鮭大根>私


「へぇ!冨岡さんは鮭大根が好きなんだ!」
「そうなんです。あの義勇さんが唯一笑顔になる最強のおかずなんですよ」

キャッキャッと女子特有の高い声が響くここは、恋柱である甘露寺蜜璃が住む屋敷である。ちょっとした用事で立ち寄ったものの、話し出せばいつの間にやら盛り上がってしまうのが、この二人──蜜璃と名前だ。

「あーあ。いいなぁ名前ちゃんには冨岡さんがいて」

蜜璃には多くの魅力がある。
誰にでも分け隔てない優しさ。いつも明るく太陽みたいな笑顔。言うまでもなく柱になるほどの強さ。そのうえ抜群のスタイルと可愛さを持ち合わせているときたら、向かうところ敵無しだと常々思う。
添い遂げる殿方など蜜璃ほどの人ならすぐにでも見つかりそうなものなのだが、そうならないように誰かが阻止している気がしないでもない。

──例えばにょろにょろネチネチしたあの人とか。

「私も一回でいいからご飯にします?お風呂にします?みたいなのやってみたいなぁ……なんて!」

頬を染めて話す蜜璃が何とまぁ可愛いことか。それ間違いなく蜜璃さんが食べられますよ、と名前は内心思う。

「ねぇねぇ名前ちゃんはそういうの、冨岡さんにやったことあるの?」

蜜璃に質問され記憶を遡ってみるも、そんな台詞を言った記憶は一度もなかったように思う。
例えば思い出すのは鬼狩りした後、一緒に帰宅して。

“義勇さん。大変申し訳ないんですが、先にお風呂頂いても構いませんか?血まみれでご飯の支度をするのは少々気が引けるのですが……”
“ぜひそうしてくれ……”

これのどこに甘い要素などあると言うのか。
思い返せば鬼殺隊に入った当初なんて、本当に修行がきつくてきつくて

“名前。こんなところで寝たら風邪を引く”

そんな風に、床に倒れた自分を何度も起こしてもらったこともある。しかも泥まみれで倒れたまま、女らしさなど皆無の状態でだ。
そんな私に残念ながら期待に応えるような話はない。そう告げると蜜璃がとある提案をした。

「じゃあ今度冨岡さんに聞いてみるのは?鮭大根にします?お風呂にします?それとも、って。そしたら冨岡さんがもちろんお前だ名前……がばあ!ってなって、きゃー!」

そんな展開はありえないだろうと思いながらも、ひとまず想像をしてみることにした。
場面は義勇が帰宅したところから。玄関で義勇を迎え蜜璃が言ったように、鮭大根にするかお風呂にするか聞いて……。
いや、待てよ。

「……蜜璃さん、すみません。私正直鮭大根に勝てる気がしません……っ!」

だって相手はあの鮭大根。その存在だけで彼を笑顔にする強敵。しかもお腹を空かせて帰ってきている義勇に、どちらが良いか問いかけるなんて負け戦でしかない。

「義勇さんは絶対私より先に鮭大根を食べるに決まってます。なんなら鮭大根を食べて満足して、私なんか食べずに寝ますよきっと!」

思わず力説してしまったけれど、しかし本当に義勇に問いてみたら何と答えるだろうか。名前の想像通りになるか。蜜璃の想像通りになるか。聞いてみたい気がしないでもない……。

「しかし鮭大根の力ってそんなに凄いんだねぇ」
「鮭大根を食べてる時の義勇さんって、本当に可愛いんですよ。とにかく貴重で鮭大根様々です」

それはもう誰にも見せたくないくらいに、堪らない笑顔を浮かべるのだ。

「私なんて料理が出来たとしても、それ以上に食べちゃうところがあるしなぁ……そこがやっぱ駄目なのかも」
「そんなことないですよ。ご飯を美味しい美味しいってたくさん食べる人こそ、私は凄く魅力的だなって思いますよ」
「うう……名前ちゃん」

蜜璃がうるうると涙を浮かべる。

「それに蜜璃さんは柱として、人一倍努力して鬼殺隊を支えているんです。柱がどれだけ大変なことか。ご飯だって誰よりもたくさん食べないと持ちませんよ」

名前は蜜璃から過去に食べ過ぎること、筋力、髪の色などが要因で、見合いが破断されたという話を聞いていた。どうしようもない馬鹿男がいたものだと、名前は大層ご立腹した。

「もし蜜璃さんを悪く言う奴がいたら、私が即座にたたっ斬りますので」
「名前ちゃあああん……!私、名前ちゃんと結婚する!」

勢いよく抱きつかれ、思わず後ろに倒れそうになる。
こんなに素敵な蜜璃さん。彼女の隣には誰よりも彼女を愛して理解してくれる人がいてほしい。

──例えば同じ柱として鬼殺隊を支えているあの人とか。

なんて考えてる矢先に、抱き合う二人を見下ろす男が一人。

「……何をしている」

その言葉と鋭い視線は、多分私にだけ向けられている。言いたいことはこうだ。俺の甘露寺と何をしている、と。

「こんにちは。伊黒さん」

名前は自分を見下ろす正体──蛇柱である伊黒小芭内に向かって笑顔を向けた。返答は一切ないけれど、正直いつものことなので気にはしていない。

「あっ、伊黒さん」

蜜璃の声に張りつめた空気が消えた。名を呼んだだけなのに効果は絶大だ。というかあからさますぎて面白い。

「伊黒さん、今日はどうしたの?」
「……お昼を一緒にと思ってな」
「わぁ嬉しい!今日もまたご一緒してもらえるの?」
「もちろんだ」
「あ、そうだ!今日は名前ちゃんもぜひ一緒にどうかな?」

再び場が凍りついた。原因は伊黒の名前に対する殺気やら嫉妬やら嫌悪やら、まぁ色々複雑な感情……とでも言っておこう。

「いえいえ。私は遠慮しておきますので、お二人でごゆっくりどうぞ」
「でも……」
「この後、任務もありますし」
「そっかぁ残念。それじゃあ申し訳ないけど、私はちょっと出かける準備をしてくるね」

以前変わらぬ空気の中、蜜璃は嬉しそうに部屋の奥へと消えていった。

取り残された二人の間に沈黙が走る。基本的に伊黒は名前をあまり良く思ってはいない。多分蜜璃と過ごす時間や距離感が、他の隊士よりも大幅に違うことが関係しているのだと思う。
なのでよくこういう場面で伊黒に出くわすと。

「馴れ馴れしく甘露寺と抱き合うな」

必ずこういった牽制をされる。もちろん名前には義勇がいるし、女同士でくっつく予定もないので、そこに関しては嫉妬をされてもどうしようもない。

「大体この前もここに来ていたというのに何度も図々しい奴だ。ただの隊士である貴様如きがここでくつろいでる時間などあるのか?貴様ほどになると修行せずとも良いなどと、愚劣な考えを持つのだな。大層いいご身分だ」
「確かに伊黒さんのおっしゃる通りです。ついつい盛り上がって長居してしまいました」

この蛇のような特有のネチネチした言い回しは伊黒ならではであるが、名前は何を言われても基本的に一切動じず、それどころかそんな伊黒を微笑ましいとすら思っていた。
それは伊黒が誰よりも、蜜璃を想っていることを知っているからだ。
蜜璃はずっと探している。ありのままの自分を側で愛してくれる人を。

願わくばそれが伊黒さんであればいいのに──。

「それでは私はお先に失礼させて頂きます。蜜璃さんによろしくお伝え下さい」

相変わらず返答はない。そんな伊黒の横を通過しようとすると。

「おい」

思いがけず呼び止められた。

「先ほどの甘露寺を悪く言う奴がいたら、という件に関してだけは褒めてやってもいい。遠慮なく即座にたたっ斬れ」

伊黒さんが褒めてくれるなんて何とも珍しい、と思わず目を見開いてしまった。

「あの、伊黒さん」
「何だ」
「差し出がましいかもしれませんが私も一つ。蜜璃さんはいつも私と楽しくお話して下さります。けれどいつだって一番楽しそうに笑っている時は、伊黒さんの隣にいる時だと私は思いますよ」

名前はそう言い残して、伊黒の元を去っていった。

「……当たり前だ」

誰もいなくなった部屋で伊黒が呟く。もちろん伊黒も分かっていた。蜜璃にとって名前がとても大切な存在であること。そして自分と同様に、名前が蜜璃を理解し大切にしていることを。
ただ分かっていても、気に食わないものは気に食わないのだ。

「伊黒さん、お待たせしました!あれ?名前ちゃんは?」
「気にするな。行くぞ」

やっと独占出来たと上機嫌になった伊黒は、蜜璃の手を引き部屋を後にした。


そうして時刻は夕方。
名前も義勇と夕御飯の時間を迎えていた。昼間の蜜璃との話に触発された訳ではないが、義勇の目の前には鮭大根が並んでいる。口元が僅かに動いている程度だが、嬉しいということは表情だけで分かった。

“じゃあ今度冨岡さんに聞いてみるのは?”

昼間の言葉が頭に浮かんだ。玄関でのお出迎えは終わってしまったので今聞くとしたら。

──鮭大根と私、どっちが好きですか?

こんなところだろうか。
義勇をじっと見つめながら考える。彼のことだ。きっとまともに取り合ってはくれないだろう。それに我ながら馬鹿げた質問だとも思う。それでも聞いてみたくなってしまったのだから仕方がない。

「義勇さん、一つ質問してもいいですか?」
「何だ」

義勇がことりと箸を置く。真面目な話ではないので、そうかしこまられては困ってしまう。

「どうした?」
「すみません。やっぱり何でもないです」
「そんな分かりやすい嘘で俺が納得すると思うのか?」

……ですよね。
義勇が女心に疎いのは事実だが、名前の変化に対してはとてつもなく鋭いのも事実だ。

「何か質問があるのだろう?」
「……では、単刀直入にお聞きしますね」
「ああ」
「鮭大根と私、どっちが好きですか?」

沈黙が流れること数秒、義勇が見事に固まった。とてもじゃないけど、凄く凄ーく居たたまれない気持ちになった。

「そもそも比べるような話じゃない」

それはごもっともだが、いざ正論で返されると面白味も何もない。

「それはそうなんですけど……」

確かに義勇の言う通り、食べ物と人でどちらが大事だと天秤にかけても、比較しづらいという気持ちも分かる。
そうだ。それなら自分を食べ物にして、比べやすくするのはどうだろう。
まず私がお団子だとしよう。それも女将さんの作る絶品団子だ。比較対象を同じ食べ物にして質問してみよう。
鮭大根とお団子どっちが好きですか?

うん…………即答で鮭大根に決まってる。

鮭大根様にお団子如きが対抗出来る訳がない。というかお団子は私の大好物なだけだし。
あれ、待って。何でお団子と比べてるの?そもそもどこからお団子は出てきたんだっけ。自分であれこれ考えてるうちに、結局何が言いたいか分からなくなってしまった……。

「……。……名前」
「……はいっ!」
「何を一人で考え込んでいる?」
「あ、いえ……どうして私はお団子になったのかを考えていまして……」
「……団子?とは何だ」

支離滅裂な会話をする名前に、義勇は再び目を細めた。

名前は義勇に対して多くを求めない。もっとこうしてほしい、愛の言葉が欲しいなど、女性特有のそれに関しては特に少なかった。
その名前が珍しい質問をしてきた。
なぜそこで鮭大根なのか理解に苦しむが……。

「……答えになっているかどうかは分からないが」

そう言って義勇は、会話の続きを切り出した。

「少なくとも鮭大根に対して命を懸けて守るなんてことは、この先も一生ないだろう」
「……え?」
「だから比べるまでもないと言っている」
「あの……それはつまり私のことは命を懸けて守ってる、ということですか……?」
「出逢った時から今もずっとそのつもりだが」

そう伝えると、どうしたものか名前は俯いてしまった。気に触るようなことを言った覚えはないが、また何か思いつめているのだろうか。それ以上何を伝えたらいいのか分からず、無言で名前が顔を上げるのを待ち続ける。
そういえば先ほど団子の話をしていたが、鮭大根ではなく好物の団子が食べたくなったのだろうか……。

「義勇さんってそういうところありますよね」
「そういうところとは?」
「……不意打ちなところです」

真っ赤に染まった顔を上げたと思ったら、すぐにふいっと視線を外された。

「義勇さんに命を懸けて守ってるなんて言われたら、嬉しすぎて卒倒してしまいそうです……!」

ああ、何だ。何も心配はいらない。
いつもの名前だ。

「質問の答えに納得したのなら、食事の続きをしても構わないか?」
「はい、もちろんです!」

すぐさま鮭大根に向かって箸を伸ばす義勇は、まるで小さな子供のようで、待ち侘びていた鮭大根が口へと運ばれると、咀嚼と同時に義勇に笑顔が広がった。
こんなに幸せそうな義勇さんが見れるのなら、鮭大根に負けるのも悪くない。そう思いながら名前もまた笑顔を浮かべる。

「明日は任務前に茶屋に向かう」
「茶屋、ですか?何かご用でも?」
「先ほど団子がどうとか言っていたから、名前も好物が食べたくなったものだと……」
「あー……あれは、その……あ、でもそうですね。明日はぜひお付き合いお願いします」

そうしていつものように、二人は仲睦まじく夕食を共にするのだった。





迎えた翌日。

「あら、今日は冨岡さんも一緒なのね」
「はい。いつものお団子を二つお願いします」
「了解しました」

二人並んで外の縁台に腰をかける。見上げると雲一つない晴天だ。

「空は青いしお団子は美味しいし。幸せです、私」
「そうか」
「でも名前ちゃんは、冨岡さんの横にいる時が一番幸せそうに見えるけどね」

お団子を頬張る名前を見ながら、女将さんが言った。

「確かにそうですね。女将さんには申し訳ないですけど、お団子よりも何よりも私は義勇さんが一番大好きなので。ね、義勇さん」

すると昨夜とは逆に、今度は義勇が真っ赤な顔をして視線を逸らした。

「……俺に振るな」

そんな義勇の様子に名前と女将は、思わず顔を見合わせ笑ってしまった。

「名前ちゃーん!」

ふと遠くから桃色の髪の毛が揺れているのが見える。

「あ、蜜璃さーん!」

そして蜜璃の横には、変わらず伊黒の姿があった。
互いにいつもの光景だ。

「名前ちゃん達もお団子を食べに来たの?」
「はい。お先に頂いてます」
「女将さーん。私にもお団子下さい。えっと、とりあえず50本!」

こんな風にいつまでもこの平和な日常が続きますように。そう願って止まない名前なのであった。


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