※にょた丸。流血表現有、またもや魔術やら中二病。風丸さんがちとキツい。



がらり、シャワー室の扉が開く音。
つられて音のした方へと目がいく。

ぱしゃりと、滴る水の音。
肌にいやらしく張り付いた水分を含んだ浅葱の髪。
するりとそのしなやかな身体を這って落ち行くは雫。
その鍛えられた足はひどくしなやかに、健康的に伸びている。
瞳の紅色がその姿をさらに艶やかにしたてあげる。

そして、その肌色が目を突き刺した。

「ふふふふふふくをきろおおおおおおおおおおッ!!」

「お前に言われずとも今着るところだ。それに、お前くらいに見られたところでどうもならないだろ。」

「なる!なりますぅ!」

相変わらずわが道の彼女。
その破廉恥な姿に背を向け、心と身体を沈めさせる。嗚呼、俺は何も見ていないなーにも見ちゃ居ない。
別に彼女は俺の恋人でもなんでもない。いや、ぶっちゃ言えば、赤の他人に近い。

いそいそと後ろで衣服を身に着ける音がする。

「……あのさ、」

「何だ」

ごそごそ。服が皺を寄せ合う音。

「今日は何か、情報のひとつやふたつ見つけられたかな……って」

「………」

背中越しの会話。

彼女が此処に住み着いてもうかなり日もたった。
その理由…というか過程は簡単といえば簡単なものだ。
その前に、言っておくべきことがある。

彼女は、"能力者"だ。

魔術関連や能力者なんぞ、俺は諸事情でもう見慣れてしまっていたから別に、わざわざ驚く必要も無い。
けれど、彼女のソレは並外れていた。

そもそも彼女――風丸一姫の戦闘は少ししか見たことのないものだが、これだけはいえる。
彼女は、その名の通り"破壊姫"。
戦闘後の風景は、酷い時は地形ごとひっくり返っているらしい。まだ俺はそれほどひどいのを見たことは無いが。確かに、指一つで小さな町ぐらいは破壊できる。


ぽすっ、

ふと、のしかかる温度。やわらかい、胸の感触。
風丸が自分にこんなことをするときは、決まって彼女の体内パラメーターが低いときである。
「……ち。」

吐息が耳にかかる。

「わーってるから。」
自分もさっさと右肩をさらけ出す。まだ乾いていないその蒼い髪がぺちゃり、張り付いた。
すれば、針が突き刺したような痛みが身体を駆け巡った。
誤解を招くようなので先に言っておく。彼女は吸血鬼ではない。
風丸は確かに吸血種のハーフであるが、生活するための栄養分やらで好んで血を飲んでいるわけではない。
風丸の能力は一見魔術のように見えるが、実は血を必要とする。
しかも破壊姫とも呼ばれる風丸の魔力は必然的に大きくなる。しかし魔力は大きければ大きいほど制御が困難となる。
すると、力を使えばどうなるか。答えは簡単。制御があまり掛けられなく発動した力は大きくなる。結論で言えば、血が多く必要になってしまうのだ。
そんなことは彼女も、仮にも自分のことなので、しかも放っておけば不利になることを薄々感じているらしく、制御装置としてとあるペンダントを身に着けている。

それでもやはり戦闘となれば必然的に力を使う羽目になるわけで。

「――ん、」

はふり。離れていく唇。

くらり。揺らぐ風景。

あ、やべ。不意に傾く身体とは裏腹に、冷静で確実な予感が脳裏をよぎる。


ばたっ、


倒れました。
それにしまったとあたふたする彼女の顔が視界に入る。


「あっ、ご、ごめ」

流石に自分のせいだと思ったのか、倒れたこの身体を見て、すかさず隅っこの冷蔵庫へと走った。

「飲め」

「えーと……、風丸サン…?」

どん! そんな効果音がつきそうな勢いで彼女が差し出したのは、自分愛用のカップに入った白い液体。

「牛乳」

いや、知ってるから。
しかしそんな反論するほどの体力は残っていなかったので、取りあえずそれを受け取り口から身体へと流し込む。水分確保のせいか、生き返った感覚さえした。……俺色々と駄目な気がする。
………あれ?

「よく俺の愛用だとわかったな」

ふと、思った。
すると、その景色を眺めてた風丸がぴくり、反応した。

「べ、別に見たらわかる」

そっぽを向きながら答える彼女。

「え、でもコレ昨日買ったばっかだぞ?」

定価250也。一人暮らし(しかも学生)してる身にとっては、少しの贅沢ともいえようか。

「……そ、それは…」

「それは…?」

「ああもう!いいだろ別に。それに買うほどなんだったら好きなんだろそれっ!」

急に立ち上がったと思えば顔を真っ赤にして逆切れされた。
いきなりの展開に呆然としていると、座布団を顔にぶつけられそうになり、反射神経でよけたらおもいっきり睨まれた。
そして押入れ(風丸の寝床)に入り、ばたんと襖が折れそうなほどの音を部屋中に響かせた。

「何だ…あいつ……」

そのわけのわからない行動に、少年はカップに入った牛乳を飲み干した。


やかましいと隣人に怒られるまで後3分。










降り続く雨。雨は空の涙とは、誰かさんもうまいことを言ったものだ。
そんなことを考えながら、少女は雨の中を歩いていた。

傘は、差さない。結構な量だというのに傘を差さない彼女に、すれ違う親子連れは奇妙な眼差しを向けていた。

それでも彼女は、気にしない。降り続く冷たい雨の中を、ただひたすら行く。目的地など無い。

路地裏までくると、やかましい表の音楽を鳴らしながら行く人ごみとは打って変わっていた。

しとしとと。
冷たい雫が頬を伝う。

彼女は探し物をしていた。
いつ見つかるかもわからない。かといって、見つからないこともない、大切なひと。

奇怪な能力に、人と違うと迫害されてきた彼女に、はじめて手を差し伸べてくれたひと。


――風丸君―

彼もまた、混血種や能力者では無い者の、気持ちが悪いと迫害されてきていた人間だったのである。

早くに両親を失った少女。何もかもを失った人間。



――ふふっ――

からん。声。音。水面に雫が落ちるような、そんな。


少女は即座に反応した。その身体を捻じ曲げ転がり避ける。
水が弾ける音がした。

そして0.1秒後、後ろの壁に大きなクレーターがうまれた。

「ふふ、流石ですわね。それくらいしてもらわなければわたくしが困ります。」
紅い着物を流し、その頭にはぴょんと立っている耳。
黒い髪は肩まであり、その足元見れば黒い尻尾が顔を出していた。

――"妖"である。

風丸は右の袖口からカッターを出し、左の手の甲にびーっとその刃を走らせる。

「開放」


ぱきり。


ペンダントが、風の無い中、ひとつゆれた。

左手の傷口からは滴る血。それを右手でスライドする。
すれば広がるあかいもよう。円を描き、彼女を取り巻く。
そして、其れを手に取った。
その彼女から出来たのは、彼女自身の身長を越すであろう、紅の大剣。

「ほう、はじめて見ましたわ。それが"破壊姫"の名を持つ――」

風丸はその言葉を紡がせなかった。
その大剣は言霊ごと狐を斬った。浅葱の髪にあかい雨が降った。

紅い着物が、右肩から破れ、まるで待ってたかのように吹き出る紅い蝶たち。
彼女の断末魔が、路地裏に響く。

「生憎私はあまり狐が好きじゃないから。――ああ、後」

勝手に人を解ったように言われるのも、嫌いだから。

「このッ…、化け猫が……ッ!」

憎悪。妬み。形相を変えた化けの皮が剥がれた狐は嘆く。
しかしそんなものなど、風丸にとってはどうでもいい遠吠え。

「……弱いね。貴女」

ぽつり。雨に混じりながら風丸が呟く。

其れが、黒狐の思考に影響を及ぼした。まっかに。ぬりかえされるように。


「うああああああああああああああああああああああああああああッ」

甲高い女の音。それは空気だけではなく曇天から堕ちてくる雫でさえも振動させた。

ばきぼきがりりばぼばきいきば、

間接が増えたり、壊れたり、折れたりする図太い音。

風丸はそれをしかと見ていた。コートや髪足に腕に手に体中に紅い彼岸花を咲かせながら、ただ、見ていた。

そしてまた、狐が啼く。
黒い毛に覆われた巨大狐。風丸の何倍かけたら気が済むのだろうというぐらいの、巨大な狐。

「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い妬ましい憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い死ね憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い――」

つらつらすらすら言葉を並べるはその大きな口。瞳は赤黒く。
其れすらも大音量。耳栓が欲しいものだと、少女はため息をついていた。

そして、そろそろ本気で苛ついてきたので、仕留めようと思い立った。隻眼がその巨体を捉える。

ぶおんと、放り投げたはその大剣。宙に弧を描き、その大きく長いからだが粘土を捏ねる様に丸くなる。
其れはぐるぐると鞠のように。

「煩い。これだから執念深いのは嫌いなんだ」

呆れたように風丸が言い放つ。すると、それを合図にしてか、同時に放たれるその"魔力の塊"。

それは、その言の葉を妬み恨みつらみ吐かれるその中へ。
くろいきつねの中へ。


「……あ、」

曇天はいつの間にか晴れ、そして、薄白い月がその顔を現していた。
しかし、奇妙だ。
空には雲ひとつ無いというのに、この降りかかる雨はなんだろうか。

紅い雨が、水と融合して未だに止まないのである。







(月夜、貴方の影をさがす)