スノーガール


年中無休で音楽を生み出す自分にとって、今日もいつもと変わらない日常が流れていく。
例え今日が12月25日だとしてもだ。

「さぁここでクイズです!クリスマスと言えば?」

スタジオに設置されたテレビから投げかけられたクイズに、私達はうーんと唸りながら考え込む。そして司会者のせーのの声に合わせて、各々の答えを口に出した。

「チキン」
「ケーキ」
「ピザ」

今日も今日とて、全く答えが噛み合わない3人での作業の日々。

「おいおい、クリスマスっつったらチキンだろ?」
「いやいやチキンよりもケーキでしょう」
「はぁ?お前彼女もいねぇくせに、誰とケーキなんか食うんだよ」
「僕のことはいいんですよ!これはあくまで一般的に考えた答えですから……!一般的に、です!」
「時田さんも青山さんもぜんっぜん分かってませんね……」
「ピザ女は黙ってろ。お前は論外だ」
「そもそも名前ちゃんはクリスマスとか関係なく、一年中ピザを食べてるから答えになってない気がする」
「何言ってるんですか!クリスマスだからこそのピザですよ!今日なんて予約しないと絶対食べられませんよ?それに毎年クリスマス限定セットというのもありまして、これがまたお買い得なんですよ」
「お前さ、エグいくらい稼いでおいてお買い得とか言うなよ……」

世間では皆今頃クリスマスを楽しんでいる頃だろうか。
朝からスタジオに籠りっぱなしの私には、毎年の如くクリスマスを楽しむ暇などありはしない。華やかな音楽業界に携わっているはずなのに、変わり映えのないいつもの時田さんと青山さんコンビに挟まれて──。

「毎年クリスマスが近くなるたび、一人で作業は寂しいだなんだ言って、俺らを呼び出してるのはお前だろ」

確かに、それはごもっともだ。
そんな私を何だかんだ言いながら一人にしないでくれる二人は、憎まれ口をたたきながらも結局のところ優しいのだ。

「何故私はクリスマスに夏の曲作ってるのでしょう……」
「だからクリスマスくらい休めって言ってんだろ。俺だって銀座のねーちゃんを待たせたくねぇんだよ」
「時田さんは普段から遊びすぎなので、クリスマスくらいは控えた方がいいと思います」
「何だよ。僻みか?ならお前も天をマンションに連れ込んで、好きなだけイチャつきゃいいだろうが」
「な……!何を言ってるんですか!今のは完全にセクハラです!訴えますよ!?」

何を言い出すのかと思えば。
このエロオヤ…………もとい、天才プロデューサー時田尚茂様は。
煙草を吹かしながら笑い声を上げる時田さんに、ぷいっと背を向ける。

「TRIGGERは今日はミュージックジュエリーのクリスマス特番に出てるんだっけ」

そんな私に青山さんがホットココアを差し出しながら言った。
青山さんの言う通り、天くんは今日生放送の特番に出演予定だ。クリスマスも変わりなく仕事をする私達は、デートどころか顔を合わすことすら叶わない。でもそれが当たり前の事だと理解はしているし、不満を感じることも一切ない。なんだったら画面越しであろうと、天くんの姿が見れるだけで有難いというものだ。

「今日はRe:valeもIDOLiSH7も出るから楽しみだね」
「はい!録画もバッチリです」

私は青山さんと顔を見合わせ、にっこりと笑ってみせた。





それから数時間がして、TRIGGERの出番がやってきた。作業の手を止め三人でじっとテレビを見つめる。
今日の天くんにやっと会えた。相変わらず格好良いなぁ。
なんて思った矢先。

『九条さんは最近凄く可愛がっている猫がいらっしゃるとか』

天くんがテレビ越しに、ひょんなことを話し始めた。

『ええ。本当に可愛くてしょうがないんですよ』
『九条さんが飼ってらっしゃるんですか?』
『いえ、飼ってるわけではないんですが……』

可愛がってる猫……?そんな話聞いたことないけど……。

『時間があればたった五分でもいいから会いたいくらい可愛くて』
『そんなに?すっかり溺愛なさってるんですね』
『ええ。自分でも驚くほどに』
『九条さんにそこまで言わせるなんて羨ましいです。どんな猫ちゃんなんですか?』
『そうですね……とにかく音楽が大好きな子ですね』
『へぇー音楽が』
『はい。あとはそうだな。箱に埋もれてピアノの下で寝ちゃってたりする姿とかも可愛いですよ』

テレビ画面を見つめながら固まってしまった。
これって、もしかして……いやいやまさか。でも………いやいや!

「名前。これお前のことだろ」
「いや、そんな、まさか、ねぇ……」
「箱に埋もれてピアノの下で眠るだなんて、名前ちゃん以外考えられます……?」
「猫、猫の話って言ってますから……!」
「お前、愛されてんなぁ」

時田さんにしみじみ言われ、ただでさえ熱かった顔が余計に熱くなっていくのが自分でも分かった。多分今の自分は、言い逃れ出来ないくらい真っ赤な顔をしているに違いない。

「僕……ちょっと出てきます」
「青山さん?え、ちょっとどこに……」

そんな私をよそに、突如青山さんが扉の方へ向かう。声をかけてみたものの、何だか思いつめた表情をしていたものだから、私もそれ以上言葉を交わすことは出来なかった。扉がパタリとしまり、スタジオがしんと静まり返る。

「そっとしておいてやれ」
「どうしてですか?」
「可愛がってたお前に好きな男が出来たとなりゃ、それなりにショックなんだろうよ」

そうなのかな……?
そんな感じの音じゃなかったような──。

「お、トリはRe:valeか」

TRIGGERの出番も終わり番組も終盤。最後を飾るのはRe:valeの二人だ。曲はクリスマスにピッタリのTO MY DEAREST。私も大好きな曲の一つだ。

「アレンジが素敵です!」
「ああ。相変わらずこの二人も才能の塊だな」
「真っ白な衣装も素敵ですし、Re:valeらしいクリスマスプレゼントですね」

おこがましいかもしれないけど、Re:valeの曲を聞いていたら、負けられないという気持ちが膨れ上がっていく。
彼らに追いつきたい。いつか彼らを追い抜きたい。いつだってその思いが私を突き動かしてくれる。

「私も負けてられないですね!よし、ちゃちゃっと仕上げちゃいましょうか」

ニヤリと笑う時田さんに背を向けて、私はひたすら制作作業に没頭した。


それからどのくらいの時間が経過していたのか分からない。ひとまず無事に作業を終えた私に、時田さんはあくびをしながら、お疲れと声をかけてくれた。

「で、青山はどこ行きやがった?」

舌打ちをする時田さん曰く、どうやらこのあと本当に銀座まで送ってもらう予定だったらしい。
時田さんこそケチってないでタクシーでも何でも使えばいいのに。
そう言おうと思った矢先、扉の向こうから聞こえた物音に、私も時田さんも振り返る。

「青山さん、帰ってきたんじゃないですか?」

ついでに私もマンションまで送ってもらおう。せっかくのクリスマスなんだから、ほんの少しだけ遠回りしてもらって、イルミネーションくらい見て帰りたいな。今日も頑張ったんだし、それをクリスマスプレゼントってことにして強請ってみようかな。

「青山さんどこ行ってたんですか?私達もう帰る──」

そこにいるはずの青山さんがいないどころか。

「こんばんは」

私は立ったまま夢でも見てるのだろうか。つい先ほどまでテレビの向こうにいた人が、何故か目の前に立っている。

「名前?」

固まったままの私に声をかける彼は紛れもなく。

「ええええええ!?!?」
「……驚きすぎでしょう」
「だ、だって……!どうして天くんがここにいるんですか……!?さっきまで特番に……ええ!?」

大好きな天くんだった。

「どうしても何もキミのところのマネージャーがいきなり現れて、ボクを連れ去ったんだけど」
「青山さんが……!?」

すると天くんの後ろから青山さんが、申し訳なさそうな表情をしながら現れた。

「二人の立場はもちろんよく分かってるよ。出過ぎた真似をしたとも思ってる。でもやっぱり今日はクリスマスなんだし、名前ちゃんと天くんには少しでも一緒にいてもらいたくて……」
「で、天を拉致ってきたわけか」

今度は私の後ろから時田さんが姿を現す。

「お疲れ様です、時田さん」
「おう。久しぶりだな、天。お前こんなところにいて大丈夫なのか?」
「スケジュールの方は、今夜だけこの青山が完全管理させて頂いてますので大丈夫です!」
「だそうです」

事の詳細を問えば、ここから急に立ち去った青山さんは、クリスマス特番を終えたTRIGGERの楽屋に突如現れたらしい。そして青山さんはTRIGGERのマネージャーである姉鷺さんに、頭を下げながら言った。

『仕事に支障をきたすようなことは絶対にさせません!30分だけでもいいんです!九条さんを僕に預からせてもらえませんか!?』

今日明日の天くんのスケジュールを全て教えてほしい。預かっている間の徹底したスケジュール管理は約束する。そのうえで連れ去ってもいいですか?と、それはもう必死でお願いしたらしい。

全ては私と天くんがクリスマスを一緒に過ごすために──。

「さぁ時田さん、銀座まで送りますよ」
「おう。悪いな」
「時田さん、青山さん……!」
「じゃあな、名前。邪魔者はさっさと消えるからよ」
「九条くん、後でお話しした時間にちゃんと迎えに来ますので、それまではここでゆっくりしていって下さい」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ名前ちゃん。メリークリスマス」

ちゃんとしたお礼も言えないまま、青山さんの笑顔が扉の向こうに消えていく。
取り残された部屋で私と天くんは顔を見合わせた。

「仕事は終わったの?」
「あ、はい……!」
「そう。お疲れ様」
「天くんもお疲れ様です」
「じゃあ、仕事が終わったのなら行こうか」
「え?どこへ?」
「屋上」

そう言って天くんは人差し指を天井へと向けた。

そこは以前私が招待した、このビルの屋上にあるお気に入りの場所。仕事が一段落すると必ず訪れると言っていたことを、天くんは覚えていてくれたらしい。
階段を登り屋上へのドアを開けると、ひゅうと冷たい風が吹き抜けた。並んで座る二人の手にあるのは、お決まりのいちごミルクだ。

「甘い」
「すみません……相変わらずいちごミルクしかなくて」
「今は逆に甘い飲み物の方が良かったよ。ちょうど糖分を欲してたからね」

クリスマス、年末と続くこの季節。TRIGGERにとっていつも以上に過密なスケジュールが続いているに違いない。世間が休みの時も働き続けるのがこの業界の常識だと、時田さんも言っていた。

「やっぱり今はお忙しい時期ですよね」
「もうすぐブラホワもあるからね」
「ブラホワかぁ。私はTRIGGERが優勝すると思います」
「根拠は?」
「私がTRIGGERのことが大好きだから、じゃ根拠になりませんよね……。うーん、根拠を解説するとなると物凄く細かく分析したお話になりますので、TRIGGERを語るためのまとまったお時間を頂ければ今すぐご説明を──」

私の答えに何故か天くんが笑っている。
こんな時ルール違反かもしれないけれど、それとなく天くんの音に耳を傾けてしまう。それが嬉しさからくる笑いだと知るために。

「名前って本当面白いよね」
「そうですか……?」
「あとやっぱり可愛い」

可愛い、という単語で、先ほどテレビの向こうで天くんが話していた内容を思い出してしまった。次第に熱くなる顔を下げながら、私は思い切って聞いてみることにした。

「あの私……今日のミュージックジュエリー見てました」
「歌もトークも全部?」
「もちろん全部です。それでトークのことなんですけど、あれはその、猫の話なんですよね……?」
「そうだよ。可愛い猫の話」
「ですよね……!やっぱり全国ネットでそんな……」
「だからニャーって言ってごらん?」

は、はい……!?

口角を上げて笑う天くんに、思わず間抜けな反応をしてしまった。

じゃああれは、本当の本当に私を猫に例えて話していたということ……?というかこれってもしかして、てんてんって呼んだことをまだ根にもってらっしゃいます……!?

「何度も言いますけど、天くんはそういうことはしない人だと思ってました……!」
「うん、そうだね。ボクもこんな自分がいただなんて知らなかった。全部名前のせいだよ」
「私……ですか?」
「そう。だから責任を取って」

天くんの顔が徐々に近づき、柔らかな唇が優しく重なった。甘く啄まれるキスが繰り返されたあと、離れていく唇から白い吐息が漏れていく。

「……唇、冷たいね」

そう言って寒空の下で笑う天くんが、あまりにも綺麗で心臓がうるさいくらいにドキドキしてる。

「会えないと思ってたから、こうして会えて嬉しかった」
「……私もです。クリスマスに会えるだなんて思ってもみなかったので、今とっても幸せです」
「ボクも凄く幸せだよ」
「本当ですか?良かったぁ……!青山さんに感謝しなきゃ」
「名前は愛されてるね」

時田さんにも言われた言葉。今は素直に受け止める事が出来る。私はちゃんと愛されていること。そして愛する人達が側にいてくれること。手に入れたこの真実絶対に離したりはしない。

「あ、雪」

ふわふわと舞う白い雪が、掌に落ちては溶けていく。見上げれば灯りに照らされたたくさんの雪達が、キラキラと光っているように見えた。

「名前といたら雨だけじゃなくて雪も降るみたいだね」
「こ、困ります……!それじゃあ私、夏の野外だけじゃなくて、クリスマスライブとかカウントダウンライブも行けなくなるじゃないですか……!」
「ふふ。それ、どれだけ降らせるつもりなの?」

天くんが立ち上がり頭や肩についた雪を払う。

「寒くなってきたから中に入ろうか」

差し出された手が嬉しくて、私は強く天くんの手を握った。トクトクと脈打ちながら伝わる体温が、温かくて愛おしい。

「雪を見るとこたつが欲しくなりません?」
「そんな大きなプレゼント、用意してないんだけど……」
「違います違います……!そういう意味で言ったんじゃないです……!窓から雪を眺めながらこたつで丸くなったら、気持ち良さそうだなぁって思っただけで……」
「やっぱり名前って猫だよね」

好きな人と初めて過ごすホワイトクリスマス。
この年、天くんはこたつではなく、とても綺麗なネックレスをプレゼントしてくれた。そのネックレスは、天くんのものだと赤く印を付けられた首元で、雪よりも白く輝いているのだった。



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