NATSU☆しませんか?


『今日も本当に暑かったですが、来週はどうなりますか?』
『来週はさらに気温が上がります』
『まだ上がるんですか!今年の夏は猛暑と予想されていましたが、本当にその通りですね』

ソファに並んで座るボク達に、夏の暑さを伝える天気予報がテレビから流れる。

「へぇ、今年は猛暑なんですね。外はどうでしたか?暑かったですか?」

同じ地域に住んでいるはずなのに、他人事のように聞く名前があまりにも彼女らしくて、思わず笑みを浮かべた。
つい先日まで根詰めて楽曲制作をしていたと言っていたから、またいつもの如く作業部屋に閉じこもりっぱなしだったのだろう。
そんな名前に天気のことなど分かるはずもない。

「だめですね、引きこもってばかりじゃ。四季を全く感じないまま季節が変わっていってしまいます」
「ボクもこういう仕事をしていると、季節感がおかしくなる時があるよ」
「天くんがですか?」
「うん。例えばまだ冷たい海の中で夏のドラマを撮影したり、年が明けてないのに正月番組を撮ったりとかね」
「そうだったんですか……!それは知らなかったです。芸能のお仕事ってやっぱり大変なお仕事なんですね……天くんが体調を崩されないか心配です」
「それを言うならボクの方こそ心配なんだけど。キミは作業をし始めたら、食事睡眠を一切取らずに限界までやろうとするから」

名前がボクから視線を逸らした。
図星だったのだろう。今回もまたそうやって自分をないがしろにして制作していたに違いない。
逸らした名前の顎を掴み、再び自分の方へと顔を向かせる。

「て、天くん……?」

まぁそこまで目のクマはひどくないし顔色もいいから、ここ数日はちゃんと眠れてるみたいだけど。

「無茶はしないでって言ったはずだけど」
「それはその、楽曲制作じゃなくて、父親の時のことで……」
「名前」
「はい……善処します」
「うん、いい子。約束を守れたら名前の願いを何か一つ叶えてあげる」
「願い、ですか?」

いい子になんかしなくたって名前が望めば何だって叶えてあげるのに。素直じゃないボクは、少し意地悪な言い方をしてみせた。
そんなボクの子供じみた思いなど知る由もなく、名前はパァッと顔を綻ばせ真剣に悩み始める。その無垢な姿がボクにはとても愛おしくて堪らない。

「どう?決まった?」
「そうですね……なら私、天くんと何か夏らしいことがしてみたいです」

夏らしいこと……?
散々悩んで出した願いがそんなことだなんて、つくづく名前は欲の無い人間だと思う。

「プールとか花火だと外に出ないといけないので、何かここで出来る夏らしいことはないですかね?スイカ割りくらいならビニールシートを敷けば出来ますかね?でも二人で食べ切るにはちょっと大変かも……」

仕事以外でのボク達の逢瀬は、最もセキュリティが高い名前のマンションだと決まっている。普通の恋人同士のように並んで外を歩くことなどボク達には皆無だ。

少なくとも、ボクがTRIGGERの九条天である限りは絶対に──。

普通の恋が出来ないことを互いに了承はしあったけれど、それでもそれに対する罪悪感が消えることはない。

「流しそうめんでもします?このマンション、無駄に広くて使い道がないと思ってたんですけど、ついに利用価値が出てきたかもしれません」
「本格的に竹を繋げて流すつもり?」
「はい!私たくさん流すんで、天くんはたくさん取ってたくさん食べて下さい」
「普通逆じゃない……?流しそうめんと言ったら食べる方がメインでしょう」

でも名前はそれを嘆くことも責めることも一切せず、ここで会える時間をこんなにも楽しんでくれている。
そういう名前にボクはいつも救われている。

「他に夏と言ったら……」

『夏と言えば、心霊でしょう!身の毛もよだつ恐怖映像100連発!来週火曜日、夜8時から2時間スペシャルでお送りします!』

テレビから聞こえる声に、ボク達二人は同時に画面に目を向けた。

「これですよ天くん!夏といえば心霊ですよ!」
「好きなの?こういうの」
「いえ……正直得意とは言えないですが……」
「ならこれは却下」
「待って下さい……!確かに怖いですけど……怖いもの見たさというのもあるじゃないですか。一人で見るのは無理でも、天くんが側にいて下さるなら大丈夫です。私、天くんとこうしてるといつも安心感でいっぱいになるので」

名前がボクの服の裾をキュッと摘む。
そのうえそんな潤んだ瞳で上目遣いされて安心するなんて言われたら。これが無自覚なのだから困りものだ。我慢する方の身にもなってほしい。

「分かった、いいよ。一緒に見よう」

溜息混じりで承諾すると、名前は意気揚々と配信されているホラー映画を漁り始めた。

「これなんかどうですか?去年話題になった映画ですよね」
「ああ。その映画なら確か陸がメンバー皆で見たって言ってたよ」
「皆さんで一緒だなんて、IDOLiSH7って本当に仲が良いんですね。それで陸くんの感想はどうしでしたか?怖かったって言ってましたか?」
「いや、楽しかったとしか……」

あの子は体質もあって怖がるような子じゃないから、楽しかったという感想も正直当てにならない。
それに名前の性格から言って、こういったものを楽しめるタイプではない気がする。

「ねぇ、本当にこのまま見始めて大丈夫なの?」
「いいですか?離れないで下さいね、天くん」

言われなくてもそのつもりだし、それどころかそんな可愛いことを言われたらもっと距離を詰めたくなる。
その気持ちは口にはしなかったけど。

「では、視聴を開始しますね」

名前はソファに置いてあったクッションをギュッと抱きしめ、ボクにピタリと体をくっつけてみせた。
こうして触れた場所から、先ほど言ったように名前は安心感を得ているのだろうか。ボクもまた名前の温もりに嬉しさを感じながら、映画の始まりを見つめた。



見ている人を怖がらせるには十分な映画だと思った。演出も構成も本当によく出来ていて、話題になる理由がよく分かる。
で、そろそろメインの幽霊が出てくるくだりだと思うんだけど……。
ちらりと隣の名前に視線を向ける。先ほどから何度か演出に驚いて体をビクつかせていたし、クッションを持つ手にも力が入っている。
そんな名前の様子から正直わぁ!とかキャー!とか悲鳴をあげて、ボクに飛びつくベタな展開を予想してた節があった。
多分ここからは見ている人が怖がるように、精一杯制作したシーンだと思う。

「て、天くん……!」
「なに?」
「今の……ちょっと……っ」

ボクの腕が強く掴まれる。
ほら。だから却下って言ったのに。
そう口にしようとした矢先。

「すみません、巻き戻していいですか……!?」
「は?」
「今のところをもう一度見たいんです!」

ベタな展開を予想した単純な自分を今すぐ撤回したい。飛びつくどころかもう一度見たいと真剣に訴える名前を誰が予想出来ただろう。

「よく聴いて下さい。この幽霊が登場するまでの音楽……そしてこの登場する直前の不気味な効果音……!このシーンを盛り上げるために最高な役割を果たしていると思いませんか?どうやってこういう音を作るんでしょう。そもそも冒頭からずっと音楽が良いんですよこの映画。一体どなたがこの映画のサウンドを担当したのかとても気になります。後でエンドロールで確認して……あ、時田さんなら知ってるかもしれません」

名前の頭の中が音楽一色になっていく。ボクと夏らしいことをすると言っていたことなんて、恐らくもう忘れているに違いない。
悔しいけれどいつだってボクは音楽には敵わない。だけどそういう彼女だからこそ、ボクはこんなにも好きになったんだ。

「はぁ……このへんの挿入曲も素晴らしいですね……」

とはいえこんな独自の視点でウットリしながらホラー映画を見る人なんて、後にも先にも名前だけだと思う……。







結局名前は最後までその調子で映画を見続けた。
怖がる素振りなど一度も見せることなく、隣で見ていたボクもこれがホラー映画だということを忘れてしまうほどだった。

「すっごく楽しかったですね!天、くん……」

満足気な顔がこちらを振り向いたと思ったら、その顔がみるみるうちに青ざめ、語尾が小さく尻すぼみになっていく。我に返ったのだろう。

「ご、ごめんなさい……!天くんのことも考えずに、私ったら一人ではしゃいで……っ」
「気にしないで。ボクはボクなりに楽しむ名前を見て楽しんでたから」
「でも……二人で夏らしいことをしようって、私が言い出したことなのに……」
「まぁあまり夏らしくはなかったかもね」
「ほんと私ってば音楽バカすぎて……こんなんじゃ呆れられても仕方がないです……」

クッションに顔を埋め名前が嘆く。

「名前」

優しい声色で名前を呼べば、名前がゆっくりと顔を上げる。その表情には不安が広がっていた。

「やっと目が合った」
「天くん……」
「ボクが名前に呆れてると思う?本当に?」
「それは、その……」
「名前なら分かるでしょ」

口になんか出さなくたって、ボクのこの想いを音で感じ取っているはずだ。

音楽にひたむきなキミが好きだ。
楽しそうな笑顔を見るとボクも嬉しくなる。
やっとこっちを見てくれた。
キミに触れたい。
キミを感じたい。
もっと近くで──。

今度はボクの方から名前との距離を縮める。そうして逃げられないように名前の顎を掴み、ゆっくりと唇を重ねた。

「ん……っ、ぁ」

深く何度も求めれば小さい舌が必死に応えようと絡み合う。そのまま名前の体をソファに押し倒し覆い被さる形になれば、先ほどまで青ざめていた名前の顔はすでに赤く染まっていた。

「ボクの気持ち、分かった?」
「はい……十分すぎるほど聞こえてます……」
「そう。なら──」
「天くん……では逆に私の気持ちは分かりますか?」

続きをしようとしたところで、不意にそう問われ手が止まる。
ボクには名前のような聴覚はない。けれど名前の気持ちなら、いつだってその表情から読み取ることが出来る。名前は顔に出やすいから。

「頭の中にまた新しいメロディーが浮かんでるって顔してる。それから映画のサウンドを作ってみたいって顔も」
「……さすが天くんです。でもあと一つ肝心な気持ちが抜けています」
「あと一つ?」
「天くんのことが大好きです……だからこのまま続きがしたいです……」
「ほんと、キミって子は……」

敵わないって分かってる。だけど少しくらい抵抗させて。この瞬間だけはボクのことで頭がいっぱいになるように。
そうしてボクは生まれゆくメロディーを打ち消すかのように、名前を強く抱いてみせた。







結局いつもと変わらない、季節感のないボク達の一日が過ぎていく。

「難しいですね。季節を感じるっていうのは」
「そんなに夏を感じたいのなら、今度のTRIGGERの野外コンサートに来たらいいよ」
「ダメですよ。TRIGGERの九条天にとってファンは恋人なんですから、恋人との大切なお時間を邪魔するようなことは出来ません。それにほら、雨女なので私。せっかくのコンサートなのに雨が降っちゃいます」

この狭い空間でしか過ごせなくとも、こうしてまた一つキミを好きになる。

「次こそは流しそうめんにしましょうか?それともかき氷?全種類のシロップを用意したりなんかして。あ、浴衣を着てみるのはどうでしょう!」

ボクの隣で無邪気に笑うキミのことを。
そして願わくば、この笑顔がいつまでもボクの側で消えることのないように、永遠に。




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