少女は云った。
「まだ、いるんだね」
彼女は言った。
「てっきりもう、しんじゃったとおもってた」
少し笑みを零し、翻すワンピース。長く、淑やかな髪が風を切る。
「ほんとうに?」
歩み寄る少女。深い闇色を背負った双眸は、微かに光を受け止めて。
「あなただってしねるんだよ。ただ、それをしらないだけ」
「それは、死ねると言えるの?……貴方が、散々嘆いていたというのに」
零す林檎。赤く熟す前に、風に攫われ落下した。
「たしかにそれは、あるひとからいえばそうではないかもね。――でもね、それはしねることにはかわりないんだよ。せかいから、そのそんざいがなかったことになるんだから。いたことを、うちけされる"シ"とどうとうなんだよ」
ばさり。右手をひろげた彼女。長い袖口に埋もれる指先。流れる放物線。
「でも、まだあなたはきえちゃだめだよ。まだまだ、"リョク"にはやりのこしているしごとが、たっくさんあるんだから!」
翡翠色の瞳を輝かせ、少女が放つ言の葉。年相応に高く幼い声が空間に響き渡った。
ふと、足下には咲き誇る色とりどりの花。広がる翠。空は、高く。色鮮やかに。
「――それでも、きえてつぐなえるものなんて、このせかいにはないの。たとえそれが、カミサマだったとしても」
ね。
だから、まだ"リョク"はきえれないの。きえることさえ、ゆるされないの。
瞳と同じ色の両翼が、彼女の頬を掠めた。
その先が、溶ける様に、はたまた流れるように。砂となっては触れる髪。
「だからいっしょにいるよ。……だって、"わたしたち"は――」
しゃらん、鈴の音が聞こえたような気がした。
触れる指も、なにも無い。
言の端を切り、消えるだれか。其の存在を、ひとりだけはちゃんと感じていた。否、感じれないことなど出来はしなかった。
少女たちは、そしてひとつになった。
「――うん、しってる。知ってるよ」
零れ、拾う声。その声は、消えそうなまでに微かに、風に攫われそうなまでにちいさく。
落ちるのは、悲哀の涙などでは無かった。首から流れ出す憎い程鮮明な血は、翠の草に落ちりて。そして、あかいあかいアネモネを咲かせる。罪の色をした花。
閉じた瞳を開ける頃、彼女の双眸は水晶のように翡翠に塗れ。
幻想卿と呼ばれたせかいでその足を立たせた。
(かみさまになったつみびと)
*
アネモネの別名。
(花言葉=清純無垢、無邪気、辛抱、待望、はかない恋、恋の苦しみ、薄れゆく希望、期待、可能性)