僕には、はじめてこんな感情が芽生えたとくべつなひとが居る。

走る姿。蒼い髪。緋色の瞳。その薄桃色の唇。しなやかな四肢。白い肌。

たくさん、たくさんのあなたのもの。全てがいとおしくて。


「―――」


歩く姿。揺れ躍る風。こんな世界に退屈していた僕に見えた、ひとつの色。


でも、あなたが僕のことをどう想っているかはわからない。なかみなんて切り裂いても見えないのだから。

あの、はじまりの日だってもう覚えているのかな? わからない
だって、この想いは言い換えれば僕のただの自己満足かもしれないんだもの

鈍感なあなたは気づいてくれるかな?



春。咲き乱れるチェリーブロッサム。だけど僕の見える色には入っていなかった。
飛び交う声も、どうでもいいと遮断していた。
それは、はじめてこの制服を着て、はじめてこの校舎に足を踏み込んで、はじめて風をこの目で捉えたから。
はじめてづくしの日。其の中で特に輝いていた蒼。

「新入生?」

憎しみも何も無い純粋な笑顔。それが僕だけに向けられたものと気づいた瞬間、

「え……っ、あ、は…はい」

自分らしくないほど戸惑いが宙に飛び交う。

あの時、僕は彼の眼にどうゆう風に映っていたんだろうか。

そっか、とその笑顔を崩さず言葉を積み上げていくひと。

はじめてだからわからないだろ、特にこの学校は広いから案内するよ、ほら、いこう。

ひとつひとつ。言葉が何故か水のようにしとやかで、他の音は何も聞こえない。
目に入る彼のひとつひとつに何かが揺れ動く。ばくばくと、耳鳴りが酷い。だれ、僕の耳の傍で太鼓なんてたたいているのは。

色だって、春に咲き乱れた花よりも、彼のほうが華やかで。きっと言ったら怒られるのかもしれないけれど。

「名前は?」

「みやさか……、宮坂了です。」

「そっか。俺は今年から二年の風丸一郎太。」

なんかあったらいつでも来るといいよ。

僕は不思議でたまらなかった。何でこのひとはこんなに純粋な存在なんだろうと。そして、彼しか見えてない僕はどうしたんだろう?
ぐるごろりんこ。いろんな疑問がころころがる。
なんでだろう。

途中、橙のバンダナをつけたのとか、へんてこな猫帽子を被ったのとか、なんか中途半端な感じなのとか、色々。どうでもいい人間と出会った。けれど、自分にとってはとてつもなくどうでもよくて。
それでも彼、"かぜまるいちろうた"というひとは笑みを崩さない。言葉も絶やさない。
――いや、逆に増えているかもしれない。ひとつ年が違うだけ。それだけなのにヒトとは何かしら変わる。

あれ、なんで僕はこんなに苛ついているのだろうか。今日さっきはじめて逢ったひとなのに。

なんで僕はこのひとに惹かれているのだろう。

どうしてこのひとしか見えていないんだろう。


なぞ、ナゾ。謎。




そうだ。桜はいずれ赤い果実をつける。
それと同じ。色は違うけれど、僕も色をつけた実をつけたんだ。そう、それだけ。

嗚呼、なんて恋煩い。はじめて知った、なんて味かもわからない。でも、つけてしまった、見つけてしまった。



誰かがこのひとを呼ぶ声がする。いやだ、行かないで。傍にいたい。もっと知りたいのに。

「じゃあ、また明日。宮坂!」


そうやって鎖って行くひと。

そして、交差するように誰かが僕を呼んだ。ああ、行かなくちゃ。行きたくないのに。



彼が此処に残した残留に、そっと触れていたかったのに。






「憶えてるかな」
あの、日を。


(あおいはるをしったとき)