02:ライアー 人気のない場所でキスをしているところを見た。それが喧嘩の原因だった。 「……どうしてあんな事したんですか?」 「したくてした訳じゃねぇ」 兵長と付き合って数ヶ月。兵長がモテる事は重々承知しているし、幾度もその姿を見てきた。でもそれに一々嫉妬するような重い女だと思われたくはなかった。だからずっと隠してきた。 「兵長なら避けられました……」 「無茶言うな」 確かに兵長はただ告白されてただけだ。ちゃんと彼女がいるって断ってくれたし、それが凄く嬉しかったのも事実だ。キスだって向こうからの一方的なものだったって、一部始終見てた私はちゃんと理解出来ている。 でもついに自分が抑えきれず、兵長にぶつけてしまった。とても幼く醜い嫉妬心だ。 「悪かったとか一言ないんですか?兵長は私の気持ちが全然わかってないんですねっ……もういいです!」 「……おい」 「兵長のバカ……!」 そんな幼稚な捨て台詞を吐いて、勢いよく兵長の部屋を飛び出してから一週間が過ぎていた。 あれ以来兵長とは会ってないし会話もしていない。当の私は怒りなど忘れて、今にも死にそうなくらい落ち込んでいた。 「……はああああ」 ただ言い過ぎましたと謝ればいい。そしたらきっといつもの二人に戻れる。でもあんな子供じみた事を言う私に愛想をつかしてたら? 兵長は恋愛経験のない私なんかより、ずっとずっと大人の男性だ。だからいつだって兵長につり合うように必死に頑張ってきた。それも全部水の泡かもしれない。 足が鉛のように重くてここから動かない。目の前には兵長の部屋へと続く扉。団長に書類を届けてほしいと頼まれて、自分の身勝手な理由で断る事は出来なかった。 「どうしよう……これ」 握りしめた書類を見つめていたら、ガチャリとドアが開く音がした。バカだ私。兵長の方から開けてくるパターンを考えていなかった。 「……ナマエ?」 「あの……っ、団長に書類を頼まれまして……」 「そうか。入れ」 兵長はすぐに私から目を逸らし早々と部屋に戻っていく。そんな些細な事ですら胸が痛い。そして渡した書類にさっと目を通し淡々と判を押してくれた。 大好きな兵長が目の前にいるのに、それなのに沈黙が重くて苦しくて立ってるのがやっとだった。 私、どうやって兵長と話していたっけ……。 「出来たぞ」 わからない。思い出せない。 「おい」 顔を上げて兵長を見るのが怖い。でも兵長を失うことは何よりも怖い。 「……兵長、すみませんでした。私、いつも兵長につり合うようにって物分かりのいい女を演じてました。でも本当は凄く子供で……いつも兵長を誰かにとられないか心配で嫉妬して……呆れてますよね?兵長が、その、もう私とは……」 それ以上言葉を紡ぐことが出来ない。 瞬きをしたら零れそうな涙を必死に堪えていたら、いきなり腕を引っ張られソファへと倒れ込んだ。ビックリして目を開けると、私に覆い被さった兵長と目が合った。 「やっと本音を言いやがった。この馬鹿が」 「バ、バカ……!?」 「お前が嫉妬深い事なんざ、こっちはとっくに分かってんだよ」 「え……?」 「いつもヘラヘラ笑って誤魔化しやがって……」 何故兵長が怒ってるのだろう……。 「お前別れる気だったんじゃねぇだろうな」 「へ、兵長がもしそう言うのならそれは、その、受け止めるべきなので……」 「ふざけんなよ」 「兵っ、ん!」 有無を言わせない激しいキスに呼吸すら奪われた。強引に割って入ってきた舌に捉えられ、私の体が徐々に脱力していく。やっとで離され必死に呼吸を取り戻そうとするも、息苦しさが名残惜しくなるほど、私の体ははしたなく兵長を求めていた。 「お前がこれ以上くだらねぇ嘘ついて取り繕うって言うんなら、今ここでめちゃくちゃに犯すぞ」 「……う、嘘です!本当は絶対に別れたくありません!ずっと一緒にいたいです!それから、誰にも触れてほしくありません……っ」 「それだけか?」 悪戯に笑って問いかける兵長を見て確信した。兵長は私の嘘なんて何でもお見通しなんだ。だからどんなに隠しても逃げられない。どうせ逃げられないなら、素直に捕まってしまう方が身の為なのだろう。 「中途半端は嫌です……」 「ほう。つまり?」 「…………兵長と、その……続きをしたい、です」 「上出来だ」 再び兵長の顔が近づこうとするも、急に目の前で動きが止まる。 「兵長……?」 そして不安そうに見つめる私に、少しの間を置いて言った。 「……悪かった」 少し罰の悪そうな顔をした兵長が可愛くて思わず笑ってしまう。これからは嘘はつかずもっと素直に気持ちを伝えよう、そう思える程。 「余裕あんじゃねぇか」 「いえ、これはっ」 「せいぜい俺が満足するまで気絶しねぇようにしろよ」 前言撤回。たまには嘘も必要かも。 ◇ 「……初めて気絶しました」 「あんだけイケばするだろうな」 「なっ、兵長は言葉がストレート過ぎます!」 そういえば府に落ちない点があった。 嘘をついてたのは――。 「もしかして兵長ってあの時わざと避けなかったんですか?」 「…………不可抗力だ」 「何ですか今の間は……。何だか凄くモヤモヤします……」 「だから悪かったと言っただろう」 「じゃあ公平にと言う事で私が誰かとキスしたらどうします?」 「全力で相手を殺る」 どうやら兵長も私に嫉妬してくれるようだ。それはもう怖いくらいに。 [ back ] |