おはぎと嫉妬 1


きっかけは三人の一言だった。

「「「おはぎが食べたい」」」

三人とは名前が可愛がっている炭治郎、善逸、伊之助のことだ。おにぎりを食べたいと言われることはよくあるものの、おはぎを食べたいと言われたのは初めてだ。もちろん三人の可愛らしい要求に、名前は喜んで腕を振るった。

「ふう、出来た」

朝から一人でせっせと作り続けたおはぎが、冨岡邸の台所を埋め尽くしていく。これだけたくさん作ったのには訳があった。

「しのぶさんのところでしょ。蜜璃さんに、それから天元さんのところ」

以前もおはぎの差し入れをした時、皆大層美味しいと喜んでくれたことを思い出した。そこで日頃からお世話になっているお礼もかねて、おはぎを配ることにしたのだ。

「そしてこれは義勇さんの分、と」 

もちろん警備担当地区の見回りの任務から、まだ帰宅していない義勇の分も取り分ける。

「まずは蜜璃さんと天元さんのところに行って、その後は炭治郎くんのところに行って、最後にしのぶさんのところかな」

一通り台所も片付け終え、配達する順番を確認すると、名前は大量のおはぎを手に屋敷を出発した。
最初は蜜璃の屋敷、続いて天元の屋敷。そして次に向かうは炭治郎達のところだ。
三人が修行している道場の入口に立つと、顔だけ覗かせて様子を伺う。

「はあああ!」
「おらアアア炭治郎!もっと打って来いよ!」

中では炭治郎と伊之助が、木刀による手合わせをしていた。早くおはぎを食べてほしい気持ちもあるけれど、彼らが必死に剣を交える姿を、このまま眺めていたい気もする。

二人ともまた強くなっている。 無駄な動きも減ってるし基礎能力もちゃんと上がってる。ちゃんと毎日鍛錬している証拠だ。

「あ!名前さんじゃないですかー!」

隠れていたのも束の間、最初に名前の姿を捉えたのは善逸だった。

「こんにちは、善逸くん」

善逸が物凄い勢いで、名前の側へと駆け寄る。遅れて炭治郎と伊之助も、名前の側へと駆け寄った。

「すっげえ良い匂いがする!腹減った!」
「お疲れ様です。伊之助くん」
「こんにちは、名前さん。今日は三人ですっごく楽しみにしてたんですよ!名前さんのおはぎ」
「たくさん作ってきたので、炭治郎くんも遠慮なく召し上がって下さいね」
「よっしゃああああ!まず俺から……!」

勢いよく手を出した伊之助を更に上回る速度で、名前がおはぎをひょいと上に持ち上げる。

「まずは手を洗ってからです。はい、皆さん行ってらっしゃい」

まるで母親のような名前の声掛けに、三人は争うようにして、外の井戸へと駆け出して行った。
そしてすぐに手を洗い終えた三人が、早く早くと待ちきれない様子で名前を急かす。

「はい。どうぞ召し上がれ」

目当てのおはぎが目の前に広がると、三人は即座に飛びつき頬張った。

「うっめえええ!」
「やっぱ名前さんのおはぎは絶品ですね!」
「ふふ。喜んでもらえて嬉しいです」

あんなにたくさん作ったというのに、あっという間になくなってしまいそうだ。食べ盛りの三人には、これでもまだ足りなかったらしい。

「……優しくて強くて料理上手で、そのうえ可愛いときたら、冨岡さんどんだけだよ……いいご身分すぎだろ……いやまあそりゃ柱なんだから、いい身分なんだけどそれとこれとは……」
「どうかしましたか?善逸くん」
「はっ……名前さん……!」
「何かおっしゃってたみたいですけど」
「ええ。最高に美味だと申し上げておりました」

善逸は白い歯を輝かせながら、最大限に格好つけて言ってみせた。

「相変わらず善逸くんは面白い方ですね」

出来るなら格好いいと褒めてもらいたいのに、また面白い人って言われた……!これも全部ユニークさに欠ける冨岡さんのせいだ。そのせいで俺が名前さんの中で、平均以上に面白い男になってしまっているんだ!大体名前さんの格好良い男に対する基準は──。

「あああああ!お前ら!何俺より先にガンガン食っちゃってんの!?」
「モタモタしてるお前が悪いんだろ!」
「ほら善逸。俺のをあげるから落ち着いて」
「何呑気に差し出してんだよ!それ貰って落ち着いたら、俺ますます格好良い男から遠ざかるじゃん!?」
「一体何の話してんだお前は」
「うるせぇよ!つかお前どんだけ食ってんだよ!上等だ立ちやがれ!」
「ああ!?やんのか!?」

何がどうしてこうなったのか、善逸と伊之助がいつの間にやら臨戦態勢に入っている。

「二人とも!駄目だよ……っ!」

それをどうにか止めようとオロオロする炭治郎の後ろから、今度は名前がすっと現れた。

「皆さん、ご飯は座って食べましょう。そして仲良く楽しく食べましょう」
「でもこいつが……!」
「ああ!?何で俺が……!」
「……出来ないのなら水責めです」

今さらりと凄いことを言った気がする……と三人が同じ表情を浮かべ、ピタリと動きを止める。
要約すれば言うことを聞けないのなら、水の呼吸でボコボコにしちゃうぞ、ということだ。
それもニコニコと優しい口調で言うものだから余計に怖い。
三人は有無を言わず、即座に元の定位置に戻った。

「はい。よろしい」

この調子じゃ当分名前には敵わない。切に思う。

「あの、えーと……名前さんはこのあとはまだどこかに行かれるんですか?」

名前の荷物からは、まだたくさんのおはぎの匂いがする。それに気づいた炭治郎の質問に、名前が答える。

「最後にしのぶさんのところに伺う予定です」
「そうですか。胡蝶さん達もおはぎがお好きなんですね」

しのぶさん達も三人のように喜んでくれるといいな。
そう思いながら名前は炭治郎達に別れを告げ、最後に蝶屋敷へと向かった。
おはぎの残りはあと少し。荷物が軽くなったせいか、足取りも軽い。ご機嫌な鼻歌混じりの道中。

「わぁっ!」

突然目の前の視界が真っ黒になった。

「えっ、え?」
「いいもん持ってんじゃんねえかァ。ちょっと来い」
「この声は……不死川さんですか?」

一体何が起こったのか。
道を歩いていただけなのに、何か──いや、多分不死川の大きな手が、いきなり名前の顔面を覆ったのだ。しかもそのまま後ろ向きで歩かされている。正確に言えば引きずられている、が正しいが。
ではなぜ不死川が突然現れたのか。それは彼が大好物である、このおはぎの匂いにつられたからだと断言出来る。

「おっとと……!不死川さん、前が……っ」
「うるせえなァ」

名前が視界不良を訴えると、今度は不死川の腕が名前の首に絡められる。何ともぞんざいな扱いだが、こうでもしないと名前は不死川から逃げてしまうからだ。
がっつり首を締められたことにより、引きずられる速度が一気に上がる。次第に変わっていく景色を後ろ向きで見ながら、不死川がどこに向かっているのかすぐに検討はついた。

「不死川さん。おはぎならここでお渡ししますよ?」

おかしい。狙いはこのおはぎのはずなのに。
不死川からの返答はない。

「何でしたら、明日改めて不死川さんの分を作ってきましょうか?」
「うるせェ。黙っとけ」

一蹴され引きずり込まれた先は、予想通り不死川邸だった。ズカズカと部屋に上がったと思ったら、そのまま放り投げられた。紳士なんて言葉とは程遠い扱いだ。

「出せ」

たった一言。不死川はそれだけを言い放った。
お願いなんて易しいものではなく、これは最早脅迫だ。その威圧感たるや、普通の隊士なら恐怖でこの場にいることすら耐え難いだろう。しかし名前は違った。

「不死川さんのおはぎ好きも相当ですね」

だっておはぎを出せだなんて、何とも可愛い脅迫。そのうえ明日作ると言っても待てないときた。あの不死川が子供のように可愛く見える。なんてことを本人に告げようものなら、物凄い怒られるだろうから黙っておくのが得策だ。

「これはしのぶさん達の分だったんですけどね」

その場で正座をし直し、名前は抱えていたおはぎを全て、不死川に差し出した。そうでもしないと不死川は絶対ここから帰してはくれないだろう。
不死川が渡されたおはぎに早速手をつける。いつもなのだが彼は美味しいとか不味いとか、味に対する感想は一度も言ってくれたことがない。ただ無言で頬張るのみ。

何度もおはぎを要求してくるってことは、少しは美味しいって思ってくれてるのかな。あ、口の周りにあんこがついてる。そんなに急がなくても誰も取らないのに。
こうして見ると、戦ってる時とは全然違う表情をしてるなぁ。
ああそうだ。このままだったら不死川さんに全部食べられちゃうだろうから、先に言っておこう。

「不死川さん。せっかくですので、玄弥くんにもおはぎを渡しておいて下さい」
「あァ?今何つった?テメェ……」
「前に玄弥くんも食べたいっておっしゃってたんですよ。だから不死川さんから、ね?」
「おい……ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞォ?」
「ふざけてなんかいないですよ。不死川さん、玄弥くんのこと大好きじゃないですか」
「あァ!?どこをどう見たらそうなんだよテメェは!」

どこをって。本当に嫌いなら一切構わないはずなのに、過剰なまでに嫌いだって反応するから、ある意味分かりやすすぎます。ということをこのまま伝えれば、ひどく怒るだろうから黙っておこう。

「ちっ……相変わらずだなテメェは」

普段から攻撃的な不死川を怖れる隊士は多い。もちろんその実力から、彼を尊敬し慕う者もたくさんいる。ただ名前のように、飄々とした態度で接する隊士は、不死川にとって珍しい存在だった。
初めて会った時からそうだ。名前は臆することなく、いつも不死川に変わらない笑顔を向けるのだ。それが不死川にとって、居心地がいいものであるのは否定出来なかった。

「名前。久々に手合わせしろォ」
「えー。私、死にたくないです」
「風の呼吸を教えてやる」
「そのお気持ちは嬉しいんですけど、多分私には合っていないと思うんですよねぇ」

風の呼吸を教えてやる。不死川の常套句だ。ついでにこの後続く言葉を考えると、この会話の流れには悪い予感しかしない。そう感じた名前が、その場を立とうと前にかがんだ瞬間。

「お前まだ冨岡のところにいんのかァ?」

義勇の名を口にされ、名前の動きが止まった。

「まだ、というか死ぬまで側にいるつもりですよ?」
「はっ。お前も悪趣味だよなァ」
「そうですか?」

ほら、やっぱりこういう展開。
だからこれ以上、彼との会話を長引かせてはいけない。

「では私はこれで」
「おい、待ちやがれ」

危機を察してその場を離れようとするも、すぐに不死川に阻止されてしまう。尋常じゃない強さで手首を握られ、抵抗しようとするも、それを上回る力で抑え込まれた。そうして気がつけば、不死川が名前の上に覆い被さる形になっていた。

「不死川さん、痛いです。仮にも私は女性なので、もう少し優しくして頂かないと……」
「御託はいいからさっさと俺の女になれ」

以前にも一度不死川に言われた言葉。その時も冗談か何かの遊びだと思ってた。

その時も中々逃してくれない不死川さんから、力ずくで逃げたのだけれど。

「冗談ですよね?」
「そう見えるかァ?」

不死川の射殺すような鋭い視線に、喉がごくりと不穏な音を鳴らした。力を入れ逃れようとするも全く敵わない。ギリギリと手首を締められるたび、名前の顔は歪んでいった。

「また妙な技を使って逃げてもいいんだぜェ」

そんな名前を見て、不死川は楽しそうに笑みを浮かべている。
不死川が言う妙な技とは、宙の呼吸のことだった。使用してしまったのは、前に一度自分の女になれと言われた時。冗談だと思って交わしつつも、てこでも逃してくれない不死川に向けて、壱ノ型を出してしまった。
そのうえそのことを義勇に知られ、こっぴどく怒られたことも記憶に新しい。義勇からは近づくなと強く言われたが、先輩であり柱である不死川をそう露骨には避けられない。ついでに不死川の力技にはどう抗っても敵わないので、不可抗力であることも主張したい。

「どうした?抵抗しねェのか?」
「そうですね。この状況、どうしましょうか」

技を出せと言われても、今は帯刀していないのだから出そうにも出せない。
それに両手はこうして抑えつけられている。

「黙って俺のものになれば済む話じゃねえかァ」
「物扱いされるのも何ですが、それを言うなら私は義勇さんのものなので」
「……あいつの名前は口に出すな」
「義勇さん義勇さん義勇さん──んんっ!」

不死川は、凄まれながらも歯向かう名前の唇を、乱暴に塞いでみせた。それでも名前は抵抗を止めない。押し返しても動かないのなら、と不死川の唇を思いきり噛んでみせた。

「っ……!」
「は……っ、……はぁはぁ」

不死川の唇から赤い血が流れる。

「……とんだじゃじゃ馬だなァ」

それを不死川は不敵に笑いながら舐め上げた。

「でしょう?不死川さんが押し倒したくなるような可愛さなんて、全く持ち合わせてないと思いますよ」
「その張り付いたような笑顔が癪に触るぜ。強情な女のくせによォ」

不死川が突如名前の服に手をかける。諦めてくれるかと思いきや、予想外にも不死川はさらなる行為へと及んでいった。

「待っ……!や……」

さすがにこれ以上進まれたら取り返しがつかなくなる。もう一度全力で必死に抵抗するも、上半身は露わになる一方だ。
途中、ふと不死川が動きを止めた。

「おいおい、何だァこれはよォ……」

不死川がまじまじと見つめるのは名前の胸元。その視線で何を指摘されたのか、名前はすぐさま察することが出来た。首下から鎖骨、胸へと広がるそれは義勇が付けた多数のキスマークだ。

「随分奴とお楽しみだったんじゃねえかァ」
「違……っ」
「冨岡の野郎、澄ました顔してとんだ独占欲にまみれてやがる」

不死川の指がゆっくりと、義勇のつけた所有印をなぞる。名前の全身がゾクリと震えた瞬間だった。

「いいぜェ。俺と冨岡、どっちが上手いのか比べてみろよォ。なァ?」

不死川の自分に対する感情は、義勇に対する対抗心から来るものではないかとどこかで思っていた。
でも不死川の気持ちが本物だったら──。
名前から冷や汗が流れた。


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