11:シュガー・ムーンライト


月明かりが差し込む夜のこと。
重ねた体から十分すぎるほどの愛を与え合った二人に、何よりも甘く幸せな時間が流れる。

「大丈夫か?」

先ほどまで名前の体を激しく攻め立てていた指が、柔らかな肌に優しく触れていく。トロンとした瞳を向ければ、珍しく義勇がふわりと笑ってみせた。

「義勇さんのその笑顔……大好きです」

つられて名前もふわりと笑ってみせれば、義勇はそうかとだけ告げ、視線を逸らしながら触れていた指先も遠ざけてしまった。
それが照れてしまったことによるものだと分かっている名前は、そんな義勇をまた一つ愛しいと思うのだ。

「来い」

義勇が腕を出しそこに頭を置くように促す。所謂腕枕というやつだ。
情事後の名前は大抵すぐに眠ってしまうことが多い。義勇が手加減をしない日なんかは気を失い、そのまま朝を迎えてしまうことすらある。
けれどこんな風に互いの意識がはっきりしている時は、決まって義勇は腕枕をしてくれた。

「ふふ。義勇さん、あったかい」

名前が布団に潜り込み、ピタリと義勇にくっついてみせる。
いつも通りそのまま目を瞑り眠るのかと思えば、何故か名前の目はじっと義勇を見つめたままだった。

「……どうした」
「いえ。睫毛が長くて綺麗だなぁって」

何を見ているのかと思えば。ちらりと名前に視線を向ければ、全く寝る気配がないのは気のせいだろうか。

「確か今日の任務は中々骨の折れる任務だったと言っていたな……?」
「はい、そうです。今日は癸の子達を数名連れての任務だったので、何かと一人の時とは勝手が違いまして」

ならいつもより疲労も抱えているだろうと思い、今夜は一度きりしか抱かなかった訳だが。

「……遠慮する必要はなかったか」
「え、何ですか?」
「いや……何でもない」

後悔まではいかないものの、サラサラと名前の髪を掬いながら、義勇は天井を見つめた。

「そういえばその癸の子達が、義勇さんのことを格好良いって言ってたんですよ」
「何だそれは……」
「何だってそのままの意味です」
「……俺は別に格好良くなどない」
「何をおっしゃいますか。格好良いです。誰が何と言おうと私の中では世界で一番格好良いんです。とにかくそのことについては何も問題ないんです」

どうして名前はこうもこういう事を恥ずかしげもなく口に出来るのか。名前の考えてることは手に取るように分かるつもりだが、思考回路については未だに理解し難いものがある。

「問題は義勇さんがモテるということにあるんですよ……」
「モテた覚えはないが」
「義勇さんが気づいていないだけです」
「ならばそれはそれで問題ないだろう」
「ありますよ。だって……義勇さんを誰かに取られたらどうしようって……。そうなったら私耐えられなくて斬っちゃうかもです……!」

そういえば姉の幼馴染である菖蒲のことを勘違いし嫉妬した時も、思いきり日輪刀を向けていたような……。

眉尻を下げる名前を見て、彼女の気持ちを理解することは極めて困難だと、改めて義勇は確信する。
今しがた体を重ねた際に、自分なりの愛情も欲望も全て曝け出したつもりだ。そのうえ無口な自分が甘い愛の言葉を囁くなど、名前以外の者には想像すら出来ない姿だろう。
名前にしか見せない自分が、今もすぐ隣にいるというのに何を悩む必要があるのだろうか。

「……お前は俺をどうしたいんだ」
「独り占めしたいです」

即答で言われ今すぐもう一度抱いてしまおうかと思った。そうして覆い被さり再び名前の弱いところを攻め立て、独り占めさせてやると言ったところで、嫌だ待ってと首を振って急に素直じゃなくなるのだろう。

「いっそ義勇さんを閉じ込めてしまいましょうか……?」
「それでお前の気が済むなら」

再び名前の眉尻が下がる。言うとおりにしてやろうと言っているのに、どうやらそれも不服なようだ。

「済むはずないですよね……義勇さんは鬼殺隊には絶対に必要な方ですから、閉じ込めちゃダメなことくらい分かってます……」

全ては自身の我儘であり、口に出したところでどうしようもないことは名前本人も分かっていた。
一度全てを失った経験からか、絶対に離れたくないという強い願望と失ってしまうことへの不安は、どう足掻いても一生付きまとうものなのかもしれない。
こうしていくら義勇にくっついていようと、いくら義勇から安心する言葉を貰おうと。

「これじゃあ義勇さんが呆れてしまうのも無理ありませんね……」
「いや……」

言いかけたところで義勇は黙り込んでしまった。
何を言おうとしたのか気になって端正な顔立ちを覗き込めば、予想外にも優しく頭を撫でられた。

「俺はそういうお前にいつも救われていると思う」
「え……?」
「お前の嫉妬も不安も、俺を好きだからこそ生まれる感情なのだろう?」
「はい……」
「ならばどんな感情であったって名前が俺に向けるものは、全て愛情の一つだと俺は捉えているが」

その愛情にどれだけ俺が救われているか。呆れられるというのなら、いつだって名前の優しさや想いに甘えている俺の方だ。

「……いなくなったらどうにかなるのは俺の方だ」
「本当ですか……?」
「お前が好きになった男は、案外情けない男だということを忘れたのか?」
「そんな、情けなくなんかありません……!もっともっと私がいないとダメな義勇さんになればいいとすら思います……!」

ああ、ほら。抑え込んでいたはずなのに。
いっそ名前が気を失うくらい思いのまま抱いてしまって、溢れ出る感情を中に全て放ってしまおうか。

上目遣いでこちらを見る名前の頭を撫でながらしばし考え込む。するとその間に少しずつ名前が、再びトロンとした目つきに変わっていくのが分かった。
初めてこうして一緒に横になり頭を撫でた時。

『それ……気持ちよくて、私好きです』

そう言ってすぐ眠りに落ちた時のことを思い出した。名前が寝つけない時や夢見が悪い時は、決まってこうしてやると安心しきった顔を見せてくれる。
今だってそうだ。

「……何だか眠くなってきちゃいました」
「ああ」
「でもまだ義勇さんとお話したいです……」

目を擦りながら名前が呟く。

「明日また話せばいい」

名前の言うとおり、この先もお前はずっと俺の側にいるのだから。

「そうですけど……」

それにこれ以上話していると、きっと自分の欲が抑えられなくなる。だからそれもまた明日。

「名前が眠るまでこうしている」
「……ふふ」
「何が可笑しい?」
「義勇さんが優しいなぁって……」
「……これくらいのことで」
「いいんです……優しいんです。それから──」


「義勇さん……大好きですよ」


変わらない想いを告げ、名前がゆっくり目を閉じる。

明日だけじゃない。これから先もずっと隣に眠るのは名前しかいない。独り占めしたいと思うのも閉じ込めたいと思うのも名前だけだ。

「俺も好きだ」

眠る名前の唇にキスを落とす。
少しの間寝顔を見つめ起きる様子がないことを確認すると、義勇はそのまま首元まで唇を這わせ、ちゅうっと強く吸ってみせた。付けたのは自分のものだという印だ。

「……我慢させた分だ」

赤く染まる印を指先でなぞりながら、義勇は満足そうに笑った。
瞳を閉じ名前を腕の中に抱き寄せる。
絶対に離しはしない。俺だけの──。





義勇がパチリと目を覚ますと、強く抱きしめていたはずの存在が側にいないことにすぐさま気がついた。無音の中感じるこの喪失感があまり好きではない義勇は、すぐさま体を起こし、名前が寝ていたはずの場所に手を置いた。
もうあまり温もりが残っていないことから、名前が起床してからそれなりの時間が経過していることが分かった。

「……やはり抱き潰せば良かったか」

そうしたらきっと今も名前は腕の中ですやすや寝ていただろう。

朝から自分本位なことを考えながら居間に向かうと、朝ご飯の匂いがほんのり鼻を掠める。

「おはようございます、義勇さん。よく眠れましたか?ちょうど今朝ご飯が出来たところです」

台所から少しだけ顔を出して名前が言った。
義勇はロクな返事もせずそのまま台所へと向かい、名前の隣に立ってみせた。

「どうかしましたか?」

首元から見えるのは昨夜自分がつけた所有印。多分場所的に隊服を着ても見える位置だろう。
名前はいつそれに気がつくだろうか。早くその反応が見たいとも思うし、このままもっとたくさんの印をつけてやりたいとも思う。

「この前分けてもらった珍しいお味噌を今朝使ってみたんですけど、とっても美味しいですよ。義勇さんのお口にも合うといいんですけど」

名前が振り返り笑顔を向けてくれる。
大好きな俺だけの笑顔だ。

「……いっそ閉じ込めてしまおうか」

そう言っていた名前の気持ちがよく分かる。

「え?何ですか?」
「いや……」
「あ、そういえば昨日義勇さんが夢に出てきたんですよー。義勇さんってば私のことを……」

今日も新しい一日が始まる。
愛しい人が隣で笑う幸せな一日が。


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