第27話 ハローコネクト 変わらない日常を取り戻してからの私は、以前に増して勢力的に制作活動を行うようになった。 一度は失ってしまうのではないかと思った環境や人々が、変わらずあり続けていてくれること。それがどれだけ幸せなことか、今ならちゃんと理解出来る。 ここまで支えてくれた皆に、これからも良い曲をたくさん作って恩返しするんだ。そう思ったらいつも以上にメロディーが溢れて止まらなかった。 そんな中、休むことなく続けられていた作業の手を止めたのは、鳴り響いた電話の着信音だった。 手を止めディスプレイを覗く。てっきり青山さんからだと思ったのに、その予想は大きく外れてしまった。 『やっほー名前!』 「こんばんは、百さん」 『元気してた?今は曲作り中?』 「はい。いつもの如くピザ箱に埋もれて制作中です」 辺りを見渡し山積みになったピザ箱を眺める。そろそろゴミ出しに行かないと、また青山さんに怒られる……なんてことが頭をよぎった。 『あのさ、今日電話したのはちょっとしたお誘いの電話なんだ』 「お誘い?ピザパーティーですか?」 『はは!名前ってばどんだけ食べるの』 「もちろんあればあるだけですよ」 『まぁそれも素敵なんだけど……今回はそうじゃなくてもっともっと盛大なやつだよ』 「盛大?」 『そ!今回はRe:valeとTRIGGERとIDOLiSH7が集結する豪華なお祝いパーティーなんだ』 わお。それは豪華なんてものじゃない。 歌番組でも三組が集結するといったら、音楽番組の特番くらいなものだ。それにしてもそれだけ豪華なメンバーが集まるなんて、何のお祝いを兼ねたパーティーなんだろう。 『そこに名前も招待したくってさ』 「それって私が行ってもいいパーティーなんですか……?」 『いいも何も名前がいないと成り立たないよ』 「私が?どうしてですか?」 『ほら、ついこの前凄く面白いことがあったじゃん!四週連続チャート一位の独占リレー!今回の目的はそのお祝いだから』 百さんの言う、四週連続チャート一位独占リレー。確かにそれ関しては天くんとも面白い出来事だったとして、電話で話をしたことは記憶に新しい。 今月第一週、初登場チャート一位を取ったのはIDOLiSH7だった。二週目はIDOLiSH7を抜いて、TRIGGERが初登場一位に。三週目はTRIGGERを抜いて、Re:valeが初登場一位に。 『四週目、名前が見事Re:valeを抜いて、おいしいところをかっさらっていったよね』 「私は自分で歌ってる訳じゃないですし……それに初動売上なら僅差で皆さんに負けてました」 『でもオレ、名前の今回の曲も凄く好きだよ。ユキもめちゃくちゃ褒めてた!』 こうやって百さんは曲を書くたびいつも褒めてくれる。それに甘んじてはいけないのだけれど、それでもやっぱり嬉しくて、自然と電話越しに笑みがこぼれてしまった。 『とにかく、皆で集まってパーッて遊ぼうよってこと!』 百さんの陽気な声が、私の心をより弾ませる。 『今回のメンバーならみんな昴の正体は知っているし、場所はIDOLiSH7の寮でやる予定だから、余計な心配はいらないよ』 「本当に私が行っても……?」 『茂ちゃんには許可取ってるし、寮にはマネ子ちゃんも来てくれる。心配ならあおりんも一緒に連れておいで』 「そこまで気にかけて下さってるんですね……私なんかのために、本当にありがとうございます」 『来る気になった?』 「はい、ぜひ!」 『よし!じゃあこれで全員オッケーだ』 ということは既に私以外のメンバーには、許可を取っているということなのだろう。 じゃあその日は天くんにも会えるってことになる……。 『あと天のことなんだけどさ』 『は、はい……っ!』 思い浮かべていた人物の名を言われ、思わず声が裏返ってしまった。 『オレ達ちゃんと知らないフリするから。安心して』 百さんの言う知らないフリというのは、私と天くんが想い合っていることに対しての話だ。 私が失踪し天くんが見つけ出してくれた翌日。時田さんから聞かされたことがあった。 それはRe:valeの二人にも捜索を協力してもらうため、私と天くんの関係を言わざるをえない状況だったこと。そして百さん達も必死で私を捜索してくれたことについてだった。 もちろんそれを聞いた直後に、百さん達には謝罪の電話を入れた。気にしないでと何度も言ってもらえたけれど、多大な迷惑をかけたことへの罪悪感が、完全に消えた訳ではない。 「あの、その節は本当にご迷惑おかけしました……」 『何か名前、オレと話すたびにこうやっていつも謝ってる気がする』 電話の向こうから百さんの小さな笑い声が聞こえる。その声に安心感を覚えてしまうのは、百さんの優しさに甘んじている証拠だ。 百さんにも千さんにもこれ以上甘えちゃいけないのに……。 『あのさ……前にオレ達Re:valeのことを、お兄ちゃんみたいだって言ってくれたのを覚えてる?』 「それって確かお二人に会って間もない頃……」 『そう。たった一回だけだけど、名前が言ってくれたんだ。オレ、それが凄く嬉しくてさ。ほら、うち姉ちゃんしかいないし、本当に妹が出来たような気がして』 当時、芸能界についてよく分かってなかったとはいえ、今にして思えば天下のRe:valeにお兄ちゃんだなんて。軽率なことを言ったと今にして思う。 それなのにそんな風に思っていてくれていただなんて。今初めて知る百さんの気持ちだ。 『その時からずっと名前はオレにとって妹で、大切な家族だよ』 「百さん……」 『天のことも含めて、困ったことがあったらいつでも言ってよ。力になるからさ』 お兄ちゃんってそういうものでしょ? 百さんは電話の最後にそう言い残してくれた。 無音になった部屋で百さんの気持ちを噛みしめる。 「側にいてくれる人を大事にしなきゃ……」 涙がじわりと滲みかけた時だった。 握りしめていた携帯電話から、再び呼び出し音が鳴り響く。 今度こそ青山さんかと思い画面を覗けば、表示された人物の名前は紡さんだった。 『こんばんは、名前さん』 「お久しぶりです、紡さん」 『お仕事中でしたらすみません。今、大丈夫ですか?ちょっとお聞きしたいことがありまして』 「はい。何でしょう?」 『Re:valeの百さんから、合同パーティーのお話は伺ってらっしゃいますか?』 「あ、それならついさっき電話で……」 言いかけたところで、電話の向こうがガヤガヤと騒がしくなり始める。明らかに紡さん以外の誰かの声がしている。それも複数のだ。 『すみません名前さん、スピーカーに切り替えますね』 紡さんの言葉と共に、今度は一気に皆の声が部屋中に響いた。声の主はもちろんIDOLiSH7の皆だ。 『ねぇねぇ名前もパーティー来るんだよね?オレすっごい楽しみにしてて……』 『りっくんずりーぞ!俺も名前と話したい!』 『環くん……!順番に話さないと苗字さんが困っちゃうから……』 『名前!パーティーではワタシがしっかりとエスコートしますから、心配無用です!』 『パーティーって言ってもナギの思ってるようなやつじゃないと思うぞ、お兄さんは』 『そうそう、飲んで歌ってどんちゃん騒ぎのやつだよなー!』 『それは兄さん達だけでしょう』 滲みかけた涙が引っ込んでしまうほど、明るく元気な皆の声がした。変わらない七色の音に、思わず声を出して笑ってしまう。 きっと素敵なパーティーになる。予感が確信へと変わる瞬間だった。 『収拾がつかないので名前さん……っ、詳細はまた後日ご連絡させて頂きますね!』 「よろしくお願いします」 百さんに続き紡さんとの電話も終え、ほっとしたのも束の間。間髪入れずに再び鳴り響く電話に、私はとある日のことを思い出した。 あの日もよく電話が鳴っていて、今日と同じく三度目の電話が彼からの電話だった。 忘れもしない、天くんと初めて電話した日のこと。 そんなことがあったななんて思い出しながら、私は天くんからの着信に出た。 「こんばんは、天くん」 『なに?何だか上機嫌だね』 そんなに声を弾ませたつもりはないのに、何故分かってしまったのだろう。 『キミは分かりやすすぎ。まぁキミだからってのももちろんあるけど……』 「え?」 『何でもない。で、上機嫌の理由はRe:valeが企画したパーティーのこと?』 「さすが天くん。何でもお見通しですね。ちょうど先ほど百さんからお誘いのお電話を頂いて、参加の意思をお伝えしたところです」 『じゃあこれで本当に全員集まることになったんだ』 「私、すっごく楽しみです」 『うちは楽が一番張り切ってる』 「楽さんが?あ、なるほど!紡さんですね」 多忙なトップアイドル三組が揃って遊ぶだなんて、またとない機会だ。それぞれに会って話したいこともたくさんあるだろう。 お兄ちゃん、か──。 思い描くのは実の兄と、Re:valeの二人。 そして天くんと陸くんの二人。 『陸くんと会うのはお久しぶりですか?』 「プライベートではね」 「あの、天くん……余計なお世話かもしれないんですけど……」 『なに?』 天くんの声のトーンが低くなる。微かに拒絶を表す音色が聞こえたけど、今日は怯まず言葉に出来る気がした。 「その日はぜひ陸くんとお話してあげて下さい。陸くん、とても寂しそうにしてましたから……」 『寂しそう?』 「初めて陸くんと会った時に、少しだけ天くんのお話をしたんです。聞こえてきたのは天くんのことが大好きで、だからこそ寂しいって音でした」 天くんが黙り込んでしまった。 これは家族の問題だ。私なんかが口出す問題じゃない。分かっていて止められなかった。 だって双方から同じ音が聞こえるもの。大好きな気持ちと寂しい気持ちが混ざった音色。 『陸と話せだなんて……ボクの言うことに聞く耳を持たないのは陸の方なのに?』 「でも天くんだってもう分かってるはずです。陸くんも私達と同じ、音楽から離れられない人間だってことを」 『それは……』 それと、陸くんと話して分かったことはもう一つある。それは陸くんがアイドルを目指した根本的なこと。 「それに、天くんなんですよね?陸くんに音楽の素晴らしさを教えたのって」 『……別に教えたつもりなんてないよ。ボクはただ、病気がちの陸のために歌って踊ってただけ』 「ほらやっぱり……天くん、それじゃあ仕方ないですよ」 『どういう意味?』 「だってそんなに小さい頃から毎日のように天くんの音色に触れていたら、きっと誰だって音楽から離れられなくなります」 そう伝えると、再び天くんが黙り込んでしまった。でも今度はさっきとは違う、照れている様子が伺える。 「いーなぁ……陸くん。子供の頃の天くんの歌声が聞けて」 『は……?』 「羨ましすぎません?だってその頃の天くんの歌声は、もう二度と聞けないんですよ?はぁ、一体どんな音色だったんでしょうねぇ。きっとこう透明感が、いやもっと喜ばせようっていう想いが乗った……あ、そうだ!パーティーの時陸くんに聞いてみましょう!きっと陸くんなら快く話して──」 『本当にやめて。恥ずかしいから……』 暴走した私を益々照れてしまった天くんが止める。そんな珍しい天くんに、私は声を上げて笑ってしまった。 『そんなんでちゃんと隠し通せるのか心配なんだけど』 「何をですか?」 『名前って、ボクが好きだってこともすぐ顔に出そう』 「そ、それは確かに否定出来ません……では極力天くんとは喋らず、且つ天くんを見ないように努力します……!」 『……何かそれはそれで気に入らない』 会えなくてなってからじゃ遅いから。私と兄のように、二度と話せなくなることだってあるから。だから今この時間と、側にいてくれる人を大切に……。 そして待ちに待ったパーティーが始まる。 [ back ] |