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「あ、」


高尾は思わず声をもらした。
視線の先にはひとりの男子生徒。
名前は名字男主名前。
高尾の通っている秀徳高校の3年生。
校内では女子にかなり騒がれている人物で、下手なアイドルなんかよりよほど人気がある。
そして、なにより高尾が一途に想い続けている男の人だ。

彼はあまり他人と打ち解けず、寄せ付けずといった風にいつも独りで行動している。
普段は愛想笑いもなく、同級生とふざけて笑いあうことなんてもってのほか。
だけど、高尾に対する態度はいじわるで、ひたすら寡黙でクールだと言われている名字が、高尾と話すときだけはいじわるそうに笑ったりする。

その日が、まさにそうだった。
陽が暮れようと斜めに傾いた校庭を歩いていた少し先に、ポケットに両手を突っ込みながら猫背で気怠そうに歩く名字の背中を見つけた。


「あ!名字サーン!」


その途端、高尾の身体は反射的に動き、ダッシュで名字に近づいた。
そしてそのままものすごい勢いで彼に迫り、


「名字サン今日もカッコいいスね!好きです!」
「……高尾和成、重いからどいて」


微動な驚きもせず、むしろ多少迷惑そうな素振りを見せる名字の背中に飛び付いた。


「なんでいっつもフルネームで呼ぶんスか!和成って呼んでくださいよー」


と、あいかわらず名字の背中に抱きついたまま高尾が言う。
彼は「あー…」と間の抜けた声を出すとさっきまでの猫背を伸ばすかのように身体を起こし、高尾はそのまま彼の背中からずれ落ちてしまった。

高尾に振り向いた名字はいじわるそうな顔で笑っている。
他の人たちの中にいるときに見る、いつも無表情で、たくさんのひとがいるのに誰かに触れることも、交わることもなかった顔じゃない。


「オレ、名字サンのこと大好きっす!」
「ははっ、高尾和成はおもしろいなぁ」
「ちょ!聞いてます!?」


高尾の言葉など聞いてもいないように、ははは、と名字は笑った。
いたずらに、無邪気に笑っている。
彼の笑顔に惹かれて、想いは風船のように膨らむ。
その度に想いを伝える高尾なのだが、名字は、


「聞いてる聞いてる。あ、今日の夕陽すげえ」


とか言って笑う。
高尾がどんなに意気込んでアタックしても、名字にひらりとかわされてしまうのだ。
簡単にいじわるなことを言われたり、ありったけの想いをかわさるけれど、名字の笑顔がずっと焼き付いて離れない。

いつの間にか、考えることや何かをしようと思うと、全部、名字のことが中心にある。
だから今日も彼に想いを紡いだ。
でも、彼は自分を見てはくれない。
それなのに自分の前でだけは笑ってくれる。


「…名字サン。オレ、本気なんすよ」


いつもはかわされてしまうけど、今日は一歩を踏み出した。
どれだけ自分は名字のことを気にしているんだろう。
気がつけば名字に惹かれていて、いじわるだとか、冷たいとか、いつもは無表情でも自分に逢うときだけは笑ってくれるとか。

それなのに、名字はずっと変わらなくて。
それが悔しくて、それから悲しくて、感情に任せたまま名字の腕を強く引っ張った。
吐息が感じられるくらいに近づいた距離。


「男主名前サン、オレと付き合ってください」
「っ、!」


それは普段の力より強く、見えない力に心ごと引っ張られているようで、名字はひどく動揺した。
顔を真っ赤にしながら視線を泳がせ、口をパクパクさせる様はまるで金魚のようだ。
まっすぐに見つめる高尾の瞳。
薄く形のいい唇から発せられる声は、鼓膜を甘く震えさせるほどの美声。


「―――好きです、男主名前サン」


寄せられた耳元で囁かれたその言葉に、名字の身体の芯がカッと熱くなる。
あの名字がこんなにも顔を紅潮させている姿に、高尾は高鳴っていく鼓動を止められない。


「ばっ、バカなこと言うな!」
「名字サン顔真っ赤っすけど、」
「…夕陽。夕陽のせいだから!」


寡黙でクールな名字はいったいどこへいったのか。
高尾の言葉に反論する名字だが、顔は赤く染まっていて、夕焼け色にしてはひどくオレンジだった。



fin.
(2012.11.13)

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