"大丈夫"
"僕が側に居るから"
"好きだから"
"愛してる"
唇にてなぞられ滑り落ちていく言の葉という残骸。
蜘蛛の巣に足をすくわれ、しいではその身体に首に顔に瞳に髪に唇をむしり貪られる少女たち。
その姿を冷酷な双眸で見つめるは白銀の蜘蛛。
うつくしきその身体は首は顔は瞳は髪は唇は獲物を捕まえるだけのただの餌。
彼本人もそれを承知している。胸糞性質が悪い。何処かでそんな雑踏が聞こえた気がする。
空は雲ひとつ喰われ、流れ出すは暁の艶やかなる紅。
月は既に白く。屋上。
ふと、気づいた。
何故だろう。気のせいだろうか。もうあの長い針は夕刻を示しているのに、昼間みたいな蒼い青い空が自分の目の前にするり、ひとつ現れた。
「何やってんだ。」
ふわり、微笑む。風が、穏やかに凪いだ。するり、ひゅらり。
「風丸くんこそ、どうしたの。こんなところで」
はふり、微笑む。顔が、自然に仮面を造る。りふぁふ、ひゃるふぁ。
転落防止為の緑色のネットが高く四方八方聳え立つ。
「別に、特に理由なんて無いさ。」
ぽとり、落ちたと思えば風に攫われた文字の羅列。
「ふふ、それじゃあ僕も無いよ。」
ゆるり、蜘蛛は糸を撒き散らす。新たな蝶を見つけた。
ネットに背中を預けると、先ほどまで聞こえていた部活動等の喚き声が無くなってきていることに気がついた。そうか、もうそんな時間か。
ふと、彼も隣で座り込む。小さな俯瞰。まるで、じゃなくて本当に僕が彼を見下ろしている格好になった。
結われた髪が時折ふらふらと揺れ、その白いうなじが眼につく。
少女に似たその華奢な体つきに顔。一種の性別詐欺だなんて誰かが漏らしてた気がする。
別に、僕は彼が少女に似てるから今回"獲物"として決めたわけじゃない。
眠そうに閉じられた片目。長い睫がよくはえる。
完全に姿を消していく目下足元の人間たち。大きくその存在を際立たせる時をはかると名付けられたモノ。その二本の針はいつまでも終わることの無いかけっこを続けている。
白銀にこの地を照らす大きな穴。昔の人はあの向こうに別世界があると考えてたと、無駄などうでもいい雑学が脳裏を過ぎる。
「風丸くんは帰らないの?」
紡ぐその口先。彼の閉じられた瞼が、微かに開いた。
艶やか。いとうつくし。
紅い蝶を思い起こさせるその瞳。
いつもと違い細くいじらしく月光を受け止める隻眼。
食欲意欲が増していく。
「――まだ、帰りたくない。」
「どうして?」
「――それは、」
詰まる唇。薄く色づき。
心臓の鼓動が早くペースを上げていくのがわかる。はやく喰べたい。けれどまだ、まだだ。
その更に白くうつるる首筋に手を回す。
その突然の感覚に跳ね上がるその肩。
「だいじょうぶ、怖がらなくていいから。」
「ふぶ……?」
ゆらひゅらり、ひゃらうり、揺らぐ瞳やらその身体。――そろそろ、喰べ頃かな。
「だって風丸くん、"まだ帰りたくない"んでしょう?」
その甘くいじらしく耳元で囁かれるは音の羅列。
弧を描く口元甘い香り。
夜風に晒されて。
"アイシテル"だなんて今度はこころに嘘をついてみた。
(ベイビーベイビー甘い愛を頂戴な)