第12話 絶対王者Re:vale


注※視点がかなり変わります。無駄に長いです


昴の正体を知る者が新たに三人増えた。
名前が自ら正体を明かした時は、さすがの俺も驚きを隠せなかったが、明かした相手がTRIGGERで良かったと今は切実に思う。
あいつらは真面目な奴らだ。誰彼構わず話をするような愚かなことは絶対にしないだろう。

時田尚茂。46歳。音楽プロデューサー。
自分で言うのもなんだが、この業界内で俺を知らない奴などほとんどいないと思う。
名前を見つけ、育て、ここまで仕上げたのも俺だ。

そんな俺が今最も気がかりなことは、名前が外の世界を知り始めたことだ。
番組収録を見学したりコンサートを見に行ったりすることで、今までにない刺激を受けるようになったのだろう。
あいつは日々新しい音楽を生み出すようになった。才能がさらに開花したのだ。ある程度の刺激にはなると思ったが、まさかこれ程までとは思わなかった。

「天才音楽家昴か……」

俺はあいつが音楽活動をしていくうえで、ありとあらゆるものを与えてきた。しかしその分苗字名前個人としての、ありとあらゆるものを奪ってきた。

「……まぁ、今後どうするかはあいつが自分で決めるのが一番良いだろうな」

このままセーブし続けていくと、TRIGGERの時のように勢いで正体を明かしかねない。
誰と関わり合いを持つのか。誰に真実を明かすのか。その見極めは名前本人に委ねてみたいと思う。あいつがもっと自由羽ばたくことが、どんな結果をもたらすのか。俺にはもう想像が出来なかった。

本日最後となる仕事を片付けようとしていると、携帯の呼出音が鳴り響く。
それは思わぬ相手からの電話だった。

『お疲れ様、茂ちゃん』
「おい。その呼び方止めろって言ってんだろ」
『可愛くて気に入ってるのに』
「ったく……。で、何の用だ?千」

電話の相手はRe:valeの千だった。
Re:valeとは彼等のデビュー前から交流がある仲だ。だからと言って直接電話をしてくることは滅多にない。
それも百ならともかく千からなんて。

『今日ミュージック・ジュエリーの特番なんだ。しかも生放送』
「そうだったな。俺は仕事で行かねぇが」
『Re:valeはオーケストラをバックに歌う演出なんだけど、ピアニストの人がリハで体調不良を訴えちゃって』
「そりゃ災難だな」

ちらりと時計に目をやる。本番までの時間を考えると緊急事態なのだろう。

『今おかりんも一所懸命代役を探しているんだけど、見つからなくてね』

見つかったとしても曲のアレンジを本番までに確認して、披露するまでに到達するかどうか。最悪ピアノ抜きでやるしかねぇだろうな。

「あのアレンジか……間奏でピアノソロがあったな確か」

最悪ピアノ抜きどころか、演出自体を無くすことになる可能性が高い。

『で、僕適任を一人だけ知っているんだけど』
「適任?誰だ?」
『茂ちゃんの姪っ子さん』

その言葉一つで千が何を言いたいか理解した。悩んでた矢先に……と俺は溜息をつく。

Re:valeは名前が昴だと知っている、数少ない人間に当てはまる。そもそも名前にRe:valeを紹介したのは他でもない俺だ。それに当の名前も、Re:valeの二人のことは特に慕っている。

『最近可愛い姪っ子を連れ回してるんだって?』

誰から聞いたなんて野暮なことは聞かなくても分かった。

「ちっ……青山か」
『正確には青山くん経由でおかりんからだけどね』

名前のマネージャーの青山は、Re:valeのマネージャー岡崎と同年代ということもあって大の仲良しだ。ついでに青山は岡崎には何でも喋る。
だから名前や俺の動向など筒抜けという訳だ。
あいつ、ペラペラ喋りやがって……。

『条件から言って、名前ほど適任な人はいないでしょ』

確かにあいつの一番得意な楽器はピアノだ。そのうえ大抵のものは一度聞けば演奏出来る。残り時間を考えると、あいつならリハーサルにも間に合うだろう。

「分かったよ……。ただし名前本人が許可すればの話だ」
『オーケー。話が早くて助かるよ』
「ちなみにお前のことだから分かってるよな?」
『もちろん顔が映らないようにちゃんと配慮してもらうよ。参加してもらうのは演奏のみで』
「出演料、高くつくぜ?」
『さすが金の亡者。怖い怖い』

その後千との電話が終わると、俺はすぐさまテレビ局のお偉いさんと青山に電話を入れた。根回しはしとくにこしたことはない。
外の世界に出したのは吉か凶か。すでに歯車は動き出していた。





今日は家で一日中引きこもって作業するって決めてたはずなのに、なぜか今私はテレビ局内にいる。
それも衣装のドレスに身を通し、ヘアもメイクもバッチリ施された状態だ。正直女の子としてこれだけ着飾ってもらえると、嬉しいし気分は舞い上がっている。

話は数時間前に遡る。

「私が今日の生放送に出演するんですか!?」
『時田さんは名前が許可すればいいって。もちろん出来る限りの配慮は全てするつもりだよ』

突然の千さんからの電話は、急遽今夜の生放送でピアノ演奏してほしいとの内容だった。

『僕達Re:valeのバックで関東フィルと一緒にピアノ演奏。面白そうな話でしょ』
「それは凄く……でも私なんかに代役が務まるかどうか……」
『僕は君にしか出来ないと思うけど』

千さんのその言葉を鵜呑みにして、結局私はこんなところまでノコノコと来てしまったのだ。
時田さんと一度アレンジしたのを聞いたことはあるし、譜面も見せてもらえたし、少し練習もさせてもらえた。とはいえ緊張でいっぱいの自分に何度も言い聞かす。
リハだって一回出来る訳だし。大丈夫大丈夫……。

「……痛っ!」
「わぁ……っ!」

そう言い聞かせながら歩いていると、前から来る男性に気づかずぶつかってしまった。

「っ……すみませんでした」

急いで頭を下げて謝罪をする。

「…………可愛い」

すると思いもよらぬ言葉が降ってきて、私は思わず顔を上げた。

目の前には男性が三人。
色鮮やかな衣装を着ていることから、アーティスト側の人達なんだということはすぐ分かった。

「君は?その服装からすると演奏者か何か?」
「……はい。そうです」
「おお、やっぱり俺の言った通り可愛いじゃん」
「ねぇねぇ俺達のことは知ってる?」

どこかで見たことあると思ったら、最近デビューして徐々に人気になりつつあるアイドルグループだ。名前は忘れちゃったけど……。

「今日このあと暇?一緒にどこか出かけない?」
「ぶつかったのも何かの縁ってな」

覚えていることは一度楽曲提供の依頼を受けたことと、それをお断りしたこと。時田さんよりも青山さんが彼等の素行の悪さを気にして断ったと聞いた。
直接会ったのは今日が初めてだけど、断って大正解だった。
この人達から物凄い不快な音がする。
とても攻撃的な不協和音。このまま長いこと聞いてたら、確実に体調を崩しそうだ。

「おっと。どこ行くの」

彼等の質問を無視して通り過ぎようとするも、通路を塞がれてしまう。

「どこへでも好きなところに連れてってあげるし、何でも買ってあげるよ?」
「そうそう。贅沢な思いしたくない?」
「金ならあるよってな。あはは!」

同じ三人組のアイドルグループでもTRIGGERとは大違いだ。品も誇りもあったもんじゃない。
一刻も早くこの場から離れる方法を考えないと。

「ドライブなんかはどう?」


「へぇ、楽しそう。僕も混ぜてよ」


返答したのは私じゃない。明らかに背後から、それも男性の声がした。それは静かな怒りが潜んだ声だった。

「千さん?」
「やぁ。名前」

私の後ろに立っていたのはRe:valeの千さんだった。
先ほどの声色とは裏腹に、私にはいつも通りの柔らかい笑顔を向けてくれる。
けれどそれも一瞬のことだった。

「Re:valeの、千さん……!?」
「こ、こんにちは!」
「はい。こんにちは」

千さん、やっぱり少し怒ってる……?

「で、君達はこの子が誰か分かってて口説いているの?」
「え!?あ……っ、その」
「お前達なんか足元にも及ばない子だよ」
「っ、え」
「それにお金なら僕達の方がたんまり持ってるから。さ、行こう名前」

千さんはにっこり笑ってそう言うと、強引に私の手を引っ張ってその場を後にした。

「いいんですか?あんなこと言って……っ」
「大丈夫大丈夫。どうせそのうち消える予定の奴らだし」
「ええ……っ!?」
「事務所の力で成り上がってきた、勘違いグループ」

確かにその点に関しては否定出来ない。私もこの仕事をしてから消えていくアーティストの話はたくさん聞かされてきた。
……あれじゃあ自業自得だよね。

「それより何絡まれてるの。一人でフラフラしてちゃ危ないじゃない。楽屋は?」
「あそこは人がたくさんいるから、逆に落ち着かなくて……」

急遽だったこともあって、私の楽屋は関東フィルの人達と同じ部屋になった。もちろん演奏の打ち合わせや練習をさせてもらうには、とてもありがたい計らいだ。
ただリハまでの空き時間をそこで過ごすとなると、プロの演奏者達を前にして圧倒される一方で、リラックスどころか余計に緊張していくばかりだった。
その旨を説明すると千さんは言った。

「じゃあ僕達の楽屋においで」
「Re:valeの?」
「うん。このまま一人にして、また誰かに絡まれたりしたらたまったもんじゃないし。それにモモもきっと喜ぶ」

その言葉に私は素直に甘えることにした。

Re:valeは千さんと百さんによるユニットであり、その実力も芸歴もトップアイドルに相応しい輝かしいものを持っているし、常に高い人気を誇る絶対的王者だ。
私はそんな彼等と有難いことに、とても仲良くしてもらっていた。

「衣装、凄く可愛いね」
「そうですか?そう言ってもらえると嬉しいです」
「悪い虫がつくわけだ」
「え……!?虫、ヤダ!どこ!?」
「違う違う。ものの例えだよ」

二人との出逢いは私のデビュー前まで遡る。
楽曲制作や音楽活動するにあたって、時田さんがRe:valeの二人を紹介してくれたことが始まりだった。
特に千さんに関しては同じ楽曲制作する身として凄くお世話になってきた。色んなことを教えてもらったし、プロの技術もたくさん学ばせてもらった。百さんは引きこもってばかりの私をよく連れ出してくれたり、とにかくいつも可愛がってくれた。
二人は私にとってこの世界の兄のような存在だった。

「千さんも今日の衣装凄く素敵です」
「今日も、でしょ?それに衣装だけ?」
「ふふっ、そうでした。今日も相変わらずイケメンです」
「まぁね」

そんな風にいつものやりとりをしながら、私達はRe:valeの楽屋へと辿り着いた。
楽屋を開けると待機していた百さんが私達を迎えてくれる。

「ただいまモモ」
「おかえりユキ!遅かったね?どこまで──」
「お邪魔します」
「名前!名前じゃん!もうこっち着いてたの!?」
「お久しぶりです、百さん!」

百さんがとびきりの笑顔で私を迎えてくれる。まるで感動の再会をした名シーンのように、百さんは私をぎゅっと抱きしめてくれた。

「一人でウロウロして変な奴に絡まれてたから連れてきた」
「は!?大丈夫だったの?」
「はい。千さんに助けてもらいました」
「さすがユキってばイケメン!」

リハまでここにいたらいいよ、と百さんも快く私を受け入れてくれた。

「ねぇ名前。今日のオレはどんな音がする?」
「いつものハッピーな音と、あとはいつも二日酔いの時に聞こえるやつ……ですかね」

Re:valeの二人に聴力の話を初めて明かした時、二人は素敵な才能だと真剣に褒めてくれた。拒絶されないか不安でいっぱいだった私は、嬉しさのあまり泣いてしまった記憶がある。
それ以来どんな音が聞こえるか、そんなやりとりをして遊ぶことも増えた。
ちなみに百さんからはいつも太陽みたいにハッピーな音が、千さんからいつも風のようにクールで爽やかな音が聞こえる。

「モモ。あれほど休んで睡眠とるように言ったのに」
「わーごめんごめん!番組スタッフに誘われてちょっと……」
「モモは付き合いが良すぎだよ」
「でもそういう優しさが百さんらしいですよね。私、百さんのそういうところが大好きです」
「ありがと!オレも名前のこと大好きだよ」

千さんにソファに座るよう促され、私は二人と向かい合うように腰をかけた。

「名前、今日すっごい可愛くキマってる。ね、ユキ」
「そうね。お姫様みたいだね」
「それを言うならお二人こそ王子様みたいですよ」

今日はしっとりした壮大なバラード曲を歌う予定だ。それに合わせて二人の衣装は、曲から連想される白を基調とした衣装。
王子様と言ったのは大袈裟なんかじゃない。今日はいつも以上に二人がキラキラして見える。

「今日はいきなり名前に頼んじゃってごめんね。ピアノは大丈夫そう?」
「さっき練習してた時は全く問題なしだったよ」

何故か百さんの問いかけに、私ではなく千さんが答えている。
練習してた時って……どうしてそれを知っているの?

「どうしてってお姫様の様子が心配になって見てたんだ。護衛ってやつかな」
「何たってオレ達今日は王子様だもんね!」
「悪い奴らからも見事救出したし」
「そいつら名前に何したの?」
「お金あるから遊ばない?って口説いてた」

私を置いてけぼりにしてどんどん会話が続いていく。
会話に入る隙がないくらい軽快なやりとりを繰り広げる様子は、いつもの変わらないRe:valeそのものだ。

「マジ?それをセレブの名前に言っちゃったの?」
「無知って怖いよね。こっちは18歳にして夢の印税生活中なのにね」
「二人とも私の生活ぶりを知ってて、わざと言ってますよね?」

もちろん印税収入があるのは否定しない。この歳で持つ貯蓄額としては、世間一般とは大きくかけ離れてるとも思う。
でも生活の大半が引きこもって曲作りするだけの私は、セレブみたいな生活とは程遠い毎日を過ごしている。
多分同年代の女子大生とかの方が、よっぽど華やかな生活をしているに違いない。

「でも無欲なところが名前の良いところだよね」
「モモ、無欲っていうのは違うよ。名前にも欲はある」
「え、何の?」
「ピザ欲」

千さんの言葉に思わず吹き出してしまった。
確かにピザへの情熱と散財具合なら、誰にも負ける気がしない。
だからってピザ欲って……!

「あははっ!そうだった!それをすっかり忘れてた」
「もう二人とも、私で遊び過ぎですよ……!」

笑い声をあげる二人に私は頬を膨らます。そんなこと言われると、本当にピザ欲が刺激されて食べたくなるものだから、そんな私も困りものだ。

「そうだ、良いこと思いついた!オレ達この後仕事なかったよね?」
「確かに今日はこれで終わりっておかりんは言ってたけど」
「名前は?この後も仕事ある?」
「いえ、私もこれが最後です」
「じゃあ久々にユキんちで集まろうよ。そんでもってピザパーティーをしよう!」
「じゃあ今夜はセレブなピザパーティー?」

ピザパーティー!なんて素敵な響き。
セレブかどうかはさておき、百さんのハッピーな提案に私は目を輝かせた。

──コンコン。

三人で楽しんでいると、突如楽屋の扉をノックする音が響く。

「私、隠れた方がいいですか……!?」
「大丈夫。オレが上手く誤魔化すから。はいはーい」

そう言って百さんは扉の向こう側にいる人達を迎え入れた。

「お疲れ様です、百さん」
「お、TRIGGERじゃん!」

TRIGGERって、あのTRIGGER?
扉に目を向けると百さんの背中越しに彼等が見えた。そしてその一人と視線がぶつかる。

「天くん?」
「……名前?」

互いを見つけあった私達の声がほぼ同時に重なった。





どうして名前がここに……。
名前と目が合った瞬間、思わずその名を呼んでしまった。
どうして名前がRe:valeの楽屋にいるのか。二人とはどういう関係なのか。何一つ分からないのに、ボクとしたことが一瞬でも軽率な行動をしてしまった。
それでも名前が小さな声で、ボクの名前を呼んでくれたことに嬉しさを感じた。

「あれ……名前ちゃん?」

龍がその名を口にして、 部屋がシンと静まり返る。その沈黙はすぐに名前によって破られた。

「あ……千さん、百さん!TRIGGERの皆さんは、昴に関することは全て知っているんですよ」
「えっ……そうなの!?ビックリしたー!だから名前の名前を知ってたんだ」

百さんが安堵の声を漏らす。

「この間TRIGGERの皆さんとレコーディングをしたんですけど、その際うっかり口を滑らせてしまって……」

と名前は苦笑しながら言った。

「うっかりって。気をつけなきゃダメじゃない、名前」

千さんも百さんも名前の名を口にしている。その声はとても柔らかく、表情はいつも以上に穏やかだ。二人が名前を見るその目から、彼等と名前が普通の関係性ではないことはすぐに察した。

「それでどうして苗字がこんなところにいるんだ?」

ボクが一番最初に思った疑問は、楽が投げかけた。

「僕達今日は関東フィルの演奏をバッグに歌う予定なんだけど、ピアニストが体調不良で離脱しちゃってね。僕が頼んで急遽代役で来てもらったんだよ」
「へぇ名前ちゃんピアノも出来るんだ。凄いな」
「めちゃくちゃ上手いよ!」
「ということは今日の生放送に苗字は出るのか?」
「はい。恐縮ですが出演させて頂くことになりました」
「衣装も凄く可愛いでしょ?」

いつもとは違う衣装を身にまとい、少し濃いめのメイクを施した名前。
ボクも楽屋に入った時から思ってた。その姿が凄く可愛いって──。

「三人は前からお知り合いなんですか?」
「名前が昴として活動し始める少し前からの仲かな」
「時田さんがRe:valeのお二人を紹介して下さったことがきっかけなんです。それ以来お二人とは仲良くさせてもらってまして、アーティスト側の方で唯一私の正体を知っていたのもRe:valeだけなんです」

三人が笑い合う姿を見て拳を強く握った。
その笑顔を他に知っている人がいたんだ。

「せっかく僕達だけの秘密だったのにね」

千さんの視線がボクだけに向けられる。
表面では優しそうに見えるけれど、ボクに対する意図は違う。

──多分これは牽制。

この人は鋭い。
ボクが一瞬名前を名前呼んでしまったのを、見逃さなかったとでも言うような、そんな視線に今一度ポーカーフェイスを装う。

「ねぇじゃあさ、TRIGGERもピザパーティーに来たらどうかな?」

百さんが唐突な提案をし始めた。もちろんボク達三人には何のことだかさっぱり分からない。
ピザ、と言うフレーズが凄くひっかかることは確かだけど。

「ピザパーティー?」
「そそ。この後ユキんちで三人でやる予定なんだけど、よかったらTRIGGERもおいでよ。ね、いいでしょ?ユキ」
「構わないよ。秘密を共有した仲だしね」
「百さん、それは凄く素敵な提案ですね!」

千さんと百さんと名前が三人でピザパーティー?しかも今さらっと千さんちでって言った?それってつまり家にまで行く仲ってこと……?

「あの、誘ってくれたのはありがたいんですけど、俺達この後もまだ仕事が残ってて……」

龍が申し訳なさそうに断りを入れる。

「そうですか……それは残念です」
「せっかくセレブなピザパーティーだったのにね」
「そうそう。名前のピザ欲を満たすためのね」
「誤解です……!セレブじゃないですよ!ピザ欲はまぁ否定しませんが……」
「そこは否定しないんだ」
「名前はピザ箱に埋もれて曲作ってるくらいだもんね」
「百さんどうしてそれを……!」
「情報源はあおりんだよ」

三人が仲睦まじく会話する姿は、ボクから見ればじゃれ合ってるようなものだ。
胸がギュッと掴まれる感覚がする。ボクがこんな感情を抱くなんて。
彼等に対する嫉妬心がボクを侵食していく。
これ以上ここにいたら制御出来る気がしない。

──コンコン。

退出しようと思うボクよりも先に、扉をノックする音がした。

「千くん、百くん。そろそろリハーサルの時間だよ」

扉を開けたのはRe:valeのマネージャー、岡崎さんだった。

「あれ、皆さんお揃いで。あ、ほら青山。やっぱり名前ちゃんここにいたよ」
「名前ちゃん……っ!勝手にこんなところに来て、どれだけ探したか……!」

岡崎さんに続いて現れたのは、名前のマネージャーだった。その様子から相変わらずの過保護っぷりが見てとれる。

「あ、あおりんじゃん!久しぶりー!」
「あおりん怒らないであげて。連れてきたのは僕だから」

彼女がボクと話す時、あんな風に自然な笑顔を見せてくれてはいただろうか。また少し胸が苦しい。
こんな感情……今のボクには、九条天には必要ない。
そうだよ九条天。キミなら分かってるはずでしょ。

「楽、龍。ボク達もそろそろリハーサルに行こう」
「そうだな」
「じゃあ俺達そろそろ失礼します」

扉を閉める前にもう一度だけ彼女と目が合った。
そして小さく笑顔を浮かべる名前に、ボクは
何も応えることなく扉を閉めた。 

彼女がそのことで胸を痛めるなんて知らずに。





おかりんに呼ばれた後、僕と百と名前は三人でリハーサルへと向かった。
たった一度だけのリハーサル。皆が心配していたピアニストの代役。名前の演奏はそんな不安を一瞬で拭っていくほど美しかった。

「さすがだね名前」

モモもその様子を見ながら関心している。

「……名前の音が少し変わった気がする」
「どんな風に?」
「少し柔らかくなった……かな」

音だけじゃない。
久しぶりに会う名前は、少しだけ雰囲気も変わっていた。
名前を変えた要因は何なのか。その答えを導き出すことなど、僕には容易なことだった。

僕達がリハーサルを終えると、アーティストが入れ替えしていく。次にリハーサルのスタンバイをしたのはTRIGGERだ。
ほら、よく分かる。
名前の視線が彼を追っているから。

「……悪い虫ならよかったんだけどな」

それなら心置きなくすぐに払ってやれるのに。

“天くん”

と呼ぶ彼女の声と笑顔が焼きついて離れない。名前のあんな表情を見るのは初めてだった。もちろん名前は僕達と仲が良いし、慕ってくれてることも伝わってくる。
でもそれとは違う。
彼女を新しい世界へ誘っているのは誰かなのか。

「……妬けるね」

誰にも聞こえないように呟いた。
その感情を押し込めて、こちらへ笑顔で向かってくる名前を迎え入れる。

今はまだ兄の代わりとして。



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