第29話 PARTY TIME TOGETHER 後編


気に食わない。
このパーティーの始まりからずっと。

陸や和泉一織の横で楽しそうに笑う名前を見るたび、ついボクの眉間に皺が寄る。完璧な表情管理を身につけ完全無欠のアイドルを貫いてきたボクがだ。
もちろんボクだって名前との仲は隠し通すつもりだし、皆の前でイチャつきたいなど微塵も思ってはいない。
ただここに入った瞬間から、あんな風にあからさまに目を逸らされて面白くない気持ちになったのは事実だった。

「私、三月さんの料理の様子を見てきますね」

そう言って小鳥遊さんが席を立つ。
そんな彼女の姿をボクの隣にいる楽が、じっと目で追っていた。

「……目で追いすぎ」

別に楽がそうなるのはいつものことなのに、鎮められない感情がボクに悪態をつかせた。

「そのセリフ、そっくりそのままお返ししてやるよ」
「は……?」
「さっきから何度も目で追っているのはお前の方だろ」
「何の話?」
「座ってるところも和泉兄が料理してるキッチンの近くだ。気になるなら紡と一緒に行って声かけてこいよ」
「……気になってなんかないから」
「さっきから眉間に皺寄せたままでよく言うよ」
「楽、天!こんな時まで言い争いはよそう。せっかくのパーティーなんだから」

りんごジュースを流し込み、名前だけではなく楽と龍からも目を逸らした。
喧騒の中、時折名前の声が混じって聞こえる。苛立ちと共に思い出すのは、初めて名前の家に行った時のこと。

“私、今日は凄く嬉しかったんです”

“この仕事をしてから友達を作ることは許されなかったですし、ここには時田さんか青山さんしか来ないから。だからこうして天くんが来てくれて、今とっても楽しくて”

あれだけ素晴らしい音楽を生み出す彼女が、いつもあの部屋で一人ぼっちだっていうことを知った。ほんの数時間過ごしただけなのに、ボクに来てくれて嬉しいと幸せそうに笑ってみせた。
さっき見た名前の笑顔はその時と同じ。滅多にないこういう機会を心の底から楽しんでいるのだろう。分かっていながら嫉妬するなんて、自分がこんなに未熟だとは思わなかった。

「せっかくだから俺達も三人で固まってないで、皆と交流しようか」
「そうだな。お酒も料理もこれだけあることだし」
「はいはーい!それならオレ達と一緒に飲もうよ!」
「百さん!」

ボク達の後ろからお酒を持ったご機嫌な百さんが現れる。

「百さん、今日はこんな素敵なパーティーを企画して下さってありがとうございます」
「そんな堅い挨拶は抜きにして飲んで飲んで……って、龍には飲ませすぎたらダメなんだっけ」
「というよりお酒に強い百さんと同じペースで飲んだら、さすがに俺達潰れちゃいますよ」

ボク以外の三人がグラスを合わせ談笑を始める。この様子じゃ飲みすぎてどうにかなるのは時間の問題だろう。ここに来て何度目か分からない溜息を再びついたところで。

「ねぇ、天」

百さんにそっと耳打ちされた。

「名前の側に行ってあげて」
「ボクは別に……」
「天も知ってると思うけど名前はさ、ここ以外では誰にも正体を打ち明けられないし友達も作れない。いつも大人に混じって仕事ばかりしてて、同年代くらいの子との思い出があまりないからさ……」

もちろんそれは重々承知だ。だから名前が自ら選んであそこに座ったことも、和泉一織と親しげに話していたことも、そして和泉一織が何故か名前の口を塞い触れていたことも、気にしないように流したつもりだけど……。あぁ、またこうしてすぐに眉間に皺が寄ってしまう。
ちらりと名前に視線を向ける。今は陸と楽しそうに話しているみたいだ。

「分かりました」

そう小声で伝えると百さんは満面の笑みを返してくれた。移動をするために席を立つも、ボクは真っ直ぐに名前のところには向かわなかった。一度気持ちを鎮めたかったからだ。そのために冷たい空気を吸いに、一旦外へ出ることにした。








フゥっと強い息を吐いてドアノブに手をかける。気持ちの切り替えは出来た。改めて名前の側へ、と思い扉を開けた矢先のことだった。

「は……?」

鎮めた気持ちが一瞬で元に戻っていく。無理もない。そこにいるべきはずの名前がいないのだから。
辺りを見渡すとあろうことか名前は、今の今までボクが座っていた席にいた。自然を装ってるつもりだろうけど、完全にこっちを見ないようにしていることはよく分かった。
空いている席は陸の隣だけ。

「天にぃ!」

陸が手を上げてボクを呼んでいる。
なるほどね。そういうこと。

“その日はぜひ陸くんとお話してあげて下さい”

ボクをけしかけるなんていい度胸してるよね。いいよ、今日だけは名前の思うように動いてあげる。

「陸」

その名を呼べば陸は先ほどの百さん同様、満面の笑みを浮かべた。

「天にぃは何飲む?料理は食べた?足りない物があったらオレが取りに行くから遠慮なく言ってよ」
「陸の方こそちゃんと食べたの?」
「うん、オレはこれとこれ食べたよ!すっごく美味しかった!」
「栄養が偏ってる。ちゃんとバランスよく食べないとダメだよ。体のことを考えて毎日の食事に気を使うことは、アイドルとして基本中の基本でしょう。アイドルを続けるのなら陸は人一倍体調に気をつけないと……って、なんでそんな顔してるの」
「だって……天にぃ、オレのこと心配してくれてるの……?」
「当たり前でしょう」

突然陸の瞳が大きく揺れる。今にも涙が零れ落ちそうな様子に、陸が寂しがっていると言っていた名前の言葉を思い出した。

「天にぃが……天にぃだ」
「今夜だけだよ。明日からはまた陸とはライバル」
「うん、分かってるよ。でもそれでも嬉しくて……」

ほんの数時間だけど、今だけは陸と素直に話をしてみようと思った。こうして二人で過ごすのは本当に久しぶりな気がする。

「そういえば天にぃ、オレ達の曲は聞いてくれた?」
「もちろん聞いたよ」
「率直に、その……どうだった?」
「IDOLiSH7の良さが全面に出てる曲だと思ったし、何より陸の歌声が凄く綺麗だったよ。陸を、IDOLiSH7を好きだっていうファンの子達には最高のギフトだっただろうね」

こんな風に陸のことを褒めたのは初めてだと思う。陸にはアイドルは出来ない。覚悟がないなら今すぐ辞めるへきだ。そう何度も口にしてきた。でも心のどこかではボクも分かっているんだ。陸もまた音楽から離れられないことを。

「天にぃがそんな風に思っててくれてたなんてすっごく嬉しい!やっぱり名前の曲は凄いなぁ!歌ってた時もすっごく気持ち良くてね。メンバーの皆も──」

名前……って言った?今。

「そうそう、名前が言うには天にぃとオレは同じ音がするんだって!双子だからとも言ってたけど、どんな音なんだろうね!天にぃと一緒だなんてオレ」
「……いつから?」
「え?」
「いつから苗字さんのことを呼び捨てにしてるの?」
「いつからって、初めて会った時からだよ?名前が好きに呼んでいいって言ってくれて、同じ歳だし呼び捨てでもいいかなって……。もしかして天にぃ、怒ってる?」

そういえば楽に初めて会った時も、名前は同じことを言っていた。あの時と同じだ。たかが呼び方一つなのに、名前がボク以外の誰かと距離を縮めてるように気がして、面白くないと思う感情が蘇る。

「そっか……!天にぃが今どうして怒ったのか分かった気がする。確かにこんな風に馴れ馴れしくしたらダメだよね。名前はプロの音楽家だし業界の実績で言ったら圧倒的に先輩だもんね。天にぃがよく言うプロ意識に欠けてた」
「別にそういうことじゃなくて……そもそも怒ってなんかないよ」
「嘘だ。その言い方がもう怒ってるじゃん」
「怒ってない」
「怒ってる!」
「七瀬さん、どうしたんですか。そんな大声を出して」

このタイミングで和泉一織が来たら、更にややこしいことになりそうなんだけど。

「だって今日は天にぃが天にぃで凄く優しかったのに……!またいつもみたいに説教しようとするから……」
「説教されるようなことを何かしたんですか?」
「うん、オレが呼び捨てにしちゃったんだ」
「誰をです?」
「それは──」
「言わなくていいから!」

思わず咄嗟に陸の口を手で塞いだ。

「何してるんですか九条さん……!」
「それを言うなら和泉一織、キミもさっき同じことを……」
「何だ何だ?せっかくのお祝いの席なのに三人で喧嘩か?」
「兄さん……!」
「ひとまずオレの料理を食べて落ち着けよ」
「わぁ、すっごく美味しそう!天にぃ一緒に食べよう!三月の料理は本当に美味しいんだよ」

陸のこの無邪気に人を振り回す感じ、どことなく名前に似てる気がする。ボクは九条天のはずなのに、今日はこんなにもポーカーフェイスを保つことが出来ないだなんて……。

「……帰りたい」
「えぇ!天にぃ、もう帰っちゃうの!?」
「九条さん。あなた、兄さんの料理を食べずに帰るおつもりですか?」
「そうだよ!オレだってもっと天にぃと話がしたいのに……!」

もちろん帰ったりなんかしない。ちゃんと食べるしちゃんと話すつもり。ただこんなにも自分自身を含め、自分の思った通りいかないことに心を取り乱すだなんて思いもしなかった。
対処しきれない感情を抱えながら、ボクは楽しそうに笑う名前を見てこの日一番大きな溜息をついた。







それからのボクは席から動くことなく、陸と名前の願いどおり色んな話をした。陸と二人でこんなに話したのはもの凄く久しぶりな気がする。今は互いにライバルの関係だし簡単に認めてはやれないけれど、こうして陸の笑顔を見るのが好きだという気持ちは、子供の頃からずっと変わることなくボクの中に存在していた。今夜はそれを再確認した時間だったと思う。

ふと辺りを見渡せば、視界に名前の姿を捉えることが出来なかった。

「天にぃ。どこかに行くの?」
「うん。ちょっと夜風に当たってくる」

陸に背中を向け、一人部屋を後にする。
向かった先でちらりと人影が目に入った。足を進めていけば少しずつはっきりしていく背中。それが誰のものかなど答えは簡単だった。
名前──そう声をかけようとした瞬間だった。ボクの足がその場で止まる。

「茂ちゃんから聞いた?」

名前ではない他の誰かの声が聞こえたからだ。

「何の話ですか?」
「Re:valeとの共同制作の話」
「共同制作!?千さんと私がですか?」

弾む声で話す名前と向かい合うように立っていた人は、Re:valeの千さんだった。

「今度僕が出演する予定のドラマ主題歌にどうかって話が上がってるんだよ。茂ちゃんはいつになくノリノリみたいだけどね」
「私もぜひそのお仕事やってみたいです!」
「良かった。名前が引き受けてくれて」
「当たり前じゃないですか。私の方こそRe:valeのお二人とご一緒出来るなんて光栄です」
「共同制作、遊びではよくやってたけど正式にリリースされるのは初めてだね」
「すっごく楽しみです!まだ台本も見てないのに、もうすでに曲のアイディアが湧いてきますね。あぁでも私なんかにちゃんと作れるかなぁ……千さんの足を引っ張らないか心配になってきました……!」

目の前に広がるは不可侵領域。それはボクが名前と出逢う前からずっとそこにあって、きっと誰にも奪えやしない。
音楽を生み出す二人にしか踏み入れられない世界が、そこには確かに存在していた。

この場を去りたいのに足が思うように動かない。
その時、名前の背中越しに千さんと目が合った。

「大丈夫。心配はいらないよ」

千さんが名前に向かって歩き出し、伸ばした腕を名前の首元に絡める。

「千さん……?もしかして酔ってます?」
「どうかな」

千さんの顔が名前の肩に沈んでいく。そしてその目は真っ直ぐボクを見つめながら。

「僕はいつだって名前の音楽が、そして名前自身が好きだよ」

名前の耳元へと軽くキスをしてみせた。

「ゆ、千さん……!絶対酔ってますよね!?」
「これくらいしないと。やられっぱなしは性に合わないからね」


──これは千さんからの宣戦布告だ。

でもボクも譲る気なんか毛頭ない。ボクは約束したんだ。ボクの全てをかけて名前を大切にすると。
ボクを好きだと言ってくれた名前も側にいる覚悟をしてくれた名前も、二度と離してなんかやらないし、相手が誰であろうと絶対に渡しやしない。

強く拳を握り踵を返す。
背中を向けた途端から、まるで雨に打たれたかのように体が冷たくなっていくのを感じた。



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