「謝ったからって赦されると思っているのか」

誰しも触れられたくない過去がある。

幼い頃、図体と態度がでかかった私は、趣味が弱いものいじめという典型的なジャイアン気質だった。俺のものは俺の、お前のは俺のみたいな。小学校入学前に父親の転勤で引っ越すまで、たくさんの子を泣かせていた。その中でも特にお気に入りだったのは弱虫で泣き虫だった隣の家に住む緑間だった。今思うと、緑間に対して背筋が凍る程のえげつない事していた。自分でやったことだけど、子供って残酷。

「思い出したのか」

地を這うような緑間の声に血の気が引いた。カタカタと唇が震える。目の前にいるこの大男は、キセキの世代『緑間真太郎』、そして幼い頃にいじめ倒した『真ちゃん』だった。
タイムマシーンがあったら過去にタイムスリップして、昔の自分をはっ倒したい。意気込んで、緑間に秀徳高校バスケ部とはなんたるかを説こうとしていた自分を全力で止めたい。

「み、緑間、私、あの…なんて言っていいか」

「で、何の用だ」

「すみませんでした!」

昔、いじめててすみませんでした。緑間のことすっかり忘れてのほほんと生きててすみませんでした。ありったけの反省を込めて緑間に謝罪した。顔を上げると、緑間は眉間に皺を寄せて、不快感を露わにしていた。

「謝ったからって赦されると思っているのか」

緑間の声のトーンが下がり、肌が粟立つ。刺すような視線を放つ翡翠の双眸が私を射るように捕える。

「俺はお前を赦さないのだよ。二度と俺の前に現れるな」

緑間はそう言うと、私を一瞥した。そして、何か言いかけようとする私を余所に緑間は秀徳高校を後にした。私は小さくなる背をただ、見送ることしかできなかった。







次の日。精神的な原因で痛む胃を押さえながら、鉛のように重い足取りで学校に向かっていた。昨日の出来事が頭の中でループして止まらない。緑間の顔を思い出してため息が増えていく。

「おーっす」

後頭部を叩かれ、痛む頭を押さえると、宮地先輩が笑いながら私の隣にいた。突然の宮地先輩の登場で背筋がピンと伸びた。

「お、おはようごじゃます」

緊張で噛んじゃったよおおおおおお!と道端でしゃがみこみたいのを押さえながら、ヘラヘラと誤魔化すと、宮地先輩は吹き出して私の頭をポンポン叩いた。

「先輩、頭を叩かないで下さい」

「だって、お前の頭の位置置きやすい」

そう言って、頭を叩くことを止めない宮地先輩に不服そうに頬を膨らませると、「ワリーワリー」と、誠意のない謝罪をされた。

大好きな宮地先輩と一緒に学校行けて、嬉しいのに私の心は晴れなかった。



学校に着いて、宮地先輩とは部室前で別れた。そこから部室棟を抜けて、体育館近くにある女子更衣室が女子マネの着替え場所になってる。

(あれ…?)

体育館からドン、ドンと等間隔で不気味な音が聞こえてきた。部室前で大坪さんに会ったから体育館はまだ開いてないハズ。

もしかして:幽霊

つま先から頭のてっぺんにかけてブルブルと震えた。そう言えば、根岸先輩が昔体育館裏の桜の大木で首吊り自殺があったとか言ってた気がする。私があわあわしている間にも等間隔で音が聞こえる。私は、呪われるのを覚悟で中途半端に開いてる体育館の窓から恐る恐る覗き込んだ。

「緑間?」

体育館には幽霊じゃなくて緑間がシュート練習していた。指先から放たれたボールは高い放物線を描いて行き、まるで吸い込まれるようにボールはゴールへ落ちていった。緑間の足元にはたくさんのボールが転がっていた。

「みょうじ」

不意に、名前を呼ばれて振り返ると大坪先輩が立っていた。

「大坪先輩、おはようございます」

「おはよう、緑間を見ていたのか」

大坪先輩はそう言うと、窓の隙間から緑間の背中を見た。

「緑間は監督から許可をもらって朝から練習しているみたいだ」

「本当ですか!?」

「『もっと練習したいのだよ』って、監督に言って、体育館の合鍵借りたらしい」

「うわっ、アイツらしいですね」

「…言動がああだから敵を作り易いし、『キセキの世代』って言われてるけど、こう見るといい奴だろ?」

静かにシュートを撃つ緑間の背中をまた見ると、私は大坪先輩の言葉に静かに頷いた。

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