第28話 PARTY TIME TOGETHER 前編


パーティー当日。
朝から続いた晴天は一度も崩れることなく、待ちに待った夜が月を携えてやってきた。

「手土産はこれで良かったかな……服装は……?もうちょっとちゃんとするべきだったかな?青山さん、私変じゃないですか?間違ってないですか?」
「何度も言ってるけど大丈夫だよ、名前ちゃん」

最早何度目かも分からない私と青山さんのこのやりとりが、タクシー内でも永遠と繰り広げられている。
大丈夫と言われたところで何度も聞かなきゃ気が済まないほど、私は極度の緊張に襲われていたのだ。

「固く考えすぎず、気楽に皆で楽しめばいいんだよ」
「でもプライベートで皆さんと一斉にお会いするのは初めてですし……そもそも私、私生活で友達と遊んだ記憶自体それほどなくて……」
「じゃあ今日は名前ちゃんにとって、きっと素敵な日になるね」

そう話す青山さんも、いつもと違ってとてもワクワクした様子だ。紡さんと岡崎さんと、マネージャー談義に花を咲かせるのだと言っていた。

私は今夜、誰とお話をしよう──?

「着いたよ。さ、行こう」

青山さんがインターホンを押すと、紡さんが優しく出迎えてくれた。玄関まで笑い声が響いてくる。その様子に、もう皆さんいらしてますよ、と紡さんが言った。
お邪魔しますと小声で呟き、紡さんの後に続いて長い廊下を歩く。

「こちらです。どうぞ」

ガチャリと扉が開かれる。先に集まっていた全グループのメンバー達が、その音に反応し、一斉にこちらを振り向いた。
一流芸能人がズラリと並ぶ、それはそれは華やかな光景を前にして、私がカチンコチンに固まってしまったのは言うまでもない。

「お、遅くなってすみません……今日はお招き頂き、ありがとうございます……!」

失礼のないように深々と頭を下げる。

「これは一応、手土産、です……」

そしてまるで銃を突きつけられた犯人のように、青山さんと一緒に両手に抱えた手土産を持ち上げると。

何故かどっと笑いが起きた。

「いらっしゃい、お二人さん」
「待ってたぜ」
「二階堂さん、八乙女さん。本日はマネージャーの僕までお誘い頂き、ありがとうございます」

今度は青山さんが深々と頭を下げる。

「名前ってば、なーにそんなかしこまっちゃってるのさ。いつも通りでいいんだよ?ほら、リラックスリラックス!」

そしてとびっきりの笑顔で私に駆け寄ってくれたのは、このパーティーの幹事を務める百さんだった。

「お待たせしてしまいましたか?」
「ううん、ついさっき皆集まったところ。さ、名前も早く座って!乾杯しよう!」

どこに座ればいいんだろう……?

辺りを見渡すその瞬間。
とある人物と目が合い動転した私は、思い切り不自然に目を逸らしてしまった。

彼が、天くんがいる──。

どうしよう。無駄に緊張していつも通りに出来ない。
でもやっぱり会えて嬉しい……今日も天くんはカッコイイなぁ。私服も素敵。
って、違う違う……!そんなこと考えてる場合じゃない。
今の私の態度は、絶対不自然だったに違いない。百さんの言う通りリラックスリラックス……じゃなきゃ今すぐにでも、私と天くんの関係が皆にバレる……!

「名前さん、あちらにどうぞ」

紡さんの声で我に返り、彼女が示す方向に視線を向けた。
TRIGGERの八乙女さんの隣に、人一人分の席が空いてる。あちらというのはTRIGGER席──!?

「いえいえいえ!あそこはもう紡さんが座ることが約束された席ですから……!」
「え?」

紡さんを差し置いて、八乙女さんの隣に座るなんて無理……絶対無理!それにあそこじゃ最初から天くんが近すぎて、上手く立ち回れる気がしない。

他に空いてる席を見渡す。
残された席はRe:valeや大和さん達の大人組が固まった席と、一織くんの隣だけ。
それなら私は。

「青山さんは岡崎さんと飲むんでしたよね?じゃあ私はあちらの未成年組の席に座りますね」

私はそそくさとその場を立ち去り、すかさず一織くんの隣にちょこんと座った。お邪魔しますと一声かけてはみるも、一織くんからは露骨に、は?という顔を向けられる。

「どうしてあなたがここに……」
「あはは……お気になさらずに……」

「じゃあ全員揃ったということで、乾杯の音頭は……楽、お願い!」

百さんの言葉に、全員の視線が八乙女さんへと向けられる。

「俺ですか?」
「楽、こういうの得意でしょ?」

八乙女さんはグラスを片手に立ち上がり、コホンと咳払いを一つした。

「まずは各グループ、週間チャート一位おめでとう。それから今日のこのパーティーを企画してくれた百さん、千さん、本当にありがとうございます。Re:vale、TRIGGER、IDOLiSH7、そして昴。この四組が一堂に会することなんて、滅多にない機会だと思う。グループ間を超えた交流から、俺達のさらなる飛躍を願って……乾杯!」

八乙女さんの掛け声と共に、乾杯の声、グラスがぶつかる音など様々な音色が広がった。
同じ喧騒でも収録現場やコンサートなどと違う点は、その音の中に私自身も参加しているということ。
それが素直にとても嬉しかった。

さて隣にいる一織くんと何を話そうか。そう思っていた矢先。

「あの、苗字さん。貴方にお尋ねしたいことがあるんですが」

逆に一織くんの方から声をかけられた私は、正直驚きを隠せなかった。前回私がこの寮にお邪魔した時に、無闇に彼の心を読んでしまったことから、私のことをあまり良く思ってはいないだろうと思っていたからだ。
でも、今の彼から私を拒絶する音はしない。

「はい、何でしょうか?」
「……率直に僕達の今回の新曲を、昴としてどう感じましたか?」

意外だった。グループのブレーン的存在である一織くんが、こんな風に不安でいっぱいになることもあるのだと。
──っと。また心を覗いたって怒られちゃう。

「新曲ですか?とても素敵な曲でしたよ」
「それはどんなところか、具体的に聞いても構いませんか?」
「構いませんがその前に……」

じっと一織くんを見つめる。
音楽の話をするなら、一織くんには以前から伝えたいことがあった。今がそのチャンスだと思った私は、彼の性格や気持ちなど無視して、いつもの如く暴走してしまった。

「その前に、何ですか……?」
「一織くん、陸くんと二人でユニット活動をやってみませんか?」
「は?」
「一曲だけでも、ね?絶対素敵なことが起こりますよ。やらないなんてもったいないです」
「あなた、何を……」
「曲は責任もって私が作りますから。お二人はどんな曲が好みですか?そうだ、作詞を手伝ってもらうのもいいですね。お二人の関係性がよく伝わる感じで……陸くんにも聞いてみましょう!彼なら絶対──」
「私が七瀬さんと二人でだなんて……っ、何を馬鹿げたことを……!」

拒絶した言葉を口にする一織くん。でも正直満更でもない様子が伺える。

「一織くんは二人の声質が重なった時の魅力に気づいてないんですか?凄くもったいないですよそれ。何て例えたらいいのかなぁ……あー絶対このメロディとかに合う声色なんだけどなぁ……この声色が生まれる要因なんですけど、一織くんって陸くんに絶対的信頼があるじゃな──んんっ!」
「こんなところでいきなり何を言ってるんですか!あなたは……っ!」

勢いよく口元を塞がれたことにより、言葉を紡ぐことを強制的に止められる。
顔を真っ赤にして必死な表情を浮かべる一織くんの地雷は──。

「ちょっと一織!名前に何してるの!?」
「な、七瀬さん……!あなたは黙ってて下さい!」

地雷の張本人が一織くんの後ろから現れる。
口に出してはいけなかったのは、陸くんに絶対的信頼があるという、一織くんの本音。素直に伝えてあげればいいのに、だなんて思ってしまうのは、一織くんにしてみたらお節介以外の何者でもないのだろう。
私は音楽のこととなると暴走してしまう自分を、今しがた戒めながら、開放された口元からぷはっと息を吐き出した。

「何だ何だ。開始早々喧嘩か?」
「っ……兄さん」

振り向くとエプロン姿の三月さんが、菜箸を片手に立っていた。そういえば今日は三月さんの手料理も用意されると、事前に紡さんが言っていたことを思い出す。

「ほら一織。喧嘩するほど元気が有り余ってるなら、陸の代わりにこっち来て手伝え」
「……分かりました」

ギロリと一織くんの視線が突き刺さる。
陸くんに余計なことは言うな、という意思表示はしっかり汲み取れましたのでご安心を、と心の中で返答する。
そんな一織くんの背中を見つめながら、私と陸くんは顔を見合わせた。

「大丈夫?名前。一織と何かあったの?」
「いいえ。大したことじゃありませんし、喧嘩でもありませんよ」
「本当……?」
「本当に本当ですから安心して下さい」
「そっか。なら良かった。あ、名前は何食べる?オレが取ってあげる!」
「いえいえ、私がお取りしますので陸くんは座っていて下さい」
「いいってオレが」
「大丈夫です私が」

顔を見合わせ、今度は声を上げて笑い合った。

「ではお互い相手の分をお取りして、交換しましょうか」

こうやって笑ってはいるけれど、陸くんからは落ち着かない音がずっとしていた。
その原因が何なのかは、心を探らなくとも一目瞭然だった。陸くんの視線は何度もある人物へと向けられていたからだ。

「天くんのことが気になりますか?」
「え……!?いや、オレは別に……っ」
「隠しても分かりますよ」
「聞こえるの……!?」
「いえ。音に頼らなくても視線だけで分かります」

そう伝えると陸くんがシュンとした顔を見せた。こんなにすぐ近くにいるのに、話すことすら出来ない寂しさが陸くんを襲っている。もちろん私自身ももどかしい気持ちでいっぱいだった。

「陸くん。今日はせっかくのパーティーですから、楽しい話をしましょう」
「楽しい話?」
「はい、ぜひ天くんとの楽しい思い出話を聞かせて下さい。どんな些細なことでも構いません」
「天にぃとの思い出……」

天くんとの記憶を探る陸くんに、いつもの笑顔が戻っていく。その後、陸くんは天くんとの思い出話をたくさんしてくれた。二人がどんな幼少期を過ごしてきたのか、どんな想いで歌を歌ってきたのか、色んなことを知ることが出来た。
陸くんが天くんをとても大切に思っていることも、そして天くんもまた陸くんを──。

「貴重なお話をたくさんして下さったお礼に、良いことをお教えします。ちょっと耳をお貸し下さい」
「え、なになに?」
「私が天くんと陸くんについてお話をする時に、いつも聞こえる音があるんです」

そうして私は陸くんの耳元で、真実をそっと囁いた。

「……大好きと寂しいが混ざった音色です」

人の心の内を勝手に覗いて、ましてやそれを誰かに伝えるなど自分でもタブーだと思う。天くんに知られたら、最悪嫌われるかもしれない。
それでも二人の間に出来てしまった距離を、ほんの少しだけでも縮めてあげたかった。
私と兄のように、会えなくなってからじゃ遅いから。大好きな人なら尚更。

「本当……っ?」
「陸くんと同じです。天くんだって陸くんを大切に思ってますよ。私にはちゃんと聞こえています」
「そうならいいんだけど……」
「今日は私がお二人の仲を取り持ちますからね」

人肌脱がなきゃ、と意気込んで天くんに視線を向ける。バチリと合う互いの目。私はそれを再び勢いよく逸らしてしまったのだ。

「名前?」

多分気のせいなんかじゃない。
天くんがもの凄い勢いでこっちを睨んでいる……!しかも多分あれはお怒りモードの天くんな気がする……!
余計なことをするなという、お怒りの視線なのかな……?この距離と喧騒じゃ、天くん気持ちまでは読み取れないし……どうしたものか。

あれこれ考えているうちに、席を立った天くんがどこかへ姿を消してしまった。
よし、今がチャンス……!

「陸くん、私ちょっと席を移動します」
「え?」
「座るところがない方がいらっしゃったら、こちらの席に案内してあげて下さい」
「名前!?」

陸くんの声に振り向くことなく、その場を後にする。そして私が急いで移動した先は、先ほどまで天くんが座っていた場所だった。

よし、これで天くんはこの席には戻れない。

「苗字?何だ、どうした?」
「すみません、ちょっとだけお邪魔します」
「お!名前ちゃん、飲んでる?」

八乙女さんと十さんに挟まれる形になった私は、両側から大人の色気が混じった声を浴びる形になる。
お酒を片手にしているからか、漂うフェロモンがいつもの倍以上に感じるのは気のせいだろうか。

「龍、苗字はまだ未成年だろ」
「そうだったね、ごめんごめん。確か天と同い年だったよね?」
「はい、そうです」
「飲むならこっちを飲め」

そう言って八乙女さんはジュースを差し出されてくれた。
最初こそ衝突してしまった私達だけど、八乙女さんのスマートで男らしい優しさを知った今、彼の魅力に落ちない女性はいないのではないかとすら思える。

「じゃあ名前ちゃん、改めて乾杯しよっか!」

十さんの包み込むような優しさは、八乙女さんとはまた違った魅力を感じられる。
歌声やダンス、容姿、エンターテインメント性だけじゃない。彼らの人柄もまた人々を惹き付ける要素の一つだ。
知れば知るほどTRIGGERをより好きにならずにはいられない。

ゴクリとジュースを一口飲んだところで、席を外していた天くんが戻ってくる姿が確認出来た。
そしてこちらに向けられるであろう天くんの視線に、わざと気付かないフリをしてみせる。
これは全て作戦なのだ。この席を私に取られた天くんは、ならばと他の席を探すしかない。でも実質空いている席は陸くんの隣のみ。天くんは必然的に陸くんの隣に座るしかないってことだ。

「よし、よし……座った……!」

私はそんな天くんの様子を見届けながら、テーブルの下で小さくガッツポーズをした。

「あんた、何で天と入れ違いでここに来たんだ?」
「え?」
「そんなに天が気になるなら、さっさと隣に行ってくればいいだろ」
「な……っ、違います、気になってなんか……」
「それだけあからさまに目で追ってるくせにか?」

八乙女さんの言葉に一気に耳が熱くなった。自分の視線の先が把握されるというのは、中々恥ずかしいものがある。それにこれは、天くんと陸くんの仲を取り持つというミッションがあるからであって……!

「お前ら似た者同士なんだな。さっきまでここにいた天もそうだった」
「名前ちゃんのことが余程気になるのか、何度もちらちら見てたよね」
「口では気にしてないって言いながらな」

そうやって天くんのことを話す二人は、とても優しい笑顔を浮かべていた。

「天はあんたと出逢って変わったと思う」
「そうですか……?」
「うん、楽の言うとおりだよ。天はさどんな時でも完璧主義でいつだってプロに徹していて、それはアイドルとしては凄いことなんだけど……でも正直俺はそんな天が心配な面もあったんだ。時には肩の力を抜いて、我儘言ったり甘えてもいいのにって」
「……十さん」
「だから年相応になったというか。良い意味で子供っぽくなった気がする」

とても優しい、天くんを思う音。

「きっとあんたといる時は、ただの九条天に戻れるんだろうな」
「名前ちゃんが天の側にいてくれて、俺達凄く感謝してるよ」

一瞬でも気を抜けば、涙が零れ落ちそうだった。

TRIGGERの九条天として生きている人の側にいることが、どれだけ我儘なことか。その我儘故に、少なからずとも二人には、迷惑がかかっているに違いない。
そう思っていた。だから疎まれることはあっても、感謝されることなどないはずなのに……。


“ボクがTRIGGERの九条天ではなく、ただの九条天に戻るその時だけは、一番にキミのことを想うから”


あの日の天くんの言葉が、胸をキュッと締め付ける。

「苗字?どうかしたか?」
「いえ……何でもありません」

ああ、ダメだ。
ずっと一人ぼっちだったから。こういう音に触れると、堪らなくなる。幸せなのに嬉しくてしょうがないのに、どうしてか涙が溢れてしまいそうになる。

幸せに慣れない自分がもどかしい。

「私、ちょっと夜風に当たってきますね」

必死に堪えた涙を笑顔に変えて二人に向ける。
そうして私は記憶の中の天くんの愛情と、ここにいる皆の優しさをぐっと噛み締めながら、一人部屋を後にした。



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