1day1sss | ナノ



夏祭りと川の主

2011/08/01(Mon) 22:25






目の前に、俯き臥せっている幼い少年がいた。狐のお面が、頭の横に顔を出している。


「ひとつ、聞くけれども」


長い髪をひとつに結った緑が少年に云った。今宵、淡い色の堤燈(チョウチン)に多くの人だかりが出来る頃。夏の蒸し暑さに、浴衣を着ている人間もちらほらと目に映る。つまりは夏祭り。


「……お前が盗んだのか。盗った皿を返せ。」


「何も盗んでなんかないよ。」


「じゃあその腕に抱えてる白いのは何だ」


「ただのしろい石だよ。きれいでしょ」


「それが何処からどう見たら石だ? 明らかそんなにでかくて尚且つきれいに円になってる直ぐに割れそうな物がただの石なわけあるかァッ!」


「うわああああころす気かあああああっ!?」


そう少年が叫んでも人っ子ひとり気づく事は無い。多分それは此処が、長い階段を上がった先にある社の裏だからだろうか。遠くにざわめき煌く屋台たちが見える。
勿論此処には外灯すら皆無で。運良く生き残った木々たちがひしめき合い。
ボッ。火を灯したライターを素早く少年の前に近づけては若干脅かす。呆れた顔で隣のスバルが溜息をついた。


「……緑、お前何処でそんなモン拾ってきた」


「さっき物陰に落ちてた。念のために拾っておいた……ほら、役に立った」


「そもそもそれはヒトゴロシのための道具じゃないッ!」


「その皿だってお前が持っているような物じゃないんだよさっさと返せこっちは時間が無いんだよ」


若干ピリピリと苛々しているのか、彼女の口調は何時も以上に荒い。
確かに緑の気持ちも分からなくもない。早くしなければ、とある面倒臭い連れ(俗に義兄)と今年先日からふらりと台風のように現れた自称・義兄の幼馴染が緑の居場所を何時の間にか特定しやってくるからである。だからといってライターを持ち歩くのはどうかと。確かに制御装置を使用し、尚且つ彼等が来る時間を出来るだけ遅くしたいのであれば、力を使わず対抗したい気持ちは常々よく分かる……だがライターや火は流石に予想の範疇を越えていた――俄然と珍しく奮闘情景を持ち出した主にスバルは項垂れた。流石に今年で彼女と付き合うのは三年目だが、毎度というか、緑は時たま突然やけくそに予想外以上の行動をしでかす。まあ、そんなものも含め彼女をサポート・記録を残すのが自身の仕事なわけであるが。


思わずのことに、次は何が出てきてもおかしくないと先程より更に警戒を強める少年。小さな体に、大きな皿を抱えては怪訝そうに睨む。


「だって其処においてあったんだもん。岸に落ちてたんだもん。そんなもの誰のものでも無いじゃん」


「言動が矛盾しすぎてるぞ。いいから早く返せ。」


「ヤダ。これは僕のだもん!あんたみたいなヤツに渡してたまるかいっ」


「少なからず、お前の行動で現に迷惑してるのが一応居るんだから。私とか」


「知るか!」


ああ、そうかい。相変わらず態度を改めない少年。
はあ、と溜息を吐きどうしたものかと。正直緑自身も強行突破は出来るだけ迂回しようと試みている。が、相手が何もその強情さを直さないとなると話はまた別になってくる。
(――……出来れば、穏やかにことを進ませたいんだけどなあ…)
時間も押している。いくら椎名ゆかりが彼の傍に居ようが、何か気づいてしまうとすぐ現場に直行する義兄の性格は少なからずわかっている。そこでまた話がややこしくなったりするのは御免だ。兎にも角にも、さっさとこの依頼もどきを自分は終わらせたいのである。
一瞬、この一番の被害者を連れてこればいいのではないかと思考が廻ったが、きっと何も変わらないのだろう。落胆しては口火を切った。


「――別に、私はお前を消そうと思えば消せる。あまり私も勧めたくないが、……さっさとあっち逝くか?」


天を指差し、彼女は提案した。暗くて、表情は見えない。その声も、先ほどから口論している相手かと疑いたくなるほど。静かに、落ち着いた情の無い声。
――瞬時、少年は身震いした。やばい、これはやばい。何だかよく分からないけど、これはほんとうにやばい。ヤバイヤバイヤバイ。
冷や汗が、額を撫でた。


「というか、下手すればお前のその行動ひとつで誰かが死ぬ。そろそろ要領をわきまえろ」


氷のような声が、頬を突き刺した。耳が、ジンジンと痛み出す。嫌だ嫌だ厭、だ。
まるで蛇に睨まれた蛙のように少年はただ、硬直するしかなかった。多分それは、少女の存在すらに圧倒されたからだろう。スバルはただ、それを傍観しているだけだった。もう心配は無い、と笑みを浮かべていた。










「いやー、ありがとうございます姫君!このヒトったら度胸が無くてねぇ、肝っ玉もちぃーっさくてね!」


「………あ、りがとうゴザイマス…」


「ほら!しゃきっとする!姫君の前なんだから、しかもアンタは命を助けてくれたも同然なんだよ!?」


「あ、いえそんな別に……」


目の前で知る夫婦の会話に受け答えながら、緑は其処に居た。
社から下ってすぐ其処の川べり。それが彼等の住処であり、唯一の場所だった。


つまり、被害者は河童だったのだ。
河童には頭上に陶磁器のように白い皿を持っている。それが、たまたまこの雄の河童が川べり付近で昼寝をしていたら盗られたらしい。そんな、身体の一部とも言えるものを盗られるなんてどうかしている。その河童の妻はそう言いながら夫を叱っていた。


「では、わたしたちはこれで……このご恩いつか」


そう言い残し、彼等は去っていった。気づけばふたりの影は見えなくなっていた。


「………」


ひとり、佇む。少年が、俯いていた。涙せず、そうぐずぐず泣く鼻をどうにか抑えていた。
振り返り、緑と眼があう事すらなく。ただ必死に、服の裾を掴んでいた。
がさごそ。歩けば、足元の石ころたちが声を上げた。とある祭りの日。


「みっともないな、実に。」


声を掛けても、返答は無い。ふう、息を吐く。そして、足元の白い石を手にとった。本当に白いかどうか等、明かりも無いこの場所には確認する事も無かった。


「お前、石が好きだったのか?」


「……違う、母さんが…。いつも拾ってた」


母親が、石を使い芸術的作品を作る芸師。少年はそのようなことを言った。もう、いつほど前の記憶かどうか判断するのさえ、虚無に近く。
ただ声を絞り出した。


そんな彼に少女は白い小石を手渡した。緑にとっては小さな石も、少年にとってはとても大きく、重かった。


「ふぐっ……ぅっ、ぅあ……っ、はっ…、」


ついに、ぽろりと一粒零れてしまった。
それを開始とし、ぼろぼろと雫が顔に塗れて。ぐちゃぐちゃに、顔が歪んだ。
追悼すら忘れたおと。
そんなこどもを、抱き寄せた。ただただ、抱きしめた。涙で浴衣の肩がびしょ濡れになることさえ厭わなかった。これが母性、というものか。そう微かに笑って見せた。


「母さんのところにっ、……帰りたい……っ、かえりたい、よぉ…っ」


うわあああん。仕舞いには声を上げて子供は泣き出した。もう、その手につかめるものはもう何も無くて。その足枷に触れた。


「――じゃあ、もう還ろうか。あなたのいるべき場所に」


母親の居るところに。






何時の間にか追いついた彼が、白髪を揺らして彼女の前に現れる。
その奥から歩いて声を掛ける少女。そんな彼女に若干反抗して。
少し言い合いをしては、疲れたと先に家路に着き始める少女。その頃合には花火が夜空に咲き乱れ。思わず声を呑み。
気づけば彼女はしあわせのなかにいた。

その頃にはもう、少年の姿は無かった。



(幽霊少年と神的少女)






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