先輩と後輩 | ナノ

紺色のチェックマフラーに紺色のダッフルコート、カーキグリーン色のカーゴパンツにレッドウィングの靴。
いつも学ラン姿しか見たことがなかった高尾は、目の前にいる名字をじっと凝視する。

(センパ…、ちょ、先輩マジイケメン!)

土曜日。
体育館調整のため部活が休みになり、授業中に「遊びませんか」と高尾なりにデートプランを考えながら名字を誘い、初めてオフでも会う機会をゲットできた。
待ち合わせ場所は無難に街中にある、銀杏並木の傍の噴水前。

吹き上げる水しぶきが霧のように舞って、高尾の頬に触れる。
彼を想う気持ちが膨れあがり、少し熱を冷ましてくれたらいいのに。
そんなことを思いながら、一歩、また一歩と彼に歩み寄った。


「名字センパーイ!」
「!あ、高尾くん」


片手をあげながら声をかけると、名字もくるっと振り向いて手を振ってくれた。
なんだかデートのような、そんなくすぐったい気持ちになる。


「待ちました?」
「いや、さっき来たところだから大丈夫だよ」
「そっすか!」


会話までがカップルのようだ、と思って綻ぶ頬を必死に押さえこんだとき、名字の隣にいる彼より少し背の高い男が眼鏡を押し上げながら高尾を睨みつけるように見た。


「遅いのだよ、高尾」


左手に施されたテーピング、そしておは朝占いのラッキーアイテムであろう小瓶の香水。
高尾のクラスメイトであり、部活仲間でもあり、恋のライバルでもある、緑間が名字すぐ隣をキープするかのように立っていた。

そうだ、今日は彼とふたりっきりではない。
先に彼を遊びに誘ったのは間違いなく自分なのだが、そのすぐあとに緑間からも誘われたらしく、どちらかをキャンセルする形ではなく、みんなで遊ぼうと提案されたのだ。

(ほんとはふたりっきりがよかったんだけどなぁ…)

一人より二人、二人より三人、三人よりもたくさんのひとたちと、一緒に楽しくなるといい。
みんなで笑いあえたらいい。
本当にそう思っている、心から願っている人。
それが名字名前というひとりの人間なのだ。


「じゃあみんな揃ったし行こっか」
「はい。先輩、私服オシャレですね」
「え、そうかな?ありがとう。緑間くんもセンスいいよね。どこで買ったの?」


歩き出す名字の隣から離れようとしない緑間を追って、高尾も名字の隣へと移る。
いろんな笑顔があって、その中に彼らもちゃんと含まれているのだろう。
結局、自分もその中の―――ひとりなのかも知れない。
そんなことを思うと、ちょっぴり寂しくなった。
そして、そんなことを卑屈に感じる自分に嫌悪感を抱いた。


「最近はあんまり外出してないから服とかなくて。高尾くんはどんなお店に行ったりしてる?」


ひどく弱くて、いやなヤツ。
そう自分で思っていると、名字に顔を覗きこみながらそう訊かれた。
彼の瞳には、自分はどう映っているんだろう。
元気が取り柄の男の子?
それとも、よく慕ってくれる後輩?

(オレは、恋愛感情で好きなのに)

なんだか悔しくて、それからちょっぴり悲しくて。
つい、名字の指先をきゅっと握った。


「…、高尾くん?」
「………」
「高尾、何をしているのだよ?」
「手!手が繋ぎたくなって!」


笑顔でそう言った。
名字はなんだか困った顔をして、でも、うれしそうな顔もした。


「仕方ないなぁ。緑間くんも繋ぐ?」
「な、っ…!」


真っ赤になる緑間だが、目線をそらしながらもゆっくりと右手が名字の方へと伸びる。
彼の手はおっきくて、あったかくて、このまま指がほどけなくなってしまったらいいのに。
とか考えて、緑間の指も彼の指に触れてふっと浮かぶ。

(…あー、名字先輩だから、)

きっと、彼だから緑間も心を見せることができたのかもしれない。
彼なら、自分のすべてを受け入れてくれる気がしたのかも。
そう思った途端、ちょっとだけお邪魔だと思っていた緑間の気持ちが分かった。

でも、


「オレの方が名字先輩のこと好きだからな!」


この気持ちだけは、譲れない。


(2012.11.05)


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