第16話 七色のメロディー 後編


「あ、りっくん達が戻ってきた」

扉を開けリビングに向かうと、IDOLiSH7の皆が一斉に振り返る。

「皆さんご心配おかけしました。お話は無事終わりましたので」

お詫びの言葉と共に頭を下げるも、不穏の空気は未だに流れ続けていた。
特に一番強い感情が伝わってくるのはこの人。

「七瀬さん、本当に何もなかったんですか?」

確か楽曲制作する前に見た事前の資料だと、彼の名は確か和泉一織さんだったはず。

「うん。心配するようなことは何もないよ」
「それじゃあ一体何の話をしていたんですか?」
「それは、その、オレと名前だけの秘密っていうか……」
「名前って誰?」

そう問いかけてきたのは私を助けてくれた四葉環くん。
その彼の問いにその場にいる全員が一瞬固まってしまった。

「え、何で皆無言になっちゃうの?オレ何か言ったかな……?」
「どうでしょう……?特に陸くんが変なことを言ったようには思えませんでしたが……」

続けて私も口を開けば更に皆が固まってしまった。

「ちょっとお兄さんは展開についていけないんだが……名前っていうのは彼女の名前でいいのかな?」
「あっ、ご紹介が遅れましてすみません。私、苗字名前と申します」
「で、陸!何でいきなりお互いに名前を呼ぶ仲になってるんだよ!」
「ワタシ納得いきません!名前、どうしてリクを選んだのですか!?」
「ナギくん……今はそういう問題じゃ……」

最初に話しかけてきたのがリーダーの二階堂大和さん。
次がムードメーカー的存在の和泉三月さん。
そして美しい気品を兼ね備えた王子様のような六弥ナギさん。
最後に優しくて誠実さが溢れる逢坂壮五さん。

どうしよう、私凄くワクワクしている。
七人それぞれとても個性的で面白い音がしている。
この七人が混ざり合って自身の曲を生み出してくれたと思うと、感慨深いし何より好奇心が溢れ出して止まらない。
もっと皆の音色を聞いていたいなんて思い始めている。

「七瀬さん、どうなんですか?あなたたちは一体部屋で何をしていたんですか?」
「だ、だから何もしてないってば……!」
「相変わらず嘘が下手ですね。目が泳ぎすぎです」
「本当にやましいことは何もないから!」
「やましくないなら隠す必要はないでしょう」
「名前と秘密って約束したから秘密なの!」

陸くんと一織くんのやりとりを見ていると、いつかの天くんと八乙女さんのやりとりを思い出してついつい笑ってしまった。

「……何がおかしいんですか?」
「あ……ごめんなさい。貴方の音から陸くんのことが好きなんだなぁって分かってしまって……」
「は?音?」

やばい。気持ちが緩んで口が滑った。

「あなた、七瀬さんに何を吹き込んだんですか?」
「いえ、私は何も……」
「イチ。ちょっと落ち着け」

これもあの時の八乙女さんみたい。
私に対して誰よりも不信感と警戒心を向けている。
あぁ。何だかTRIGGERとレコーディングした日を思い出すなぁ。
私が正体をバラしてしまったあの日。

「名前は何もしてないってば!」
「七瀬さんには聞いていません」
「一織の分からず屋!そもそも名前はオレ達がそんな態度をとっていい人じゃないんだってば……!」
「どうしてそこまで彼女を庇うんですか!?」

「だってそれは名前が昴だから……っ!」

あ……あれ、今。
もの凄く簡単に私のことバラしちゃった……?
何もこんなところまであの日とそっくりじゃなくても良かったんだけど。

「リク、今何て言った……?」
「聞き間違いじゃなければ昴って言いましたよね?」
「いやいや何の冗談だよ……!まさかな!?」
「昴なら俺も知ってる。俺達の新曲を作ってくれた人だろ?な、そーちゃん」
「そうだけど……。昴って確か男性なんじゃなかったかな……?」
「ノー。正体不明の天才音楽家。誰もが知ってる情報はそれだけです」

陸くんが涙目で私の方を振り返る。
そういえば私も正体をばらしてしまった日は大泣きしたんだっけ。
今思うととんでもなく恥ずかしい……。
さすがに二度目ともなるとまだ少し冷静でいられる。

「名前ごめん……オレ……」
「いいんですよ陸くん。そのうち私がヘマしてしまう可能性もありましたし。一応前科もあるんです」

もっと彼等といたいと思ってしまった以上、避けられない道だったとも思う。
さて問題はどうやって私が昴だと信じてもらうか、だ。
TRIGGERの時は天くんのフォローもあったし、時田さん達もいてくれたから信憑性も高かったけど、私一人じゃきっと説得力はないだろう。

「えっと……その、初めまして。急なことで驚いたかもしれませんが、一応私が昴です」

自己紹介を二度するというのも何ともおかしな話だ。
メンバーが混乱するのも無理はない。

「そんなこといきなり言われて信じられるはずがないでしょう……」
「まぁ俺もイチと同じで正直すんなり信じるっていうのは難しい。リクは何をもって昴だって納得したんだ?」
「それは名前が自分が昴だって話してくれたからです」
「七瀬さんは単純なんですよ」

何をもって昴と証明するか。考えるも中々答えは見つからない。

「そうなるとあなたは昴であり、時田さんの姪でもあるってことなのですか?」
「それはえっと……」

小鳥遊さんの問いに上手く返答することが出来なかった。
嘘に嘘を塗り固めてしまったからだ。
思わず俯いてしまった私に、小鳥遊さんは優しく声をかけ続けてくれた。

「私も皆さんも決してあなたを責めたいんじゃないんです。真実が知りたいだけで……」

心地良いふわりとした女性らしい声色。
彼女の声で不思議と気持ちが落ちついてくるのが分かる。
あの時と同じだ。逃げてばかりじゃ解決しない。
ちゃんと話し合えば彼等とだってきっと分かってくれる。

「真実をお話すると、まず倒れてここに運ばれたことは本当に偶然なんです。もちろんここがIDOLiSH7の寮だということも知りませんでした。だけどファンだと疑われて……一般人を装えば良かったのかもしれませんが、同じ業界にいる以上またどこかで会ったらって思って、咄嗟に時田さんの姪だって嘘をつきました」
「時田さんとは本当にお知り合いなんですか?」
「時田さんは昴として活動するきっかけを与えてくれた方で、今も私の音楽活動を全面サポートしてくれています。昴は世間では正体不明ということになってますから、何かあった場合は基本的に時田さんの姪っていう設定を使うことになってます」

一つ一つ真剣に答えても、もちろんそう簡単に疑いは晴れない。

「大和さん。俺、話してても全然実感が湧かないんだけど……」
「大丈夫だミツ。正直俺も全くピンときていない」
「あの……一つ質問してもいいかな?」

そう言って壮五さんが手を上げた。
何を聞かれても誠実に答えなきゃと思い拳に力が入る。

「君が本当に昴だとして、何に関しても非公表な存在の昴の正体を、僕達が知ってしまって大丈夫なのかな……?」
「そのへんはご協力頂けるなら、ここにいる皆さんには内密にお願いしたいです」
「俺達の他に君の正体を知っている人は?」
「時田さんと私のマネージャー。一緒に制作活動をしている関係者が数名。それからRe:valeとTRIGGERの皆さんです」
「Re:valeとTRIGGERも!?」
「じゃあ百さんとかに聞けば本当かどうか分かる訳か」

三月さんの言葉にその手もあったかと気づかされる。
確かにTRIGGERの時と同じように第三者がいる方が話も早い。

「来るかどうかは分からないですけど、お電話してみましょうか?でも千さん達も多忙だから捕まるかな……。時田さんの方が捕まりそうな気もしますけど」
「え!?あのおじさんがここに来るってこと……!?俺ちょっと怖いんだけど……」
「環くん……!君はどうしてそう何度も失礼なことを……!」

何か証明出来るものは他にないかと辺りを見回してみると、あるものが私の目に飛び込んできた。

「すみません、あのシンセサイザーは?」
「あれは壮五さんが作曲するために寮に持ってきたものですが……」
「お借りしてよろしいですか?」

自分が自分であることを証明するものなんて、私には音楽しかない。
一人きりになった世界で唯一私に残されたものは音楽だけだった。
これがあったから私は誇りを持って生きてこられたと思うし、たくさんの大切な人達にも出逢うことが出来た。
そして初めて恋というものを知った。

きっとIDOLiSH7の皆とだって音楽で繋がることが出来る。
だって彼等が私と同じように音楽が大好きだって知っているから。

「この曲……!」
「私達の新曲……ですね」
「すっげぇ綺麗」

自分の想いを全て音に乗せて、私は自ら制作したIDOLiSH7の新曲を披露してみせた。
その間メンバー全員が静かに耳を傾けてくれていたことがとても嬉しかった。
やっぱり私、皆の声が聞きたい。

「すみません。皆さんでサビから歌ってもらえませんか?」
「オレ達が?」
「直接この耳で皆さんの歌声が聞きたいんです」
「よーしっ!歌うか!」
「兄さん……っ!」
「OK。こんなに素晴らしい演奏を聞かせてもらって、ワタシたちも負ける訳にはいきません」
「じゃあいきますよ」

指が弾む。心が躍る。体中がゾクゾクしてメロディーが鳴り出す。
私の音とそれぞれの歌声が重なって、まるで夜空を駆ける星のように降り注ぐ。
これがIDOLiSH7。
本当に歌うことが大好きなんだってことが全身に伝わってくる。
Re:valeにもTRIGGERにもない、唯一無二の七色のメロディー。
きっと彼等は皆から愛されるアイドルになる。
そう確信しながら私は音の渦の中にいた。


「はー!すっごい気持ち良かったー!」

歌い終えた陸くんが満面の笑みで言った。
もちろん私も同じ気持ちだ。

「私が昴だと信じてもらえましたでしょうか……?」
「そりゃまだ発売前の新曲をこうも弾かれちゃったらな」
「良かったぁ……!」
「俺、今すっげぇ楽しかった!」
「今のは原曲とは少し違いましたけど即興でアレンジしたんですか?」
「はい。皆さんの歌声につられてつい……」

壮五さんはすぐさま私の隣に来て色々と質問をし始めた。
そういえば壮五さんは作曲をするって言ってたから、何かと話が合うかもしれない。

「何かさぁ名前が弾く音につられて、俺らもすっごい楽しかったっていうか引き出してもらえたっていうか!……ってごめん、俺今名前を呼んじゃった……っ」
「呼び捨てでも何でも構わないですよ。三月さんに楽しんで頂けて何よりです」
「あれ?俺の名前……」
「プロデュースした身としては、それなりに皆さんのことは理解しているつもりです。曲作りをする前に皆さんのプロフィールも曲もライブ映像も全て拝見しましたので」
「あ、あの!天才音楽家といわれる昴さんから見て、IDOLiSH7はどうでしょうか!?」

小鳥遊さんに前のめりになって聞かれるも、どう答えていいものか戸惑ってしまった。
マーケティングや戦略を含めて売れるかどうかと聞かれれば、それは時田さんの管轄の話になってしまう。
私はあくまで楽曲提供や音楽をプロデュースするだけだから。

「IDOLiSH7が大好きなんですね。そういう音がします」
「え?音ですか?」
「……そういえば先ほど私にもそんな話をしていましたね」
「ああ、一織くんは陸くんが大好きだって音ですか?」
「は!?あなた一体何を言って……!」
「名前は生まれつき特殊な聴覚を持ってて、絶対音感とかとは別に音から人の感情が伝わる能力があるんだって。オレ、一織の気持ちが分かってすっごく嬉しい!」

陸くんはすんなり受け入れてくれたけど、他の人は早々受け入れてくれるとは限らない。
気持ち悪いって反応されたら……という気持ちももちろんあった。

「じゃあ俺の今の気持ちが分かるってこと?」
「環くんは……お腹が空いた、ですか?」
「すげぇ!当たってんじゃん!」
「そういえば助けて頂いたお礼がまだでしたね。何か御馳走しますよ」
「じゃあ王様プリン10個!」
「王様プリンですか?それなら1年分送られてくる権利ごと差し上げましょうか?」
「は!?1年分!?」
「この前CM楽曲を提供した時に製造会社の方から頂いたんですよ」
「昴ってすげぇ……!」

王様プリンで超聴力の証明をするとは思わなかった。
それとなく皆受け入れてはくれているようだ。

「小鳥遊さん、私は時田さんのような敏腕なプロデューサーではありません。だから何か申し上げても的外れかもしれない。そんな私がただ一つだけ言えるとしたら……」
「言えるとしたら……?」
「皆さんの音色を聞くと夜空の星みたいだなって思います」
「星、ですか?」

私の中に流れるメロディーを上手く伝えられるだろうか。

「明るく元気いっぱいにキラキラと瞬いていて、皆さんの姿を見ていたり歌を聞くととても元気が貰えます。俯いた時や悲しい時に空を見上げると星があるように、皆さんの歌は誰かに寄り添い照らしてくれるような印象があります」
「オレ達、そんな風に言ってもらえるようなことなんて全然……!」
「陸くん。きっと陸くんの、そして皆さんの歌声はこれからもっともっとたくさんの人に届きますよ。世界中どこにいたって見える星空のように」

にこりと笑えば目の前にいる小鳥遊さんの目からぽたぽたと涙が零れていた。

「ど、どうしましょう……!私何かまずいことを言いましたか……!?」
「違うんです……っ。本当に素敵なお言葉で、嬉しくて……」
「苗字さん……疑ってすみませんでした」
「そんな、謝らないで下さい一織くん……!元はと言えば私が嘘をついたり紛らわしいことをしたばっかりに……」

上手く伝えられたかは分からない。
けれどもう疑いの音は一つも聞こえない。

「ねぇオレ、カップリングの曲も歌いたい!」
「いいですね。どんな曲でも私弾きますよ」
「これはまた贅沢な話だな」

歯車が再び廻り出す。
全ての始まりは天くんに出逢ったあの日から。
駆け出した流れ星はどこへ向かっていくのか。
今はまだ私にも分からない。



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