めるも何も充分痛いんですけど霧野センパイ」

「んー、そうかな。結構軽めにやったんだけど」

そう言っては茶化すひとりの少年。カウンター越しに視えるはその特徴的な桃色の髪。ふわりと怪しく揺らいで。ひしゃり、そんな整った顔がこちらを見下ろしており。

兎にも角にも、ただ自分をからかいにきただけかと思えば差し出す厚めの本。何事かと一瞬平和ボケした頭が理解するまで数秒もかかり。
そしてその本の裏側のバーコードを読み取り、終えたら背後のワゴンに並べ。せっせせかせか。急いで仕事をするその様は蟻のようでもありて。

「……へえ、先輩って結構借りてたりするんですね」

ふと、たまたま映ったパソコンの液晶画面。ずらり、今まで彼が借りて読んだであろう図書室の本の名前が一覧。白い背景に黒い文字の羅列。

「まあ、此処結構広いから色んな物があるし。それにどっから沸いてくる金かはしらないけれど毎月10冊くらい本仕入れてるし」

「へえ……」

そんなに入っていたのか。生憎そんな係りではない自分には全く頭に入れていなかった知識。流石、これだけの図書室が出来るわけだ。というかもう"図書館"と呼んだほうがふさわしい気がしてきた。

「……松風、お前いつも寝てるんじゃないのか。普通係りじゃなくても知ってることだろ」

「べ、別に毎回毎回寝てないですよ!」

「声大きいぞー」

「ぬぐ……」

そうやって口元に指を突き立てる彼。女子疑惑絶賛浮上中であるが、彼は彼。一応男である。女装趣味とかそういうプライベートのことは知らないが。というか知っていたら知ってたでもう既に自分は彼の弱みを握っている気がする。……いや、もう知っているといえば知っていることになるかもしれないことが。脳裏に過ぎっては歩いていき。


どふっ、
一瞬、何が起こったのかいまいちわからなかった。ただ、目の前に大きな障害物。影がこちらにいきなり出来たということがわかり。

相手の顔が見えなくて思わず立つ。
しゃりん。例えば、鈴が鳴ったような、そんな。そんな。
さらり。流れる髪。漆黒の華。窓からの日光を浴び。

すと、差し出すカード。
はっ、と突如頭が冴え、急いで目の前のデカブツを片付ける作業に入る。いち、に、さん、し、ご……。え、これ本当に五冊なのか。…………あ、そうかそうか。一冊一冊が厚くて太いからか。解決。さっぱり。………え、でもこんなに期限まで読めるのか…?
そんな疑問をひとつほっかり、浮かばせながらユラユラ浮世。ただ無機質な甲高い音がいちいち弾けるだけで。

「流石、これまた沢山。拓人は読むの早いからなー」

「いちいち名前で呼ぶなって言ってるだろ。あと抱きつこうとするのやめろ」

「……っ、酷い…!お父さんずっとたっきゅんを育ててきたのに……っ…!」

「誰が何処の子供だこら。ただ俺はお前が女キャラやらなかったことに凄く感動を覚えた。」

「あ、お母さんやお姉ちゃんバージョンもあるよ」

「やらなくていい!……後、基本図書室やらは会話禁止だからな」

咲いては咲き乱れる花達。奥に見える女子生徒がこの二人を見つけて若干パラメーターを上げていた。

神童拓人。
彼の名。そして、自分ともう一人が狙っている存在。
確かに、弱みと言えばそれは自分たちの弱みになるのかもしれない。けれど、強みと言えばある意味強みになるのかもしれないが。

「あ、そいえば拓人読んだ?何か新刊着てたけど。あの、鳥の話」

ふと、桃が熟して。あまりにもその顔が近くて一瞬苛立ちを覚えるはひとり。
ディスプレイは放置され。

「嗚呼……、一応は全部読んだが……名前忘れたけど、あれか」

「そうアレ。あ、名前って覚えてたほうがいいよ。アレアレ言ってるとボケやすいんだってさ」

「そうか。まさかお前にそんなことを心配されるとは思ってもみなかったな」

「うん、何かちょっと悪意入ってない?さっきの発言」

……鳥の話。へえ、そんなものが入ったのか。面白いのかな、それって。
そんなことを呆けながらはたまた上の空。白いカナリアが青空に飛び立ち。

「あ、でさ面白かったそれ?」

「面白いかどうかなんて人それぞれじゃないのか?」

「いや、なんとなく。どんな感じだったのかなーって」

なんだろうか、この虚しさ。あ、敗北感というのか。ちょっと本気で苛ついてきたので地味に話しに介入してみる。何だかこの人に負けるなんてちょっと嫌だ。

「それ俺も聞きたいですね。どんな話だったんですか?」

「……たかが俺の感想聴いてどうするんだよ」

「いいじゃん」「いいじゃないですか」

ふと、思わず本音が出そうになり声を出せば、なぜか同じ音程を奏でたふたつ。どうやらふたりの音符の仲はよかったらしい。あまり嬉しくはないけれど。
気づけばふたりで見合わせて。
その余裕全開な彼に、はたまた闘争心はひとりふつふつと燃え上がり。

「――面白くは、無かったな」

「……………へ?」

「……えっと、確かどんな話だっけ」

あまりの答えに唖然と。その唇が動く。
と、思い立ったように彼がひとつの答えを導き出す。ただ、弧をその髪が描いて。

「人間になった鳥の噺」



人間を好きになってしまって、対等になる為人間になった哀れな鳥の噺。





(ブクブク泡にも成れず少女は灰に塗れちゃって)