1day1sss | ナノ



「無題.txt」

2013/02/04(Mon) 23:14






僕はその作文用紙に手を伸ばした。
相変わらず教室からは夕暮れの日差しが注ぎ込まれては、黄昏に溺れていた。整理整頓された机の幾何学的輪郭は、しろく紅く黄金に眩しい。一体誰が整えてくれたんだろう。シャープペンシルを手に取っては忘れてしまう。
足元泳ぐ影法師。壁掛け時計はカチリカチリ速さを変えながら進む。けれどもどうしても反対には回らぬらしい。暖かで、少し優しいその温度が頬を撫でる。
そして「僕」は、教卓の前目を開いた。

白いフードを被り、困ったように「僕」を眺める。対照的に鴉色のフードを、机の前僕は脱いだ。
学校であるべき場所の筈なのに、まるでここはそんな名を受付けるには相応しくないような錯覚を起こす。ああ、そうか。有るべき生徒たちの声やらがしないんだ。ひとが、ここは僕らしかいないんだ。雲は未だ遠くに流れていく。

「さあ、鹿野修也。君はそれに何を書くんだい」
白い僕が、暗く月が上り始める教室で問うた。淘汰、蕩けるような眼差しが胸糞悪い。
「何を書こうか。はっきり言ってね、お題くらいないとこれは難しいよ」
ひらはらと用紙を振って見ては諦めて手を放す。すると紙は机の上へ転がった。電灯も付けず、橙色の照明が目を裂いた。
「僕は、あまり作文が得意じゃないんだ」
それは君がよく知っていることじゃないか。呆れて机を蹴り飛ばした。ガタンそれは横にこけてしまう。今度はシャープペンシルが軽い音を立てて落ちた。太陽はまだ帰る気がないようだ。
「ふぅん。そう。そんな筈はないと思ったんだけど。おかしいなあ、君は僕なのに、それを君に提示したんだろうね」
つかりつかつか足音だけが反響しては舞い散った。細かな傷だらけの机を拾い上げることもせず、白い僕はこの僕へ歩み寄った。その足取りは憎たらしいほど悠長で、ダンスのステップを踏むような軽やかさだ。
「――あ、そうか。君が゛鹿野修也゛だからか」
わけがわからぬ答えを呟いて、また白い鹿野修也は力無く笑った。

精神的幻想風景に引き摺り込まれる時はいつも白い鹿野修也が居た。音沙汰も前兆もなく、最早「当たり前」と言うように彼はいつも僕の前に現れた。そしてその度困ったように、寂しそうにこちらに擦り寄ってくるのだ。瓜二つのふたりの違いは、そのいつも困ったような笑顔と白いフードというところだろう。
そして僕、鹿野修也は彼が大嫌いだった。
「今日は一体なんだろうと思えばそんな下らないこと?」
呆れて席を立つ。嗚呼僕はもう寝たいっていうのに。
「下らないかい?」
「うん。まさかとは思うけど、こんなことで僕が喜ぶとは思わないよね」
「いいじゃない。作文。ほうらそこは真っ白な自由だ。修也が好きなものでしょう。自由って」
床へ落ちていた作文用紙を拾い上げ、彼はまた声を弾ませた。言葉さえ伝わらないと気付いては出口へ向かおうとする。と、また音が紛れた。

「作文用紙にはね、なんでも書いていいんだ。拙い詩も、淡い恋文も、笑ってしまうような人生も、夜の中で仄かに香るお伽話も。規定が無いのさ。ほら、実に素敵じゃないか。ひとつの媒体で、これだけ、いいやこれ以上のものが作れてしまうんだよ」
だから、試してみればいいよきっと。それはいつか君の心にずっと残っているから。

歌うように 、諭すように溢れだして。きらきらと光が点をばら撒いた。ビー玉は机の中から転がり込んだ。開け放していた窓から、ぬるい風が背中を掠め。

「さて、欺き続ける修也は、どんな言葉を紡ぐんだろうね」







+++++++++
カゲロウプロジェクト
カノカノ






prev | next


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -