※イナゴ。口調・性格は勝手な俺設定。拓(→)円←風












夕凪に堕ちる河川敷。
その水面、揺らぐ花弁。眼に浮かぶのはただあの人ひとりだけで。

人っ子はどんどん消えていく。鴉が泣いているからと、その足を急かせる。
時折、子供がうたを謳う。それに合わせて鳴る足元。

そんな風景を無心に眺めては、ただ携帯のディスプレイにその線を戻す。暁は、燃えながら沈下していく。


「――あれ、君」

其れが自分へと掛けられていると気付くのに、どれだけの時間がかかったのだろうか。
仕舞いには、隣に来て名前を呼ばないと気付かなかったという。

「えーと、"神童拓人"君って言うんだっけ。」

名前を呼ばれて、思わず声のした方へ向き返る。ふと、薫風が靡いた。
そして隣には、こんな時刻にも関わらず青空がひとつ、ぽっかりと空いていて。

「……あ、違った…?」

眼が合う。鮮やかな紅い瞳とくすんだ灰色の瞳。
わたわたと焦る彼。その姿は十歳年が離れてるにしてもくすぐられるような仕草で。

「いえ、あってます……」

「……え、あそっか。よかったー」

はーっ、
少し可哀想に思えてきたので、一応答える。すれば、綻ぶ顔。それは同性とは思えず。そよぐそよ風。白く淡い月が二人を見つける。

この隣に居る人物、風丸一郎太という人間。現在の監督の幼馴染であり、十年前弱小チームだった雷門の名をとどろかした頃のメンバーの一員。
彼とは以前、監督と一緒に居るところを目撃。その時第一発見者が自分だったから特にその姿は覚えており。


「……で、今度はどうしたんですか。」

空に堕ちる花弁。波紋が揺れて、春の終わりを告げ逝く。
そして最期には風に攫われて。

「そういうお前はどうしたんだ。」
こんなところに居て。

そう尋ねられて、少し戸惑う。気付いたら此処にいたようなものだし、何というかただ、何かに浸りに来たというのが一番しっくり来るかもしれない。
多分、浸りたいのは彼の中で。

足元や、座っている場所に触れる草。其れは異様にくすぐったくて。


「――先輩は、」

俯いた華。覗く十六夜。煌く水面。凪ぐ夜風。
全てが、今を紡いで。
そして、捉える紅い蝶。

「円堂監督のことが、好きだったんですか」

想っても無かった言葉が、いつの間にかこの風に乗せられて。彼の元へと届いて。
気づいた時には、もう、遅くて。
一瞬強張ったからだ。しかし、落ち着いたようにそれは緩み、解れ、誰かの元へ。
そして動く唇。

「ああ、好きだったよ」

ぽつり。ぽとり。あの白い穴のように、ぽっかりと。
廻る記憶。草が彼を愛撫して。
少し、強い風が吹く。蒲公英の綿毛が飛んでいく。空という海に、堕ちていく。
その言の葉も、虚しくどこかに流されて、堕ちていく。

そんなちっぽけな想いはぼろぼろに崩れ堕ちる。神童拓人はそう知っていた。否、もう知っていた。彼には想いをどれだけ募らせ、積み木のように積み上げてもどうせ其れは触れただけで、ぼろぼろと音も無く消えていく。堕ちていく。溜まりに溜まった灰は、もう何処へ行く当ても無く其処に留まる。雪解け水のように蒸発して、無くなってはくれないのだ。

「―――。」

結果は、わかってる。彼が此処にいる以上。そして過去形という文型を持ち上げても。

「……言わなかった、んですか」

その言葉。たった二文字か五文字の簡素で簡単な言葉。それでもその言の葉の想さは例外なく重くて。
静寂に、泡沫に消える音。

そして、頷く彼。ふぁさり、その長い髪が、少し揺れた。まるで、触れたら壊れそうな、儚い横顔。瞳は瞑られて。

理由は聞かない。聞いたら、それこそ自分さえもが壊れそうで。何より、目の前の人間が消えそうで。
蹲る空堕。川にはもう、暗くて何が触れているか、映っているか知る由も無く。
とくり、とくりと脈拍を打つ何か。もう初夏の夜に等しいというのに、そのからだはあまりの寒さに堪え。

「神童は、あいつのこと」

言わなくても判る。わかってしまう、たった何個かの文字の羅列。



たまに想う。どうして、自分はあんな人を××になってしまったのだろう。
どうせ××しても、意味が無いとわかっていたろうに。それに、年もかなり離れて、しかも同性だなんて、最悪な構図。全く噛み合わない。
どうもこうも、どちらにしろ彼は誰かともう繋がっているのだ。自分がまだ、彼を知る前に、もう終わりはきていたのだ。


それでも、それでも――。

くっつけた足に、あたたかい感触。それは、すぐ冷めてつめたくて。まるで、消えいく愛のようだと誰かが嘲笑う。


「………っ、おれ…どうして、こうなっちゃったんだ、ろう…。どう、して…こんなふうにっ、なっちゃったんだろう……っ」

わけもわからず、流れ溢れ出す何もかも。しかし其れを受ける器なんて何処にも存在してなくて。


例えば、あの一年が彼の傍に居る。そして楽しそうに会話をしている。それだけで、何故か眩暈を起こしてしまったり。皆皆褒められたりして、とても嬉しそうにして。
自分も、そうやって笑顔になってみたい。けれど、自分は主将だから。ましてや全てをつくらなければならない存在だから。
ひとつひとつの感情にゆられよってたら、皆を困らせたりしてしまうから。
そうやって、何もかもを壊したくないから。やっと、凸凹な道だけれども、ゆっくりと修復されていくものを、感情ひとつで崩したり、したくないから。
こうやって、キャプテンとしてゲームメイカーとして虚勢を張り続けて。それでも未練がましく彼を眼で追い続ける自分が居るんだ。

あの日、撫でられた手の感触が未だに離れないんだ。
どうしてだろう。ただ、頭を撫でられた時に。どうしてだろう。あまりに不意打ち過ぎて、その手を払ってしまったのは。どうして、だろう。

こんなにも、寂しいと感じるのは。


ひとひら、ふたひら、はたりりら。ぽたり、ぼたり。
溢れかえって、押さえつけている顔が、瞳が、瞼が、未だに洪水を抑えられない。
声が、出ない。堕そうとしても、擦れて、枯れて。まだ、秋なんかじゃないのに。

触れる、てのひら。――嗚呼、もう。


じぶんはまた、だれかにめいわくをかけてしまった。








(そしてアンテナを自らへし折った)