20:小さな指に絡む約束


どうか光り輝く平和な未来を。
そして誰かを愛し、誰かに愛される幸せな人生を。

この子を初めて抱いた時、そう強く強く願った。


名前と義勇が祝言をあげた翌年。
二人が授かった命は、蝶屋敷で産声をあげた。
そして今日は子の誕生を祝うために、かつての仲間達が一堂に会する日であった。

「よし、おいで。っと、大きくて立派な子ですね」
「そうなんです。標準より少し大きめな赤ちゃんだったみたいで」
「おい炭治郎!頼むから絶対に落としたりするなよ!?」
「大丈夫ですよ善逸さん。お兄ちゃんは弟や妹達の面倒をいつも見てたから慣れっこよね?」
「そうだなぁ。こうしてると六太達が生まれた時のことを思い出すなぁ……」

赤ちゃんを抱いた炭治郎の周りに皆が集まる。
すやすやと眠る子の顔を覗きあっては、皆が笑顔を浮かべる様子を、名前もまた笑顔で見つめていた。
そこで気がついたことが一つ。その輪の中にいつもいるはずの、伊之助の姿が何故か見えない。

「あれ?伊之助くんはどうしました?」
「伊之助ならあそこですよ」

善逸が指を差す方向に目を向ければ、扉の向こうからちょこんと頭だけを出した伊之助がいた。相変わらず猪の被り物をしているので、その表情までは分からないけれど、何だからしくない様子なことだけは分かる。
こういう時こそ、一番元気に騒ぎそうな気もするのだが。

「伊之助くん?入っては来ないんですか?」
「…………泣いたりはしねぇのか?」
「今は眠っているので大丈夫ですよ」
「でもよ、怖がったりでもしたら……」

もしかしたら赤ちゃんが苦手なのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。赤ちゃんとどう接していいか分からない故に、伊之助なりにああして遠くから様子を見ていたのだろう。
そんな伊之助がとても可愛く感じる。
名前は優しく微笑みながら手招きをした。

「この子は生まれて間もないので、まだはっきりとは目が見えないんですよ。だから怖がったりもしませんのでご心配なく」
「そういうもんなのか……!」
「段々見えるようになってきたら、その被り物を取ってもらう日が来るかもしれませんけどね」

名前の言葉に、伊之助が少しずつ赤ちゃんに近寄る。
見かねた炭治郎も、抱いていた赤ちゃんの顔がよく見えるように、体を伊之助へと向けた。

「おお……!小せぇ!」
「伊之助も抱っこする?」
「怖ぇからいい……!」
「ならここに指を置いてみて下さい」

名前は小さく無防備な赤ちゃんの掌に、人差し指を置くように指示をした。
名前に言われた通り、伊之助がそっと指を置く。するとピクリと微かに動いたと思った小さな掌が、伊之助の指をぎゅっと強く握ってみせた。

「可愛いー!掴んでる掴んでる!」

その様子に一番はしゃいでみせたのは禰豆子だった。

「おい!こいつ、赤ん坊のくせに強ぇぞ……!柱の子だからか!?」
「あはは。伊之助お兄ちゃんが会いに来てくれたのが嬉しくて、離したくないんですよきっと」

きゅっと掴まれた指から感じる温もりは、伊之助をほわほわした気持ちにさせた。

「名前さんは、まだしばらく蝶屋敷に滞在する予定なんですか?」
「産後の経過にもよりますが、ある程度回復したら狭霧山の方に戻る予定です。有難いことにアオイちゃん達は、好きなだけいてくれて構わないと言ってくれてますけどね」

炭治郎の問いに、名前はここへ来た経緯を思い浮かべてみせた。

出産が間近になってきた頃、蝶屋敷で産前産後を過ごさないかと声をかけてくれたのが、アオイを筆頭とする蝶屋敷の子達だった。初産で不安だったこともあり、ぜひにとお願いすると、アオイは産婆の手配から、食事や身の回りの世話まで、ありとあらゆる面で名前の出産を支えてくれた。
ちなみに名前と義勇は祝言を機に、冨岡邸から狭霧山へと住居を移しており、これもまた後の未来を考えた義勇たっての希望であった。
義勇は自分が去った後のことを、同じ狭霧山に住む鱗滝に託していたのだ。

こうして改めて思い返すと、この子を授かってからというもの、たくさんの人達に支えてもらっていることをより強く感じる。

「鱗滝さんはお元気ですか?」
「はい。この子が生まれてからは特に」
「それ、凄く目に浮かびます。俺と禰豆子のことも、いつも本当の子供のように接してくれていたから」
「この子のことも本当の孫のように可愛がってくれて、感謝しているんです。あ、でもこの子がもう少し大きくなったら、あのお面は考えてもらわないといけないかもです」
「あはは。それこそ泣いちゃうかもしれないですもんね」

炭治郎と会話を弾ませていると、腕の中で寝ていた赤ちゃんがゆっくりと目を開ける。
まだ視界がはっきり見えていないとはいえ、声や抱き心地でいつもと様子が違うことは分かるだろう。もしかしたら泣き出してしまうかもしれない、と炭治郎が身構えるも、どうやらそれは杞憂だったらしい。小さな瞳はぱちぱちと瞬きを繰り返すだけで、泣き声一つあげることはなかった。

「こうして見ると名前さんに似てますね!口元なんて特に」
「善逸くんもそう思います?よく言われるんですよ。でも中身は義勇さんだと思います」
「例えばどんなところがですか?」
「んー、あんまり泣かないというか動じないというか……あ、ほらこの表情なんか、義勇さんの──」

「「何を考えているのか分からない時の表情!」」

名前以外の全員の声が重なる。
流れる沈黙の中、皆が顔を見合わせながら、今度は一斉に大笑いをし始めた。

「おーおー、盛り上がってんなぁ」

笑い声が響き渡る中、新たな来客が名前の元を訪れる。その正体は、相変わらずの色気をまとった元音柱である天元だった。

「名前ー!おめでとー!」
「赤ちゃん赤ちゃん!」
「二人とも、走らないの」

もちろんその後ろには、天元の嫁である雛鶴、まきを、須磨の三人の姿もあった。

「おう名前。体調はどうだ?」
「おかげさまで順調に回復しています」
「そりゃ良かった。こいつは出産祝いだ」

さすがはド派手で豪快な天元と言うべきか。祝いと称して置かれた大きな箱には、お祝いの品が山盛りに詰め込まれていた。

「わぁ、こんなにたくさん……!とっても嬉しいです……ありがとうございます!」
「何かと入用だろうしな。で、赤ん坊は?」
「炭治郎くんが抱っこして下さっていますよ」

天元が炭治郎の元へ近寄る。
そして寄越せ、とだけ一声かけて、今度は天元の腕の中へと赤ちゃんが移動した。

「お、こいつ。いい目をしてやがる」
「冨岡さんと同じ綺麗な青い目ですね」

雛鶴の言うとおり、赤ちゃんは義勇と同じ青色の目をして生まれてきた。名前の大好きな深い深い青だ。

「いいか?男に生まれたからには、まず俺のようにド派手な男になれ。なぁ?」
「さすが天元様!素敵な助言です!」
「もしこの子が天元さんのようにド派手に育ったら、将来冨岡家には、素敵なお嫁さんが三人も嫁いで来て下さることになりますね」
「名前……あんた素敵なって……もうこれだから好き!」

にっこり笑う名前に、まきをが勢いよく抱きつく。
そうなったらそれはそれで本当に楽しそうな生活だな、と名前は思う。ただ義勇の子が派手な子になるなど、母親である名前ですら想像も出来ない。
何なら義勇同様、口数が少なく不器用な男になる可能性の方が高いのではないかとすら思う。

「で、肝心の旦那はどうした?」
「義勇さんなら、皆さんがいらっしゃるということで、少し前に茶菓子を買いに行かれましたよ」
「義勇さん、髪を切ったんですよね?」
「はい、バッサリと切っちゃいました」

噂をすれば何とやら。
ガラリと開けられた扉に、皆の視線が一斉に集中する。するとそこには、茶菓子が入った風呂敷を片手に抱えた義勇が立っていた。

「おかえりなさい、義勇さん」

皆の視線に目をパチクリさせながらも、義勇はただいまとだけ言葉を返し、名前の側へと歩みを進める。

「ほら。お前の親父が帰ってきたぞ」

天元が腕の中の赤ちゃんを、義勇へと近づける。
すると義勇は器用に左腕で赤ちゃんを抱き止め、そのまま自身の腕の中へと移動させた。
義勇が我が子を抱く姿が名前は何よりも好きだった。なぜならその時ばかりは義勇が、この上なく優しい表情をするからだ。

「と、冨岡……お前、マジか……!」
「貴重な義勇さんの笑顔……!」
「いつもの半々羽織じゃねぇ!」

皆が大騒ぎするのがよく分かる。隊士であった頃の義勇はとにかく無表情で口数も少なかったことから、近寄り難いと思う者も多かった。笑顔なんて以ての外だ。
けれど子供が生まれてからというもの、義勇を覆う空気は、信じられないほど柔らかなものとなった。

「うるさい。子が泣く」

この世で一番に愛されていると思っていた名前も、流石に我が子には敵わない。最近の義勇を見ているとそう思う。

「いやぁしかし冨岡が父親とはなぁ……」


思い出すのは子が産まれた日のこと。

「立派な男の子ですよ」

産声を上げる我が子を初めてこの手で抱いた瞬間、義勇の瞳から自然と涙が零れていた。
錆兎は言った。命を、未来を、お前も繋ぐんだと。
やっと果たすことが出来た。姉と錆兎が命をかけて繋いでくれたこの命を、未来へと繋ぐことが出来た。

今この瞬間、自分は水柱としてではなく、冨岡義勇個人としての責務を全うしたのだ。

そう思うと涙が溢れて止まらなかった。

当たり前の幸せを失った自分に、再びこうして幸せを与えてくれた。こんな自分をいつだって愛してくれて、そして最期まで側にいると誓ってくれた。

全て名前のおかげだ──。


「義勇さん?どうしましたか?」
「……いや」
「外出して疲れちゃいましたか?」
「大丈夫だ。心配するようなことは何もない。それよりお前の体調はどうだ?」

名前の頬に手を添えてやりたいが、子を抱いてることにより、それは叶わない。だから義勇はいつも以上に優しい声色で聞いた。

「おいお前ら、二人だけ……いや違うな。三人だけの世界を作ってんじゃねぇよ」

天元の言葉に、再び皆が笑い合う。

いつか命の終わりが訪れても、いつまでもこうして変わらず名前達の側にいてくれたら。いや、きっとそうしてくれるだろう。
かつての仲間達の笑顔を見ながら、義勇は鬼殺隊の絆を強く感じていた。





賑やかな一日が終わりを迎え、義勇はすやすやと眠る我が子を見つめていた。

「では、お言葉に甘えてお風呂に行って参りますね」
「ああ。ゆっくり浸かってくるといい」

昼間とは打って変わった静けさに包まれた部屋で、子の頬を優しく撫でながら、ふと思う。

一日でも長く生きていたい──。

それでも抗えない運命ならば託したい。

「もし俺に何かあったら……名前の、母さんのことはお前が守ってやってくれ」

そして自分と同じように、未来へ想いを繋いでほしい。

「これは男同士の約束だ……」

小さな小指に自身の小指を絡める。

どうか光り輝く平和な未来を。
そして誰かを愛し、誰かに愛される幸せな人生を。

義勇もまた名前と同じ願いを抱くのであった。


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