MEZZO"と猫と私


「こんにちは、苗字さん」
「お待ちしておりました、逢坂さん……と環くん?」

ここは昴として制作活動する際いつも使用している音楽スタジオ。
今日はそこにIDOLiSH7の逢坂壮五さんを招待したのだが、その後ろには相方である四葉環くんの姿もあった。

「すみません、あの今日は環くんも一緒にいいですか?」
「はい。こちらは構いませんけど」

環くんは退屈しないだろうか、と少し心配になった。

逢坂さんを制作現場に招待したのには理由がある。
以前IDOLiSH7の寮で自分が昴だと正体を明かすことになった時、一番積極的に音楽の話をしてきたのが逢坂さんだった。
後から紡さんに聞いたのは、逢坂さんは自分自身で作曲してみたいと思っているということ。ならば少しでもこの現場が参考になればと、紡さんを通してこうしてスタジオに招待した。

とはいえ、まさかMEZZO"二人で来るとは思わなかったけれど。

「ほら、環くん」
「……あの、王様プリンの件。ありがとうございました」
「いえいえ。気になさらないで下さい」

逢坂さんに促され環くんが頭を下げる。

「それより環くんはどうして今日ここに?」

わざわざお礼を言いにここに来た、とは考えにくい。となれば彼の興味の対象は──。

「あれからそーちゃんがあんたの話をよくしてて、凄い尊敬してるんだって知って……王様プリン一年分のこともあったし、あんたがどんな風に凄いのか知りたくて……」

やっぱり予想通りここへ来た動機は、私に対する好奇心というわけだ。

「環くん……っ、あんただなんて言ったら失礼じゃないか……!ちゃんと名前で……」
「何だよ、そうやってすぐ怒るなよ」
「それは環くんが……」

それと私に対する嫉妬。逢坂さんが私の話ばかりしているのが気に食わないんだ。
何だか急に環くんが可愛く見える。

「お二人ともせっかくいらして下さったんですから、お好きなだけ楽しんでいって下さい」

微笑む私とは裏腹に、環くんは困惑した表情をしてみせた。





プロの現場から少しでも吸収して帰ろうと真剣になる逢坂さんの横に、環くんは予想外にも大人しく座り続けていた。
もっと退屈そうにするかと思ったのに。ちゃんと彼なりのプロ意識があるみたいだ。

「よーし、ここいらでちょっと休憩しよう」

時田さんの言葉に皆が他愛もない会話を始める中、私はすぐさま端っこに座る逢坂さんに駆け寄り手を差し出した。

「逢坂さん、例の物は?」
「あ、えっと……一応持ってきたは持ってきたんだけど……」
「じゃあ別室に移動しましょう。環くんもどうぞ」

受け取った音楽データを片手に、ルンルン気分で別スタジオへと移動する。私達三人だけになったのは、自分の曲を他の人に聞かせるのは恥ずかしいと言っていた逢坂さんの気持ちを考慮してのことだった。

「一体ここで何すんの?」
「逢坂さんの作ってきた曲を聞くんですよー」
「え!?そーちゃんが作った曲!?」
「苗字さんが聞いてくれるって言うから……。あ、でもまだ主旋しか出来てないし、曲としてもまだまだ未完成で……」

照れる逢坂さんを横目に、パソコンにデータを取り込む。いくつかクリックしていくと、逢坂さんが作ったメロディーがピアノの音と共に流れ始めた。

『壮五さんはいつか自分でIDOLiSH7の曲を書きたいと思っていらっしゃるようで……』

もし機会があれば、と紡さんはマネージャーとして私にコンタクトを取ってきた。だから流れてくる音楽は、てっきりIDOLiSH7が歌うことを想定した曲だと思っていた。

でもこれって二人の──。

「これ本当にそーちゃんが作ったのかよ!?すっげーじゃん!」
「は、恥ずかしいよ環くん……!僕みたいな素人が作った曲でそんな……」
「謙遜しすぎですよ逢坂さん。環くんの言う通り、とっても素晴らしい曲ですよ」
「あの……じゃあ、苗字さんだったらこれをここからどんな風に仕上げるかな?」

思ってもみない質問をされて、キョトンとした顔で返してしまった。
これをここからどんな風に……。ひとまずピアノに向かって腰をかけ鍵盤に手を置く。そして先ほど聞いたメロディーをなぞりながら、自分なりのアレンジを加えて演奏してみせた。

「そーちゃん……」
「……う、うん」

そして引き終わってようやく気づいた。
この二人の固まりようはやばい、と。

思いのまま演奏しすぎて二人のことを全然考えていなかった……!というか我が子同然とも言える楽曲を、逢坂さんが質問したのをいいことに勝手にアレンジしすぎた……!
私も昔それをやられて、私のアレンジの方が絶対いいに決まってるって対抗心を燃やしたこともあるし、いやでも逢坂さんの質問に率直に答えると、こういう演奏になるのはしょうがないことであって……。

「あの、苗字さん」
「はい……!」
「今の、自分の曲とは思えないくらい素晴らしかった……」
「俺もめちゃくちゃカッケーって思った!」

しかしそれらはどうやら私の杞憂だったみたいだ。二人の思いがけない感想に、私はほっと胸を撫でおろした。

「どうしてそういうアレンジにしたのか、解釈を聞いてもいいかな?」
「えっと……まずこの曲はもう少しスローテンポの方がいいかなって思いました。その方がピアノの音色も絶対映えますし、二人のハーモニーもより綺麗に聞こえるだろうから」
「二人って?」
「え?ああ。気づきませんでした?この曲って逢坂さんとたま──」
「わーわーわー!待って待って……!」

突如逢坂さんに口を塞がれてしまった。
顔を真っ赤にする逢坂さんからは、今にも心臓が飛び出しそうなくらい恥ずかしいという音色が聞こえていた。
それだけで私は何となく察してしまったのだけれど。

トゥルルルル。

私なりに発する言葉を慎重に選んでいると、タイミング良く逢坂さんの携帯電話が鳴った。

「す、すみません。マネージャーから着信が……」
「はい。お気になさらず行ってきて下さい」

申し訳なさそうに頭を下げ、逢坂さんが部屋を後にする。
残された私と環くんの間には、途端に沈黙が流れた。そしてそれを最初に破ったのは意外にも環くんの方だった。

「あのさ……人の気持ちが音になって聞こえるってどんな感じ?」
「……急にどうしたんですか?」
「いや、その……あんたのそれ、羨ましいなって思ったから……」

驚きすぎて思わず言葉を失ってしまった。そしてその数秒後、今度はその言葉が何だか嬉しく感じてしまって、私は思わず笑い出してしまった。

「俺、何か変なこと言った……?」
「いえ……すみません。羨ましいなんて言われたのは初めてだったもので……」

改めて呼吸を整えて、真剣な表情をする環くんに視線を向ける。

「誰か、気持ちを知りたい人がいるんですか?」
「そーちゃんが…………そーちゃんが、いつもああしろこうしろってすぐ怒るから。俺、そーちゃんの言ういい子ってのがよくわかんねーし、そのうえそーちゃんは、自分の気持ちを全然口に出さないから」

人間とはつくづく無い物ねだりな生き物だ。
嫌でも人の気持ちが聞こえる私は、こんな聴力無くしてしまいたいと願っていたのに、聞こえない環くんにとっては羨ましいと思えてしまうのだから。

「じゃあ環くんは、私が今ここで逢坂さんの思ってることをお伝えしたら満足しますか?」
「え?」
「ここに来た時からずっと貴方が退屈しないか気にかけていて、珍しくちゃんと礼儀正しく大人しくしていた貴方に感動して、自分の作った曲を他でもない貴方に凄いと言ってもらえて心底嬉しかった」
「それ、そーちゃんが……?」
「信じられますか?逢坂さん本人の口から聞いた訳でもないのに?私が嘘をついているかもしれないのに?」

自分でも偉そうなことを言ってるって思う。そのうえこれは全部受け売りでしかない。

“名前、聞こえないなら直接聞けばいい。何を考えているの?ってさ。”

自分だって本人の口から本当の気持ちを聞く勇気なんかなかったくせに。今になってようやく千さんの言葉が身に沁みている。

「それに逢坂さんの気持ちは、ちゃんと彼の音楽に鮮明に現れていますよ」

逢坂さんが環くんのことをどう思っているのかなんて、この曲を聞けばすぐに分かる。だってこんなにも環くんを想う気持ちで溢れかえっているのだから。

「今日逢坂さんがご持参して下さった曲はMEZZO"の、環くんのために作られた曲ですよ」
「何でそんなこと分かんだよ」
「だってこの曲、環くんが最も歌いやすくて、尚且つ環くんの声が一番綺麗に聞こえる音域にピンポイントで作られていますから」
「この曲が?」
「きっと環くんのことを一番に考えて作ったんでしょうね」

貴方の魅力が最大限に引き出される素敵な曲。これを聞けば全て分かる。だから余計な詮索もたくさんの言葉を交わす必要もない。正反対な二人だけど、音楽がちゃんと繋げてくれるはずだから。

「俺、今日はあんたが真剣に楽曲制作してるの見て、カッコいいなって思った」
「私が、ですか?」
「プロとしての違いを見せつけられたっていうか。そういうとこ、何かてんてんみたいだった」

はい……?てんてん?

「え、それは環くんが飼ってらっしゃる猫か何かですか?」
「ちげーよ。てんてんは人間」
「てんてんさん……?ちょっと私は存じ上げない方みたいですね」
「嘘だ。知ってんじゃん。TRIGGERの九条天」

TRIGGERの九条天……?
それなら知ってるも何も、私の大好きな人なんですが……。

「もしかして天くんのあだ名ですか!?」
「そー。九条天だからてんてん」
「な、何ですかそのとっても可愛いあだ名は……!」
「すみません。戻りました……って、二人してどうしたの……?」

この日私と環くんは変なところで意気投合し、より親交を深めたのだった。
ちなみにこのあと環くんが、逢坂さんに対してとても優しい音色を響かせていたのは、私だけが知っている彼の気持ちだ。





予定していた作業を全て終え、お気に入りの屋上でいちごミルクを一気に飲み干す。ふと空を見上げればちょうど半分になった月が姿を見せていた。
ポケットに入れていた携帯電話がブブブと繰り返し震え始める。ディスプレイに表示された名前を見て、私は笑みを零した。

「お疲れ様です」
『お疲れ様。名前は今どこにいるの?』
「スタジオの屋上です。私のお気に入りの」
『ああ。キミといちごミルクを飲んだ例の場所』
「そうです。今思うと何だか懐かしく感じますね」

あの時はまさか天くんに好いてもらえるだなんて、思ってもみなかった頃だ。

『それで、今日はどうだったの?』
「すっごく楽しかったですよ!そうそう、逢坂さんだけじゃなく環くんも来てくれたんですよ」

逢坂さんの曲について。環くんとのやり取り。私は今日一日あったことを、電話の向こうにいる天くんに話し続けた。

『ねぇ、さっきからMEZZO"の話ばかりなんだけど』
「あ……っ、すみません。そうですよね、私ったら自分の話ばかりして……」
『いや。別に名前が謝るほどのことじゃなくて……ボクが勝手に妬いただけ』
「妬いたって……それなら尚更反省が必要な気がしないでも……」
『じゃあ反省じゃなくてお詫びとして、ボクのやる気が出るような、甘くてドキドキすることを言ってみせて』
「甘くてドキドキですか……!?」

いきなり何を言い出すのかと思えば。
恋愛初心者で気の利いた言葉一つすら言えない私に何という無理難題を……!

『ほら、早く』

天くんの声が楽しそうに弾んでる。これは私をからかって楽しんでる時の天くんだ。
なら私だって。

「わ、分かりました!ドキドキさせればいいんですね?いきますよ?」
『うん』

大きく息を吸って。

「大好きですよ……てんてん」

ありったけの想いを込めてそう言った。

『…………は?』

そうしたらもの凄いドスのきいた一声が返ってきた。でもここで引き下がったらまた天くんのペースになる。

「環くんが教えて下さったんです。猫さんみたいで可愛らしいあだ名ですね」
『へぇ、そう……四葉環が』

怯むな私……!

『次名前と会うのは一週間後だったよね』
「えっと……予定ではそうですね」
『じゃあ今度はボクが名前をドキドキさせる番』
「え?」
『そうだね。朝まで気を失うくらいしようか……?』
「な……っ!」
『さっきの名前に負けないくらい頑張るつもりだから。一週間後、楽しみにしてて』

天くんの甘い言葉に今すぐ卒倒してしまいそうだ。
でも楽しそうに笑う天くんの声を聞きながら、どこかでそれも悪くないだなんて思う私もいたりいなかったり。



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