第31話 君に捧げる君だけの曲 前編


僕が誰かのことを思い出す時、その人の表情や出来事を浮かべることが多い。けれど名前のことを思い出す時だけは、決まって頭の中にメロディーが流れる。
それは僕達が音楽で深く繋がっている証拠であり、僕と名前にしか分からない世界を共有しているからだと思う。


「おう、よく来たな千。ご苦労さん」
「久々に来た気がするよ、茂ちゃんのスタジオ」
「言われてみればそうかもな。百は元気にしてるか?」
「元気だよ。久しぶりに茂ちゃんに会いたがってた」

今日の仕事は茂ちゃんこと時田尚茂のスタジオで行われる。もちろん仕事内容はRe:valeと昴による楽曲制作だ。まだレコーディングの段階ではなく編曲作業の段階だったため、スタジオには僕一人で訪れている。

「相変わらず立派なスタジオだこと」
「そりゃなんたってウチの稼ぎ頭は天才だからな」
「ねぇその天才ってやつ、もしかして名前本人に言ってたりする?」
「当たり前だろ。まぁ言っても謙遜して受け入れた試しはねぇよ」
「悪趣味にも程があるな。曲を生み出す苦しみを抱えた側からしてみたら、皮肉とプレッシャーにしかならないから。それ」

この人が業界トップの敏腕プロデューサーであることは間違いないが、特有の強引で荒削りな部分を目の当たりにするたび、正直名前のことが心配になる。きっと僕が名前の立場だったら、あっという間に仲違いしているに違いない。とはいえ茂ちゃんじゃなきゃ昴はここまで大きくなってなかっただろうし、そもそも名前の才能そのものが誰にも見つけられず埋もれたままだったかもしれない。

「まぁとにかく今回は天才二人の貴重なコラボ曲だ。いつも以上に期待してるからよろしく頼むわ」
「言ったそばから……ほんと嫌な男」

僕がそうして溜息をついた頃には、作業部屋の入口に辿り着いていた。ドアを開けるとスタッフの人達が僕を快く受け入れてくれた。
その声に気付いたのか、部屋の奥からひょっこりと名前が顔を出す。

「いらっしゃい、千さん」

名前のその声と姿に、一瞬動きを止めてしまった。生憎僕は耳が良く些細な音の違いを聞き取る癖がある。そのうえ名前のこととなれば、変化に気がつかないわけがない。声にいつもの元気がないことも、ほんの少しだけ痩せた姿も気のせいなんかじゃないはずだ。
名前は多分隠し通した気でいるのだろうけど。

「お疲れ様、名前。今日はよろしくね」

こうして会うのはあの日の生放送の特番の時、Re:valeの楽屋で会った時以来だ。本番を見て帰ると言っていた名前の姿はどこにもなく、お疲れ様でしたという言葉だけが僕とモモのラビチャに残されていた。あの日と今日の名前の様子からいって、あの時天くんと名前の間に何かがあったことは明白だった。

『天くん……私、あの……っ!』

いや、名前のあの感じからするとそれよりも前に、名前がこうなってしまった原因があるはずだ。少なくともパーティーの時までは普通だったことを考えると……。

「あれか……なるほどね」
「え?何か言いました?」
「いや、何も」

パーティーの夜、あの場に天くんがいると分かっていながら僕は名前に触れた。常日頃から完全無欠でポーカーフェイスの彼が、感情を剥き出しにしながら真っ直ぐ僕を見つめていた姿を凄く鮮明に覚えている。僕に取られると思ったのか。剥き出しになった感情は嫉妬か不安か。何であれ、あれが波風を立てた出来事になったのは間違いないようだ。

そんなことを考えていた僕の隣で、名前は誰にも悟られないよういつも以上に気丈に振る舞っていた。彼女のこういう姿を見るのは何度目だろう。楽曲制作の悩み、芸能界で生きるということ、家族とのしがらみ。様々な悩みを抱えながら、名前はいつも平気なフリをして大人達に囲まれながら必死に生きていた。当時、弱音を吐ける場所といえば僕とモモの前くらいだっただろう。







「よし、ここいらで一旦休憩にしよう」

作業も一段落したところで時田さんが言った。先に部屋を出たのは名前の方だった。その小さな背中を僕は無言で追いかける。向かった先は名前が好きなものがズラリと並ぶあの場所だった。

「まだ置いてあったんだ、この自動販売機」
「わ、ビックリした。お疲れ様です、千さん」
「こうして見ると圧巻だよね」
「千さんも飲みます?いちごミルク」
「そうね。頂こうかな」

初めてこのいちごミルクしかない自動販売機を見た時、モモがはしゃいでいたことを思い出す。それから確かいちごミルクを片手に、名前のお気に入りだっていう屋上に招待されたんだっけ。

「それじゃあ行きますか」

そして名前が上を指差しながら、思い出と同じように僕を屋上へと案内してくれた。

「へぇ。前に来た時に比べたら結構変わったね」
「つい最近リフォームしたばかりなんですよ。今回はちょっとメルヘンチックな感じをテーマにしました」
「うん、凄く可愛いよ」
「ここだと千さんがますます王子様っぽく見えますよ」
「そう?じゃあこういう感じをイメージした衣装とかステージングもいいかもね。不思議の国のアリスとかさ。ちなみにモモがウサギで僕がアリス」
「あはは。それ本当に見てみたいです。千さんのアリス、絶対綺麗ですよ」

良かった。ちゃんと笑ってる。名前のいつもの笑顔を見て少しだけ安堵の気持ちが広がった。
名前の横に座りいちごミルクを喉に流し込む。しばらく何も言わずにいると、名前が鼻歌を歌い出した。聞いたことのないメロディーだから、きっと即興なのだろう。そのメロディーがなんとも美しくて心地良い。

ああ、やっぱり僕は名前の音楽が好きだ。

こうしてずっと名前の隣でこの音の中に漂っていたい。その願いは初めて出逢った日から今も変わらない。それと同時に僕はいつだって名前には悲しい思いをしてほしくはないし、再び音のない世界に堕ちてしまわないように守り続けようと心に誓った。

「名前」
「何ですか?千さん」
「喧嘩でもした?」
「え……?」
「天くんと」

だから名前の音楽を止めてでも、核心に触れなければならないと思った。

「そうですよね……この前のあれは隠し通しきれてなかったですし、本番も見ないで勝手に帰ったり……分かりますよね」

名前の声が微かに震えている。

「喧嘩って言うんですかね……私にも分からなくて」
「それってどういう意味?」
「パーティーの後からなんですけど、何故か天くんの態度が変わってしまって……」

やっぱりあれが原因か──。

「きっと私が気に障るようなことをしてしまったんだと思うんですけど、聞いても何もないって誤魔化されてしまって理由は教えてもらえなくて……ただ天くんからずっと不機嫌な音は聞こえてるんです……」

それは多分名前に対するものではなく、きっと僕への嫉妬や焦り、そして自分自身に対する苛立ちなどからくるものだろう。彼にとって名前が初恋なのだとしたら、特有のドロドロした感情を体験するのも初めてのことだろう。そんな感情を持った自分を、好きな人に知られたくないと思うのは男として当然だ。僕もその気持ちはよく分かる。
ただ僕は彼より8つも年上で、それなりに女性との時間も過ごしてきた分、もうその時期はとっくに通り過ぎてしまったけれども。

「あの日、もう二度と天くんには話しかけないって思ってもないことを言ってしまって……」
「それで?」
「天くんとはそれっきりです」

そう言って苦笑する名前を見て、胸が締め付けられた。

「私、昔から人と深く関わってこなかったじゃないですか。家族との関係は最悪だし友達だってまともにいたことはないし、この世界に入ってから周りは大人ばかりで……気づいたんです、私。自分は喧嘩すらしたことのないつまらない人間なんだって。だから仲直りの仕方も分からないんです」

名前の目から涙が溢れていく。
僕は決して名前を泣かせたいわけでも、二人の仲を引き裂きたいわけでもない。それは紛れもない正直な気持ちだ。ただこんなことで崩れるような関係だったとしたら僕は認めないし、そう安々と名前を任せられるはずもない。

僕にとってこの子は誰よりも特別な女の子だから──。

頬に触れて涙を拭う。


その後、僕達がそれ以上何かを語ることはなかった。名前もまた何事もなかったかのように現場に戻り仕事をこなしてみせた。その笑顔も笑い声もいつもと変わらない。けれどそれが無理して作り出されているものだなんて、僕以外誰も知らない。

あの時、泣いている名前を抱きしめて慰めることなどいくらでも出来たはずだ。でもそうしなかったのは、その役目がもう僕のものではないということが分かっていたからだ。

「兄妹か……」

仕事を終えスタジオからの帰り道、一人呟く。そうして僕は名前との過去を回想していた。







今から約3年前のことだった。
それは茂ちゃんが岡崎事務所を訪れたことから始まった。

「今日はRe:valeの二人に大事な頼みがあんだ」
「茂ちゃんがわざわざこうして来るぐらいだから、それってよっぽどな頼みだったりする?」
「おい百。何だその茂ちゃんって」
「あだ名だよ。可愛いでしょ」
「ふざけんなって言いたいところだが……今日は頼みを聞いてもらう立場だからな……」
「何かその頼み事ってやつ、嫌な予感しかしないんだけど」
「そう言うなよ千。お前のことは特に頼りにしてんだから」

あの時田尚茂がここまで言うだなんて。だからこそ僕は嫌な予感だと言ったんだ。きっともの凄く面倒なことに巻き込まれるに違いない。

「俺は今、ある音楽家を育ててプロデュースしようと考えている。そこでお前らにはそいつを育てる手伝いをしてほしいんだ」
「育てる……手伝い?」
「ああ。基本的には楽曲制作のノウハウから教えてやってほしいんだが……」
「待ってよ。そんなこと何でわざわざ僕達が……それなら茂ちゃんがやれば済む話だし、適任なスタッフだってたくさん抱えてるはずだろ」
「もちろんそれはそうなんだが、今回ばかりはどうしてもお前達に頼みたいんだ」

こんなに真剣な茂ちゃんを見るのは初めてのことだった。モモの言うとおりよっぽどの頼みなのだろう。それでも僕はそう簡単に請け負うことはしなかった。僕はモモと違ってただでさえコミュニケーション能力が乏しい。ただ仲良しこよしするだけでも嫌気がさすのに、育てるなんて以ての外だ。そのうえ音楽に関わることとなれば、譲れない性格が働いて相手をズタボロにする未来すら想像出来た。

「育てるだなんて、どう考えたって僕には無理だ」
「千のことだからそう言うと思ったよ。とにかく一度これを聞いてくれ。そのうえでもう一度考えてみてほしい」

そう言って茂ちゃんは持ち込んだノートパソコンを広げて、何やらカチカチと操作し始めた。開いたファイルは一つの音楽ファイルだ。

「これはそいつが作った曲だ」

茂ちゃんの言葉に僕は無意識に耳を傾けていた。正直彼にここまで言わせる存在と、その音楽には純粋に興味があったからだ。
そして音楽が流れること数秒。

「凄いね……!」
「だろ?」

モモが口にした言葉に茂ちゃんが口角を上げて笑う。凄いなんてものじゃない。これほどまでに人を惹きつけるメロディーがあるだなんて、どれだけ稀有な才能なのだろう。それは一生忘れることはない、僕が名前の音楽に初めて触れた瞬間だった。

どうしたらこんな曲が生まれてくるのか。一体どんな人物がこれを生み出したのか。一気に僕の中で興味が湧いた。人に対してあまり関心のない僕が、こんな風に感情を持つことはもの凄く珍しいことだった。

「茂ちゃん、これを作ったのってどんな人?」
「お、いい質問だな百。聞いて驚くなよ?まだ15歳の女の子だ」
「は!?嘘でしょ!?」
「どうだ?千。会ってみたくなっただろ」
「それは……」
「お前とよく似ているよ。自分の中から溢れる音楽を、全身全霊死ぬ物狂いで形にしてこの世に生み出している。繊細で無垢でひたむきな奴なんだ」

意外だった。この人もこんな温かみのある表情をするんだ。

「ただ事情があって人間関係が上手くいってなくてな。中でも家族との関係は最悪と言っていいほどだ。唯一味方だった兄がいたみたいなんだが、それも少し前に亡くなってしまったそうだ」
「お兄さんが……」
「ああ、生きていたらちょうど千と同じ歳だな」

続けて茂ちゃんは必ずこいつは売れると、はっきりそう言った。そして彼女の背景を考慮しつつ早熟な天才が世に潰されないように、最大限の配慮をしてやりたいとも言った。年齢も性別も何もかも非公開にし、限られたごく少数の者だけしか彼女を知らない環境下で活動させてやりたいそうだ。

「千ならきっとあいつの気持ちが分かってやれると思うし、百ならきっとあいつの心を開くことが出来ると思う」
「だとしてもこんな大事な案件に、僕達が関わっていいものなの?」
「ユキの言うとおりだよ。何でオレ達なのかなって正直思う」
「そんなの簡単な話だろ。俺が単純にRe:valeの音楽と人柄が好きだからだよ」

子供のように無邪気に笑う姿とその言葉がとても嬉しくて、結局僕もモモも彼の頼み事を了承する形となった。

「もしあいつと上手くやれるようだったら、兄のような存在でいてやってくれ」

最後に少し寂しそうな顔をしてそう言っていたのが、何より印象的だった。



それから少しの月日が流れて、茂ちゃんが再び岡崎事務所を訪れた。今度は一人ではなく例の女の子を隣に連れていた。

「初めまして。苗字名前です」

本当にこの子があの音楽を作った子なのか?こんなにも華奢であどけない少女が?正直あの茂ちゃんをここまで動かす力があるだなんて、実際の姿を目にすると余計に信じ難いものがあった。

「初めまして、名前!Re:valeの百です。これからよろしくね!」
「はい。よろしくお願いします」
「Re:valeの千です」
「…………凄い、音」
「え?」
「あ、いえ……よろしくお願いします」

彼女が何を言いかけたのか上手く聞き取れなかった。そのうえモモの時は笑顔を向けていたのに、僕の時は何故か笑顔は消えこちらをじっと見つめたままだ。挨拶の仕方が悪かったのか、それとも不快な思いをさせる何かがあったのか。どちらにせよ上手く出来なかったと心配になった僕は、すぐに名前から目を逸らした。

人間関係に難ありと聞いていた名前だったが、モモとはすぐに打ち解けあっていた。もちろんモモのコミュニケーション能力があってのことだと思うし、そんな名前を見て茂ちゃんもどこか安心した様子だった。
ただ僕といる時の名前は違った。いつもこちらをじっと見つめるだけで、モモの時のようにあまり笑顔は向けてくれないし、話しかけてくる時もどこか遠慮がちだ。

「千さん、あの……これなんですけど」
「もしかして新しい曲?」
「はい。千さんさえよければ聞いて頂きたくて……」
「もちろん聞くよ」

それでも名前の音楽は本物だった。美しく澄んだメロディーが僕を満たしていく。名前と接するたびに僕は彼女の音楽の虜になっていて、こうして新しい曲を聞けることが何よりの楽しみになっていた。

「僕の曲も聞く?」
「千さんの曲ですか……!?」
「うん。昨日作ったやつ」
「ぜひお聞きしたいです!」

それに音楽を通せば僕なりにコミュニケーションは取れていたと思う。

「凄く、いいと思います。明るくて」
「何か今、間があったな」
「え……?」
「社交辞令だろう今のは。僕にそういうのは一切いらない。だから遠慮しないで本当のことを言って」
「でも……」
「僕は君が思ったままの感想を知りたいんだ」

どんな感想でも構わない。例え酷評されたとしても、才能のある君が僕の音楽をどう評価するのか純粋に興味があった。

「なら遠慮なく……もしそれで嫌な気持ちにさせたらごめんなさい」
「いいよ。どんな感想でも受け止めるから」
「……千さん自身に何かありました?」
「え?」
「明るい曲なのに、ひどく息苦しく感じる曲だったので……」

この子は一体何を言っているのだろう。状況が上手く理解出来ない。それどころか僕は今もの凄く動揺している。確かに彼女の言うとおりこの曲はポップな曲調だけど、作った時の僕の心情は散々なものだった。でも何故それが彼女には分かってしまったのか。今のは曲の感想なんていう単純なものなんかじゃない。
僕そのものに触れるような行為に等しい、初めて味わった不思議な感覚だった。

「あの、時田さんから聞いてないですか?私の耳のこと」
「耳のことって?」
「ああ、やっぱりそうですよね。それなら始めからちゃんと説明しないとですね」

名前の聴覚の話を聞いたのは、その時が初めてだった。にわかに信じがたい話だったが、嘘だと否定出来るはずもなかった。たった今僕の目の前で、その聴覚は偽りなく完璧に僕の心情を捉えたばかりなのだから。

「こんな馬鹿みたいな話、信じて下さってありがとうございます」
「何を言っているんだ。むしろ興味深い話だよ。君の中にはどんな音楽が流れていて、この世界はどんな風に聞こえているんだろう。僕と君はかなり感覚が似ていると思ってたけど、何が違うのかな。出来るなら君の世界の話をもっと聞かせてほしい」
「初めて言われました……そんなこと」

時田さんが僕達が似ていると言っていたことは、名前と会うたびに実感していた。自身から湧き出る音楽と過ごす生活、それを生み出す歓びと苦しみ。称賛を得る一方で誰にも理解出来ない孤独も抱えてる。それでも音楽が好きで離れることが出来ないことも、何もかもが同じだった。

「初めて千さんに会った時、本当にたくさんのメロディーが次から次へと聞こえてびっくりしました。ああ、この人は私と同じ音楽が溢れてくる人なんだって分かって、勝手に嬉しくなったりしてたんです」
「そうだったんだ」
「そういう人に出逢うこと自体、とっても珍しいことなんですよ」

大人しそうに見えた名前が、こんなにはしゃいで一生懸命僕に話しかけている。

「千さんってもの凄く多彩な音がするんですよ。カラフルで煌びやかで、でも繊細で透明感もあって、現実的でもあり幻想的でもあったり」
「僕が?」
「はい。会うたびいつも違う音色で楽しいですよ。千さん本人にも聞かせてあげたいくらいです」
「僕からそんなに……」
「千さんから聞こえてくる音は感情や感覚というより、千さんの剥き出しな魂そのものな気がします。それがそのままこの世に生み出されるわけですから、なおさら皆さんの琴線に触れるんでしょうね。Re:valeの音楽が愛される理由がよく分かります。私も大好きです、千さんの音楽」

何もかもが衝撃的だった。

名前の言うとおり音楽は僕の魂そのものだった。僕は今日まで体の中に溢れる音楽を命を削って形にしてきた。時には暗闇に捕まり死神に取り憑かれたように、もがいてもがいてもがいてこの世に生み出してきた。
だからこそ容姿で評価されるのも表面的な部分ばかり触れられるのも嫌いだったし、もっと深い奥底にいる僕を、僕の音楽を理解してほしいとそう心の中でずっと叫んでいた。
けれど大人になるにつれそれが極めて難しいことを知り、僕も自分を言い聞かせる術を知った。僕には百もファンもいる。音楽を続ける環境も歌うステージもある。それだけで十分だ。

そう思っていたはずなのに、君はいとも簡単に僕の魂に触れてきた。

こんな子、二度と巡り会えない──。

そう強く感じた。

「君がこんなに僕と話をしてくれるとは思わなかったよ。いつもどこか遠慮がちだったし、目はよく合ってた気がするんだけど」
「それはその決してその悪い意味ではなく、千さんから聞こえる音楽をいつも勝手に拝聴していただけで……ああ、でもそれも気持ちが悪いですよね……」
「いや、理由が分かったからもう大丈夫。好きなだけ聞いて構わないよ」
「普通嫌がるものなんですけど……やっぱり千さんは変わってます」
「それを言うなら君の方こそ」

二人顔を見合わせて思わず笑ってしまった。

「それでも千さんと話すのはまだ少し緊張します」
「こんなに打ち解け合ったのに?」
「だって千さんって音楽だけじゃなくて、お顔立ちも綺麗すぎるから……」

そう言われることには慣れているはずなのに、何故だかこの時だけは照れくさくなってしまった。見た目だけの評価じゃない僕という人間を知ったうえでそう思ってくれたのなら、素直に嬉しいとすら思える。

「僕の音楽を褒めてくれてありがとう。僕も名前の音楽が大好きだよ」

初めてその名を口にすると、名前は満面の笑みを僕に向けてくれた。この日から僕達の距離は急速に縮まることとなる。

そして名前は僕にとって大事な音楽仲間であり、共有する世界を持つ同志であり、時には家族のような存在であり、そして誰よりも大切な女の子になった。



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