「こんなの慣れるわけないっスよ。なにやせ我慢してるんスか!」
「やせ我慢してるわけでもない。慣れだよ。お前がカッコイイと言われ続けるように、青峰やお前がバスケで天才と言われ続けるように。もうお前らはその言葉に‘慣れ’ただろ?」
黄瀬は目を見開く。
「それと一緒なんだ。ただそれがいい事を言われているか悪い事を言われているか。その違いだけ。だからお前が心を痛めて泣く必要はない」
俺は涙と鼻水拭け、とタオルを黄瀬に渡す。
黄瀬は涙を拭いても拭いてもまたその目から涙をこぼす。
「久遠は泣かなかったスか。最初そんな事言われて」
「まあ・・最初は、な。ガキだったし。でも自然に涙って枯れてくものさ。だからちょっとやそっとじゃ泣かなくなったし泣けなくなった」
「じゃあ、俺が久遠の、真白の分まで泣くっス。だから・・・」
もう‘慣れた’なんて辛いこと言わないで?
黄瀬のいい匂いが鼻をかすめる。
泣いて、ただでさえ元が高い体温が余計に高くなりジワリと俺の体にも浸透していく。
黄瀬。お前は優しい奴だ。
こんな怪物(モンスター)にでも涙を流せるんだから。
だからこそお前は何も知らないままで生きていけばいい。
俺の中に踏み込まなくていい。
授業の始まるチャイムが鳴る。
廊下で他のクラスの先生が「授業をはじめるぞー」とやる気のない声が聞こえる。
ザワザワしていた声が静まり返る。
ただ、この教室には黄瀬のすすり泣く声とその背中をさすることしかできない俺が教室の中心で立っていた。
(このタオル洗って返します)
(別にいい。とりあえずお前はこの時間でいつものお前に戻れ)
今まで黄瀬が知らなかった事。
それは生きてきて初めて見る人間の醜い姿と脆い小さな体。
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