1day1sss | ナノ



犯罪者

2011/08/08(Mon) 22:14






いつもそうだった。私が途中から色んな人間の人生に乱入しては、ただ邪魔者とあしらわれるのが典型だった。
今だってそうだ。本来ならこの生理的ホルモン云々であるこの恋愛感情を一般的に持ってはいけぬ対象に持ってしまった。いくら遺伝子的血液的に彼と繋がりが無くとも、データ或いは文字でその繋がりは証明されている。それに、彼には相応の少女が側にいるのだから。
つまり、私はまた邪魔者になってしまった。


「……おい緑」


さっさと彼らが教室に来てしまう前に帰ろうと、廊下を歩いていた時。目につく白い髪。ミッション失敗のお知らせ。さて、此処からどう抜けだそうか。


「最近さっさと早く帰ってるだろ」


「だから?」


「あのなあ……、昔も言ったけどそれ止めろって言っただろ。何でまた逆戻りしてるんだよ」


頭を抱え唸る林。ぱさぱさと白い髪を掻く。
彼が言っているのは、去年辺りの交換留学の辺り以前の自分のことだろう。あの頃はまだひとりでせっせと早足で帰路についた記憶がある。


「……俺、緑に何かしたか?」


「何も」


そう、何も。全部ぜんぶ、身勝手な我儘の末路。想い上がりの果て。だから、誰も何も無い。
もう、何時だろうか。わからない。こんな感情や彼をこんなに意識してしまう原点はいつだったのだろう。気づかぬうちに罪が笑っていた。もうひとりの自分が見据えているのがわかる。


「それに、私だってお前に構ってるほど暇じゃない」


馬鹿みたいに裏腹な声。それが結果的に彼が自分を見捨てることになっても構わない。否、逆にそれを望んでいる。あのひとたちのように、あなたも私を捨てて見向きもしなくなってくれれば、其れこそ最大の彼にとってのしあわせのかたち。
知っている。彼女はあなたを好きで、あなたが彼女を見ている目はとても楽しそうで幸せそうなんだ。それに、あなたは私の傍に居てはいけない。私も本来あなたの傍にいちゃいけない。愛という感情を持ってはいけない。いつかあなたを壊してしまいそうで、いつ私が暴走するかもしれない。あの時以上に、あなたをころしてしまいそうだから。
自信が無いのか、ただ甘えている。言うのならば云って。否定の言葉を砕す感情なんて無いのです。事実を否定する程のジブンでは無い。きっと、そうなんだろう。でも、それであなたがしあわせになってくれるのならば、わたしにとってもそれ以上の幸福は無い。


「何だよ、それ。家族なのに?」


「だから? 所詮は血なんて繋がってない」


「血なんか繋がってなくても、」


「確かにそう言う口だけの"お決まり台詞"なら大量に転がっているだろうな」


次々と放り投げられる罵倒に似たものたち。喉につっかえている何かを気づかぬふり。お構いなしに吐き出して。痛みなんて、とっくに麻痺している。
そんな、矢先。
痛快な音が廊下に響き反響した。左頬に感じた皮膚。弾けた感触。はたかれたと気づくまで、数秒掛かった。


「ふざけんなよ、緑――ッ!!」


耳を塞ぎたくなる様な怒声。安直な感想。でもそれは痛みに慣れている自分だからの感想かもしれない。他の人間からすれば、それは耳を塞ぎたくなる程では済まされないかもしれない。
口の中で舌を切ったのか、口内に鉛の味が広がる。白い獣がこちらを見る。
初めて、彼のキレた姿を見た瞬間だった。
思わず、笑いそうになる。そう、そうやって私をもっと嫌いになってしまえばいいんだ。手放しちゃえばそれこそ極楽。そうすれば、あなたはしあわせになる。そしてわたしもやっと感情自体をころせる。一石二鳥。
襟首を持ち上げられる感触。嗚呼、顔が真っ赤。


「確かに俺やお前は血なんて繋がってない。いわば赤の他人だよ。けどな、それでもお前は――"時雨緑"は俺の妹で家族なんだよッ――」


「――それは、もし私がお前や樹来の人間をめった刺しに惨殺しても言えるか?」


もしくは、お前たちを裏切ることがあったとしても。
そのときの私はきっと嘲笑っていたのだろうか。麻酔を飲み込んで、何もかも不器用な自分を滑稽と笑っていたのだろうか。想い人のこころを壊そうとする最低な自分を。


はっと気づいて、彼はこの襟首を離した。結構な力だったから、もしかしたら服の下に痣が出来たかもしれない。でもいずれすぐ治るだろう。化け物だから。
下を向いて、ごめん。先程怒鳴った人間と同じだろうかと思わせる程ちいさな声。かすれそうで、消えそうだった。
その時。向こうで声が聞こえてくる。淡い色のショートカットを揺らす少女。何も知らずに駆け寄ってくる。
そんなふたりの時間を壊さぬように自分は其処から立ち去った。






すっかり暗くなり、雲ひとつ無い夕空に鴉が飛び交う。アスファルトを蹴り出して走れば、一気に溢れ出したもの。雨なんて、降ってないのに。
赤くなった左頬を、抉った様に涙が痛ませた。


(幸せの中逃げ惑う)






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