01:聖夜までもう少しあと少し


「兵長、また告白されてましたね」
「……見ていたのか」

見たくて見た訳じゃありませんよ、と私は付け加えた。兵長が告白されている場面を面白がって見る余裕など私にはない。むしろ見たくもない、と言うのが本音だ。
兵長への告白は今に始まったことではないが、ここ数日は増加傾向にある。

今日は12月24日。兵長の誕生日の前日だ。
つまり誕生日前にどうにか結ばれたいと、皆かけこむように告白をしていたのが増加の原因だった。
もちろん私だって兵長が好きだ。でもあいにく告白する勇気など持ち合わせてはいない。じゃあ意気地なしの私は今日一日何をしていたかというと――。
午後から兵長の補佐をしてほしいと団長に頼まれ、兵長の自室でせっせと書類整理に追われていた。
こうしてたびたび兵長の補佐を頼まれることはよくあることだった。それが私にとっては拳を突き上げたくなる程、願ってもない事など兵長は知らない。

――好きな人と二人きりで、それも好きな人の部屋で。

仕事、という名目を利用して私は恋心を満たしているのである。
もちろん不謹慎なのは重々承知で。

少し話が逸れてしまった。
つまり午後は一緒でも午前は別だった訳で。そんな中兵長を見かけたら挨拶だけでもしたいと追いかけるのは、私にとって必然であった。
兵長と声をかけようとした矢先、思わずその言葉を呑みこんでしまう。
兵長の向こうに兵士が一人。それも女性だ。

うう、また告白されてる……。

と咄嗟に身を隠してしまった。

「あの子、泣いていましたよ?」
「だから何だ」

前に泣かれるのが一番面倒くさいとこぼしていた事を思い出した。
兵長に女の武器は効かないのだ。
その時は冷たいですねと流したが、内心涙にほだされない兵長に少し安心していた。こんな風に思ってしまうなんて、自分でも嫌な女だと思う。

「兵長って本当にモテますよね」
「俺は興味ない」
「男のロマンじゃないですか」
「むしろ嫌気がさすな」
「何という贅沢を!私なんてこれっぽっちもモテないですよ!」
「モテたいのか、お前は」
「そうじゃないですけど……でも好きだってストレートに言われるのは夢ですよね。もちろん好きな人限定ですよ?」

兵長に好きだなんて言われたら……。
考えただけでその場で卒倒してしまいそうだ。

「綺麗な人も可愛い人も駄目、強い人もか弱い人も駄目、頭の良い人もだし……兵長は誰とならお付き合いするのでしょうか」
「お前はよく知りもしない奴に、好意を伝えられたからってすぐ付き合うのか」

確かに。というより私の場合、兵長以外とお付き合いする以外は全くもって考えられないので、その質問自体が意味ない気もします。

「じゃあ知ってる人となると、ペトラ?それともまさかのハンジさん……?いつもの酷い扱いは愛情の裏返し説が濃厚に……!」
「勝手に話を飛躍させて仮説を立てるな」
「そもそも兵長に好きな人がいるのかどうか。まさか男の人なんて事は……。そうですよ!そっちの可能性もあることを私は……!」

ああ―――またやってしまった。兵長の事となると途端に思考が暴走してしまう。
兵長の眉間の皺が一気に増えたのがわかって、我に返るも時すでに遅し。
これはまずいと息を呑む。すると兵長の手からペンがコトンと離れた。

「……お前」
「や、やめましょう!この話は終わりです……!私が完全に悪いです!なので頭だけは勘弁を……っ」

以前に今と同じ様に兵長に根掘り葉掘り詮索して暴走してしまい、割れるんじゃないかと思うくらい頭をグリグリと鷲掴みにされた。それも何度も。
そこに関しては学習能力がない自分のせいではある。
それでも兵長は私があれこれ話しかけても必ず反応してくれるし、質問すれば必ず答えてくれる。
面倒くさそうにしながらも優しいのだ。

そのおかげで兵長の色んな一面を知ることが出来るのだが、恋愛方面だけはさっぱり情報が手に入らないのがもどかしいところだった。
例えば好みの一つでもわかれば、いくらでも近づこうと努力を惜しまないのに。
私の聞き方が悪いのか聞けば怒られるのが必須だったから、私なりに深堀りするのは自重していたのだ。していたはずなのに、ああいった場面を見てしまうと理性がきかなくなってしまう。

「そうだ兵長、そろそろ休憩しませんか?私、何かお飲み物を用意しますよ!」
「逃げる気か。それにさっきも紅茶を飲んだ気がするが」
「兵長が頭を鷲掴みにすると言うなら全力で逃げますが……でも本当に昨夜はあまり寝ていないようなので、今日は休憩を多めにとった方がいいですよ」

逃げるために嘘を言った訳ではなく、実際今日会った時から思ってた。いつもより書類を片付ける速度が遅いのと、少しだけ濃く見える隈も。
こんな日はいつも以上に寝ていないに違いない。

「……少し熱めの紅茶にしてくれ」

良かった、合っていたようだ。
眠気覚ましの熱い紅茶よりも、いっそ寝て下さったらいいのに。残りの書類全て引き受けますよ。と、絶対に兵長が聞き入れない願いをこぼしながら早速紅茶の用意をした。
紅茶の好み、体調の変化、機嫌の良し悪しも大好きな兵長だからこそ私にはわかるのだ。

「どうぞ」

ソファで待つ兵長に紅茶を差し出した後、失礼しますと一応断りを入れてから私もカップに口を運ぶ。
しばし流れた沈黙を破ったのは珍しく兵長の方だった。

「お前の場合どんな奴なら付き合うんだ」
「……へ?」

珍しいというか初めてだと思う。
兵長からそんなことを聞かれるのは。
兵長の事だからこれ以上話したくないと思って話をやめたのに、兵長自身が掘り返してくるとは驚きを隠せない。

「どうなんだ」

兵長です。兵長しか考えられません。兵長がいいんです。
心の中で兵長兵長と訴えた。
あぁ、言ってしまえたらどんなに楽だろう。でも拒絶されて今の関係すら壊れるのが怖い。

「誰とだったら……そうですね。強くて優しくてカッコ良くて努力家で、仲間思いで……」
「何だその条件の多さは。そんな奴いるのか」
「それはですね……えっと」
「……まぁせいぜい頑張って探すんだな」

条件というか兵長の好きなところを、思いつくままあげただけだったのに。
好きな人に好きな人を探せと言われると、どうしたらいいものか。それが自分だと兵長はほんの少しでも思わないのだろうか。
なんだか兵長と目が合わせられなくて、俯きながら紅茶をすすった。

「……さっきお前は、俺の好きな奴がどうとか言ってたな」
「はい」

「俺にだって好きな奴くらいはいる」

ぶは!っと思わず紅茶を吹き出してしまった。
綺麗好きな兵長の無駄に綺麗すぎる部屋でそれも盛大に。

「……汚ねぇな」
「す、すいませんっ!でも、今……!」

衝撃的な発言しましたよね!?
好きな人がいるって!
兵長に好きな人が!?
今までそんな素振りや話、一度もした事ないじゃないですか!

誰ですかと今すぐ聞いてみたい。けれどそれを聞いて私が平常心でいられるはずがない。それが知っている人だったら余計にだ。
でも兵長がこんな爆弾発言をしてくれる事なんて今後ありうるだろうか。
知りたい、知りたくない。
知りたくない……。
やっぱり知りたい!

「そ、その人は、兵長の気持ちを知っているんですか……?」
「知らねぇだろうな」
「付き合って、は、ないんですね?」
「そろそろ行動しようかと思ってたんだが……どうもそいつの好みの男ではないらしい」

ちょちょちょ、ちょっと待って下さい。
どこのどんな人ですか。兵長が好みじゃないとかとんだ贅沢な事を言う人は。そんな人がいるのなら、好みじゃない理由をとことん説明してもらいたいです。
まさか兵長、そういうきっぱり物事の言える上から目線タイプが好きなんですか。
あぁ兵長に好意を持たれているなんて。羨ましすぎてどうにかなりそうです。
そのうえ

――行動する?

「兵長が、自ら、行動をですか…?」
「むしろそれなりにしてたつもりだがな」

ではそれ以上の行動をするって事ですよね?
話したりお互いを知ったりなんて段階じゃなくて、つまり積極的なアプローチ……。
例えば告白とか……!

「駄目です!積極的になっては駄目です!」

思わず立ち上がって叫んでしまった。

「なぜお前が止める」
「それは、その……」
「誰と付き合うんだとかあれだけ散々聞いといて、今度は何もするなと?何がしたいんだお前は」
「それは……と、とにかく駄目ものは駄目なんです!」
「めちゃくちゃな言い分だな」
「だって……」
「だって、何だ」

それ以上聞かれたらどうしようもない。
兵長が好きだから。それしか理由がない。
明らかに挙動不審で訳の分からない事を言う私を見て、兵長は呆れているだろう。
それにいつもなら軽くあしらってくれるのに、今日に限って兵長が引いてくれない。
どうしたものか。
しかしこの場を上手く切り抜ける方法も見つからない。
兵長になぜ、と問われて嘘をつくほど私は器用じゃないからだ。

「理由を言ったら……好きな人に兵長から行動しないでくれますか?」

涙が出そうだ。自分でもとんでもない事を言っている。
つまり貴方が好きだから他の人に恋をしないでと、私は訴えたいのだから。

「それは理由によるが……」

兵長、どこまで優しいんですか。
いつもみたく何言ってやがる、とか言って流してくれていいんです。
ちゃんと話を聞いて考えてくれなくていいんです。もう十分です。
いや、嘘です。
きっとこの後兵長に引かれるくらい泣きます。面倒くさいと兵長が言う事は分かっているのに。

「私が……兵長の事が……好きだからです」

あぁ終わった。私と兵長のかけがえのない時間が。もうこうして話したり紅茶を飲む事もなくなる、会えることすら叶わないかも。
兵長、もう泣いていいですか?

「……今、何て言った?」

許可を貰う前に、ポタポタと勝手に目から雫が落ちていく。
もう堪えることなど不可能だった。さようならを言う準備も出来てないのに。
かけがえのない時間が崩れる未来しか見えない。

「す、すいません……っ、これは、違うんです」
「ナマエ」
「すぐ泣き止みますから……っ」
「おい、ナマエ」
「本当面倒くさい、女ですね、私は……っ」
「今言った事が本当だとしたら、俺はやっぱり行動せざるをえねぇな」

そう言うと兵長は涙を拭っていた私の手を強引に掴んだ。自身の手で覆われていた視界が突然明るくなる。
気がつけば目の前には兵長の顔。
予想だにしない展開に体が硬直してしまい、あっという間にその距離を縮められる。
そして私の唇はいとも簡単に兵長によって塞がれてしまった。

「……んんっ」

自分が描いていたキスとは結びつかない激しいキス。
上手く息が吸えず逃れようとするも、兵長の手が私の顔を強く捉えてそれを許さない。
何度も角度を変え、蝕まれていく感覚に溺れる。

「へい、ちょ……」

何度目かわからない口付けに思考をどんどん奪われていると、口内に柔らかい何かが深く侵入してきた。
それが兵長の舌だとわかったのは、咄嗟の事に驚き私が思い切り噛んでしまった後だった。

「……痛ぇな」
「あ……す、すみません!」

私の間違いでなければ今確かにキス……。
は!?キス……!?

「へ、兵長!とりあえず落ち着きましょう……!まま、まず落ち着いて!」
「俺はいたって落ち着いている」
「いや、兵長は今確実におかしいです……!まず、今何が……!あれ、もしや私は立ったまま寝ていて……」
「嫌なのか」
「……いいいい嫌なんかじゃありません!むしろ兵長とキスだなんて幸せすぎます!本望です!ですが……ちょっと待って下さい、とりあえず整理しましょう。兵長は他に好きな人がいるけれど、私にキスをしました。あ、あれですね。断るお詫びに同情か何かでキスを!いいですか兵長、好きでもない人とこういう事すると思わせぶりという事態がですね、でも私は嬉しかったからいいのか……?いや、駄目ですよね!?やっぱり好きな人とするべきで……」
「だから落ち着けと言っている」

混乱する私を無視して再び兵長が近づいて来る。涙の筋が出来た頬に手が伸びてきて、そっと優しく撫でられた。

「ま、待って下さい!」
「惚れた女に好きと言われて待つ理由なんかねぇだろ。泣いているなら尚更だ」

………兵長の言葉にパニックを通りこして逆に頭が冴えた。

「惚れた、というのは………私、人生最大級に自惚れてしまいそうなんですけど……間違っていたら全力で殴って下さいね?兵長の好きな人ってまさかとは思いますが、私――ですか?」
「お前以外に誰がいる」
「嘘じゃないですよね……?」
「そんなに俺の言ってる事は信用出来ねぇか」
「そ、そういう訳じゃ……」

兵長は大きな溜息を一つつくと、突然私の頭を鷲掴みにした。

「大体お前は俺の機嫌から細かい体調変化まで簡単に見抜くくせに、どうしてこういう事は気付かねぇ。その上俺の事を散々探るくせに、勝手に暴走してどうでもいい奴の話ばかりしやがって、自分っていう可能性は少しも考えなかったのか。お前の鈍さとまわりくどい会話には毎度腹が立っていたんだ。それにさっきお前が言ってた好みの男が万が一俺の事だとしたら、お前は俺を買い被りすぎだ。俺はそんな出来た男じゃねぇぞ。そもそも俺は自室にお前以外の女は入れた事がないし、何度もお前を部屋に入れてる時点で察しろ。お前に毎回補佐を頼んでるのだって俺がエルヴィン……」

そこまで言いかけて兵長は舌打ちをして私から視線を外す。
物凄い勢いで捲くし立てられた兵長の気持ち。
あぁ私はなんて遠回りな事を。やっと全てを理解しました。

「……兵長、あの、好きです大好きです」
「あぁ」
「兵長が大好きです……」
「わかってる」
「本当はずっと言いたかったんです」
「そういや……お前の夢、だったか」


「好きだ、ナマエ」


こんなにも簡単に夢が叶ってしまうなんて。
また涙が溢れて止まらない。

「こんなことになるなら――」
「何だ」
「……明日はもっとちゃんとしたプレゼントにするべきだったなって」
「あるじゃねぇか。目の前に」

まさか、それって――。

「なんなら今日くれても構わねぇぞ」
「構います……!大いに構いますから!準備とか準備とか、ええ!準備とか!」





そういえばどんな人でも断っていた兵長が、なぜ取り柄もない私を選んでくれたのだろう。
何度も兵長に聞いてみたがどうにも答えてくれなかった。
と、言う話をハンジさんにしたら何故か爆笑されてしまった。

「居心地が良いのさ、ナマエは。リヴァイがリヴァイでいられるんだよ」
「兵長が兵長でいられる、ですか?」
「そう、人類最強の兵士長という肩書きを忘れてただのリヴァイとしてね。皆の憧れの兵士長様だって私達と同じ人間だし普通の男なんだ、それなりに弱い部分や甘えたい時もあるのさ。最初はね、それが抵抗あったみたいなんだけど。あぁ、それにナマエは可愛いし仕事も早くてよく気も利くしって前に……いったああああ!」
「それ以上喋ったら削ぐぞクソメガネ……」
「あ、リヴァイ。お誕生日おめでとう!」
「兵長、おはようございます!それからお誕生日おめでとうございます!」

耳まで真っ赤になった兵長なんて初めて見た気がした。
今すぐ兵長大好きです、と言いたいが、まずはハンジさんの手当てをしよう。
今日は兵長の誕生日。
貴方へのプレゼントはもう少し後のお楽しみ。


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