先輩と後輩 | ナノ

右側から強い力が込められたかと思えば、今度は左側から同じくらいの力が加わる。
どちらも均等に引っ張られるせいでどちらにも傾けず、尚且つ自由がとれない。


「高尾、いい加減離すのだよっ!」
「真ちゃんが離れたらいーじゃん!オレは離れねーから!」
「なにィ!?」


左右で響く怒鳴り声。
右に引っ張られたり左に引っ張られたりと忙しいのだが、真ん中にいる彼にとってこの状況は好ましくない。
なにより、引っ張られるたびに制服が伸びるんじゃないかと不安になる。

そんな彼を露知らず、左右で言い合っている緑間と高尾はお互いに火花を散らしあっていた。
どうしてこうなってしまったのか。
悩ませてくれる1年生のふたりを横目に見て、小さくため息を吐いた。

(なんでこうなった…)

ことの始まりは今日の放課後、つまり、ついさっきだ。
いつものように大坪と教室を出て部室へと向かう途中、名字の背中に同じ学年の女の子から声がかけられた。


「名字君…ちょっと、……いい?」
「えっ?あ、うん」


小さな声でそう言われ、名字は首を傾げながらも首を縦に振る。
あとからすぐに行くと大坪に伝えれば、彼は分かったと言って先に部室へと向かって行った。
大坪の姿が見えなくなると、女の子から「ちょっとこっちに来てほしい」と手を引かれ、体育館裏へと連れて行かれた。

思えば、この時点でその状況を理解していればこんなことにはならなかったのではないか。
連れて行かれるがままに体育館裏へと移動した数分前の自分がひどく恨めしい。


「あ、あの…ね、!」


名字を連れてきた女の子は俯きがちにもじもじとして、顔を真っ赤に染めて何かを言おうとしている。
言葉が喉に詰まって出てこない様子がひしひしと伝わってくる。
しかし、自分にも部活の時間があるのであまり時間を食うのは避けたい。
女の子は、ついに恥ずかしさからスカートをキュッと握りしめたまま俯いてしまった。


「え、っと…焦らせて申し訳ないんだけど、おれに用って?」
「う、うんっ…!あ、あの!えっ…と…っ、」
「うん。ゆっくりでいいよ」


早く部活に行きたいが、女の子を焦らせると余計遅くなるのが目に見えていた。
だから優しくゆっくりと言い出してくれるように、そっと女の子の頭に手を乗せる。…瞬間、

―――ぎゅうううううっ。

と、突然女の子が名字の腰に抱きついてきた。


「あ、」


ジャリ、と砂利を踏む音と声が聞こえて、下に落ちていた視線を前に向ける。
制服から練習着のウェアに着替え、脇にバスケットボールを挟んだままこっちを凝視している部活の1年生たちが、そこに立っていた。

(え、このタイミングで!?)

知らない1年生ならまだよかった。
だが残酷なことに、そこにいたのは1軍レギュラーの1年生、緑間真太郎と高尾和成のふたり。


「私、名字君が好きなの!大好きなのっ、!」


女の子はふたりが来たことに気づいていないのか、名字の腰にまわした腕を離さないようにぎゅうっと力をいれる。
名字の心臓がドクン、ドクンと速く脈打つ。
女の子の肩を軽く押すが、彼女は離れたくないとでもいうように顔を埋めてきた。

身長差故に、女の子の顔はちょうど名字のお腹辺り。
こそばゆくて後退りすれば、緑間と高尾が眉間に皺を寄せながらズンズンと大股でこっちに近寄ってきた。


「名字先輩!」


緑間と高尾の声に驚いた女の子はパッと名字から離れると、始終顔を紅潮させたままパタパタと駆け出していった。

―――それからだ。
緑間と高尾は名字の左右にべったりとくっつき離れようとしない。
名字が何を言っても効果はなしで、終いにはふたりが言い合いを始めてしまった。


「だいたい、オレの方が名字先輩のこと好きなんだからな!」
「ふん、お前では不釣り合いなのだよ!」
「真ちゃんだって不釣り合いだろ!」
「何を言う!オレの方が人事を尽くしているのだから釣り合うのはオレだ!」


ふたりの言い合いはヒートアップする一方。
緑間が持っていたバスケットボールが名字の足元に転がって、小さくぶつかった。


(2012.10.30)


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