先輩と後輩 | ナノ

何かをしているとき、想い浮かんでくる。
食事をしているとき、身の入らない授業のとき、お風呂に入っているとき、眠る前、目を閉じたあとも、彼の笑顔が想い浮かぶ。
何もかもが上の空。

(……重傷じゃん、オレ…)

高尾にとって、一番やっかいだったのはバスケをするときだった。
集中しようとしても、目の前に彼の顔が浮かんでしまう。
想いがため息に変わって、吐息と一緒にすべり落ちた。

昼休みももうすぐ終わりに近づく。
彼とは部活で逢えるのに、女々しくも姿を探して屋上へ行ったり廊下をうろうろしてみた。
けど、いなかった。
自分の席で机に突っ伏していた高尾は、身体を起こして席を立つ。


「また行くのか。懲りない奴め」


緑間が、読んでいた本から高尾へと視線を移して言った。
昼休みになってから席を立ったり座ったりしていたせいか、緑間はあまり気にも止めない様子で読書を続ける。


「なんか落ち着かなくてさー」
「…ふん」


言って、頭で手を組んで教室の外まで出た。
3年教室に行けば逢えるのだが、用もないのにさすがにそこまで行く勇気はない。
教室を出たものの行くあてがなくどうしようかと悩む。
途端、

(―――お、っ!)

数秒前まで沈んでいた気分が嘘みたいに消えていた。
廊下をまっすぐ進んだ向こうに、彼の姿を見つけた。
残り少ない昼休みの時間でも、教室の外にはまだ結構な数の生徒がいるその中でも、すぐに判った。


「名字せんぱっ……い、?」


自然と彼の名前を口にしてしまって、すぐに後悔した。
1年校舎の廊下を歩く彼、名字は高尾に気づきもせず、隣を歩く男の子と仲良しげに話している。
目で追いかける。
高尾の見える風景で、 見慣れた黒髪が跳ねた。
名字のすぐ隣。


「…で、その場合ハオペアンプを用いればより安定して積分波形を得られるってワケ」
「なるほど…。つまり、初期状態でCに蓄えている電荷が放電してると得られるのか」
「うん。それで入力信号を積分した出力が分かるんだよ。やっぱり泰介は理解力がすごいや」


聞こえてくる会話。
高尾の頭の中に「?」が大量に浮かぶ。
名字の隣を歩く彼は、バスケ部主将の大坪で、今、名字の口から鳴った声は大坪のことを名前で呼んでいた。

(えっ、まさかの名前呼び!?)

名字が笑顔で大坪で話しかけると、大坪は照れながら頬をぽりぽりとかいて目を泳がせている。
あんな主将、見たことがない。
あれは本当に主将の大坪なのか?


「名前の教え方が上手いだけだ。助かった」
「ん、どういたしまして。でも、おれもまだ勉強中だからあんまり理解できてないんだけどね」


高尾が目を白黒させながらふたりを眺めていると、不意に名字がこちらを見た。
声をかけようと上げた右手が固まったまま。
とりあえず、何気ない動きで右手を頭に回し、さも頭部で腕を組んでいるかのようにした。


「あ、高尾くん!」


そこで、ようやく高尾に気づいた名字が左手をあげて小さく振った。
やっぱり、先輩の笑顔はかっこいい。
そんなことを思って、ちょっとにんまりしてしまう。
ただその直後、大坪に鋭い眼差しで睨まれてしまった。
最近、いろんな人に睨まれてる気がするけど、今はそんなことはどうでもいい。


「名字センパーイ!逢いたかったっす!」
「ははっ、嬉しいこと言ってくれるね。部活で逢えるのに」
「いつでも先輩に逢いたいんで!」


何気なしにサラッと言うと、名字の頬がちょっぴり桃色に染まった。
名字はなんだか微笑ましくて手を伸ばすと、くしゃっと高尾の髪の毛を軽く撫でる。

(っ、やべえ…超恥ずかしいけど超嬉しい!)

感染して、高尾の頬も淡く染まる。


「おれも高尾くんに逢いたくなって、泰介とコッチまで来たんだ」
「マジすか!もうオレ幸せすぎる…!」
「名前、そろそろ昼休みが終わるぞ」
「ん。じゃあ、高尾くん。また部活で」


言って、名字はその手を軽く振った。
高尾も手を振って、その手に見送られながら、ふたりは3年教室へと戻っていく。
ほんの数分、たった数分間の触れあいでも、高尾にすれば十分。

(真ちゃんに自慢しちゃおーっと)

突き当たりの曲がり角にさしかかったとき、名字がにこりと微笑んでまた手を振ってくれた姿に、高尾の胸は爆発寸前になった。


(2012.10.17)

- 4 -
[prev] [next] [TOP]

- ナノ -